ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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鬱展開
他者視点

幕間(3話構成の予定です)
幕間 読まなくても大丈夫だよ


幕間
クロウ=モロウ


 クロウは幼い頃から人に囲まれて育ってきた。

 

 ふと気づけば彼の周りには人だかりができている。

 常に人の中心にいるタイプだった。

 

 人を喜ばせることが大好きで、幼い頃から呼吸をするように人助けをして育った。

 多少時間に遅れようとも、目の前に困っている人がいれば放っておけず、我が身を犠牲にしてでも助けたがる悪癖があった。

 それを悪癖だ、と断じたのは後にできたクロウの妻だ。クロウはただ己の性分に従って生きていただけなのだが。

 

 

 騙されているとわかっていても、きっとなにか事情があるのだろうと笑顔で騙されてやる。そんなクロウだからこそ、性質(たち)の悪い人間も寄ってきた。逆に危なっかしいクロウを守ろうとする人間もまた寄って来た。

 

 だから結局彼自身が防衛する必要性はなくなって、幸か不幸か元来の気質通りのふわふわとした性格のまま育っていった。

 人の悪意など見たことがないかのような絶対善の微笑み。

 

 

 クロウの彼女を名乗る女性は常に何人かいた。

 だがその誰とも恋人関係にはなかった。それなのに、その誰もがクロウのことを束縛したがった。

 束縛は窮屈だ。

 面と向かって嫌だと言えないクロウの性格のせいで、女たちは好き勝手に張り合って、好き勝手に傷つけあった。

 誰の肩を持つわけでもないが、目の前で傷つけ合われて止めないわけにもいかない。

 クロウが己の身を呈して必死で止める姿を見て、女たちは暗い愉悦を覚えるのだった。自分のためにクロウが傷ついている、と。

 

 

 勝手に傷ついていく人間を見るのも嫌だし、人を傷つけることも心から苦手だった。

 人に殴られても、相手のことを心配するくらいのぶっ飛び具合だ。

 

 クロウの将来を危うんだ親が格闘技を習わせたのは当然の流れだった。弟の方はそれほどおかしなところはないのに、どうしてなのかしら。なんて夫婦で首を傾げながら、それでも人に恵まれ純粋に育つ我が子を広い心で見守っていた。

 

 

 ボクシングは気質に合わず、合気道の道場へ通うこととなった。

 

 人を傷つけることは苦手だが、攻撃を受け流したり、相手を痛めつけないように無力化したりするくらいならばクロウにもできた。運動神経は良かったので上達も早かった。

 

 正氣道という流派で教わっていたクロウは、性根の真っ直ぐさやその才を認められて、師範代からこの道をもっと極めるといいと勧められた。

 片手間に行っていた武道に身を捧げ、少しずつ攻撃や防御といった型に慣れてくる。戦いとは傷つけるばかりではないと学んだ。

 

 道を極めていくうちに自然と念を覚えた。

 

 念の師はもちろん道場の師範代だ。その頃には師範からも直接教えを授かるようになっていた。

 

 

 念能力に目覚めてからは、さらに戦うのが楽しくなった。

 

 しつこく付きまとう人たちから逃れるためにも、家族と師範と師範代だけに武者修行の旅に出ると伝えて、親しい友人にすら場所も理由も知らせず突如として天空闘技場へと向かった。

 

 他者に喜ばれることが大好きなクロウはそのルックスも相まってあっという間に人気の闘士となった。

 

 200階を超えると念を用いた試合もできた。

 デスマッチを挑まれたことも多々あったが、人の命は取るのも取られるのも嫌いだ。もちろん受けなかった。命のやり取りのない安全な戦いはクロウにとても向いていた。

 

 自分も楽しいし、他の人も楽しんでくれる。

 

 クロウの戦いぶりを見ていてその強さを誰よりも知っているファンは、遠巻きにクロウを見つめるだけで過度に接触しようとはしてこない。

 

 しかしながら、クロウのことをどこで聞きつけたのか、故郷からクロウを追ってきた女が一人、ファンに紛れていた。

 

 ここではクロウの自称恋人が乱立していなかったため、クロウからしてみれば、いたって普通の女友達のように接してくれた。もしかしたら向こうはこの時点でも恋人だと思い込んでいたのかもしれない。

