Lantern & Cage   作:FOOO嘉

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怒る
苛立つ
いきり立つ

あの人の道を阻むものに
あの人の信念を歪めるものに
あの人の力になれぬ己に

突き立てることの出来ぬまま牙を研ぐ
今はまだ突き立てられぬ牙を研ぐ

突き立てるその時を夢に見て
突き立てる感触を夢に見て


ただひたすらに研ぎ続ける




昔日の出来事

「…否定はしねぇよ」

 

皹が入った義壱の湯呑みに視線を落とすとこりこりと一角は額を掻く。

その表情には気まずさが浮かんでいた。

 

「射場さんにも叱られたな。テメェで決めた勝手な意地で隊の戦いを汚すなって」

射場なら言うだろうなと義壱には容易に想像が付く。

意地を張るなら張り通せるだけ強くなれという言葉は正論過ぎる。

 

「卍解を会得したのは一角の方がずっと先なんだから、本来隊長に就く資格は君にこそあるのに」

「おいおい、テメェまで恋次と同じこと言いやがんのか?」

 

五番隊隊長藍染惣右介が市丸ギン、東仙要両隊長を伴い尸魂界から逃亡した際、隊長が抜けた隊の隊長就任を恋次に依頼されたことを思い出す。

 

「恋次の言うことも一理あるよ。卍解が使える死神は決して多くはない。隊士達の中には未だに仮面の軍勢の隊長就任に異議を唱える者も少なくない。更木剣八の下で三席、副隊長を務め上げている君なら不満も少ないだろ」

「…お前なら知ってんだろ?俺がそうしねぇって」

「……わかってるよ」

湯呑みを両手で包み込んで俯く義壱に一角は溜め息を吐く。

そういえば、初めて卍解を見せた時もこんなやり取りをしたな。

一角はらしくもない感傷的な気持ちになる。

 

 

 

『一角、君は卍解を会得してるのにどうして隊長になろうとしないんだい?』

 

 

あれは何十年前だっただろうか。

義壱はまだ六か七席の頃だったはずだ。

十一番隊、一角の率いる部隊が最下級大虚(ギリアン)の群れに遭遇した時だった。

隊士は一角と義壱を除いて全滅。

義壱もなす術もなく最下級大虚(ギリアン)の強さと物量に押し潰された。

一体ならばともかく巨大な最下級大虚(ギリアン)が複数体とあっては隊長格でさえも命懸けの戦いになるのだから無理も無い。

やむを得なかった。

使わない事を自身に誓っていた。

例えそれで死ぬことになろうとも。

命と意地を秤に掛けて意地を取る、それが斑目一角という男だ。

しかし、幼馴染の命までそこで意地を優先させる男でもなかった。

故に使ったのだ、卍解を。

結果、最下級大虚の群れは全滅した。

応援要請を受けて駆け付けた十一番隊隊長更木剣八と弓親率いる十一番隊と四番隊隊長卯ノ花烈率いる四番隊が目にしたものは、廃墟の如く破壊され尽くした無人の街とペンキをぶちまけたように広がる最下級大虚(ギリアン)達“だった”ものの残骸。

 

そして、中央に横たわる血塗れの斑目一角と、覚えている限りの回道で彼の命を繋ぐ満身創痍の横嶌義壱の姿であった。

 

二人の傷は深く、特に一角は霊圧も消えかかるほどの重傷を負っていた。

重傷から治療後即入院となった二人には他の隊から誘いの声が掛かった。

最下級大虚(ギリアン)を複数体討伐したことが大きく評価されたのだ。

その功績から一角は他の隊から副隊長への誘いが、義壱にも三席、四席の話が来たがそれぞれ断った。

 

『僕はただ見てるだけだったから』

 

安静を申しつけられ四番隊隊舎の寝床に横たわる義壱は、天井を見つめたままそう答えた。

律儀な義壱らしい、それに一角にも納得がいく理由でもある。

しかし、義壱の方は一角に納得していない様子であった。

 

