ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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歳月不待
準備


 

 天空闘技場で修行をはじめてから、既に1年の月日が流れていた。

 

 イルミの誕生日には、もちろんプレゼントを贈った。

 悩みに悩んだ。

 暇さえあればカタログを眺めて、百貨店へ行き、玩具屋へ行き、誰彼構わず意見を請うた。

 

 食事も疎かにするほど悩み続けているものだから、クロウから心配されたが、イルミの初めての誕生日なのだ。悩みすぎだなんてことはない。

 

 どんどんと誕生日が近づいてくる。

 

 誕生日に間に合わなければ、なんの意味もない。

 

 だから結局、納得はいっていないがプレゼントを買って郵送した。

 心を込めて書いた手紙と一緒に。

 

 

 執事たちからの報告で、イルミが夜泣きならぬ夜起きが酷いと聞いた。

 目をガン開きにして天井を眺めたまま、全然眠らないらしい。

 

 寝ずに天井を眺める赤子の情報は育児書には書いておらず、夜泣きには小児鍼が効果的だとしか書いていなくて、もうこれを贈るしかないと思った。

 

 針だ。

 

 

 普通はおもちゃだろう。

 めちゃくちゃセンスが悪いね、キミ。

 そう笑うクロウは慰めるようにルイの肩をぽんぽんと叩いた。自分だってセンスが悪いくせに。ルイは心の中でだけ反論した。

 

 ちなみに、クロウもヒソカへ誕生日プレゼントをあげていたのだが、中身はトランプだった。

 

 ヒソカは遊びかたがわからず、めちゃくちゃ微妙な顔をしていた。なんなら齧っていた。

 

 ルイはヒソカの誕生日に流行りのお菓子をあげた。あまり物を食べることを好まないヒソカだが、結構喜んでくれていた。

 

 自分の好きなものが好きとは限らないんだぞ。

 クロウのセンスはオレと同じく悪い。ルイは心のなかでそう思っていたのは、この出来事があってのことだ。

 

 

 

 絶対に家へ帰ってはならない、とは言われていない。

 

 だからイルミの誕生日くらいゾルディック家に帰省して、会いに行ってもよかった。

 写真も溜まっているだろうし、めちゃくちゃ見たかった。

 

 だがそうしたら離れがたくなってしまう。

 

 大きくなって、さぞかし可愛くなっていることだろう。

 

 ヒソカが呼んでくれるみたいにルイにい、なんて舌足らずに呼ばれたら後ろ髪引かれるどころではない。

 

 後ろ髪を引き抜かれる。後頭部がハゲになる。

 

 間違いなくもう一度天空闘技場へ行くなんてできない。

 

 想像のなかでさえこれなのだから、実際に会えばどうなることか。

 

 

 イルミのことは恋しかった。夢に見るレベルで恋しかった。

 

 基本的には、ゾルディック家でイルミと散歩に出たり一緒に遊んだりする夢で、このままずっと夢を見ていたいと思えるほどに幸せな時間なのだが、時々というには多い頻度で悪夢を見る。

 

 吐き気がするほどのいつものアレ。

 

 冷え切った廃工場。埃が積もってカビ臭いそこのニオイをルイは鼻の奥ですっかり覚えてしまった。

 

 夢の先をルイは知っている。

 

 イルミは誰かに致命傷を負わされている。大量の血を流すイルミに、さらに心臓へとナイフが振りかぶられ、トドメが与えられて殺される--(むご)い夢だ。

 

 本当に最悪な夢だ。

 

 夢なんて寝て起きてしばらくしたら忘れる。

 

 だが繰り返し見続けるせいで、あ、またこの夢だ、なんて夢の始まりで気づくようになってきた。

 

 ルイが明確に恐れているのは、ただイルミの死だけ。

 

 

 自分が殺し屋という家業であるため、幼なくともルイは自分の死はずっと昔から覚悟している。

 

 生まれたときから己の命に価値を感じていないし、いまも感じていない。

 

 だが己の命の価値はどうであれ、他人の命には価値があると認識するようになった。

 自分がイルミへと思うのと同じように、他者からの想いがあるのだろう。

 

 その命をルイは奪うのだ。

 

 人を殺して金をもらっている。

 恨みを買わないことなどない。

 誰よりも殺されることへの覚悟ができていないといけない。

 

 