 

 そんなことには気づかないクロウは、心から充実した日々を過ごしていた。

 

 

 クロウは生まれてから今まで、家族に恵まれ、たくさんの友人に恵まれ、幸せに暮らしてきた。

 

 誰にでも平等な態度で誰といても関係なく楽しめていたが、突然それができなくなった。

 

 

 気づけばいつも一人の女性のことを考えている。

 

 目の前のことに集中できず、他の人と一緒にいるのにその女性と一緒ならばどれほど楽しいだろうと考えてしまうようになったのだ。

 

 

 クロウにとって初めての恋であった。

 

 

 明らかに様子がおかしくなったクロウに、故郷から追いかけてきたクロウの自称恋人――俗に言うストーカーは、想い人が出来たことに気づいた。

 気づき、クロウの視線の先にいる女を排除しようと動いた。

 精神的にも物理的にも過激な女だった。

 

 クロウならば力づくで排除することもできただろうが、人を傷つけることを厭うクロウにはその選択肢が思い浮かばなかった。

 

 そこで天空闘技場から去ることにした。

 

 人が大好きで、試合には一度として遅れたこともない律儀な彼が試合を組んだのをすっぽかして。愛する女性と一緒に蒸発した。

 試合をすっぽかしたのが功を成した。

 

 

 ストーカーは街中で忍者に付き纏われているクロウをこっそりと尾けていたが見失った。

 クロウを見失ったらしい忍者の姿は見つけられたのだが、肝心のクロウは見つけられなかった。

 いつもの通りに試合に出るだろうからすぐにクロウを見つけられる、と観客席で瞳を爛々と輝かせて待ち構えていた。

 試合をすっぽかしたからこそ、この厄介な女からうまく逃げられたのだった。

 

 

 クロウたちはヨルビアン大陸西海岸にある都市へと向かった。

 大都市で人の往来も激しいため、うまいこと人に紛れて生きていけるだろうと踏んで。

 

 見事ストーカーから逃げおおせたクロウたちは、周りの人間に無関心な都会で二人の仲を深めた。

 

 そこそこの額を天空闘技場で稼いでいたため、日々熱心に働かなくとも夫婦二人でそこそこの暮らしをしていくことができた。

 

 クロウは念能力者だが、彼女はそうではなかった。

 だが彼女には天賦の才があった。

 クロウがこっそりと念能力を使った際に「あなた、身体が光っているわ」と不思議そうに言ったのだ。

 クロウの妻は生まれながらにオーラが見えたのだ。

 

 クロウはまだ修行中の身で人に教えられるほどの器ではない。だからクロウは妻には念能力のことを伏せた。

 力を持っていれば、厄介ごともまた近寄ってくると知っていたからだ。

 

 

 最高の知らせと、最悪の知らせはほぼ同時に来た。

 

 最高の知らせは、無事第一子ヒソカが生まれたことだ。

 そして最悪の知らせは、血走った目をしたストーカーがクロウたちのもとへ再び現れたこと。

 

 眉を吊り上げ、真っ赤に血走った目をひん剥くようにして、顔面を引き攣らせたその女の顔。

 あのおぞましい顔はきっと一生忘れられない。

 

 言葉になっていない狂った雄叫びを喚きながらストーカーは妻へと飛びかかった。

 もちろんクロウはその間に入り、女の両肩をしっかりと掴んで安全に距離をとった。

 だがストーカーの身体から眩く輝くナニカが光の速さでクロウの顔の横を過ぎ去ってゆく。「あ」と妻が呟くのが後ろから聞こえた。

 

 慌てて振り向くと、彼女はなにがあったのかわからない様子でただ虚空をぼんやりと見つめている。目の焦点があっていない。

 

 心臓が早鐘を打つ。

 

 焦ったクロウが呼びかけると、はっと我に返った様子で呆然とストーカーを見ていたので、少し安堵した。

 

 街中で叫び散らすストーカーを気絶させ、クロウは妻と子どもを連れて逃げた。

 二人で相談し、次の逃亡先は流星街に決めた。

 今度は誰にも伝えなかった。

 人の口に戸は立てられぬとはいえ、家族と師範、師範代にしか伝えていないのに。一体どこから漏れたのだろうか。いや、そんなこと考えるべきではない。

 

