ゾルディック家のブラコン長男 作:見切り発車丸
もうすぐゾルディック家に帰る。
そう決めたこともあって、ルイは積極的に外出するようになっていた。
イルミにシルバ、キキョウやゴトーやツボネなどなど、色々な人にコツコツと土産を買い溜めていた。
イルミ以外の土産はすでに買い終わったのだが、一番大事なイルミだけがなかなか決まらない。
誕生日プレゼントもこんな感じで悩んで、結局クロウに酷評されたのだったな。つい最近のことのようだ。
鍼灸の本を読み漁ったせいで鍼の素晴らしさに目覚めてしまっているルイは、さまざまな症状に合わせて鍼を打てるようにと違うサイズの針を贈る羽目になりそうだ。
酷評されること間違いなしだ。
はやく素敵なプレゼントを探さないと。
ルイが外を歩いていると、遠巻きに人がいることは割と常のことであった。
闘技場へ来た当初は、人の視線に晒されることに不快感を覚えていたというのに、随分と変わったもので、ルイはすっかり慣れていた。
いまも視線を感じているが、チリチリと首筋がヒリつく悪意のこもったものではないから放っておく。
携帯がなる。
ブンブンとポケットのなかで振動しながら音を鳴らすそれを、ルイは耳にあてた。
誰からかかってきたかなんて確認してないが、ルイに電話をしてくる人間は限られている。
「はーい。 ――うん、大丈夫だよ。いま商店街歩いてる。
どしたの?
――ドッキリテクスチャー? いいけど。ほんと好きだね。
――あ、今回はヒソカのためなんだ。
そう言ってシールはヒソカにあげて、中身はいつもクロウが食べるんでしょ。
――ははっ。オレもお菓子はよく食べるし、そんな否定しなくていいじゃん」
電話をしながら歩いていると、男が近寄ってくる。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。ルイ!!
なあ、お前。いまクロウって言わなかったか? いや、言ったよな!」
すごい形相で近づいてきた男は慌ててルイの肩を掴もうとしたが、ルイはもちろん避けた。
避けてからその男に見覚えがあることに気づき、あ、と言った。
「195階の人だ。前は戦ってくれてありがとうね。
名前、なんだっけ」
「って覚えてねえのかよ。
ヤスナガだ。いま、クロウと話しているんだよな。
お前はヒンパの友達なんだろう? やはりクロウとも知り合いだったんだな。
頼む、俺に電話を代わってくれ」
一連のやり取りは電話口からクロウへと流れているはずだ。
「だって。どうする?」
携帯を耳にあてて尋ねると、クロウは言った。
『キミにはボクの本名を教えているけれど、あまり広めたくないんだ。
悪いんだけど、うまいこと誤魔化してくれるかい?』
「わかった」
そう言って電話を切る。
本当にクロウは変なファンに好かれる。
「クロウは結構変なファンが多いから、個別の対応はしていないんだって」
「ぐ……俺のことを伝えてみてくれ! クロウは俺のことを知っているから」
「電話口から声は聞こえていたはずだけど、特に反応していなかったし、無駄だと思うよ。
素直に諦めようよ」
「そんな簡単に諦め切れるか! わざわざここまで来て、ようやく掴んだクロウへ繋がる道だぞ!
そもそもな、俺はお前よりもずっと長い期間をクロウに捧げて生きてきたようなもんなんだ」
「え……おじさん、もしかしてソッチの人?
だとしたら余計に教えられないよ、諦めて」
「ち、違う! クロウのことは好きだが、そういう好きじゃない!
な、何を言わせるんだ、恥ずかしい!」
ポッと頬を赤らめて内股になるオッサン。
恥ずかしいのはルイの方である。こんな人通りの多い場所でオッサンの告白を聞かされて。
ひそひそ声で噂する人々の好奇の視線に晒され、ヤスナガはオホンと咳払いした。
「俺には妻がいる。そういうつもりじゃない。
試合に負けた身で言うのもなんだが、俺は結構名の知れた武人なんだ。
ルールありきの戦いだったから負けたが、実戦であればお前のことなど一捻りでヤれる。
……が! 子どもにそんな手は使いたくない。
俺はケチな男じゃない。なんでも条件を飲むから、ルイの電話番号を教えてくれ」
「ふぅん……じゃあやる? いいよ。オレが負けたらオッサンの願い通り、クロウに電話をつないであげる。
でももしオッサンがオレに負けたら、今後一切クロウに関わらないこと。それでいい?」
面食らった様子のヤスナガは瞬き、ため息をついた。
「子どもにこの手は使いたくなかったが、致し方ない。
気は進まぬが、クロウのことを知るのはお前しかおらぬゆえ……」
随分とご執心なことだ。
敵意なくにこりと笑ったルイにヤスナガが驚いた顔を見せる。
「お前……」
「じゃ、適当にどっか広い場所に行こっか」
なにかを言いかけたヤスナガと、ルイが促したのは同時だった。