 自分が人の恨みを受けた結果で死んだのならば、享受しなければならない。

 だって自分もさまざまな人間に同じことをしているのだから。

 

 

 不慮の事故でも同じだ。

 ルイを狙って事故が起きるだなんて、人の手が介入しているとしか考えられない。

 だからもし、訳もわからぬまま死んだとしても、天運だと思って諦めがつく。

 

 だけどもし。

 己が傷つけられて死ぬのではないのなら。

 

 言い換えれば、誰かの恨みを受け取って死ぬのではなかったら。

 

 身体に全く傷のない綺麗な状態で死ぬのだとしたら、それは色々な意味で本当に無念だなあと思う。

 戦いのなかで死ねないのは、殺し屋として生まれ、生きてきたルイにとって考えられないことだった。

 

 納得のいかない死は、逆に諦めがつかなさすぎて化けて出そうだ。めちゃくちゃモヤモヤする。

 

 どうせならば自分の死が、他者の強い気持ちからもたらされたものであって欲しいと願うのは、おかしなことだろうか。

 

 

 家から離れて、殺しから離れて、そうして少しだけ死を恐ろしく感じるようになった。

 

 己だけならまだ良い。だが、己へと害なすためにイルミを人質に取られたらどうしよう。

 

 それでイルミが死んでしまったらどうしよう。

 

 

 まずはイルミに害をなした人間をどんな手段を使ってでも殺す。必ず殺す。

 それからは、どうしようか。

 

 きっと、まともには生きていけない。

 

 心にぽっかりと空白を抱いたまま生きていくだなんてものではない。

 ルイにとってイルミは全てなのだ。

 自分の命よりも大切な存在を失ったら、人はどうなるのだろう。

 

 とても空虚でとても悲しいだろうな、とは思う。

 

 

 ルイには殺人を忌諱する気持ちが徐々に生まれつつあった。

 人が生まれながらに持ち合わせる感情を、ようやく手に入れたのだ。

 

 恐れを知らないとはすなわち、大切なものがない、失うものがないということに近しいのだと知った。

 

 

 現実から目を背けるかのように、ゾルディック家にも、何にも縛られることなく自らの力を磨き上げる日々は正直に言って楽しかった。

 

 家に置き去りにしてしまったイルミに申し訳ない気持ちは抱きつつも、新たにできた友人クロウにヒソカと過ごす時間もまた今までに一度も得たことがない時間で本当に楽しかった。

 

 

 さまざまな人間と戦い、経験値を増やしたルイは体術も手加減も、見極める能力も格段に上がった。

 

 200階に到達しようと思えばいつでもできるだろう。

 

 多少の怪我を覚悟すれば来た当初でも200階に到達できたが、いまでは相手を選ばず危うげなく200階へいけそうだ。

 

 

 ルイの脱走防止および監視のためにつけられている使用人は1年もルイが同じような生活を暮らしているものだから、本当に最低限しか監視しなくなった。

 

 監視の執事とはこちらに来て早々に接触して、最低限の報告だけして自由に暮らしていいと言っていたのに、1年間も律儀に見守り続けてくれたのだから、職務熱心なことだ。

 

 

 ルイは逃げるつもりなど毛頭ない。

 

 己の帰る場所はあそこだ。

 

 

 シルバから時間をかけるように、との指示があったから、どれほどの時間をかけるのが正解か悩んでいるだけだ。

 

 

 ……なんて。

 

 それは言い訳だ。

 

 本当はもう帰ってきても良い頃だとわかっていた。

 

 悩んでいることにして、この楽しい時間を引き伸ばそうとしているだけだ。

 

 

 試合で学べることは減ってきていて、クロウとの念の修行に力を入れているのもあって、試合を毎日やらなくなった。

 

 

 それでもルイの人気は根強く、チケットは入手困難なほどに価格の高騰を続けている。

 

 自分の戦いを評価されることは素直に嬉しい。

 

 だが、コアなファンが天空闘技場宛に愛を詰め込んだファンレターを送りつけているとも聞く。

 

 受付に困った顔をされつつ、人気者も大変ですねと労われる毎日だ。

 

「いつもありがとう、迷惑かけてごめんね。

 もしあれなら、オレいつでも外に部屋借りるから言ってね」

 