 妻の故郷である流星街ならば、きっと簡単には追ってこれないだろうし、街の住人同士の結束が強いから、産後の妻も子どもも安心して過ごせるだろうと信じた。

 

 

 

 

 

 流星街での日々は、正直あまり覚えていない。

 

 常に警戒のために気を張っていたのと、終わりが見えない睡眠不足で頭がどうにかなりそうだったのだ。

 

 極限の疲労でふと気を失うことが多々あった。それがクロウの睡眠だった。

 

 数秒後に眠っている自分に気づいて慌てて目を開けると、眼前にナイフを振りかぶった妻がいた。殺気もまるでない。

 

 またか。そう思いつつクロウが妻の包丁を取り上げる。妻の名を何度も呼び続けると、ぼんやりとしていた妻がはっと我に返り「またやってしまったのね……」とクロウの手にあるナイフを見下ろして呟くのだった。

 

 クロウは家中から包丁やハサミなどをなくした。

 

 ペンやハンガーや割れた鏡などの鋭利なものでも何度も攻撃されるから、そういった類のものを一歳合切家からなくした。

 

 ()()()なときに話を聞いたところ、妻が攻撃をするとき、妻の意識はぼんやりと遠いところにあるらしい。

 

 キミは悪くない。

 なにも悪くない。

 

 そう言って妻を抱きしめながら、背中を刺されぬように神経を尖らせる。

 

 まともに面倒をみて貰えていないヒソカは日がな一日中泣いているようなものだった。特に夜泣きが激しかった。

 

 ヒソカを預けることはもちろん考えた。

 だがまだ幼いヒソカと絶対に離れたくないと妻は言い張った。

 クロウのことを攻撃することはあっても、ヒソカにその魔の手は伸びなかったため、クロウは渋々頷いた。自分が耐えれば良いだけのことだ。

 

 妻がまともな間は、やさしく子守唄を歌い、乳をやり、ヒソカを愛情たっぷりに慈しんでいた。

 

 だがクロウは赤ん坊の泣き声がずっと遠いところで聞こえているような気がして――それで己が眠っていることに気づいて慌てて起きるような毎日だった。

 

 妻の魔の手から己を守りつつ、症状は悪化し、一日の大半をぼんやりとして過ごす妻の代わりにヒソカの面倒をみる。

 

 育児なんてしたことがないのは妻も自分も同じだ。

 

 流星街の乳母衆から最低限の育児を教わり、必死に、本当に必死にヒソカを育てた。

 

 遠いところで必死に泣き叫ぶ赤子の声がする。

 随分と必死に泣いている。

 その声が少しずつ小さくなっていき――静かになった。

 

 

 しまった、眠っていた!

 

 

 音が聞こえなくなって少しして飛び起きたクロウは、目を見開いてヒソカのもとへと走った。

 

 全身に念を帯びて、物のない無機質な部屋を疾走した。

 

 ヒソカの部屋を開けたとき、ベビーベッドの側に立つ妻に、クロウはあの般若の形相のストーカーを見た。

 黒く禍々しい念が妻を覆っているかのようだ。

 妻はほっそりと骨ばった白い指で、なにかに抵抗するように震えながらヒソカの細い首をゆっくりと締め上げている。

 

 クロウは声にならない悲鳴をあげた。

 

 すぐさまヒソカを抱えて、妻を気絶させた。

 

 愛する妻を気絶させるためとはいえ殴打することに激しく胸が痛む。

 

 眠気とやるせなさと吐き気と頭痛でどうにかなってしまいそうだった。

 

 クロウは滂沱の涙を笑いながら流していた。

 

 笑っていないと本当にどうにかなってしまいそうだった。

 

 

 

 お前は悩みなんてなさそうでいいよな。

 いつも笑顔でみんなの人気者でさ。

 あーあ、俺もお前みたいに生まれたかったぜ。

 

 

 

 半分飛んだ意識のなか、そう友人が昔言ったのが思い出された。

 

 そうかい? ボクは今も笑っているけれど、ここは地獄だよ。

 この世の、地獄だ。

 キミもこの地獄を知って、それでもボクになりたいと望むかい?

 

 

 

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