生きたい
ただ思う
ひたすらに思う
それだけを思う
死にたくない
ただ思う
ひたすらに思う
それだけを思う
千切れるほど生きることを願い
擦り切れても死から逃げるのは
哀れで
惨めで
醜くも
決して罪ではない
彼の目的とする人造破面の開発の道筋は既に立っている。
破面程の知能は持たないものの、霊圧は破面並且つ完結な命令には従う生態が非常に彼に
とって都合が良いものであろうことは門外漢のギンでもわかる。
藍染という男は慎重さと大胆さを併せ持つ。確実といえる目途が立つまでは決して断定す
ることもなければ行動に移すことも無いが、一度確信を持ってからの行動は早い。
決断してから行動の早さを知っていれば人造破面の開発に向けて動いていることには驚かなかったが、彼がそこに意図した機能を付け加えていると知った時ひやりとした。
あのおぞましい共食いと寄生の光景を目にした時点なのか、元より検討していたのかはわからないが、少なくともギンも東仙も「それを知らなかった」のだ。
藍染が自分に対して東仙よりも信頼している反面警戒していることは知ってたが、狂信者の如き東仙にも全く気取られていないことに震えた。
己の強さ、知能の高さに自信を待ってはいても過信をするような男ではないことは知っているつもりであったが、ここまで慎重であるとは予想を超えていた。
もっとも、だからこそギンはこの数十年間隙を見出すことも出来ていないのだ。
そうなるとギンにはいよいよ不思議なことがある。
「もう用済みなんでしょ?何をそんな面白そうに眺めてはるんですか?」
「新しい知識というものは、それだけで面白いものさ。それがどれほど自分の役に立たないものでもね」
モニターから目を離さずに答える声には混じり気の無い無邪気さがある。
「あれは⋯何ですの?」
藍染が見つめているのは
ただ、その艦には既に欠心の姿はない。そこでは他の檻同様に
他の個体達のように共食いを重ね肥大化した一個体となった末にめでたく藍染の実験体となり、既にもぬけの殻のはずである。残っているのは食い散らかされた残骸。
藍染の視線の先にあるのはそれらの残骸の一つ。
小さな、とても小さな残骸であった。
白い球状の、大きさにして人間の赤子の頭部程度のそれはもぞもぞと虫のように蠢いている。
「動いとる⋯⋯⋯⋯⋯いや、這っとるんか」
生命力が強い虚の切り離された手足や尾が暫くぴくぴくと小刻みに動くのを見たことはあるが、それらの反射運動とモニターの向こうで蠢いている残骸の動きは異なっていた。
僅かずつであるが、その動きは一つの方向へと動いていた。
「何処に向かっとるんやろ」
「向かっているんじゃないよ。あれは遠ざかっているのさ」
「逃げとるんですか?」
「アレは我々から逃げているのさ。私や君という個人を認識しているのかはわからないが、より強い霊圧から逃げ延びようとしている」
「何のために?」
怪訝な顔を浮かべるギンを藍染が愉しそうに見つめる。
「アレは恐らく食われた
「気色悪いな〜⋯トカゲのしっぽ切りみたいや」
「目にする光景としては近いものがあるが、本質は全くの逆だね。蜥蜴が尾を切って逃げる行為は自切といって己の一部を犠牲にして逃げ延びる行為だ。あれは自切ではなく擬死と呼ぶべきだろう」
「擬死⋯死んだふりっちゅうことですか」
「擬死は野生動物が天敵から捕食されまいとして身に付けた防御行動だ。あの個体を補食した
星空を見上げて目を輝かせる少年のような横顔と視線の先に映るグロテスクな光景とのギャップは凄まじいものがあるが、今更そのようなことに狼狽える感性の持ち主はこの場にはいない。
「せやけど藍染隊長。あれっぽっちの身体が残ってどうするんですの?僕にはそこら辺の虚よりも弱そうに見えるわ。それともあれはフリなんやろうか」