「いえいえ! わたしたちはルイ選手とこうして話すことができてとても嬉しいんですよ! なんなら他のスタッフに代われって言われてるくらい……」

 

 ルイ対ヒンパ(クロウ)戦なんて、転売に転売が重ねられて1枚500万ジェニーなんて破格の価格がついたらしい。

 

 

 今更だが、ルイとクロウの仲はより一層深いものとなってずっと続いている。

 

 会った当初は、正直1年も続くとは思っていなかった。

 

 

 クロウは育児に詳しくなくて、よくよくルイの助けを必要とした。

 

 ヒソカに対して妙に遠慮気味で、ルイという緩衝材があることに安堵している様子なのだ。

 

 

 クロウはよく言う。

 ヒソカが笑ってくれることが、本当にうれしい。

 キミのおかげで本当に救われていると何度も何度も大袈裟に。

 

 

 見返りといってはなんだが、クロウが優れた念能力者ということもあってさまざまな技術を教わっている。

 

 なんならルイがクロウに対して正当な報酬を支払わなければならないくらいにたくさんのことを教わった。

 

 

 クロウは見た目とは裏腹に、高い技術と豊富な経験の持ち主であった。

 

 その幼さとは不釣り合いすぎるほどに高すぎる技術。

 すなわち、彼が見た目通りの年齢ではないということにはルイとて気付いている。

 

 ヒソカのことをうっかりぽろっと息子と言っていたこともルイはしっかりと覚えている。

 

 クロウは底抜けにお人好しで、そして抜けている。自分のミスに気づいていない様子のクロウは、なにも気づかれていないと思っているのか、ルイがなにも尋ねないことに安堵しているのか、自分からはなにも語らない。

 ルイは別にそれで構わなかった。

 そういう形の友情があってもいいだろう、と思うのだ。

 

 友達なのだからと、相手の何もかもを知らなければならない、なんてことはない。

 

 ルイは自分の目から見えるクロウのことを気に入っていたし、一緒に過ごす時間を掛け替えのないものだと思っていた。

 ただ、それだけでよかった。

 

 実母であるキキョウであれば、自分にあったこと、相手にあったことすべて知っていて欲しいし知りたい、典型的な漬物石人間だから、個人によるのだろうけど。

 ルイは結構この関係が心地よかった。

 

 

 ヒソカはすっかりルイに懐いていた。

 少しずつ話せるようになってきた彼はルイにぃと呼んでますます慕ってくれるようになった。

 

 ちなみにクロウのことは、ラ行が言いづらいのかクソゥと呼んでいた。

 

 ボクのことを名前で呼んでくれるようになったんだ、と満面の笑みで喜んでいたクロウの前で、ヒソカがルイにい、と抱きついてきたときの反応といったら酷かった。

 

 うりゅうりゅした目でルイの両肩を掴んで激しく揺さぶり、おいおいおいおい泣き続けた。

 

 ルイのほうがヒソカとよく遊んでいるので仕方がない。

 

 クソゥ改めクロウが可哀想になって、ルイが一生懸命ヒソカに教え込んだところ、クソゥはクヨゥになった。

 

 まあ、これくらいでいいだろう。

 

 

 ルイはこれから先もクロウとヒソカとの交流が続くのだと漠然と思っていた。

 

 だって、自分がゾルディックの人間だと知っていても、クロウは引かなかった。知ってなおずっと一緒にいてくれている。

 

 ルイがゾルディック家に帰ってからでも、またここに来ればクロウやヒソカと会えるはずだ。

 

 次に来るときはイルミも連れてきてやろう。きっとヒソカといい友達になれるはずだ。

 

 

 そう思いつつウキウキとした気持ちで受付へと足を進める。

 

 いつも通り試合を組むつもりだった。

 

 いつもと違うのは、もう足踏みするのはやめて、200階へと進めると心に決めていたこと。

 

「ルイ選手。ヤスナガ選手が試合を希望しています。

 日時はルイ選手に合わせるとのことです。受けますか?」

 

「うん、受けるよ。明日の何時でも大丈夫」

 

「かしこまりました。では明日の13時からでよろしいでしょうか」

 

 ルイは頷く。

 相手は誰だってよかった。

 

 しかしながら、ヤスナガという男が何度も何度もヒンパ(クロウ)へと挑戦を申し込んでいる忍者だとはまるで知らなかった。

 

 

 

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