切り結ぶ
打ち込む
焼き払う
野蛮な刃が疎ましい
粗暴な刃も疎ましい
勇気の欠けたる己が刃が
錆びた己が刃が
何より疎ましい
「あ〜あ⋯新人君達委縮しちゃった⋯あんなに叱り付けなくても」
伊江村の隣に座って事の成り行きを眺めていた荻堂春信がつぶやく。
愉し気な口調に伊江村のこめかみが引き攣る。この部下はどういう訳かいつも伊江村を揶揄う。上下関係を何だと思っているのだという説教は今更過ぎて言う気すら起こらない。
「鍛錬中だぞ荻堂」
「そうは言っても咲良さん出て行っちゃったじゃないですか」
「彼女がいないからといって鍛錬をしない理由にはならん」
若干語気が荒くなった伊江村の言葉が聞こえたのか、葵達が去った入り口を名残惜しそうに見ていた隊士達が気まずげに顔を見合わせ、やがてのろのろと重たい腰を上げる。
そんな隊士達の様子に荻堂は口元に小さな苦笑を浮かべる。
「やめる理由にはならないけど、モチベーションが下がる理由にはなりますよ」
苦虫を噛み潰したような顔になった伊江村を、荻堂は愉快そうに見る。
「弛んでるとは思いますけど、隊士を責めないでくださいよ。四番隊なんですよ僕ら」
やる気の無い情けない物言いに聞こえるが、荻堂の言葉はある意味では四番隊の大半の本音でもあった。
他の部隊、特に十一番隊から未だに侮蔑の対象となることが多い四番隊であるが、その隊務は膨大の一言に尽きる。
護廷十三隊が常に闘いに身を置く性質上、怪我は切っても切れない問題である。それ故、四番隊の手が空く時は無いと言ってもいい。
ただでさえ多忙を極める上に、普段後方支援を主とする四番隊にとっては多忙の合間を縫っての鍛錬に対する意識は決して高いものではない。それどころか、鍛錬によって怪我をするようなことがあれば多忙な隊務が更に滞りさえするのだ。
前線に立つのは事実十一番隊である以上、自分達が血眼になって自らを鍛える必要があるのかと疑問に思う隊士も少なくはない。
そもそも、四番隊に限らず始解を使えない隊士は珍しくないのだ。斬術への意識が高まる要素は少ない。
そんな中で咲良葵が入隊したことは四番隊でも大きな話題を呼んだ。
真央霊術院を主席で卒業した逸材。
斬拳走鬼を兼ね備えた才女。
彼女が入隊する部隊は年若い隊士達の注目するところとなったが、彼女が進んだのは彼女をよく知る友人を除いて誰も予想だにしないものであった。
四番隊。
護廷十三隊で唯一救護班を持つ部隊であり、後方支援を主とする補給部隊。
予想外の希望先に色めき立ったのは四番隊の隊士達であった。
噂の才女が入隊するという報は若き隊士達の士気を大いに高めた。
咲良葵が見目麗しい可憐な少女であったことも士気の向上に大いに貢献している。
そして入隊後の葵の働きぶりは噂に違わぬもので、救護に援護に補給にと四六時中駆け回り、また四番隊士には珍しい程に鍛錬にも励んだ。
「ぶっちゃけ伊江村さんより強いですよね彼女」
「黙れ。お前はどうなんだ荻堂」
「僕?もちろんコテンパンですよ」
「私はコテンパンにはされていない」
「そうですよね。一撃でしたものね」
「ぐっ⋯」
女性隊員達が憧れる端正な顔立ちに腹が立つほど爽やかな笑みを浮かべて抜け抜けと言ってのける荻堂を睨むと、伊江村は葵が去って少しばかりテンションの下がった隊士達の試合に目を向ける。
伊江村からすれば現金極まりないことに、葵が鍛錬場に頻繁に顔を出すと聞き付けた隊士達が鍛錬場に足繁く通うことで四番隊の隊士達が訓練すること格段に増えたのだ。
閑古鳥が鳴く四番隊の鍛錬場から木刀同士のぶつかる音、気合いを入れた雄叫びすら聞かれることが増えた。
葵目当ての隊士が多いことが起因していることであるが、それだけ葵が鍛錬場に現れているという意味であり、葵が如何に鍛錬に励んでいるかの証左でもある。
そして、同時にそれは彼女の鍛錬の相手をいつも務めている横嶌義壱もまた鍛錬に励んでいることの証左でもある。
「伊江村さんは⋯やっぱいいか」
「気になる区切り方は止めろ腹が立つ」
「いや、伊江村さん的には納得してるのかと思いましてね」
「要領を得んな」
荻堂は声を潜める。
「横嶌隊長ですよ」
何を言わんとしているのか伊江村はすぐに察した。
四番隊四席から二段飛ばしで横嶌は隊長になった。当然だが隊長就任前の横嶌は三席である伊江村の部下であった。
自分の頭上を一気に飛び越えられた形になったことについて伊江村には何か思うところが無いのか、荻堂はそう言いたいのだろう。
「.....私はあの人が隊長となることに異論は無い」
嘗て十二番隊隊長であった浦原喜助も二番隊三席からの昇格であったが、四席や五席からの隊長就任という例は伊江村の知る限りは無い。
横嶌は十一番隊の頃から四席を務めていた。あの強さ以外の価値観を認めない(伊江村から見ると)ならず者集団の四番目に強い男であったのだ。
四番隊において横嶌義壱は十一番隊在籍時と変わらず四席の座にいた。
純粋な強さでは伊江村を上回るが回道の習熟度と救護班としての経験を加味した上での判断であったが、十一番隊の人間は皆野蛮と見なしていたため、伊江村としては正直なところ嫌味か恫喝くらいは覚悟していた。
だが、横嶌という死神は会ってみると上背こそあるが優男と言っても差し支えのない男であり、その物腰も柔らかく三席である伊江村に対しても礼儀を以て接してきた。同隊の綾瀬川弓親が後に入院した際、五席であるのにも関わらず伊江村を顎で使ったのとは大きな違いだ。
尚、荻堂に至っては八席であるはずなのに更に伊江村を嘗め切っており、敬意が欠けている。
兎も角、人格的にも能力的にも横嶌義壱という男には十分に隊長たる資格があると伊江村は考えている。
そもそも、隊首試験に合格をしている時点で三席である伊江村が疑問を挟む余地はない。
そして、何よりも⋯
「私が横嶌さんにとやかく言えるはずも無いだろう。彼がいなければ私はここにいなかったのだから」
「伊江村さん⋯」
荻堂が薄く笑う。
「本当は可愛い咲良五席を侍らせて羨ましいなチクショウ。俺も三席の権力使ってあの可愛くて小さな身体にイタズラしちゃいたいぞ〜って思ってるんでしょ?」
「よし、剣を取れ」
「えぇ〜いやだなぁムキになっちゃって」
こめかみに青筋を浮かべた伊江村の視線を涼し表情で華麗に無視しながら荻堂は伊江村の言葉を反芻していた。
(彼がいなければここにはいなかった⋯ね。まぁ、実際そうだよな⋯それって伊江村さんだけじゃなく四番隊全員に言えるんだけどさ)
「
隊長格すら敗れた
護廷十三隊で最も純粋な戦闘力において遅れを取る四番隊が、そんな地獄の中を這いずり回った日のことを伊江村も荻堂も、四番隊の誰もが今尚昨日のことのように思い出せる ──── 思い出せてしまう。
四番隊士としては新参に位置し、四席であった横嶌義壱の隊長就任に異を唱えないのは爪痕が生々しいからなのかもしれない。