畜生。
馬鹿が。
感傷だろ。
昔の記憶だ。
らしくも無ぇ。
詮無きことだろ。
女々し過ぎんだよ。
みっともない未練だ。
自分の弱さでしかない。
振り切るように踏み出す。
腰に帯びた刀を握りしめる。
噛み締めた唇から血が零れた。
毒づこうが記憶に蓋は出来ない。
一角とてそんなことはわかってる。
それでも断ち切ろうと己自身を詰る。
何故ならそうする必要があるのだから。
この感傷は邪魔以外の何物でもないのだ。
今すぐに切り捨ててしまわなければ駄目だ。
感情の問題ではなく己の為すべきことの為に。
振るう刃を、一つ一つの身のこなしを鈍らせる。
剣に込めるべき殺意を僅かながらに薄めてしまう。
敵意と共に向けるはずの切っ先を微かに乱れさせる。
一瞬の判断を遅らせ、下すべき決断を鈍らせてしまう。
純粋に戦いを楽しむことすらできずただ己を縛り付ける。
しかし、刹那に等しい猶予は瞬く間に使い切ってしまった。
「よぉ、義壱」
「やぁ。早かったね一角」
そこにいたのは義壱であった。
普段通りの横嶌義壱であった。
いつもと変わらぬ、少しおっとりとした穏かな声で軽く手を上げるいつも通りの姿。
待ち合わせる時、一角の姿を目にした彼が見せる普段通りの仕草。
飲む約束をしていたのかと、一角自身思ってしまいそうな程にいつも通り。
自分達を取り囲む周囲の状況にさえ目を向けなければそれは極々当たり前の日常を切り取ったものに過ぎない。
「大した暴れっぷりじゃねーかよ。なぁ義壱」
見渡せば瓦礫の山。
薙ぎ倒された家々。焼け焦げた石。炭化した木々。
横嶌義壱をはじめとする四番隊士達によって起こされた反乱の地。
彼らによって占拠されていた真央施薬院、その敷地内にあったはずの建造物は瓦礫と化していた。
それでも尚広大な敷地と施設は四十を超える隊士達を優に収める。
彼らの視線と共に向けられる針の様に鋭い霊圧はいずれも席官レベルかそれに近いものであった。年若い隊士達ばかりだというのにも関わらずである。それが各自の鍛錬によるものであるのか、それとも彼らの長の手によるものかは定かではない。
しかし、本当の被害は真央施薬院ではない。
「随分とド派手にやらかしたもんだな」
「もしかして僕の仕業だと思ってる?」
「思わねー理由があるのか」
「誤解だよ。僕には出来ないよあんな真似」
「どう見てもテメーが黒じゃねーか」
「倫理的な意味じゃなくて物理的な意味での話だよ」
「あん?」
「僕の情けない卍解じゃ無理だって」
雲を照らす赤々とした炎。
激しく鳴らされる警鐘の音は遠く離れていても耳に届く。
薄墨色の雲の下、立ち上った炎が舐めるように揺らめく。
真央施薬院の敷地からでもハッキリと目視出来る程の大火事。
その火事は一か所ではない。真央施薬院から見て両側に広がっていた。
まるで二ヶ所から同時に火の手が上がったかのように。
激しく燃え盛る街並みを両断するように真っ直ぐに走る亀裂。
亀裂の先を追って行くまでも無く自然と目に付くのはすり鉢状に陥没した巨大なクレーター。
「やはり砕蜂隊長の
「確かにアレを街中にぶっぱなしゃああなるか」
「凄い爆発だったよ。爆音も爆風も煙雲も何もかもが」
「知ってら」
「そうか、そうだったね。でも街中に向けて撃ったのを見るのは初めてでしょう?」
「えげつねーことするじゃねーか」
「使ったのは彼女さ」
「使わせたのはお前だろ」
「使ってくださいなんて頼んではいないよ、一応言っておくけど」
「使うに違いねーとは思ってたんだろ」
「見てもいないのに言うね」
「見るまでもなくわかるぜ、これでも付き合いは長いからな」
「その様子だと無断で来たのかな?それともまだ此処でのことは知れ渡っていない?」
鞘に納めたままの斬魄刀を杖のように立て、軽く体重を預けながら義壱が小さく首を傾げる。
「待ちきれなくて俺だけが来たって思わねーのかよ」
