四番隊隊長横嶌義壱を誅滅せよ。
そのような指令が下るのは間もないことだろうと虎徹勇音は思っていた。
勇音だけではない。
朽木ルキアも阿散井恋次も、穏やかな青年山田花太郎さえも思っていた。
そして、横嶌を強く慕っていた四席の咲良葵も同様であろう。彼女が上官と部下という関係を超えて横嶌を慕っていたことは四番隊において半ば公然の秘密と化していた。それだけに腫れ物を扱うように彼女の前で横嶌について何かを口にすることは自然と憚られていた。
当の葵は何事かを思い煩っているのか横嶌の反逆の件を耳にした時、その色白な肌を青白くさせ、今もなお物思いに耽っている。
いや、思い煩うというよりも塞ぎ込んでいるという方が正しいのかもしれない。
ルキアに至っては白哉の仇を討ちたいので自分にその役目が来ることを願っている程だ。
もっとも、事態が事態であるだけに横嶌のことは一先ず口外しないようにとの命が総隊長直々に下されていた。
自然と護廷内には余所余所しい空気が朝靄のように広がっていた。
しかし、一向に義壱について沙汰は下る気配は無かった。
既に三日が経っているのにも関わらずだ。
横嶌義壱とその配下によるものと思われる重傷を負った五名を救助してから三日である。
三日前、真央施薬院は廃墟と化し、貴族街とも呼ばれる貴族の屋敷が建ち並ぶ街は火の海に呑まれた。
今でも火の勢いは多少落ちたものの、依然として街は猛火に包まれている。
真央施薬院の生き残り、山田清之介の手引きにより紙一重で難を逃れた者達が救助、救援に向かってはいるが、その数を半数以下に減らされ
る状態では到底対応しきれない。
本来は二番隊及び四番隊が支援として参加するのであるが、いずれも隊長不在となっていることから指揮系統は混乱を避けられず、十全の対応とはいかない。
四番隊に至っては、隊長及び以上位席官を含む多くの隊士達がそもそもの元凶であるため、隊としての活動そのものを制限され事実上の機能停止となっている。
三日前、焼け落ちた貴族の屋敷群で砕蜂と朽木白哉が救助された。
また、同日に廃墟と化した真央施薬院で更木剣八と班目一角も発見されている。
いずれも命の危機を脱しはしたものの、現在に至るまで意識は無い。
不幸中の幸いであったのは、現場に赴いたのが四番隊副隊長の虎徹勇音、三席の山田花太郎であったことだろう。
回道に長けた勇音達が重傷を負っていた白哉達に現場でで可能な限りの応急措置を行ったことが、彼らの命を救った。
勇音に至っては回道の実力のみでいえば隊長を差し置いて四番隊ナンパーワンと称されている。そんな彼女が全力で治療に当たったことで、彼らは命を拾うこととなった。
また、真央施薬院から一里ほど離れた人気の無い、空き家がぼつりぽつりと建っているだけの場所で綾瀬川弓親も助け出された。
弓親は深手こそ負っていたものの命に別状は無く、彼からの聴き取りによって横嶌義壱らの凶状が明らかになった。
砕蜂
朽木白哉
更木剣八
班目一角
彼らのいずれかが意識を取り戻せばより詳細な事実の聴き取りも可能となるだろう。
護廷が動くまで時間はかからないものだと、事情を知る者は誰もが思っていた ──── 総隊長の京楽を除いて。
四十六室は横嶌義壱の件については沈黙を守っている。あまつさえ事情を知る隊士達に縅口令を敷いている。
そして、四日目。
四十六室から下ったのは横嶌義壱らの反逆者の討伐命令ではなく、砕蜂の二番隊隊長職の罷免要請であった。
一番隊隊首室。
そこの縁側に腰かけ、男が一人盃を傾けていた。
京楽春水である。
傍には大徳利と盃が一つ。
それと、炙ったスルメを乗せた皿、ししゃもを乗せた七輪。
赤々とした炭の爆ぜる音と、干した盃を置く乾いた音が時折する他には何の音も無い静かな夜である。
縁側からは一番隊の庭園が一望出来る。塵一つなく整備された庭には手入れの息届いた松の木々と楕円の池が一つ、二つ。
