Lantern & Cage   作:FOOO嘉

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野晒

更木剣八は異質な男だ。

 

男ならば野を駆け回り、相撲やちゃんばらに興じる少年時代。

女ならば童歌を歌いながら手毬遊びやままごとを好むか或いは絵本を読む少女時代。

流魂街の悪餓鬼どもならば畑から野菜を盗み、大人の財布を掏っていた頃。

 

更木剣八は、幼い少年の頃、未だ剣八の名を持たなかった時分には既にちゃんばらのに用いる枝でも棒切れでもなく真剣を手にし、同じ年ごろの子どもではなく一端の剣士や虚を斬り殺すことに喜びを感じ、遊戯として興じていた。

 

檜佐木修兵が虚に怯え、泣き、六車拳西に助けられた年の頃だ。

朽木ルキアや阿散井恋次が流魂街の中で、迂闊な大人達から日々の食物を盗んでいた年の頃だ。

更木剣八は屍の山から卯ノ花剣八を睥睨し、彼女に消えない傷を負わせていた。

 

彼は理性や知性の前に暴力を知っていた。

物心が付いた時には既に彼の手には「強さ」があった。

彼は「弱い」ことを知らず、故に彼は「強くなる」ことと無縁だ。

彼は卯ノ花剣八との出会いを切っ掛けにして、無意識に強くなることとは真逆の「弱くなる」ことに注力するようになっていった。

自らに枷を幾つも課し、束縛の鎖を何重にも巻き付け、「強さ」をどこまでも深く念入りに堅牢に封じ込めていった。

 

彼にとって「弱い」ということは驚きであり、新鮮であり、愉しくもあった。

 

手加減をしようとして振り下ろした剣を受け止められるのではない。

 

殺さぬように気を付けて突き出した剣が躱されるのではない。

 

愉悦の為に敢えて身を曝け出したわけでもないのに深く斬り付けられる。

 

肌を斬り、肉を裂き、臓腑を抉る剣に翻弄される驚きと、苦痛と、怒りと、喜び。

今度はもっと力を込めよう、更に力を込めよう。

手心を加える余地など無い。

全力を出そうとしても尚足りず、更に速く、更に強く、更に鋭く。

一太刀ずつを丁寧に、心を込め、魂を注ぐ。

強いが故に竜が尾を振るように雑に振るっていた刃は、弱くなることで研ぎ澄まされていく。

 

「弱くなった」更木剣八は今、急速に「強くなっている」。

 

 

吹き飛ばされた身体を空中で捻り、不完全ながらも着地をすると義壱は一つ、二つと深呼吸をする。

三つ目はさせてもらえなかった。

 

眼前には剣八の血塗れの顔。

その口には笑みが貼り付いている。

貼り付いた笑みのまま、間合いを詰め振るわれる剣。

 

その剣を櫛形の刃で絡め取り、

 

そして、

 

折ることは叶わなかった。

 

剣八の剣を圧し折るべく手首を返す前に、振り抜かれた力が義壱の身体を吹っ飛ばした。

義壱は片手、対する剣八は両手持ち。

力負けしても無理もないはずだ。

 

剣八が現在「平隊士並」の強さでなければ。

 

後方に吹き飛ばされた義壱が着地するよりも早く、剣八が更に義壱を追って剣を振るう。

無造作な一撃ではない。

脇を締め、無駄な力が入らないように的確に義壱の首を狙って振り下ろされた剣。

急所ばかりを狙う剣の軌道は読みやすい。

義壱は片腕ではなく両腕で握った金糸雀でこれを斜めに打ち払い、

返す刀で剣八の胸を斬り裂いた。

肋骨を突き抜け、

心臓にすら達するつもりで放った斬撃は、しかし、剣八の筋肉こそ深く抉ったが骨に達することすらなかった。

 

二撃目を加えることなく、義壱はその場から離れる。

無論、むざむざと間合いを開く真似を剣八は許さない。

 

「逃がすかよ!!」

 

口の端から血の泡を吐き出しながら、喜悦に満ちた声で吠える。

 

「破道の三十一、赤火砲」

 

飛び退き様に放たれた火球、

剣八の目と鼻の先に生じた火球が爆ぜる。

詠唱を破棄したとはいえ隊長格による鬼道。

それも鬼道にかけては隊長格の中でも上位にいる義壱の破道である。

爆発の規模は手毬程のものに過ぎないが、込められた霊圧は並の隊士のものとは桁が違う。

密度の高い霊圧の爆発は並の隊士が受ければ火傷はおろか頭部を丸ごと失いかねない威力がある。

しかし、距離を置いた義壱の表情には勝利を確信した笑みも無ければ、重傷を負わせた安堵も無い。

ただ、爆炎が晴れる様を瞬き一つせずに睨みつけるのみである。

頭部を爆炎に包まれているのにも関わらず、剣八の身体は倒れるどころか膝を付くことすらしていない。

足元へと落ちる血が決して無事に済んではいないことを物語っているが、決して彼の死を告げるものではない。

煙が晴れると、そこには顔の半分もの皮膚を火傷に覆われ、破裂した血管から滝のように血を流しながらも尚も笑みを浮かべたままの更木剣八が立っていた。

 

 

「まだだぜ…もっとだ、もっとやろうや。せっかく楽しくなってきたんだからよ」

 