『…けど一角は違うだろ。あの功績と卍解があれば隊長への就任に異議を唱える隊なんて』

『他の奴らとか関係ねぇよ』

 

寝床から身を起こす。「いてて…」微かに呻くと一角はは鈍った身体を解すように腕を伸ばす。

 

『俺は隊長になりたいんじゃねぇ。隊長になれば更木隊長の下で戦えねぇってことだ…俺の望みはただ一つ』

 

一角の目が真っ直ぐ義壱を見据える。

 

 

『あの人の下で戦って死ぬことだ』

 

宣言の様にも聞こえるその言葉の強さに義壱は目を見開くと、小さく「そうか…」と笑った。

一角にはそれが何処か悲しく、寂しげな笑みに見えた。

 

 

* * * *

 

とっぷり夜も更ける頃、一角と義壱が月明かりの下をゆったりと歩いていた。

正確には片方はふらつく足取りで支えられながら辛うじて歩いている体をなしているだけだが。

 

「あぁ〜〜久しぶりに飲んだねぇ〜〜」

「いや、飲み過ぎだろ…」

 

顔を真っ赤にして、ヘラヘラとだらしなく笑う義壱に肩を貸してやりながら一角は少し後悔する。

酒が好きな割に決して強い方ではなかったことを忘れていたつもりは無かったからこそ強く勧めはしなかったが、義壱自身が手酌で飲む分には止めようが無い。

せめてもの救いはおろし立ての隊長羽織に酒や吐瀉物をぶち撒けずに済んだことだろうか。

 

「一角〜もう一軒行こう〜もう一軒〜」

「馬鹿野郎。そんなベロベロで何言ってやがるんだてめぇは」

「ぜんぜん酔ってないって〜」

「……俺そのセリフを酔ってない奴が言ってるの見たことねぇわ」

 

典型的な酔っ払いぶりに溜め息が出る。

早々に二軒目に向かった射場と弓親が恨めしい。

体良く酔っ払いの面倒を押し付けられたのだ。

相手が平隊士、或いは射場や檜佐木であれば道端に捨てて行くのだが、幼馴染とはいえ隊長となれば雑に扱う訳にもいかない。

当然隊舎転がしておく訳にもいかず、必然的に四番隊隊舎近くの邸宅まで連れて行く他無い。

 

「あぁ〜めんどくせぇ〜お前酔わない回道とかねぇの?」

「ん〜?あるにはあるけど事前に掛けておかないと意味が無いね」

「何でだよ」

「酔った頭で術式なんて危なくて出来るわけ無いだろ〜一角はバカだな〜」

「……テメェ…捨ててくぞマジ」

 

確かに危険な行為なのだろうが、それはそれとして明確に馬鹿にされ一角のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「それにせっかく飲むのに酔わないのは楽しくないし」

「それもそうだな」

一切酔いが回らない状態で飲む酒はさぞ面白くないに違いない。我ながら確かに馬鹿な質問をしたものだと苦笑する。

 

 

「ははのかおしらずにぬすみをしり〜ちちのかおしらずにさぎをしり〜ながれつづけて〜」

 

そんな一角のことなどには構わずに義壱は調子が少し外れた歌を口ずさむ。

酒が入って上機嫌な時に時折歌うそれは一角も知っている歌だ。流魂街に生まれ育ったならば耳にする童歌の一つだ。

 

 

─── 母の顔知らずに盗みを知り ─── 父の顔知らずに詐欺を知り ─── 流れ続けて気付けば悪たれ…

 

 

子供の頃は当たり前の様に歌っていたが何とも酷い歌だ。流魂街の子供がそのまま悪党になっていくのを歌った童歌。自嘲なのか無頼を気取っているのか。歌が作られた背景はわからないし、興味も無い。

ただ、この歌を聴くと少なからず感傷的な気持ちになる。

 

「そういやさっき言ってたのってどういう意味なんだ?」

「どうって?」

「ほら、命の危機だから放っておけねぇって」

 