厳粛且つ静識な庭園は美しいが派手好きの京楽の趣味ではない。だが、嫌いではなかった。
松の木々の間を埋めるように覗くのは僅かに欠けた月。
寂しさを覚える松の木々が、縁側に座ると実にしっくりと月が収まって見えて、それがたまらぬ美しさであった。
庭の全てが月を引き立てるために拵えたものだと言われても納得がいくほどに。
その月を眺めながら飲む酒は実に味わい深い。
くっ
一息に盃を干す。
何杯目になるのか、既に転がっている大徳利は二つ。
三つ目も三分の一程は減っていた。
彼にしては早いペースだ。
京楽はうわばみであるが、直に胃に酒を溢すような飲み方をする男では無い。
時に酒の味を堪能しながら、
時に語り合いに興じながら、
時に月や星空を愛でながら、
時に思慮の海に溺れながら、
時に酒宴の様を眺めながら、
酒の味だけでなく、その場の環境や空気を愉しみながら飲む男だ。
そんな京楽が今日は盃を傾けることを止めない。まるで酔うために飲む、飲むために飲むかのように。
京楽は手元の書類を実につまらない落書きを見るかのように眺める。
もっともらしく貴族街を火の海に変えた砕蜂への糾弾と、これまでの彼女の功績を鑑み罷免で済ませてやるという恩着せがましさの滲み出た文章が記された書類を。
「くだらないねぇ、全く」
京楽は四十六室からの馬鹿げた要望を記した紙をひっくり返すと、白地の上に七輪から取り上げた焼いたばかりのししゃも四尾を乗せる。
重要書類であるはずのそれは、ししゃもの焦げた皮と身から出た脂で汚れるが、そんなことどうでも良いことのように一尾摘まみ上げて平らげると、盃を干す。
横嶌義壱の反乱を秘匿し、砕蜂の罷免を唱える四十六室の思惑が彼には透けて見える。
護廷における隊長とは、死神の中でも特に能力、人格共に相応しい者を任命する。
その裁定を下すのは四十六室である。
尸魂界において彼らの決定権は如何なる権力にも覆すことの出来ない絶対的な力を持つ。
それほどの決定権を彼らが持つのは、尸魂界最高の賢者達によって構成されているという前提があるからだ。
彼らの判断に間違い等あるはずがない。
あってはならないのだ。
藍染惣右介の反乱から十年と経っていないにも関わらず再び隊長の中から反逆者を出すのは、そんな彼らの審査が不完全であり、決定が誤りであり、即ち彼らの判断が間違っていたことを認めることになる。
しかし、真央施薬院が壊滅し、貴族街が焼け野原と化したのは事実である。
何らかの裁定を下さぬわけにはいかない。
その結果の砕蜂の罷免だ。
一連の混乱を「隊長による反逆」ではなく、真央施薬院の惨劇は「若手隊士達による凶行」とし、貴族街の火災を「戦闘で起きた事故」扱いで処理してしまいたいという魂胆なのだろう。
追って通達があるだろうが、話の筋としては若く未熟で貴族に不満を持つ不穏分子を最低限の人員で処理せよとでも言われるのだろう。
出来るだけ大事として扱わぬよう。大事にすれば瀞霊廷、引いては尸魂界に不安を広げ、人々の不安がそれを統括する四十六室や貴族への不審に繋がる…とでも考えて。
「本末転倒も甚だしいじゃないか⋯やれやれ」
賢者達により下される完璧な決定、完璧な決定が下さるからこそ認められた絶対的な権力。
間違ってはならない、間違いと認めてはならないの。
「間違いのない決定を下したのが賢者」ではなく、「賢者の決定だから間違いってはいない」という理屈こそ傲岸不過で頑迷固陋な四十六室を象徴している。
「ユラちゃんが頑張ってくれてるみたいだけど、急に何もかも変わることは難しいか…いや、彼女が尽力したからこそ罷免で済んだのかもしれないね…」
阿万門ナユラ。
四十六室の賢者のなかでも上位の席次に位置する少女。四十六室の中でも最も若いにも関わらず革新派筆頭として瀞霊廷の制度を次々と変えているその手腕は京楽の目から見ても間違いなく「賢者」の名にふさわしいものである。
しかし、如何に優れた者が先頭に立とうとも、全てがすぐに変わるわけではない。
