ゾルディック家のブラコン長男 作:見切り発車丸
コンスタントに毎日2試合ずつ。
そんな生活を始めて33日目でようやく150階まで勝ち進めた。
最初こそ10階飛ばしで勝ち進めることができたが、試合に時間がかかり、相手からヒットを貰ったりすると階数もそれほど飛ばしては上がらなくなっていった。
大きくはないが怪我を負うようにもなった。
完全に自分の欠点を突かれた形での攻撃をモロに食らうことを繰り返すことで、ルイは相応にあった自信を失った。
次の戦闘に支障が出るほどではないにしても、怪我が続くと1日に2試合は厳しくなってくる。
片目が腫れて見えづらいなかでの戦闘は、よいハンデになったが、いらぬ怪我をさらに増やした。
対人戦、それも一般人との命を賭けない戦闘の難しさを痛感していた。
殺しと手合わせは大きく違う。
イルミが生まれる前のルイであれば、200階に到達するという目的のためにだけ戦い続け、攻撃の結果人が死んでも仕方ないと考えていただろう。
仕事での殺しはするが、自ら望んで人を殺しはしない。
再起不能なほどの怪我もできれば与えたくない。
そう思うが故に、ルイは自らの多少の怪我よりも相手の命の安全を選んで戦っていた。
もしもこの戦闘をシルバが見ていたら、渋い顔になること間違いなしだろう。
軟弱な考えを抱かせるために天空闘技場へ送り込んだのではない、と即刻ゾルディック家へ連れ戻していた可能性さえある。
ルイの戦闘技術は人と手合わせすることではなく、相手の急所を突いて機能を損じさせたり、命を奪うことに大きく偏っていた。
いかに素早く、相手に悟られぬように命を奪うか。
悟られたとしても、いかに素早く相手の動きを封じて確実に仕留めるか。
そういった戦い方でいままでの人生を歩んできたからだ。
人を簡単に殺せるのと、人に魅せる戦いをするのとは180度違うのだと実感しだしたのは150階に到達してからだ。
自分と大きく実力に隔たりのある相手であれば手加減もできる。
実力が拮抗してくると、その手加減が恐ろしく難しかった。否、できなかった。
何度相手の腹を射抜いて殺そうとした自分を止めたことか。
その不自然な間を突いた相手の攻撃でルイは怪我を負っていた。
暗殺は対象に気づかれぬように行う。
相手を認識して戦闘が始まる――――この時点でも大きく勝手が違っている。
初撃を与えられるアドバンテージがどれほど大きなものなのかを身をもって知った。
鳩尾を軽く一発殴る。
簡単なことだ。
この簡単な動作ですら闘技場での戦闘となると、軽く一発が言葉以上に難しかった。
軽すぎてもヒットにならないし、強すぎると殺してしまう。
ひ弱な赤子と屈強な男とゴーレムと、それぞれ殴る強さが変わる。
それぞれをきちんと区別して適した威力の攻撃をすることが、殺さぬように傷つけ過ぎぬように威力を調整するのが難しい。
しまったちょっと力が強すぎた、なんてことになると慌てて途中で威力を殺そうとしても、殺しきれずに相手がノックダウンしてしまう。
念を覚えていない一般人の身体は、豆腐のようにやわらかい。
殺さぬように、再起不能なほどの怪我は与えぬように。
しかしながら相手にダメージとしてきちんと届き、審判にも観客にも楽しんでもらえるように。
一朝一夕で出来ることではなかった。
設定した当初は簡単だと思っていたが、己が目標とするところは自分が思うよりもずっと難しいことだった。
どれほど屈強な筋肉に包まれていようが、能力者かそうでないかは大きい。
強い一般人か、弱い能力者か。
比べれば、きちんと纏をしたひ弱な能力者に軍杯が上がるだろう。
ルイは相手の力量をなるべく正確に推し量り、自らの攻撃を数値化することによって、相手への的確なダメージを与えることができるようになってきた。
攻撃の数値化は、念能力の流にも通ずるところがあり、修行は身体能力と念能力と二方向に捗った。
馴染んでいるのは暗殺スタイル。
一発で命を奪えない場合は、足や腕等を壊して動けなくして、獲物を仕留めていくものだと身体が覚えている。
相手に効果的なダメージを与えられず、相手がずっと5体満足で戦闘が膠着する場合、迷わず逃げるよう教わっていた。
お互いを高め合うために行う戦闘があることをルイはこの年まで知らなかったのだ。
イルミと早く会うためにも、一刻も早く帰りたい。
シルバからこの修行には相応の時間をかけるように言い付けられており、当初守る気はさらさらなかった。
だが、時間は嫌でもかかりそうだ。
疲労も蓄積したルイは早く帰ることは諦めて、試合を1日に1回に減らし、土日は休息日に設定した。
急がば回れだ。
初日のファイトマネーは微々たるものだったが、手持ちの金が増えてくるのに合わせて口座を新設した。天空闘技場用の口座だ。
天空闘技場では現金だけでなく、ファイトマネーを口座振り込みすることもできた。
そして、試合と共に開催される賭けでも口座から直接送金することができた。