「更木隊長を置いてまでかい?昔の君ならともかく、今の君にそれは無いでしょう。隊長格を2名も倒した僕を斬れるなら更木隊長が来ないはずがない。君があの人と共に来るか、そうでないならあの人の方向音痴に付き合って君も迷うかのどちらかさ」
「それに弓親の姿も見えないし」と続ける義壱に、全てお見通しかよと胸中で吐き捨てる。
にこにこと穏やかな笑みを浮かべながら一角の行動を冷静に見抜くのは昔から変わらない。
この幼馴染に一角が秘密に出来たことなどあっただろうか。
(いや、一つだけあったっけか)
それを知った時の驚いた表情は今でもはっきりと覚えている。
「大方勇音さんから聞いて⋯いや、話したなら君だけを寄越すことは無いか。盗み聞きでもしたかい?」
「そこまでわかってんのかよ」
義壱の言葉の通りであった。一角は聞いていた。
虎徹勇音が山田花太郎より相談を受けている場面に偶然出くわしていた。
治療を受けている隊士達の具合を聞くために勇音を探していたからだ。
鍛錬場他隊舎内での異形化による被害が最も甚大な隊の一つが十一番隊であった。
死傷者の数は両手で数えきれず、隊の実務を預かる身として一角は詳細を確認する必要があった。
三席の伊江村が他の隊士の治療中であったため、一角は勇音か花太郎を探していたのだが、それが結果としてどの隊士よりも早く真央施薬院での反乱を知ることとなった。
「一刻も早く来ねぇとなって思う前に飛び出しちまった」
「へぇ⋯自分なら僕から事情を聞き出せると思ったから?それとも自分なら説得できる自信があった?いや、もしかして自分以外に僕を斬らせたくなかったから?」
「その質問に意味はあんのかよ」
一角が腰帯から鞘ごと剣を抜く。
「いずれにせよコイツで語るしかねーなら、その問いに意味は無いだろ。洗いざらい吐かせるのも説教くれてやんのもコイツでテメーをぶった斬ってからだ。やり過ぎて殺しちまうかもしれねーけどな」
鞘からゆるりと姿を現す刃に明け方の日の光が当たり、鬼灯丸がぬらりとした輝きを放つ。
「聞かれれば教えてあげてもいいけど…でも、せっかくだからそっちの方が僕達らしいか」
金糸雀の鯉口を切ると、義壱が首を傾げる。赤銅色の髪が微かに揺れた。
「でもさ⋯できるの?君如きに?」
言い終わるのと火花が散ったのは全くの同時であった。
一角の振り下ろした斬撃を義壱が鍔元で受け止め、義壱の薙ぎ払った鞘を一角が鞘で受け止める。
義壱の右手の鞘を同じく右手の鞘で受け止めるため、一角は腕を交差する格好になる。
姿勢は一角が不利であるが、渾身の一太刀を受け止めている義壱も決して気を抜くことが許されるものではない。
左手に刀。
右手に鞘。
全く同じ構えだがその用途は異る。
右手の鞘で敵の攻撃を受け止め、左手の刀で斬るのが基本スタイルの一角。
左手の刀で敵の攻撃を捌き、右手の鞘で殴打するのが義壱。
斬ることではなく、制することを目的とした戦い方は十一番隊在籍時から「十一番隊らしくない」と揶揄されることも少なくなかった。
そんな過去に思いを馳せることなく、一角は半歩引いてから即座に斬撃を繰り出す。
風切音だけで鳥肌が立ち背筋が凍り付くような寒気のする鋭い太刀筋。
一太刀一太刀が遠慮の無い剣である。
測らずも、真央施薬院に設営したテントの前で待機していることで二人の戦いを観戦する格好となっていた隊士達からどよめきとも感嘆とも取れる溜息が上がる。
獣のように荒々しく、そして鋭い剣戟に剣を振る者として感じ入ってしまうのだ。
隊士達の中には十一番隊副隊長の剣を初めて目にする者も多い。
剣道に熱心に取り組み真摯に稽古に励む彼らにとって、それは粗く無駄が多く見える一方で予測が付かない変則的な剣であった。
矢鱈滅多に振るっているようで、一角の剣は確実に致命傷となり得る箇所を狙った鋭く苛烈な剣だ。
道場ではなく戦場で磨かれた剣。