全ての者が同様に優れている訳でも無ければ、思いを同じくする訳でも無い。
オセロのように同じ思想で挟めばくるりと思想を変えてくれるというわけにはいかない。
藍染惣右介の反乱により皆殺しにされ、新たな構成員も霊王護神大戦時にジャズ・ドミノの襲撃でその半数を殺された。
壊滅的な被害によって初めて数百年もの間蓄積されていた老廃物や膿が絞り出されたのは皮肉以外の何物でもないが、組織としてはようやく新陳代謝が進み良い方向へと変わっているのは確かだ。
しかし、ナユラの姿勢を快く思わない存在は確かに存在する。
旧時代の流れを汲む者達、その薫陶を受けた者達が反発心と嫉妬心をもって変革を妨げようとしていることは聞かずとも容易に想像がつく。
そのような者達の横槍が入った結果が今回の裁定なのだ
京楽のなかに四十六室への失望は無かった。
旧態依然の体制が一新されていると思う程楽観的ではない。
寧ろ、千年に渡って腐敗していた体制がこの数年で目まぐるしく変化していることに賞賛と感動の念を抱いてすらいる。
間違いなく期待以上である。ただ、幾ばくかの落胆は否定できない。
それはナユラに対してではなく、彼女程の傑物をもってしても拭えない四十六室の在り方に対してだ。
予想以上の腐敗にではない。
彼女が生まれるよりも遥か以前から四十六室の腐敗を目の当たりにしてきた京楽の予想を上回っていなかったからだ。
故に落胆はすれど失望も怒りも無い。
第一、横嶌義壱という男を見極められなかったのは京楽達も同じだ。義壱を隊長に任命したことが罪であるというのであれば、自分達も同罪である。
「義壱君がね⋯そんなことをするような子には見えなかったんだけど。平子隊長も嘘は吐いていないと言っていたから油断していたよ」
スルメを齧りながら一人ごちる。
京楽は、藍染が五番隊副隊長であった頃に彼を怪しんでいた数少ない人物である。
当時、藍染の上司であった平子程の確信をもって藍染を監視していたわけではない。
深く関りがあったわけではなく、あくまでも「何となく怪しいかもしれない」という印象でしかない。
瀞霊廷内でちょっとした不審な出来事が起こった時に、それとなく動向を目で追うといった程度のものだった。
それだけであっても尸魂界の誰も彼もが欺かれていた状況下においてその洞察力は他とは隔絶したものがある。
そんな京楽が見落としていた。
何故なのか。
横嶌義壱。
十一番隊の四席から四番隊四席に移籍。
霊王護神大戦の折りには瀞霊廷にて侵略する見えざる帝国の聖兵達の迎撃に当たる。
その際に四席でありながら卍解をもって隊士を救った功績から隊首試験へ推挙される。
見事、隊首試験に合格することで四番隊の隊長に就任した。
卍解は斬魄刀の奥義であり、選ばれし者にしか到達できない一つの極致である。
故に卍解会得に至った死神は例外なく尸現界の歴史にその名を刻む。
四席でありながら卍解に至っているのは紛れも無い天才であることに違いはない。
しかし、横嶌には目立った功績は無かった。
藍染の反乱の際には護廷十三隊の警備のために
多くの死神同様尸魂界に待機をしていた。
卍解を用いて隊士を救った功績にしても、見えざる帝国との戦いにおいても真世界城に突入した者達の華々しい功績に比べれば裏方のように印象は薄い。
そして何よりも、
「少しばかり才能のある子達を見慣れすぎちゃったかな」
直接胃に零すように酒を飲み干す。
苦い物を口に含んだように京楽は眉を顰める。
本来であれば十分に突出した才能として注目をしていてもおかしくはなかった。
「恋次君にルキアちゃん」
「檜佐木君に斑目君⋯」
「そして一護君」
「若いのに凄い子達ばかりだ」
隊長どころか、副隊長や三席であるにも関わらず卍解に至っている者達ばかりだ。
才能の一言では済ませられない。
黒崎一護に至っては死神の力に目覚めてから一年足らずで卍解を会得している。
