ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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ゾルディック家長男2

 

 

 時は過ぎ、ルイ・ゾルディック5歳。

 

 産まれた頃から後継者としての厳しい教育を受けていたルイは、5歳と思えぬほどに早熟で聡明な子に育っていた。

 

 そうなることを環境が強要したとも言える。

 

 親の期待通りの成果を常に出す。

 勉学でも、体術でも、暗殺術でも、なにもかも。

 

 教育係が感嘆するほどの才能の持ち主だった。

 

 ゾルディック一族のなかでも一際抜きん出た才能の持ち主。

 

 

 乳児のときは無駄泣きをしない静かな子で、幼児になってからは言葉数が非常に少なかったが、質問をすれば答えた。

 

 言葉が遅れているわけでもなさそうだと安堵したのは執事だ。

 

 

 母親譲りのストレート、父親譲りの銀色の髪。

 

 母親たっての希望で髪を背ほどまで伸ばしているせいで、ぱっと見では美少女にしか見えない。

 

 くりっとした大きな瞳は空を薄めたような碧で、人の視線をついつい集めてしまう美しさだ。

 

 全身の色彩が薄く、感情も薄いために人形めいて見える。

 

 キキョウが女物の洋服を買ってはルイに着せるのだが、嫌がることなく着せ替え人形に徹している。

 

 

 ルイには、好きなものはおろか、嫌いなものもなかった。

 

 得意なことがなければ、不得意なこともない。

 

 与えられた課題を淡々とこなす姿は、まさに闇人形。

 

 人殺しを忌諱する気持ちはなかったが、かといって人を殺して愉しむこともない。

 

 自我が芽生えていないにしては、思考能力だけは高い。

 さながら機械のように。

 

 

 産まれた頃から実に無感情な子であった。

 

 彼自身は知っている。

 

 彼に思考力はしっかりと備わっており、人の望むことが手に取るようにわかっていたからだ。

 

 任務の際に笑顔が必要な場面とあらば、人を魅了する笑顔を顔面に貼り付けることは造作ない。

 

 だが、ルイの心から湧き出てきた笑顔はシルバに褒められても、難しい課題を達成しても、美味しいご飯を食べても、出てきたことはなかった。

 

 なにかが欠落したような毎日を過ごしながら、ルイはその欠落にさえ気づいていない。

 

 だって産まれた時からずっと、そうだったから。

 

 

 

 

 

 その日は、急遽母キキョウに呼ばれて食卓を共にすることになった。

 

 もともと父と母と2人で食事をすると言っていたのだが。

 

 おそらくは父を指名で任務が入ったのだろうとルイは考えていて、その予想は見事に正解であった。

 

「遅れてごめんね、ママ」

 

「いいえ、ママこそ急に呼んでしまってごめんなさいね。修行の途中だったんでしょう? せっかくのご馳走なのに、一人で食べるのは勿体無いと思って」

 

 すでに食事の席についていたキキョウは、背筋をぴんと伸ばしてゴーグル越しにルイをみている。

 

「さ、食べましょう」

 

 そう言って綺麗な所作で食事をし始める。

 

 ゾルディック家の食卓は、私語は禁止されていない。

 

 主にキキョウが一人で話していることがほとんどではあるが。

 

 依頼主からの評価がすこぶる高くてママは鼻が高いだの、最近シルバがあまりそばにいてくれないだの、よくもまあそんなに話すことがあるものだと毎度ルイは感嘆している。

 

 そして同時にそういうものだとも思っている。まったく表情には出ていないが。

 

 毒料理に慣れてきて、なんとなくだが毒の強さや種類を当てられるようになっていたルイは、その煮込みハンバーグを一口いれた瞬間から口内が激しく痺れ、電気でも流れているかのようにビリビリしていて、飲み込むことを躊躇した。

 

 躊躇するなど、彼にとってとても珍しい、いや、初めてのことであった。

 

 随分と強い神経毒だ。

 

 ルイは口のなかにいれたまま飲み込むことを保留しつつ、冷静にそう思った。

 

「ママ、これ毒がキツイ」

 

「あら……ルイちゃんがそんなことを言うなんて珍しいのね。

 身体を毒に慣らすのは大切なことなのよ。辛くても我慢して食べないとだめ」

 

 同じメニューの料理を食べるキキョウは、珍しく(いや、初めてかもしれない)母親らしいことを言えて、かなり嬉しそうにしていた。

 

 ルイが早熟すぎることもあって、あまり母親らしいことができず内心不満に思っていたのだ。

 