凄まじい笑みであった。

そもそも、

笑みと呼称して良いのだろうか。

顔が歪む程口角を上げ、

歯を剥き出しにして敵を睨め付ける行為。

要素だけを見れば笑顔の要件を満たしているかもしれない。

しかし、敵対の意思の無さを見せる笑みでも不敵な心の内を示すための笑顔でもない。

義壱は不意に思い出す。

笑顔は本来威嚇であるという話だ。

なるほど、

確かにと目の前の剣八を見ていれば嫌でも納得がいく。

 

パケツを引っかけたように血に染まり、

皮膚は火傷で爛れ、

身悶えてもおかしくない激痛と熱さに包まれ、

無数の怪我を負った顔で

浮かべる笑顔は獲物に飛び掛かる寸前の、唇を捲り牙を見せる獣の表情にしか見えない。

 

 

(そろそろ始解を使うのかな。それともこのままやるつもりかな。それに⋯)

 

鳶色は剣八へ、彼の眼帯に視線をはしらせる。

更木剣八のトレードマークともいえる眼帯。

その意味するところを知らない隊士は依然として数多く存在する。

この場においても周囲を取り囲んでいる四十四人の若き隊士達のうち、知る者が果たしてどれほどいるのだろう。

過去の戦いで目を潰されたのかと多くの隊士達は思う。

更木剣八の人となりを知るが故に、敢えて視覚を半分封じるというハンデを課していると予想する察しの良い者もいる。

剣八の眼帯の意味を知る者はこの場において剣八当人を除き二人。

一角と義壱だ。

 

(眼帯は⋯まだしてるのか⋯)

 

彼の眼帯は技術開発局の特製だ。

抑えようとしても抑えきれない霊圧を抑え、実力差を少しでも近づけるために作らせた、霊圧を無限に食らう化け物である。

 

戦いをより永く愉しみ、より深く味わう為に剣八自身が作らせたものだ。

闘争を愛する剣八にとっては大切な玩具であると同時に、己に課した枷の―つである。

それを付けて尚剣八は他の隊長格を圧倒する霊圧を誇る。

 

それを剣八はこの期に及んでまだ外していない。

 

今この状態においても尚、剣八の霊圧には上があるということだ。

 

 

(まだしているなら⋯ ─── )

 

 

「 ─── イケるぜ⋯」

 

小さく呟いた一角は自然と笑っていた。

義壱の卍解はどういう理屈かはわからないが、相手の強さを下げる能力だということは彼の口ぶりでわかった。

何よりも卍解発動後の剣八の動きを見れば一目瞭然である。

動きだけではない、肉体の強靭さも、霊圧も、何もかもが違っていた。

義壱の言葉の通り「並の隊士」レベルであった。

しかし、状況は一変しつつある。

剣八の剣の鋭さ、身のこなし、霊圧。

それらが全て急速に上がってきているのだ。

鍛錬によって只の一隊士が席官、副隊長、隊長へと強くなっていくのを早回しで見ているように。

剣八が何らかの術によって義壱の卍解を無効化しているのか、時間制限のある能力が時間切れによって効果が減少してきているのかはわからない。

 

ただ、剣八は今眼帯をしたまま、つまり霊圧を抑えているということだ。

更には剣八は卍解はおろか始解すら使っていない。

卍解を使っているにも関わらず、眼帯を付けて斬魄刀を解放することも無い剣八に戦いの主導権を握られつつある義壱の勝ち目は無いといえよう。

 

だからこそ一角は確信する。

 

剣八の勝ちを。

 

 

 

「さぁてと。本格的に始めるとするか」

 

剣八の手が眼帯を毟り取る。

景色が歪む程の強烈な霊圧が剣八の肉体の隅々から放たれる。

誰かが「ヒッ」と息を呑む声が聞こえた。

 

 

 

「頼むからよ、すぐに終わるんじゃねぇぞ?」

 

剣八がゆっくりと剣を構える。

 

 

 

 

 

「呑め…」

 

 

【野晒】

 

 

 

 

ボッ

 

爆発が起きた。

誰もがそう思う程に、急激に高まった霊圧が空気を押しのけた。

それは、まるで爆発が形を成したかのように大気を斬り裂き、潰されそうな程の圧力を生み、膨大な熱のような殺気が周囲を呑み込んだ。

 

と、同時に

 

瀞霊廷すら砕くかのような激しい地響きと、

途轍もなく硬く重いものがぶつかる激しい音が真央施薬院の敷地中に響き渡った。

 

気付けば隊士達の目に飛び込んできた光景は、

 

身の丈を超えた戦斧を振り下ろした剣八と、

自身の作り出した金色の鉄格子に叩きつけられ座り込んだ義壱の姿であった。

 

隊士達が耳にしたのは、暴力そのもの、力の塊と呼ぶ他無い野晒の一撃が義壱の身体を金色の檻に叩きつけた音であった。

 

 

 

「おい、死んじゃいねぇよなぁ?ここからだぞ義壱」

 

半分まで地に埋まった野晒を引き抜きながら、剣八が双眸をぎらつかせる。

 

 

 

 

「生きてますよ。そして、ここまでです隊長」

 

ゆらりと立ち上がった義壱は赤い椿の花びらを含んだような微笑をその唇に留めていた。

 

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