千年の緩やかな時の流れを打ち壊すように、立て続けに起きた尸魂界を崩壊させんとする事件の数々。
一つ一つが尸魂界において後世語り継がれ続けるべき大事件である。
そんな時代に集まった才能達は京楽の目には喜びや驚きよりも不気味に映った。
まるでこの世の理を揺るがす戦争を鎮めるべく世界の意思が働きかけたようだ。
そのような才能達を目の当たりにした後で横嶌義壱に今更驚くようなことはなかった。
夜空に輝く星があったとしても、そのすぐ傍に月があれば人はそちらに吸い寄せられる。
大きく、丸く、眩く輝いていれば尚更。
仮に大小さまざまな月が密集していたとして、果たしてその隣で輝く小さな星にどれほど気が向くだろうか。
「義壱君はわかっていたのかもしれないねぇ」
彼に賛同した若者たち。
いずれもここ十数年の内に入隊した者達ばかりだ。
僅か四十余人に過ぎないと楽観視する気は起起こらない。
藍染惣右介の反逆を目の当たりにして、彼ほどの死神であっても敗北し捕らわれることを知りながら護廷に反旗を翻した者がそれほどの数に上るという事実。
暗躍するのではない、表立ってはっきりとした反逆だ。
そうさせるだけのものを横嶌義壱が持っているのか、或いはそうさせるだけの想いを抱かせるものが今の護廷にあるのか。
後者だとすればそれを見出し引き込んだのは一体いつだ。
「何一人で飲んどるんや」
「おや、珍しいね平子隊長」
「何を白々しい。とっくに気づいとったやろ。霊圧抑えてへんのやから」
平子は溜め息と共に手にしていた紙袋を足元に置く。
断りもなく京楽の隣、丁度酒瓶を挟む形で縁側に腰掛けると紙袋を開いた。
蓋がされた井が一つ。蓋を開けると海の香りが京楽の鼻孔を擽った。
「あさりの酒蒸しかい。いいねぇ〜」
「流石に手ぶらじゃ失礼やろ。仮にも総隊長に」
「仮にじゃないよぉ。ちゃっかり自分の猪口も持ってきてるし…」
子どものように口を尖らせながらも、京楽は酒瓶を平子に向ける。
平子は小さく頭を下げて向けられた酒瓶に猪口を差し出す。
「美味!?」
一口飲んで平子が目を丸くする。
「ええ酒飲んでるんすね」
「僕はそんなに酒の味にうるさい訳じゃないよ。ま、可愛い子と桜でも眺めながら飲めればどんな美味しいものだけれどね。たまたま今日はそんな気にならなかっただけさ」
空いた平子の猪口にもう一度酒を注いでやると、手酌で己の盃にも注ぐ。
「よくわかったねここが」
「七緒ちゃんに聞いたら縁側で飲んどるてな」
「あらら。黙っててくれればいいのに七緒ちゃんたら」
「伝言や。『考えが纏まったら仕事しろ』やて」
「手厳しいな〜〜」
「ええ副隊長やないか。締めるとこは締める。大事やと思うで」
「僕の自慢の七緒ちゃんだからね」
「惚気かいな。なんやもっと思い詰めとる思たわ」
「ん〜〜⋯⋯⋯考え込んでたのは事実だね。お、この酒蒸し美味しいね平子隊長」
「桃が作ってくれたんや。アンタと飲む言うたらな」
「いい副隊長だね。お嫁さんにするならああいう子だ」
「可愛いお嫁さんっちゅうより口煩いオカンやで」
あさりを摘まみながら平子は苦笑いをする。
平子にとっては雛森は頼れる副官であるが、同時に手のかかる妹のような少女だ。
真面目過ぎて心配になるが、かといって大雑把になり過ぎてひよりやリサのようになって欲しくもない。
「で、考えてたんは⋯義壱の件か」
「うん。異形化だけでも頭が痛いのにね」
「見事に油断しとった。
「だとしたら、藍染よりある意味余程性質が悪いねぇそれは」
嘘吐きを
彼が口にし行動する正義も友情も善意も、全てが本音なのだ。
「藍染の笑顔は相手を刺す為の短刀を隠すためのもんやとすれば、義壱の笑顔はそれ以上の意味は無い。笑うとる時は本当に笑うとる」
「で、心から笑い合うて酒を酌み交わした友を次の瞬間に刺せる、ということかい」
「それも本人にとっては心からダチと思ってる奴をな」
忌々し気に平子が吐き捨てる。
「今回の件。一体いつからだと思うんだい?」