ヤスナガは沈黙が訪れても特に続きの言葉を発さないので、ルイは歩き出した。
さすがに街中で戦うわけにはいかないからだ。
闘技場でルイとヤスナガはつい先日戦ったばかりなのだけれど、あのときはお互いに念は抜きだった。
暗殺術を駆使してヤスナガの隙をついたルイがあっという間に手刀でKO勝ちして終わった。
普段のルイならばもっと時間をかけて観客の視線を意識した戦いを繰り広げていたから、観客は大ブーイングをしていた。
もうゾルディック家に帰ると決めたから、無駄に時間をかける理由はないのだ。
ルイはあんなにも勝ち方にこだわって戦っていたのに、随分と呆気なく戦い方を変えた。
観客の喜ぶ顔それ以上に優先することがあるのだから、多少のブーイングやバッシングなど気にすることではない。
このまま戻っても、しつこくつきまとうであろうヤスナガが、ヒンパこそがクロウであるという真実に気づくのは時間の問題だろう。
だからここで処理するしかない。
別にルイがなにかしなくたって、クロウだって対処できる。
なんならクロウのほうが強いのだから、クロウが対処したほうが合理的だとすら言える。
それでもルイはクロウのために厄介ごとを引き受けることを選んだ。
念なしではルイが圧勝したが、次は念ありきの戦いになるだろう。
ヤスナガはルイよりも長く念の修練を積んだ念能力者だ。
未だ自分の能力を作れていないルイは、基礎的な念能力だけで戦うしかできないために、弱いと言えば弱い。
でもだからこそ日々クロウと特訓を重ねてきた。
念能力者相手にどれだけ自分が立ち回れるようになっているのか、そろそろ試してもよい頃合いだろう。
正直、このオッサンに負ける気はしていない。
ルイたちが人気のない郊外へと出ていくのを、つけてくる者がいた。
一定の距離を空けてはいるが、尾行と言うにはお粗末すぎるもの。
「後ろをつけてきているのはオッサンの知り合い?」
「いや……あれはクロウのストーカーだ。
俺もクロウの情報を聞かれた」
あれは、って……。
あんたもストーカーじゃないか。
ルイは冷たい目でヤスナガを見るが、彼は嫌悪感たっぷりの眼差しで後ろを見ていたので、ルイの視線には気づかなかった。
「じゃあアレは巻こうか。着いてきてね」
路地裏を急加速したり右へ左へランダムに曲がって駆け抜ける。
歩いているかのようなゆったりとした動作が、一般人が走るくらいに速い。そんな不思議な光景に、ヤスナガが「変わった歩法だな……足音もしない」と呟いたが、ルイは答えなかった。
普通の人間でもすこし頑張れば着いてこられるくらいの加速しかしていないのだが、案外簡単に巻けた。
ヤスナガは息を乱さず着いてきていた。
どうやら下手くそな尾行のストーカーは一般人の可能性が高そうだ。
「随分とこの辺りの道に詳しいんだな」
ヤスナガが感嘆したように言う。
「まあ、職業病ってやつかな」
暗殺者たるもの、地理に詳しくなくてはならない。
そう育てられたルイは、自分の活動範囲近くの地図は、天空闘技場へ来る前にすでに頭のなかに入れていた。
「もうちょっと行ったら、いい感じのデカい廃墟があるから、そこの庭でやろうよ」
「そこに前もって罠をしかけているんだな?」
「わざわざそんなことしないよ。気になるなら別の場所にする?」
「いや、いい。なんというか、お前は……」
ヤスナガが目を丸くしてルイを見つめている。
さっきもこんな顔をしていたな。
「今更だが、なぜお前は俺と戦うんだ?」
「ほんとに今更だね。ストーカーに悩まされてる友人のために一肌脱ぐくらい当たり前でしょ」
「ストーカー……ああ、いたな。俺も会ったが……アレは頭のネジが飛んでいるな」
「いや、誰のことだよ。オレが言ってるのは、アンタ」
「うん?」
「だから、アンタがストーカーだって言ってんの」
「ストーカー?! ち、違うぞ! 断じて俺はそんな陰湿なものじゃない!」
身振り手振り、唾を飛ばしながら必死に弁解するヤスナガの言葉を聞き流しながら歩く。
赤茶色の煉瓦が重なった大きな廃墟は、昔はさぞかし見応えのある豪邸だったのだろう。
いまは天井がごっそりと落ちていたり、壁が崩壊していたりで、煉瓦で囲われたスリガラスの奥にある室内はきっと荒れ放題に違いない。
ぐにゃぐにゃに折れ曲がった柵を乗り越えて、真緑の芝が生えた庭へと足を進める。
毛足はやや長いが、よく踏み荒らされるのかそこそこ歩きやすい。
「ま、アンタの主張なんて聞いてない。
クロウが迷惑がっているんだから、あんたはストーカーだよ。さ、やろうか」
「む……致し方ない。クロウと話して、俺の認識を改めてもらうしかないか。行くぞ!」
いつも誤字報告ありがとうございます。
追手をまくときの『まく』ですが、広辞苑では巻くでも撒くでもどちらでもよいそうです。
煙に巻く、と意味合いが似ているので今回は撒くではなく巻くでいきたいと思います。