酒宴の席では深く追及しなかったが、魚の小骨のようにそこが引っ掛かっていた。

十一番隊隊士の態度の悪さは周知の事実だ。

血の気の多い荒くれ者揃いだから仕方ないと半ば黙認すらされている。

隊士同士の喧嘩が斬魄刀(エモノ)を持ち出しての流血沙汰に至ることもなくはない。しかしそれが他の隊、それも四番隊に対してはあり得ることとは思えない。卯ノ花烈が殉職(一部の死神を除いてそう伝えられている)して以降、四番隊隊士達に狼藉を働くことは十一番隊では御法度だと暗黙の了解になっているのだ。

それには「見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)」の侵攻を受けた際に多くの十一番隊隊士達が四番隊隊士達に命を救われたからであり、卯ノ花烈が初代剣八であった事実から来る畏敬の念でもある。

そして、何より更木剣八その人が四番隊への愚弄を許さないからだ。

件の隊士達も後日一角自らがヤキを入れに行くつもりであった。

だからこそ、命の危機とまで言う義壱の言葉に微かな違和感を覚えていたのだ。無論、少し引っ掛かる程度であるからこうして酔っている義壱に尋ねている。わざわざ後日問い質すまでもないと。

 

「そりゃあね、今は四番隊だからと言っても、十一番隊は古巣だしね。そこの隊士達が死ぬのを放っておけないさ」

「…はぁ?」

何だそれは、まるで因縁を付けていた十一番隊の隊士達が殺されるところだったとでも言うのだろうか。彼らが絡んでいた隊士は華奢な女だということは聞いていた。しかし、それが誰なのかまで一角は把握していない。

 

 

「なぁ、義壱。そいつぁ…」

「隊長!!」

 

凛とした透き通る様な声に一角の言葉は遮られた。

いつしか辿り着いていた四番隊の邸宅の前には一人の少女が佇んでいる。

夜の寒さに身を震わせる少女は義壱の帰りを待っていたのかもしれない。

小走りに駆け寄る少女は死覇装を着るというより着せられていると言った方がしっくりくるほどまだ歳若い死神であった。平隊士であろうか。義壱は昔からその整った容姿と穏やかな物腰から年下の隊士に慕われていた。隣に強面の一角と近寄り難い空気を発している弓親がいたこともあったから余計にそれが際立って見えていたのかもしれない。

 

 

「一角、 ──── 」

 

小さく義壱が呟いた。

 

「横嶌隊長!もう、そんなに飲んで」

「あはは、咲良さんごめんよ。待っててくれたのかい?」

「邸宅の鍵をお忘れでしたよ?誰かが留守番をしないといけないでしょ」

「そうだったね」

だらしなく笑う義壱を呆れたように見上げる少女の眼差しは柔らかくしっとりとした湿度を帯びていた。

 

 

「斑目副隊長、ありがとうございました。後は四番隊が引き受けますので」

「あ、ああ」

ぴしゃりと幕を下ろすように叩き付けられた言葉よりも、自分に向けられた眼差しに一角は面食らう。

「さぁ、隊長。私が肩をお貸ししますから」

「ありがとう、咲良さん」

「はいはい、しっかり歩いてくださいね」

「じゃあね、一角」

「おう、しっかり水飲んどけよ」

 

軽く手を振って邸宅に戻って行く義壱と、彼に肩を貸す少女が邸宅の中へと歩いて行く。

身長差のせいで義壱がもたれ掛かるようになって歩いて行く二人が邸宅の門に入る寸前、一度だけ少女が一角を一瞥する。

先程と同様の眼差し。可憐な少女にそぐわない冷たい目。

侮蔑と嫌悪と何か言葉にし難い感情の込められた瞳。

 

 

一角の脳裏に義壱の言葉が過ぎる。

 

 

『一角、僕は彼らを彼女から守ったんだよ』

 

 

その少女が、四番隊五席であると一角が知ったのは翌日のことであった。

 

 

 

 

 

 

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