Lantern & Cage   作:FOOO嘉

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嘲笑

 

 

「ハァッ...ハァ、ハァッ...ゲホッ」

 

 

息を整えようとして咳き込む。

咳き込む度に走る激痛に顔が歪む。

吸い込み、吐き出す度に抉られた脇腹が引きつり痛みが脳髄にまで響く。

 

膝を付いたままの己の姿を無様だと自嘲する。

自嘲し軽蔑することで己を鼓舞しようとする。

今すぐ立ち上がれと己の足に檄を飛ばす。

剣を振るえと自身の腕を叱咤する。

 

しかし、その努力は一向に実を結ぶことはない。

流れた血の分だけ肉体から活力や気力が零れ落ちていくように立ち上がろうとする意思に肉体は応じることがない。

戦うことはおろか、立ち上がることすらできない。

剣を杖にして辛うじて倒れずにいるだけだ。

 

 

「磯螺ぁ〜二人もいらなかったんじゃないのか?綾瀬川三席このザマだし」

刈谷草玖の気の抜けた声に蹲る弓親は歯を噛む。

鳥銃を首の後ろに回し、だらりと担ぐ様は弓親への警戒心など微塵も無い。

警戒はおろか敵とすら認識していない。

 

「油断は禁物だろ。俺達は七と六。三席相手に慢心出来る道理もない。例え今の俺達でも」

 

周囲に浮かぶ六角形の盾を油断なく弓親と自分達の間に配置しながら、磯螺居平は小さな溜息を吐いた。

弓親の藤孔雀はおろか鬼道のすべてがあの盾に一つ残さず弾かれていた。

 

「隊長にも強く言われたじゃないか。綾瀬川弓親は確実に殺せって」

「そうなんだけどよ」

嗜められた子供が決まりの悪さを誤魔化す様に刈谷は鳥の巣のような頭をぼりぼりと掻く。

「でも意外だったな」

「何が」

「さっき綾瀬川さん鬼道使ったじゃん」

「使ったな」

「何だっけ、えっと瓦礫飛ばしてきたやつ」

「大地転踊だな」

「あー、大地転踊だったか」

「うん。破道の五十七」

「そうそうそれ」

「霊術院で習ったろ」

「まぁいいじゃん。あれ結構難しいんだよな」

「それで?」

「ん?」

「だから、何が意外だったんだ」

「いやさ、十一番隊なのに鬼道使うんだな。てっきり使わないんじゃないかと」

「そりゃあ全く使わないわけでも無いだろ。だったら十一番隊は鬼道が出来ない連中の掃き溜めになってるし」

「違うの?」

「仮にも護廷十三隊最強の部隊でそれはないだろ」

「護廷十三隊(笑)って感じだけど。その辺どうなんすか?」

 

ダラダラと若造二人が立ち話をするノリに少なからず苛立ちを覚える。

飛び掛かってしまいそうになる己を弓親は辛うじて律していた。

刻まれた傷と身体を走る痛みが沸騰しそうになる頭を辛うじて冷静にしてくれた。

今は少しでも心を落ち着けて、次の攻撃のために傷口が開かぬよう堪える場面だ。

敢えてこの軽口に付き合うべきだろう。

「好まれないことは確かだが、全く使えないのは隊長と一角くらいさ。彼らは使う必要が無い程に強い」

「あ〜やっぱ鬼道嫌いなのは事実なんだ」

「斬魄刀は直接打撃型だけっていうのが暗黙の了解なんですよね。横嶌隊長が言ってましたよ」

「なんだそりゃ。鬼道系の能力が付与されない斬魄刀の方が珍しいだろ」

「漏れなく腰抜け扱いなんでしたっけ?綾瀬川三席」

「ウチは命がけの喧嘩を好む連中ばかりだからね」

「その謎ルールって誰が言いだしたんですか」

磯螺が眉を顰める。

呆れとも侮蔑とも取れる表情に弓親のこめかみが引く付いた。

「ま、いいじゃんいいじゃん」

刈谷は首の後ろに担いでいた鳥銃を弓親に向ける。

「そういうしょーもない拘りのおかげでこっちは楽に勝たせてもらえるんだからさ。寧ろ感謝しとこうぜ」

「ふっ⋯刈谷⋯といったかい。君の始解は銃か」

「卑怯とか言わないですよね?始解なんて千差万別なんすから」

「言わないさ。僕らは僕らの流儀を他人に押し付ける真似はしないからね。ただ、美しくないと思っただけさ」

「へぇ…」

 