ししゃもを一尾を摘まみ上げながら、京楽は見上げた月に視線を留めたまま問う。
「少なくとも十一番隊におった頃には考えてたやろ」
「そう思うかい?」
「義壱が十一番隊におった頃、名が知られとったんはあのハゲとおかっぱの…確か」
「綾瀬川弓親君だね」
「せや綾瀬川、綾瀬川や。ハゲの方は三席やし副隊長やった草鹿やちるよりも強い言う奴もおったらしいしな、有名なんはわかる。けど綾瀬川の方は五席や。敢えて五席に留まっとったらしいが、だからと言って真面目なだけの奴が四席張れる程お利口さんな隊ちゃうやろあそこは」
「壱君のことは聞いていたよ。腕は確かだが十一番隊らしくないというか、更木隊長達のフォローに回ることが多い隊士だとね。班目君達とは旧知の仲らしい。突っ込みがちな彼らの性格を熟知しているからこその立ち回りだと思っていたよ。穏やかな人となりといい、そう振舞うことに誰も違和感を抱かなかった」
「敢えて黒子役に徹してた、言い換えれば派手に暴れる斑目らの影に隠れて目立たんように立ち回ってたっちゅうことや」
他者を欺いていたのは藍染惣右介と同じであるが、大きく異なるのは本性を隠すための振る舞いかどうかだろう。
藍染の振る舞いを思うに、己の持つ他者と隔絶した才能と実力に裏打ちされた自信を隠そうともしなかったあの振る舞い。
自己顕示欲すら漂わせるあの振る舞いこそが藍染惣右介の素だと平子は見ている。
変わり者の隊長として何かと目立つ平子真司の女房役兼ツッコミ役として、苦労性の副隊長という仮面を被っていたあの男は平子を隠れ蓑にしていた。
おそらくだが藍染は意識的に目立ち過ぎないように己を律していたのだろう。
だが横嶌義壱は異なる。
「逆撫が反応せんかったあたり、あの性格は素なんかもしれんな。演技やないからわざとらしさも無い。藍染に俺が感じ取った嘘の匂いがアイツからせんかったんはそれや」
「血の気の多い十一番隊において、自然にそのサポートに回れる性格が元々のものであるならば、苦労は無かっただろうね。席官になれる隊士は限られてくる。その中でも三席ともなれば別格とも言われる。席官というよりも副隊長に次ぐ存在といった認識が強くなる」
三席は副官補佐も兼任している。副隊長不在の際に副隊長の代行を担うのはその為だ。
十三番隊がその例であろう。
「隊士達から見ればそら雲の上の存在やろうな。碌に口を利く機会も無い上の者より現場で指示する身近な上司に心開くんはわからん話でもない。霊王護神大戦あの戦いで守られた連中なら尚更やろ」
不可抗力とはいえあの戦いで護廷は少数精鋭で敵陣に乗り込み、残りは防衛に当たっていた。
凄惨極まりない壮絶な死闘であったが、多くの隊士達はそれを戦後の報告でしか知らない。
黒崎一護がユーハバッハを倒したことで現世も尸魂界も全てが救われた。
世界の趨勢を決する戦いを目撃した者は驚くほど少ない。
そして、多くの者達にとっては遠い場所で決した世界の趨勢よりも、実際に目の当たりにした戦いの方が心に焼き付く。
黒崎一護をはじめとする護廷十三隊の隊長、副隊長らが英雄だと頭では理解はしてしても、戦いで地獄と化した濤霊廷内を這いずっていた者達には直接手を差し伸べて救ってくれた者こそが英雄だと頭でなく心に刻み込まれたのだ。
「それだけじゃない。彼は四番隊に移籍している。四番隊に移籍する隊士は珍くない。回道の才能が認められた者、剣を握れなくなった者、理由は様々だが、そんな者達にとって義壱君の活躍はさぞ胸がすくものだったろう」
「そこも折り込み済みやったんかもな」
「そう思うかい」
「四番隊に移るんは珍しくないけど、それは十一番隊となれば話は別やろ。俺は卯ノ花さんしか心当たりがあらへん。理由は単純や。十一番隊の連中には『意地』がある」
「見栄とも言うね」
馬鹿馬鹿しいと言いたげに溜息を吐く。
強く酒気を帯びているはずなのに、酷く冷めた息だ。
平子は頷く。