200階以上は動く金の額が大きく相当楽しいと、賭けに狂った廃人が一方的に語りかけてくる。薄汚れた身なりで、身体からは獣のような臭いがする。ついでにそいつは口も臭かった。
天空闘技場はヤバい人間の巣窟だ。
ルイは元々それなりに金を持っている。
家業を請け負い、報酬を与えられていたからだ。
特に使い所もないためそこそこの金額が貯まっていた。
ルイはパソコンや携帯は持ち合わせていなかった。イルミが生まれてから欲しいものがいくつかできたが、シルバやキキョウに強請るとすぐに買ってもらえるため、自分の金を使う機会が滅多になかった。
そんなこんなでしっかり口座に残高が残っており金に困っていないため、天空闘技場で得た金は、天空闘技場で使うことを決めた。
100階までは近くのホテルを利用した。これもファイトマネーで。
初日は1階の152ジェニーと50階の5万ジェニーで食事付きのそこそこ良いホテルを借りられたのだ。
ホテルで食事をするのと寝るのと修行する以外は天空闘技場で熱心に観戦していた。
ゾルディック家から、日々の拷問から離れることができたというのに、自由に観光しようという気持ちはルイには皆無だった。
熱心に闘士を観察して、ファイトマネーを自分が勝ちそうだと思った者へオールイン。
勝率は7:3くらいだ。
同じくらいの実力の人間は一見するだけでは、どちらが勝つと当てるのはとても難しい。
高い実力を持っていても、その日の体調が悪ければ格下に負けることだってある。
体調はよくとも、憂いごとで心になにかを抱えている実力者が負けることだってある。
八百長で負ける人だっている。
結構難しいのだ。
生死を分けた戦いであれば、ルイはかなり高い確率で勝者を推察することができただろうが、ここは闘技場だ。
200階までは3分3ラウンドのP&KO制となっており、相手に相当の悪意がない限りは死ぬことはない。
ルイは天空闘技場で稼いだすべての金をオールインしているので、負ければ無一文となり、再び試合でファイトマネーを稼ぐところからはじまる。
そのためホテル暮らしは100階をこえて専用の部屋を与えられるようになってからやめた。
天空闘技場内部で金を回しまくっている。
勝ち進めているときのルイはオッズを狂わせる天才であった。
そうして半年も経つ頃には命を奪わない戦闘に慣れてきて、実力が自身よりも低く思われる相手との戦闘時には、自らに制約を課すことにした。
左腕を一度も動かさない、右腕と右脚しか使えない、息を止めて戦う、などなど思いつく限りのものを、相手の力量に合わせる形で行った。
力量差が大きくとも自らに制約を課すことで、誰が相手であっても学びが多く、毎度の戦闘を心から楽めた。
勝っても負けても美しい笑みで相手に感謝し、健闘を称え、観客にも愛想を惜しまないルイはもはや暗殺者という職業をすっかり忘れ去っている。
暗殺者どころか、天空闘技場のアイドルとまで呼ばれ出していた。
目を瞑っても戦ってみたいのだが、さすがにそこまであからさまなことをしてしまうと、天空闘技場から退場させられてしまう可能性があると、最近のルイは制約の方面で自重するようになっていた。
200階以降はファイトマネーが出ないため、金を稼ぐためにわざと負ける人間がいるのだ。
あまりにもあからさまだと天空闘技場のスタッフに目をつけられる。
ルイの行動に目敏くも気づいているスタッフはいるのだが、その絶大な人気のために見逃されていた。
会場を沸かせるルイの試合は常に満員。立ち見の客までぎっしりだ。
天空闘技場側からしても人気の闘士の存在は喉から手が出るほど欲しいものだ。
ルイのように話題性抜群で、かつ試合展開が面白く、平日はコンスタントに1日に1試合して、勝ち負けはランダム。
土日など賭け客が入りやすいときには休んでいるのもまた良かった。
ルイがいるとその試合に客が集中してしまう。それはそれでいいのだが、彼が平日だけしか戦わないおかげで、平日に入る客が右肩上がりに増している。
今日は右腕を使っていないな、だなんて観客が楽しそうに言い合っているのを黙認しているのは、それ以上に益があるし、悪質性がないと判断されたからだ。
さらには得た金はすべて賭けに費やしているのだから天空闘技場側からしてメリットしかない。
なんならスタッフの中にも少なくない数のルイのファンがいる。
行き過ぎたファンに待ち伏せられることもあった。特に実害はないので放置している。
ある晴れた土曜日の朝。
朝イチのトレーニングで軽く汗を流したルイは、珍しくも天空闘技場から出ていた。
彼にしては珍しく、買い物がしたかったのだ。
ルイが天空闘技場から出てきたところを、異様に熱い視線で女性が見てきた。
艶やかな長い黒髪の、若い女性だ。
特に話しかけてくるでもなく、危害を加えてくるわけでもない。
ルイはその熱すぎる視線に気付きつつも、そちらへは一目もくれずに歩き続けた。
時を同じくして、同じく天空闘技場から幼い子どもの手を引いた少年が出てきている。
お互いのことはまるで認識せず、少年たちは目的の方向へと歩んでいく。