眠たげだった刈谷の目が僅かに吊り上がる。

どこかぼんやりとしていた瞳に鈍い殺意の光が灯るのを弓親は見逃さなかった。

 

「俺は結構気に入ってるんですよコイツが」

「是非とも教えて欲しいね。品の無い音、不快な火薬の匂い、無粋な造り。僕には到底理解できないな」

 

刈谷の目が鷹のように鋭くなるのを確かめながら、藤孔雀を握る手に力を込める。

 

「今言ったところ全部長所っすよ。痺れるような音、脳まで蕩けるような火薬の匂い、造形美と機能美を併せ持った造り。全部が最高じゃないっすか」

「なるほど。つまりは平行線」

「語るだけ無駄ってことっすね」

「残念だ」よ、と言い切る前に弓親が一気に距離を詰める。

致命傷にはならずとも動くことは難しい程度の傷を負わせたと思っていた刈谷達にとって、その動きは驚くべきものである。

動くだけでも難しいというのに、瞬歩を使い間合いを詰めた。

それは刈谷達にとって驚嘆に値するものであった。

 

 

タァン

 

 

火薬の爆ぜる音と共に、銃口が火を噴いた。

 

「くふっ⋯ッ」

 

短く息を吐き、弓親が刈谷の眼前で倒れ伏す。

曲刀は弓親自身の下敷きになっている。

振り抜くことのできなかったそれはいっそ哀れである。

 

あと一歩、

いや、半歩

 

それだけ間合いが詰めれていれば十分に刈谷の首を斬り裂ける距離であった。

 

「ひやっとしたぁ⋯⋯⋯流石は綾瀬川さんっすね」

 

弓親の動きは驚嘆すべきものであった。

しかし、決して予想を超えるものではなかった。

 

「あんな傷で動けるんだから」

「流石は三席。十一番隊の闘争心だな」

 

三席とは決して侮って良い存在ではない。

護廷十三隊の部隊、その三番目に強い者が選ばれる死神の中でも上澄みの中の

それも最も闘争を好む集団で三席に就いている男。

軽口を叩いていながら刈谷に弓親への油断も侮りも無かった。

故に、弓親の動きに即座に対応出来たのだ。

刈谷はようやく緊張の糸が緩んだのか、

深く息を吐くとゆっくりとした足取りで弓親に近づく。

 

「念の為、頭イっとくか」

 

淡々と刈谷が銃口を弓親の後頭部に当てながら、

背後の磯螺に確認するように視線を移す。

身体ごと振り返るものではなく目だけを背後に向けただけのもの。

油断と呼べない僅かな時間である。

だが、

それは完全に意識が弓親から逸れた時間であった。

 

弓親の後頭部が跳ね上がった。

起き上がる動きに銃口は跳ね除けられ、無防備になった刈谷の眼前には口の端から血を垂らした弓親の不敵な微笑があった。

互いの吐息すら触れかねない間合いで、

羽ばたく寸前の鳥の翼のように、

曲刀が弓親と刈谷の間を昇っていく。

斬撃に一切反応出来ないまま、刈谷の目はただ己を斬り裂こうとする藤孔雀へ注がれていた。

観察をするつもりではない、

ただ他に目に映すものが無かったのだ。

弓親の握る藤孔雀の柄に孔があることに気付いた。

それが何かすぐに刈谷は思い至る。

先ほど自分が撃った銃弾だ。

偶然?

偶然当たってしまったのか?