「十一番隊の連中は護廷の切り込み部隊や。戦果もデカいが殉職者の規模もデカい。戦えなくなって移籍する前に戦いで命を落とすアホばっかや。仮に命を拾ても四番隊には行かへん。十一番隊の連中が四番隊を馬鹿にしとるのは有名や。そんな奴らがどの面下げて行ける?喧嘩に命を懸けてた連中なら尚更な」
「彼が移ってからの四番隊の子達の変化は目まぐるしかったよ。特に若い子達はね。めきめき剣の腕を上げていった。強くなることで劣等感は払拭される」
「劣等感が払拭されれば、当然自信に繋がる。そんでもって、自信を持てばこう思うようになる」
「今なら負けないのではないか、とね」
手酌で注いだ酒をひと舐めして平子が目を細める。
「いじめられっ子が強くなっていじめっ子に仕返しをする。よくある話や」
身近なヒーローが自分を鍛えて強くしてくれた。
弱い、惨め、無能、そう言って見下されてきた自分をだ。
侮られて来た者、
嘲笑われて来た者、
罵倒されて来た者、
踏み躙られて来た者、
そんな自分達に寄り添って強くしてくれた存在に果たして依存しないでいられるだろうか。
「二番隊からも造反者はおったんやってな」
「耳が早いね」
「そいつら、庶民か没落貴族の出ちゃうか?」
「鋭いね…本当に」
「当たりか」
「酷いな。カマを掛けたのかい」
「確信はあったけどな。アンタかて言うても構わんて思てたやろ。主犯格の六席と七席が貴族に恨みを持っとる時点で察しがつくわ」
「二番隊⋯というより隠密機動の世界は排他的で閉鎖的というからね。砕蜂隊長も若い頃は随分苦労したというよ」
「容易に想像つくわ。実力主義の世界にあんなちっこい奴がおったらしょーもない連中からは格好の虐めて対象やろ」
女で下級貴族であったことも風当たりが強い要因だっただろうが、そこに敢えて触れるほど京楽も平子も野暮な男ではなかった。
「彼女は才能があり、持ち前の気性もあっただろうが、何より夜一ちゃんへの崇拝があったからね。周りの雑音なんて耳に入らなかったのかもしれない」
「せやろな。有象無象なんて服中に無いタイプやろあれ。どうでもええ奴やったらそもそも視界に入れへんタイプや」
浦原喜助は「嫌い」という夜一とは真逆のベクトルではあるが、強く意識をしてるという点においては夜一の次にくる。
普段から雑な扱いをしている副官の大前田にしても、目を掛けているからこそ傍に置き続けている。
「けど、誰もが砕蜂隊長のように出来る訳じゃないからね」
「大なり小なり劣等感抱えとる奴はおる。要領よく割り切られへん奴もようけおる。そういう奴に寄り添ったるのが上官の務めかもしれんが、護廷はいつでもそうしていられる程の余裕はあらへんし、そないな優しいとこやない。どないな理想や大義があっても、弱肉強食の戦闘集団や」
ドライな言葉とは裏腹に、当の平子自身が納得しかねるとばかりに顔を顰める。
藍染の謀反の件で誰よりも心身ともに傷付いた雛森桃に寄り添い立ち直らせた男にとって、それは事実として理解しつつも何処かで割り切れないものがあるのだろう。
「横嶌義壱は思ったより厄介な男やで。目立たず、侮られず、じわじわ根回ししながら、じぃーっと機を見とったんやろうな」
有能さを見せつければ当然目立つ。
しかし、露骨に無能の振りをすればこれもまた悪目立ちをする。
「四席」として大きく目立つことのなかった男は危険と名誉が伴う最前線に出ることなく、和紙に墨を染み込ませるように影響を伸ばしながらただ待っていた。
藍染の反乱、そしてユーハバッハの侵攻。
尸魂界の歴史を紐解いても類を見ない規模の二つの戦によって、櫛の歯が欠けるように護廷が弱体化していくのを。
「けど、見えへんな」
「見えないねぇ」
「アンタもそう思うか?」
「真っ先に考えるさ」
「せやな。そこが起点になるはずやからな」
「そもそも横嶌義壱が何故こんなことをしたのか…」
「そこがわからんせいで、俺には得体の知れないモンに思えるわ」
「まるで鵺だねぇ」
「鵺か…拳西もそんなこと言っとったわ」