そして、その剣はただ鋭く、ただ荒々しいだけではない。
使命感ではなく闘争心により繰り出される太刀筋。
一角の振るう一振り一振りに込められた感情、躍動するような力強さに呑まれてもいた。
一角の剣を義壱の剣が受け止める度に起こる火花と耳を劈く剣撃。
鮮やかな花のように火花が散る度に、溢れた感情もまたぶつかり火花のように散るかのようであった。
元とはいえ義壱の剣が十一番隊らしくない剣だとすれば、一角の剣は誰よりも十一番隊らしい剣であった。
しかし、そうして真央施薬院を占拠する隊士達が二人の立ち合いを感心して眺めていられるのは彼らにそれだけ余裕がある証拠でもある。
確かに一角の斬撃は鋭い。
護廷十三隊において頂点に近い存在である副隊長の中においてもなおこれほどの鋭い太刀筋の者がどれほどいるのかという程である。
だが、あくまでも副隊長としてはの話だ。
「ガッ⋯!?」
骨を殴打する鈍い音。
苦痛と衝撃に短く上げた苦悶の声。
義壱の鞘が一角の頬を打つ。
のけ反り曝された首元に続けざまにこじりが打ち込まれる。
「げふっ」と潰れた息を吐き出し一角がたたらを踏む。
倒れるどころか、膝をつくことすらしなかったのは打たれ強さというよりも意地であった。
年若き隊士達にとっては息を呑む程の一角の斬撃だが、義壱は一太刀すら浴びてはいない。
刀で受け止め、弾き、いなし、受けるまでもないならば紙一重で避ける。
更には斬撃の合間に鞘による一撃を挟み込みさえする。
それもただの鞘ではない、鉄拵えの鞘による一撃だ。
「へっ⋯効かねーなぁ!!」
口角を釣り上げ、獰猛な笑みを浮かべる一角の顔は青黒い痣をところ狭しに拵えている。
「相変わらず温いぜ義壱」
「相変わらず隙だらけだね一角」
「防ぐ程のモンじゃねーだけだ」
鼻孔の片方を指で押さえると、「ふんッ」と勢い良く息を出す。
鼻の奥からずるりと出てきた血の塊が中庭の土に落ちた。
凄まじい光景に幾人かの隊士が顔を歪めるのを尻目に、一角は軽く屈伸運動をする。
「ようやく温まって来た」
ここに来るまでに胸にあった女々しい感情、未練、迷い、躊躇い、そして憤りといった感情をひとまず心の奥へと追いやることは出来た。
そう一角は己に言い聞かせると、短く「さぁてと」と呟くと一気に跳躍する。
(受ければ刀ごと頭を割られる)
腕力と体のバネ、更に落下の勢いを加味した上段からの一撃は、例え剣と鞘を重ねて受け止めたとしても、刀身を折り、鉄拵えの鞘を両断し、己の脳天から股下まで真っ二に断ち割り得るものだと見抜くや否や、即座に飛び退くことを選んだ。
躱した一撃は地響きと共に土煙を上げ、大地に亀裂を刻み込んだ。大振りであるが凄まじい一撃だった。
しかし、渾身の一撃は同時に致命的な隙をもた
下ろした太刀に引っ張られるように、自身もしゃがみ込むように着地した一角は一瞬俯き、後頭部を義壱に曝すことになった。
飛び退いた分だけ開いた間合いを再び詰めて無防備な後頭部に向けて鞘の一撃を振り下ろす、義壱の力量ならば容易く、確実に意識を刈り取ることは可能だ。
義壱は無論そうするつもりであった。
音も無く間合いを潰したところで、彼の背筋が危機感に栗立った。
耳障りな剣撃。
激しく金属が擦れ、それまでのどれよりも激しい火花が起きた。
「⋯⋯⋯⋯チッ」
舌打ちと共に一角は突き出した「槍」の先を睨む。
「ふぅ⋯」
左手の「十手」で眼前に迫った槍の矛先を受け流した義壱が短く息を吐く。
膝を曲げ、後頭部すら曝す程全身で振り下ろした斬撃。それは同時に次ぎの攻撃へと移る為の「溜め」であった。曲げ切った膝を伸ばし立ち上がる反動に縮めた身体のバネをしならせる勢いを上乗せした突き。
自らの身体を、命を囮にした攻めは、切り上げるよりも後頭部を打ち据えられる方が早ければ呆気なく沈む。
無防備な後頭部を隊長格の膂力で打ち据えられれば気を失うどころか柘榴のように砕けたとしても不思議ではない。