不運。

たまたま当ててしまった己の不運なのか。

いや、

違う、

そうじゃない。

否定の言葉が同時に浮かぶ。

最初からこれを狙っていたのだ。

銃弾を受け止めて、

撃たれたフリをして油断を誘う。

敢えて自分の始解を嘲ったのもそのためか。

銃の最も恐ろしいのは、その飛距離でも速さでもなく、殺気を気取れない位置から撃たれるということだ。

弓親の受けた銃弾は三発。磯螺に意識が向いている際に死角から撃たれたものが殆どである。

故に弓親は狙撃を限定した。

範囲もタイミングも限りなく限定した。

真正面から自分に向けて放たれる銃弾。

更に挑発をすることで刈谷の殺意を高めた。

僅かでも殺意の籠った視線から向けられる射線を絞り込んだ。

 

(君の銃の「能力」じゃ逃げ回っても無駄だろうからね)

 

銃弾を受け止め損ねれば致命傷、最悪即死の可能性もあった。

だが、リスクと引き換えに必殺の間合いを得られるのであれば分の悪い賭けではない。

そもそも弓親とて十一番隊。

命を賭けた博打に尻込みする男ではなかった。

 

 

(殺られる)

 

 

刈谷はただそう思った。

 

思考ではない。

諦めでもない。

確信であった。

確信と共に刈谷は己の死を受け止めていた。

 

 

ぐしゃり

 

 

巨大な木槌で圧し潰されるような音がした。

 

 

「だから油断するなと言っただろう」

「磯螺…」

刈谷の目の前には六角形の飴色に輝く盾が浮かんでいる。

盾の下には圧し潰されたように倒れる弓親の姿。

「相手は十一番隊の三席なんだから」

すいっと指を動かすと、飴色の盾は刈谷を守るように起き上がる。

この盾をもって、頭上から鉄槌を振り下ろす様に盾を振り下ろし、弓親を圧し潰したのだ。

 

「がはッ⋯⋯ぐ⋯」

呻き声を漏らす弓親の目には怒りが滲む。

迂闊で無様な己への。

磯螺の存在を失念していたつもりはない。

戦いが始まってから弓親の攻撃は打撃、斬撃、鬼道問わず全てが防がれている。

恐るべきは千本桜のように盾を遠隔操作することが出来るという点。

刈谷への攻撃も磯螺は全て防いでみせていた。

全方位を守る鉄壁の始解。

火力に欠ける弓親にとって最悪の相性である。

だからこそ、間合いをギリギリまで詰めたのだ。

刈谷と弓親の間に盾を挟み込むことも出来ないようにする、それは弓親の計算であった。

しかし、

それでも、

尚、失念があった。

盾とは身を守る防具であると同時に硬さや重量を生かした鈍器でもある、そんな基本的なことを頭から外していた。

ひたすら自分と仲間を守る磯螺の動きに、無意識に弓親の中から磯螺が攻撃に転じる可能性を除外していたのだ。

「隊長の言ってたとおり、二人掛かりで正解だったな」

「当然だ。俺達如きの思い上がりに気付かない隊長のはずがない」

「ははは、全部お見通しだってことか」

「.......見くびってくれるね義壱の奴」

既に、弓親には立ち上がる力が残っていなかった。

立ち上がることすらできず、

顔だけ上げるのが精一杯であった。

不敵に振る舞って見せるのはなけなしの意地に他ならない。

「そうですか?隊長のお見立ては間違いが無いと思いますが」

「磯螺ってば辛辣ぅ〜。俺も同意見だけど」

「刈谷だけでは油断して足許を掬われる可能性も考慮してのことだろうな」

「もしかして厭味言われてる?」

「もしかしなくてもな」

「おっとぉ」

「正直、刈谷だけでも勝てると思ってたよ俺は」

「俺も。磯螺無しでも勝てると思ってたわ」

「六席と七席如きが言ってくれる。何がそこまで君達を思い上がらせてるのかな」

「思い上がりじゃないっしょ。アンタは実際俺らに傷一つ与えられずに転がってんだから」

 

ぎりっ…

 

弓親の噛み締めた歯が音を立てる。

怒り、屈辱、苛立ち、自己嫌悪、

あらゆる感情が弓親の腹の中で黒い蛇のようにとぐろを巻く。

「隊長は仰っていたとおりでしたね。くだらない拘りで碌に始解も使わないから十分に勝てると」

「意味わかんねーな。力を出し惜しみして負けるとか馬鹿じゃん」

「そういう馬鹿の集まりなんだろう、十一番隊は」

「僕ら十一番隊は護廷十三隊最強の部隊。四番隊如きに侮られる謂れは無い」

 

敢えて挑発するように言う。

弓親なりのせめてもの抵抗であるのだが、刈谷と磯螺は顔を見合わせると噴出した。

 

