ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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ヤスナガ

 

 ヤスナガは裏で出回っている試合テープをやっとの思いで手に入れた。

 

 実力行使の悪どい手を使ったのは反省点だが、あれは相手が悪い。

 

 ヤスナガは事前に提示された価格(釣り上げる前提だったのだろう。安くはないが払える額だった)を払おうとしていたのに、直前になって3倍に釣り上げてきたのだ。

 

 このまま相手の言いなりになればカモとして見なされて価格は釣り上がる一方だ。

 

 だから相手の命は取らないまでも、復讐する気が起きなくなるくらいにはぶちのめした。

 

 一度や二度謝ったくらいでは許さなかった。

 この手の人間はすぐに手のひらを返してくるし、ヤスナガには相手が()()()()()だとわかるからだ。

 

 二度とこちらに関わりたくないと思わせるために、徹底的に人体の急所以外を責め立てた。

 

 指の爪みたいに急所足りえないが、凄まじい痛みを感じる部分を責め立てて反逆の心を事前に折る。

 

 こちとら忍者だ。こういうことはプロ中のプロだ。

 

 そんなこんなで、ついに自分の手に冷たいテープの重みを感じたとき、それまでの苦労が報われた喜びと、単純にテープが手に入った嬉しさに叫びそうになった。

 

 

 

 ヤスナガは10年ほど前にこの天空闘技場で修行をしていた。

 

 故郷ジャポンから離れて、生きる目的も特になく、出稼ぎと武者修行のために当て所なく旅をしている途中に天空闘技場へやってきたのだ。

 

 

 当時有名だったのがクロウ=モロウと呼ばれる男だった。

 

 念を覚えていなかったヤスナガは、彼のあまりの強さに愕然とし、それ以上にその心根の美しさに憧れた。

 

 人を寄せ付ける天才のカリスマ性、輝かんばかりの善良性、自分もかくありたいと憧憬の念を抱きつつ、自分には持てぬ類のものだとわかっていて、だから一層焦がれた。

 

 

 クロウにボロ負けし、彼の強さもまた本物なのだと震えて、弟子入りをしつこく願った。

 

 弟子をとるような器じゃないから。そういう感じでのらりくらりとヤスナガの土下座はかわされた。

 

 ヤスナガが地面に額を擦った回数はもはや数え切れないのだが、クロウは笑顔でその全てを避けていた。

 押しに弱そうな笑顔なのに、頑なに弟子にはしてくれない。

 ヤスナガが安堵したのは自分と同じようにクロウへと弟子入りや指南を願う闘士たちに対して平等に、誰一人としてその願いを受けていなかったことだ。

 

 

 知的で優雅な戦いぶりに狂わんばかりの叫び声をあげていたのはヤスナガだけではない。

 

 眉目秀麗な黒髪黒目の好青年は、女性ファンも非常に多かった。

 

 過激なファンもなかにはいたが、ヤスナガが陰ながら排除していた。

 

 おかげでヤスナガは、そういった類の人間からミミズを見るような目を向けられていた。

 

 陰ながらクロウを守る。だが本人に対して恩を売らなかった。

 表立っては、決して何も言わないし、何も知らない風を装った。

 

 だってあの人の気質は、()()からに人を遠ざけたり傷つけたりするのが苦手だし、そのようなことをヤスナガが勝手にやっていることを知れば嫌な顔をするだろうから。

 

 あの頃のヤスナガは、自分がやらなくてはという謎の責任感に燃えていた。

 

 汚れなく清い赤子のような純粋性を守るのは、未来の弟子である俺の仕事に違いない。

 

 そう思い込んでヤスナガはさまざまな悪意からクロウを守っていたが、まあ今となっては他の手を考えるべき行動だったと反省している。

 

 

 

 

 200階を越えてフロアマスターとなったクロウは忽然と消えた。

 

 予定していた試合にも出ずに、何の痕跡も残さずに。

 

 ヤスナガは消えたクロウの痕跡を積極的とはいわないまでもなんとなく探しつつ武者修行を続けていたが、有力な情報は全くといっていいほど入ってこなかった。

 

 

 そんな折、天空闘技場が盛り上がっている噂を聞いた。

 

 クロウの再来のような戦い方をしているガキがいる、と。

 

 まだ記憶に新しいクロウのことを天空闘技場の観客は忘れていなかったのだ。

 