同時に一角は斬魄刀を解放させていた。「打刀」ではなく「槍」。
始解状態の鬼灯丸の間合いは使い方次第で通常時の間合いを1尺でも2尺でも伸びる。仮に斬撃を予期していたとし
ても伸びた間合いの分だけ刃は届く。
しかし、一角の博打のような大胆な攻めも、そこに始解解放時との間合いの違いを差し込む強かさも、義壱は読み切っていた。
「やベッ」
飛び退こうとする一角の脇腹に八角棒がめり込んだ。
みち
めき
ぎし
六尺程もある鋼鉄の塊が筋繊維を千切り、肋骨を折り、内臓へとめり込む音を立て鞠のように吹き飛ばされた一角の身体が瓦礫へと叩きつけられる。
「今のに反応されるとは思わなかったよ」
言葉は気安いが、鳶色の瞳は破片をまき散らしながら瓦礫に半ば埋もれる一角から逸らされることは無い。
「あぁ〜くっそ⋯」
瓦礫の山からふらりと立ち上がると、軽く頭を振る。
左の脇腹に手を当てるが、痛みを堪える為ではなく触診をするような手付きだ。
「折れたかい?」
「折れてねぇよ。罅は入ったけどな」
一角に特に驚く様子も無く、義壱は笑みを湛えたまま真横へ振りぬいた八角棒を手の平の中で滑らせ、くるりと回す。
「昔より反応が早くなったね」
手にしている鬼灯丸には小さな亀裂が走っている。
八角棒を辛うじて鬼灯丸で受けていた、それが肋骨を完全に折るに至らなかった理由だろう。
「テメーの打ち込みは変わんねーなぁ」
「一角に全力で打ったのは初めてだと思ったけど?」
「あぁずっと手抜いていやがったのはわかってる」
その気になればずっと前からお前はこんな打撃を与えることが出来たのだろう?一角の目はそう語っている。
「流石は一角。解放までに殆ど淀みも溜めも無かったね」
「厭味かよ」
鋼鉄の八角棒の重量と遠心力を加えた一撃。
義壱は八角棒の先端付近、一尺程の箇所を握って振り抜かれた。5尺もの長さは鞘による打撃に慣れていた一角の見切りを誤らせることとなった。
皮肉にも間合いを見誤らせようとした仕掛けを一角が逆に受ける羽目になってしまった形になる。
「そっちこそ一瞬だったじゃねーか。俺の刺突を見てから解放させたのに完全に受けきりやがって」
血の混ざった唾を吐き捨てる。
「頭をぶん殴られるよかマシだけどな」
左の脇腹から胸部にかけて焼けるような熱がぐるぐると燻っている。
痛みよりも熱さ、焼石を皮膚の下に埋め込まれているように熱い。
瓦礫に埋まる程の勢いで殴り飛ばされ、頭も瓦礫で打ってはいる。
視界は歪み、こめかみに鈍痛が残る。
だが、義壱の渾身の打撃を受けるよりかは遥かにマシである。
義壱とは数えきれない程修練を共にしてきた。
初めて出会った頃から数十年の歳月をだ。
当初、戦い方を知らない彼に剣の握り方を教えたのは一角である。
剣と鞘を使った戦い方も一角がしていたのを義壱が真似たのだ。
見様見真似から始まり、義壱がそれなりの使い手になってからは互いの技を磨き合い、そして今のレベルまで習熟させたのだ。
木刀を用いた試合。
真剣による立ち合い。
始解を解放しての戦い。
僅かにでも気を抜けば命を落としかねない訓練の中で互いに切磋琢磨してきた。
横嶌義壱は斬拳走鬼をバランスよく兼ね備え、冷静な戦いの運びをすることが強みであると思われているが、もっとシンプルな強みを持っていることを一角は知っている。
(アイツが俺の動きを見切るかもしんねーと予想はしてた。金糸雀を解放したのだって見えていた。アイツの棍棒は六尺、それを枝みてぇにぶん回すのは知ってる)
腕力が強い。
打刀が0.8〜1キロなのに対して、始解解後の六尺もの長さを誇る八角棒の重量は10キロを超える。長物という点では鬼灯丸も同様であるが、三節棍でもある鬼灯丸はギミックがあるため通常の槍に比べると脆く、軽い。