惨めに這いずっている虚らしきもの。
モニター越しで霊圧を感じ取ることはできないが擬態しているようには見えない。
「間違いなく弱いはずだ。
「確か⋯自分より強い者からの簡単な命令なら忠実に従う。自分より霊圧の低いモンを捕食しようとする。
「似て非なるものだね。中級大虚以上の大虚は高い知能を持つ者が多が多い為に人と変わらな
いコミュニケーションを図ることが出来るし、複雑な命令を与えることも出来る一方で、その賢く自我が強い為に謀ることもありえる。欠心には裏切るだけの知能は無い。そして、中級大虚が同じ中級大虚を捕食し続けなければ
藍染は「その説については私としては聊か疑問があるけれどね」と付け足す。
「だが欠心達にそれらの制約は無い。試しに中級大虚相当の霊圧、サイズになった欠心に最下級大虚を与えてみたら躊躇なく捕食し、霊圧を上げていた。中級大虚が霊圧を高める行動の根底に『進化への欲求』があるとすれば、彼らが霊圧を高めるのは『生存への欲求』なのだろうね。自分より強い存在を前にして生き延びる為に自分より弱い者を糧とし、自分を脅かす存在よりも強くなろうとする。彼らに『生きろ』というより本能に近い命令を与えると相手に寄生して生き延びる習性を見せるが、これは理に適っているよ。如何に霊圧を高めようとも勝てない相手に対して、勝つことで生き延びることが出来ないのならば、己を寄生させて相手の中で生き延びる。寄生に成功するケースの殆どが爪痕よりも咬傷を与えた個体であり、より頭部に近い傷を負った個体程容易に寄生を許している」
語る言葉に微かに昂揚が浮かぶのは、藍染が本当に楽しんでいる証拠だ。
「けど、それを言うたらアレは何なんですの。弱くなっとるし、寄生しとる訳でもあらへん」
「そこだよ興味深いのは」
モニターで蠢く塊を藍染はおもちゃ箱の隅で偶然見つけた思いがけないプレゼントのように見つめる。
「
「自分の魂を割ってまって、そんならアレが本体かもわからんいうことですか」
「或いは本体という概念は無いのかもしれない。個体でありがながら群体という価値観を持っているのならば、我々には何百分の一の魂の欠片が食い残されているだけにしか見えなくとも、彼らにとっては十分に『生き延びた』と言えるのかもしれない」
「⋯⋯⋯そいつはまた⋯⋯えらい生き汚いですね」
その瞳を薄く開いて、微かに憐れむようにギンはモニターを見つめた。
死んでも死にきれない。
自分が自分でなくなっても生き延びようとする生き汚さ。
それが抗いがたい本能であるならば、なんとも業が深い。
血の泥を這いずり回る蛇のように惨めに、醜く、みっともなく足掻くその姿にほんの僅かな共感を抱いてしまった。
「ああ、実に滑稽で憐れだね」
ふっの熱を帯びていた瞳が一転して穏かになる。ギンにまで伝わっていた好奇心の波が凪ぐ。
「ギン。始末しておいてくれるかい」
モニターをそっと指で撫でながら静かに告げられた言葉に、一瞬ギンは言葉を失う。
「ええんです?おもろそうに見てはったけど」
「言ったはずだよ。新しい知識というものはそれだけで面白い、例えどれほど自分の役に立たないものでも、とね。そしてアレは私にとって何の役にも立たない」
いつも通りの優しく、穏やかで、柔らかな笑み、そして氷のような眼差しがギンを見つめる。
まるで自分の中の小さな共感を見透かしているような視線から、僅かに目を逸らす。
「かなわんな〜〜要は僕に檻を掃除させるってことでしょう」
「ははは、すまないね」
「はぁ、わかりました藍染隊長の命令に逆らえるわけありませんやん」
ぷらぷらと手を振ってギンは藍染に背を向ける。
東仙が見ていれば「藍染様に対して不敬だぞ」と眉間に皺寄せ声を荒げかねない振る舞いである。
「ギン」
「はい?」
「くれぐれも、頼んだよ」
「⋯⋯はは、そら勿論」