 賭け仲間から詳しい話を聞いて、少し悩んだ末、これも運命かもしれないとヤスナガは再び天空闘技場へと舞い戻ることを決めた。

 

 

 クロウの再来と言われるヒンパの戦い――それもここ数年で一番盛り上がった戦いを、飛行船の都合上観ることが敵わなかったヤスナガは、そのテープを手に入れたかった。

 

 旧友がほんとに凄かったんだぜ! とわざわざ電話で興奮を伝えてくることも余計にビデオテープへの欲求を募らせた。

 

 

 操作系の能力者が愛用のビデオカメラで撮影したヒンパVSルイの戦い。

 

 普通のビデオに念は映らないが、愛用のビデオカメラで撮影したこのテープには、凝をすれば念まで見ることができる特別性だ。

 

 

 この試合はここ数年で一番集客数が多く、かつ1試合で動いた金もとてつもない額だったという。

 

 そのチケットは立ち見席でも転売の末端価格で500万ジェニーになったとか。

 

 ボられそうになっていたヤスナガが()()()価格で手に入れたこのビデオ。転売すれば凄まじい儲けになるだろう。

 

 

 ヤスナガはビデオを手に入れた喜びそのまま、ホテルへと飛んで帰ってテレビに齧り付くようにしてビデオを見た。

 

 

 

 見る者がみればわかるヒンパの身体の使い方は、なるほどかつてのクロウ=モロウそっくりだ。

 

 顔立ちもよく似ているし、年齢からすると、彼の弟か息子か親戚といったところだろうか。

 

 幼いながらにしっかりとクロウの戦い方を受け継いでいるらしく、クロウよりもさらに幼いルイとの戦いは大人顔負けのものであった。

 

 卓越した身体能力と駆け引きで相手を翻弄するルイと、余裕のある動きで相手をいなすクロウの戦いは、瞬きすら忘れるほどのものだった。

 

 

 夢中になるほどに面白かった。

 

 だが面白ければ面白いほどに、ヤスナガはこれを実際に己の目で見ることができたらどれほど良かっただろうと、心から悔しい想いでいっぱいだった。

 

 

 当時、クロウがいなくなったときは、天空闘技場への魅力はそのまま消え失せて、世界が色をなくしたかのように感じられたものだった。

 

 クロウのいない天空闘技場に耐えられず、ヤスナガは彼の姿を追うようにして天空闘技場を後にした。どこに行ったかなんて知らないけれど。

 

 

 さまざまな国を巡り、道場を巡り、ある程度の強さを手にしたヤスナガは愛する人と出会った。

 

 クロウほどの特別で格別な輝きの持ち主の女性ではなかった。

 

 だが、人に手酷く傷つけられた過去がありながら、それでも人に優しくできる強くて優しい女性だった。

 

 ヤスナガは知れば知るほど彼女のことを尊敬し、好きになっていった。

 

 己の命なんて、生まれてから死ぬまでの修行だと思っていた。

 はやく擦り切れてなくなってしまえば楽なのに。

 日々に飽き飽きし、そう思っていただけの己の命を、大切にしたいと思わせてくれた。

 

 

 そこでクロウを思い出した。

 

 もしまた会えたなら、今度は弟子としてではなく、友人として語り合いたい。

 

 懐かしい人を思い出したな。そう思っていた矢先にクロウの復活に近しい噂を聞きつけたものだから、これも運命かもしれぬと再びこの地に戻ってきたのだ。

 

 

 

 ヤスナガは、クロウに言われた忘れられない言葉がある。

 

 当時はわからなかったのだが、その意味がわかるようになって、だから余計にクロウに会いたかったのだ。

 

 

 毎日のように付き纏い、雑談くらいは交わす仲になっていた。

 またキミか、なんて言いつつクロウはヤスナガのことを見てくれていた。

 

 ヤスナガは捨て身で頼んだ。

 

 強さのためなら自分の命も惜しくない、だから弟子にしてくれと土下座した。

 そんなヤスナガにクロウは言った。

 

 

 

 キミはまだ大切な人がいないんだね。

 わかるよ、ボクもそうだったから。

 ボクなんて親から大切に育てられていたのに、自分の命の価値のわからない親不孝者だったんだけどね。

 

 でも最近、ボクにも心から大切に思う人ができたんだ。

 

 ボクがいなくなることで、彼女が悲しむだろうなって確信できる人。

 彼女とこれからの時間生きていきたいと願うから、自分の命を大切にしなければ、って思ったんだ。

 