 少しくらいわがままを言ってくれたらいいのに。

 

 キキョウは常々そう思っていたが、わがままを言わない子どもにわがままを言えだなんて、おかしなことも言えない。

 

 キキョウは言葉にならないため息を吐く毎日であった。

 

 

 嬉しそうなキキョウとは正反対の無表情のルイは、己の勘が告げる死の危険に、生物としての本能でコンマ数秒悩んだが、すぐに母親の言いつけ通り嚥下した。

 

 その後も黙々と毒入り料理を食べ進めていたが、徐々に手足に力が入らなくなってくる。

 

 ルイは、自分の腕が赤白のまだらもように変わっていくのを冷静に見下ろしていた。

 

 ああ、中毒疹だなと無感動に思った。

 

 首を絞められように呼吸が苦しい。

 

 目の前は白く霞んで、全身から痛いような痒いような不快感が絶えず伝わってくる。

 

 息を吸えども吸えども酸素は入ってこず、コヒュ、とおかしな呼吸音だけが鳴った。

 

 ビリビリ痺れていた指先から感覚は消え、彼の意思とは関係なく震える四肢は震えながらも石のように硬直する。

 

 身体の自由が効かず、椅子から落下しかけたルイを背後で控えていた執事が素早く受け止めた。

 

 死にかけるほどの毒を摂取して、免疫をつける。

 

 だから死にかけることは日常茶飯事なのだが、今回ルイは本気で死にかけていた。

 

 ルイを害そうと毒が盛られたわけではなく、偶然の出来事であった。

 

 ルイの食事はまだ幼い年齢を考慮し、大人よりも薄い味付けの別料理が提供されているのだが、たまたま母親であるキキョウに呼ばれ、父親の急な不在による余った食事を口にすることになった。

 

 これが原因だった。

 

 

 現当主――シルバは趣味のベンズナイフ収集で、ナイフに仕込まれていた強い毒があったことを思い出し、急遽料理人に自分の食事にだけ毒を入れさせた。

 

 妻と食事するはずだったシルバを指名で急ぎでの任務が入ったのは、本当につい先ほどのことであった。

 

 食事の時間さえも与えられないタイトな呼び出し(その代わりかなりの高額な任務)に、あとはもう食べるだけ、と食事の席についたシルバは、食器に触れただけで任務に発つこととなった。

 

 ほとんど全ての毒に耐性のある完成した屈強な暗殺者が、どんな毒かを楽しむために自らの食事に毒を入れていたことを、キキョウは知らなかった。

 

 

 唯一顔を真っ青にしたのは料理人だ。

 

 御坊ちゃまは奥様とお食事をなさるから専用の食事は不要だと伝えられた瞬間に青ざめた。

 

 なんてことだ。

 

 シルバの指示通りに渡された毒を入れた料理人は脇目もふらずに食堂へと爆走し、マナーもなにもかもかなぐり捨てて、扉を試しに対するレベルで強く押し開けた。

 

 

 だがすでにホールは騒然としていた。

 

「ルイちゃん!? 目を覚ましてちょうだい、ルイちゃん!!」

 

 錯乱し我が子を抱きしめ揺さぶろうとする母親を必死に執事が取り押さえ、使用人達もどこで毒が混入されたのかとざわめいていた。

 

 天下のゾルディック家で、まさかの毒殺か。

 

 忠誠心の厚い執事たちは必ず敵を見つけて殺してやると殺気立っており、キキョウもまた抑えられぬ感情が念として練り上げられて、全身で練をしているかのようであった。

 

 もちろん、すぐに解毒薬は投与されたが、効くまで保たないのではないかと思わせるほどに状況は緊迫していた。

 

 白目を剥いて泡をふき、ビクビク震えていたルイの動きが少しずつ弱まっていく。

 

 明らかに、死に近づいていた。

 

 居合わせた執事のうちの一人は、生きる喜びさえ知らぬ間に幼い命が消えてしまうのかと、必死に涙を堪えていた。

 

 母親であるキキョウは滂沱の涙を流しており、瞬きもせずにルイを見つめ、握りしめた細い指先は手のひらに食い込んでポタポタと血が滴っている。

 

 料理人は項垂れ膝をつき、どう自害したものかと考えていた。同じ毒を喰らうだけでは足りない。

 

 御坊ちゃまの苦しみは如何ばかりのものか。

 

 己の料理で、愛らしい御坊ちゃまを殺してしまうことが心の底から許せなかった。

 

 

 

 ----しかし、奇跡が起きた。

 

 

 

 

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