そして、六尺もの長さを誇る棍棒、本来ならば両手で構えるのが当たり前であるはずのそれを義壱は片手で振るうのだ。それも局面によっては八角棒を握る位置を変える。
先ほど一角を吹き飛ばしたように、先端付近を片手で握り竹刀でも振るように苦も無く鋼鉄製の六尺もの長物を振るうのだ。
(だが、間合いを見誤ったつもりは無ぇ⋯)
意表は突かれたが、あり得ないことではないと念頭には置いていた。
躱しきれずとも直撃を避けるべくほんの数センチ程間合いの外に身を置くようにはしていたはずだ。
「..グダグダ考えてても仕方がねーな」
睨み合っていても埒が明かない。
距離を開ければ不利になるのは自分だ。
義壱は鬼道の使い手としても達人である。攻めあぐねて距離を置けば鬼道のいい的にされることは必至だ。
「どうせ無傷でやれるとは思ってねーからなぁ!!」
足下の瓦礫が砕ける。
石壁を踏み砕く脚力による瞬歩をもってすれば数十メートルの距離等無きに等しい。
一角は片手で鬼灯丸をしならせ義壱の左のこめかみ目掛けて振り下ろす。
先ほどの義壱のお株を奪うように鬼灯丸の石突を握っての開合いギリギリからの一撃。
瞬歩の勢いに遠心力と振り下ろしによる加速を含んだ一撃を、しかし鳶色の目は冷静に捉えていた。
半歩下がりながら左手に握った十手をこめかみへの一撃を防ぐべく構える。半歩下がったのは正確に鬼灯丸の刃を受け止めるためだ。
一角の鬼灯丸は槍から三節混へと変化する斬魄刀である。
半端な位置で受け止めれば立ちどころに変化した三節混によって手傷を負うことになる。
瞬間、義壱は微かな違和感を覚える。
「 ! 」
こぉんと乾いた鬼灯丸の逆輪を叩く音が響く。
「チッ…頬の皮くれぇ斬り裂いてやるつもりだったんだがな」
「ひやっとしたよ。相変わらずめちゃくちゃだね」
弾かれた鬼灯丸を引き戻す一角の右手に義壱は視線を向ける。
正確にはその手に握られた槍纓をだ。
ほどの義壱への意趣返しの如く石突を握っての一撃。
それを一角は直前に石突から槍纓に持ち替えた。
それによって拳一つ分刃の届く距離が伸びた。
一角と義壱の立ち合いを見ている隊士達は一角に畏怖の眼差しを向ける。
刹那のタイミングで間合いを変える、実戦において博打のような駆け引きに未だ年若い隊士達が慄くのも無理もない。
彼らには無い積み重ねた経験の厚みと修羅場を潜り抜けてきた豪胆さを目の当たりにしたからだ。
(⋯⋯なんてカッコいいものじゃないんだろうけどね)
駆け引きという思惑もゼロではないだろうが、リスクが大きすぎる。
渾身の一撃の瞬間に握りを緩め槍を滑らせ槍纓に握り直すなど、すっぽ抜けてもおかしくないにも関わらず自ら武器を手放し且つ無防備な姿を曝すのは余りにも大きすぎるリスクだ。
そこに深い思慮などなく、高い勝算があったわけでもないだろう。現に躱されているのだから。
おそらくは単なる思い付き。
振り下ろす瞬間、きわどいタイミングで思いついたのか、「その方が面白そうだ」と。
いや、面白そうという思考すら無かったかもしれない。
ただやってみた。
どうにかして一太刀を浴びせたい、ただその一心、その闘争本能で。
そこにリスクへの配慮等無い。
(十一番隊らしい⋯いや、一角らしいのかな⋯⋯⋯本当に変わらない)
昔と変わらないその有り様に義壱は小さく笑う。
喜んでいるとも楽しんでいるとも、悲しんでいるとも失望とも付かない笑みを。
「まぁいいさ。楽しくなってきたなぁ、義壱!」
引き絞られた一筋の矢のように一角が踏み込む。
先ほどとは一転し、両手での構えたから放たれる真っ当過ぎる程に真っ当な刺突。
火花と共に金属のぶつかる音が響く。
高められた霊圧と霊圧がぶつかり、周囲に熱気と衝撃が広がる。
「少しは楽しませてくれると嬉しいよ。このままじゃ退屈過ぎて欠伸が出るよ一角?」
糸を引くような刺突を
「ほざけ!!!」
わかりやす過ぎる煽りに、こめかみに青筋を浮かべた一角が踊り掛かった。