くすくす、

くすくす、

磯螺は口を押えて堪えきれぬ様子で、

 

はははっ、

はははっ、

刈谷は歯が見える程大口を開けて、

弓親の頭上で二人の男が声を上げて嗤う。

 

「その四番隊如きに隊長から三席まで全員負けたら、もう最強の看板降ろした方がいいっすよ」

「口を開けばすぐに馬鹿にしてきますよね。この数年の異形化で随分醜態を曝してきたのに今更」

「何を粋がってんすかね。この数年俺らがどんだけおたくらの面倒見てたと思ってんすか」

「咲良四席に黙らされた人も随分といましたね」

「まぁ、先輩は可愛い顔してキッツイからな」

「綾瀬川三席だって随分とお忙しそうにしてたじゃないですか。隊葬の手続きに」

「ふはっ」

 

目の前が赤く染まる。

噛み締めた唇から血が零れる。

こめかみが引き絞られたように痛む。

怒りで煮えたぎった殺意が腸を今にも食い破りそうだ。

弾の痛みも、圧し潰された痛みも、何もかもが薄れ

端な始解で負けるのも、霊圧封じて苦戦するのも愚かですけど、一番愚かなのは卍解使わないまま何度も死にかける副隊長ですね」

「つーか、あんな雑魚卍解を勿体ぶるとかさ、馬鹿っていうよりも寧ろ」

「滑稽だな」

 

二人の男が声を立てて嘲笑する。心底愉快で堪らない、

男達の三日月のように歪んだ瞳がそう語っているようだ。

自分への侮蔑、

それだけでも弓親には看過出来るものではなかった。

しかし、それ以上に、一角への嘲笑は許し難いものであった。

許し難い程の屈辱と

許し難い程の屈辱への怒りが、

痛みを彼方へと追いやった。

ばね仕掛けの遊具のように飛び起きると同時に弓親は間合いを取る。

 

予想外の動きに驚きを見せながらも刈谷は素早く銃口を弓親へと向ける。

 

それは予想の範疇であった。

空いている腕で頭部を守る。

撃つならば撃て。

頭部を撃たれなければ即死することは無い。

銃弾一発と引き換えに解放した始解で敵を行動不能に陥らせるのであれば、十分すぎる程お釣りがくる。

己の始解ならば、二人を同時に行動不能にすることは可能だ。

弓親の真の始解ならば、敵の数は問題ではない。

瑠璃色孔雀 ─── 蔦状に変化した斬魄刀で絡め取った相手の霊圧を吸い尽く綾瀬川弓親の始解の本来の姿である。

 

「咲き狂え⋯」

 

銃声と

解号を口にするのは殆ど同時のことであった。

斬魄刀に霊圧を込めつつ、肉体を穿つであろう銃撃に備える。

しかし、銃声と共に来るはずの銃弾の衝撃も、肉を抉る痛みも、焼けるような熱も一向に来ない。

放たれた銃弾は弓親の足元の土を穿っただけであった。

 

 

(外した?)

(まさか)

(威嚇射撃?)

(そんなはずはない)

(余裕見せ?)

(意味が無い)

(じゃあ、なぜ?)

(それよりも瑠璃色孔雀を)

(早く)

 

 

幾つもの思考が同時に、

並行して、

纏まりもなく、

泡のように浮かんでは

消える。

その刹那の間に、銃弾がめり込んだ地面を中心に俄かに空間がたわみ、

 

バンッ

 

破裂音にも似た音を伴った六つの光が空間から現れた。

まるで突如として雷が打ち下ろされたかのように光柱は一瞬で弓親の身体を貫いた。

肩、腰、膝。

関節ごとに正確に突き刺さった光は、そのまま杭の如くその場に縫い留める。

 

「くぅ⋯っ」

弓親は小さく呻く。

斬魄刀が手から零れ落ちた。

幾重にも重なった曲刀が擦れガチャリと無機質な音を立てた。

 

「なかなかでしょ?弾撃つだけじゃないんすよ ─── 俺の『兵十』は」

 

鳥銃を肩に乗せて、とっておきの玩具を自慢する子供の様に刈谷が笑う。

標本にされた昆虫のように、弓親は一切の身動きを封じられていた。

 

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