 守るべきものがあるほうが、男って強くなれるのかもしれない。

 

 キミが強くなりたいと思うのなら、そんな存在を探してみたらどうだろう。

 

 

 

 さすがのヤスナガもその言葉が弟子の断り文句だというくらいわかっている。

 

 だが自分の心を曝け出して、大切そうに紡がれたその言葉は、ヤスナガの心に静かに積もっていた。

 

 

 故郷から出て武者修行の毎日だったヤスナガは、忙しさに忙殺されてその言葉なんてまるで意識していなかったのだが、忘れてはいても心のどこかにクロウの言葉が残っていた。

 

 

 そしてヤスナガにもそう思える大切な人ができて、クロウの言葉を思い出したのだ。

 

 

 

 

 天空闘技場に来てからは、すぐに闘士として復活する手続きを受付で行い、クロウの再来と呼ばれるヒンパに何度も試合を申し込んだのだが、なかなか試合は組まれない。

 

 

 ヤスナガとてそこそこの腕前の持ち主である。

 

 最強を目指す、と言うには歳もとり過ぎたし、自分よりもずっと上の実力がある人間を見過ぎたが。

 

 だが己が生まれた時から積み重ねてきた修練はたしかにヤスナガを強くしており、ジャポンでは名の知れた武人となった。

 

 そんなヤスナガと戦いたいと思う人間は多く、ヤスナガがジャポンに帰省した際には道場前に列をなすほどである。

 

 ここがジャポンならヤスナガと喜んで試合をセッティングしてくれる者もいただろう。

 

 だが天空闘技場ではヤスナガが何度希望しても試合が組まれない。

 

 

 天空闘技場というのは、ある種特別な空間だ。

 

 やはり人気の闘士と戦うのは難しいことなのだろうか。

 

 そう思い、ダメで元々だ、とルイに試合を申し込んでみたのだが驚くほどにあっさりと通ってしまった。

 

 

 次の試合日を受付嬢に告げられたのに、思わずぼんやりと呆けていると、鈴のなるような声に話しかけられた。

 

 

 耳に心地よい女性の声。

 

 振り返ると、二度見するレベルの美女が微笑んで立っていた。そのすぐ近くに顔を覆った小柄な女性が立っている。体躯からして老婆か。

 

 老婆は別にいい。

 このとんでもない美女。

 

 艶やかな長い黒髪は腰ほどまで伸びている。抜けるように白い肌はみずみずしく、形の良い唇だけが真っ赤に色づいていて目を引く。

 

 けぶるように長いまつ毛と潤んだ碧い瞳。ふしぎなのは彼女の感情がヤスナガにはまるでわからないことだ。

 

 俺を以ってして感情が読めないとは、どういうことだ?

 

 とんでもない美女は笑みを湛えながら間違いなくヤスナガを見ている。

 

 もしや、自分のファンだろうか!

 

 そこそこ名が売れてきたし、ない話でもないか。

 

 どことなく鼻の下を伸ばしながらヤスナガは必死に弁明する。

 

 妻はいる。大事だ。だがそれとこれとは話が別なのだ。

 別に浮気しようって気持ちもない。全くない。

 ただ、この不思議な女性と話してみたいだけだ。

 

「どうかしたかい?」

 

 ちょっとキザに、顎に手をあててヤスナガは聞いた。

 

「ふふ。あなたのことを、尾けていましたの」

 

 細い指先に手招きされて、ヤスナガは美女の後をふらふらとついていく。

 

 人気のない廊下で美女がうっとりと微笑む。

 

 気になるのは、黒子のように老婆がピッタリとついてきていることだ。

 彼女のマネージャーかなにかか?

 

「あなた、クロウ様のことをご存知よね?」

 

「あ、あぁ……まぁ。俺の心の師だからな。

 そんなことまで知っているだなんて、やっぱりあなたは俺の」

 

 ファンなんだな。

 

 そう言おうと思ったら、美女は笑みを消してヤスナガに近づいてきた。

 

「クロウ様はどこにいるの?」

 

「は? いや、それは数年前に行方不明になったっきり知らないが」

 

「嘘。クロウ様がいなくなって、あなたもいなくなったと聞いたわ。

 それが今、どうして今! ここにいるのよ。あなたもクロウ様を追ってきたんでしょう? そうでしょう?」

 

 距離を詰めてきた女性がぐっとヤスナガの腕を取り、豊満な胸を押し付けてくる。

 

 鼻の下を伸ばしかけたヤスナガは頬を紅潮させながらも、武人らしく目に凝をした。

 

 どれだけ酔っ払っていても、どれだけ鼻の下を伸ばしていても、身体に染みついた条件反射が働いた。

 

 そこでようやく気づく。

 

 黒子のように控える老婆のほうが能力者だ。

 纏というにはいささか不安定すぎるが、オーラが垂れ流しにもなっていないし、なにより念を習得している。

 

 美女は、念を習得しているでもしていないでもない……これはただの念獣だ。

 

 なるほど、だから感情が読めなかったんだ。

 

 このすぐ近くにいるこの老婆の念獣だろうか?

 

 

 術者がこれみよがしにすぐ近くにいるのは何故だ。

 

 距離が離れると操作できなかったり、具現化できなかったりするのか。

 

 あまり戦闘向きではなさそうな能力だが、こうしてこれみよがしに念獣を見せつけているのは制約かなにかか?

 

 ヤスナガはすっかり美女に興味をなくしていた。

 

 ドス黒い老婆の感情を()()、一気に心が冷えていく。

 あれは身勝手に他者を傷つけるタイプだな。

 

 俺には心に決めた妻がいるのだ。

 もともとあんな念獣になんて興味なかった、なんて言い訳しながら。

 

「クロウの弟子らしい少年が話題になっているらしくてな。

 だからここに来たんだよ。そのついでに一試合するってだけだ。俺がここにいることに直接クロウは関係ない」

 

「クロウ様の弟子……?」

 

 わざわざ答えてやる義理もないが、なにも言わなければしつこく付き纏われそうだ。

 それに、どうせ知ることになるだろうし、と考えてヤスナガは口を開く。

 

「あぁ。試合は見ていないのか?

 ヒンパという子だ。クロウとよく似た顔立ちだから、もしかしたら子どもまではいかないでも、血縁関係にあるのかもな」

 

「そう……! そう、すべてわかったわ、そうだったのね……ふふ、ふふっ……クロウ様とそっくりの子ども……!!

 あの女の能力か!!

 おかしいと思ったの。死んだはずのクロウ様の気配をずっと感じるから……ふふふ、やっぱり死んでなかった、というわけなのね……ふふっ、ふふっ、ふふふふふ!!!」

 

 踵を返した美女は、別れの言葉もなしにカツカツとヒールを鳴らして去っていった。

 

「なんだったんだ……? 気持ち悪いババァだな……」

 

 呆然とするヤスナガは、念獣に独り言を話させる謎の老婆を見送った。

 ここにクロウがいなくてよかった、と心底思う。

 

 塩でも撒いておいたほうがいいだろうか。

 背筋がぞびっと泡立って、今日はホテルの部屋の四隅に盛り塩して寝ようと心に決める。

 

 それはさておき、ルイとの試合だ。

 

 こちらにはルイとヒンパとの戦闘のテープがある。ざっと見た限りでは相手の手の内はあまり晒されていなかったが、念まで映った特別性のテープだ。何かしらの情報は得られるだろう。

 

 

 ヤスナガは以前天空闘技場で戦っていたため、その戦い方は知られている。

 ただし、少し昔の人間ならば、だ。

 

 ルイはあの若さだ。知らないと思って大丈夫だろう。

 

 こちらはルイの戦い方がわかって、相手はこちらの戦い方を知らないのだ。なんたるアドバンテージ。

 

 子どもではあるが、とてつもない実力者だ。しっかりと準備をしていこう。

 

 

 

 そんなこんなで意気揚々と試合に挑んだヤスナガだったが、ビデオに映っている戦い方とはまるで違うルイに、1ラウンドのうちにあっさりKO負けした。

 

 

 




ここまで、読んでくださってありがとうございます。
そろそろ物語も折り返しに差し掛かろうかとしてます。

鬱展開に日々読者が消えていくなか、未だ読んでくれている奇特な(←失礼)読者様たちがこの作品になにを期待して読んでくれているのか気になってアンケート作りました。

今後の展開の参考にしますのでよかったら投票お願いします。

その通りにするとは言っておりませんです。悪しからずであります。(変な敬語)

この先の展開の希望調査!

  • キノコ生えろ〜(鬱々)リアルなシリアス
  • リアルなんていらない!ギャグ路線
  • イルミ育児日記 いえーい ぴーす(嘘)
  • 幼女マチとのツンデレラブコメ(大嘘)
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