ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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心の成長と戦闘能力の退化

 

「先手は譲ろう」

 

 鷹揚にそう言ったヤスナガの言を受けて、ルイは小手調べに肢曲(しきょく)で相手の目を眩ませる。

 

 肢曲(しきょく)とは暗殺術の初歩である無音歩行、暗歩(あんぽ)の応用技である。

 

 歩いているように見せかけた歩行で速度に緩急をつけて敵に残像を見せる。そしてグルグルとヤスナガの周りをまわる。

 

 ヤスナガの目にはルイの姿が分裂したように映っており、その証拠に残像のルイを追いかけるヤスナガは、ルイの実体に目を向けることができていない。

 

 ぐ、と身を低くして脚に力を込め、地面を抉るほどに強く蹴り付けてヤスナガの背後へと肉薄する。

 身で風をきって飛ぶように進むルイの耳元でビュンと風が吹き抜けていく。

 

 完全に背後を取れた。

 

 瞬間、ぐるりと一回転しながら抜刀するヤスナガ。

 彼はルイの姿を目に捉えてはいなかった。

 

 だが陽光にギラリと煌めく研磨された日本刀がコンマ1秒にも満たぬ一瞬でヤスナガの身体の周り360度をぐるりと振り回される。

 

 ルイは加速から一転、つま先に念とともに力を込めて背後へと跳んだ。

 ルイの腹部を研がれた剣の切先が既のところですり抜けていった。

 

 剣をいなすや否や、再び後ろ足に力を込めて地面を蹴り込んだルイは、こちらへと視線を向けてはいるものの、身体が着いてきていないヤスナガの横っ腹へ下方向から勢いそのままに殴る。

 

 ルイも回避からの無理な姿勢での攻撃であり、軽い当たりとなる。

 

 天空闘技場ならヒット1点というところか。

 

 よろけるヤスナガと視線を合わせながら、ルイも体勢を整えた。

 

 

 ルイは真剣勝負の名目で戦っているにも関わらず、最善手を躊躇ってしまった己に愕然としていた。

 

 殴る蹴るであれば致命傷は与えられないが、肉体操作をして爪を鋭くし、ヤスナガの心臓を盗めた。

 

 もしくは相手のアキレス腱を断絶させて機動力を奪ってもよかった。

 

 昔のルイなら躊躇いなくそうしていたはずだ。

 

「どうした、怯えているのか?

 天空闘技場でぬくぬく戦っていたお坊ちゃんは、真剣勝負は初めてのようだな」

 

 己の命の危機だったことなどまるで知らないヤスナガは、愕然とするルイの表情を見て哀れそうに言った。

 

 ルイは挑発するその物言いには何も感じなかった。むしろ相手の怒りを誘う見え見えの作戦のおかげで、落ち着きを取り戻した。

 

「その不思議な歩き方、噂で聞いたことがある……若い身でその強さ、かなり特殊な身の上のようだな」

 

「お喋りが好きなんだね、オッサン。

 真剣勝負なんじゃないの?」

 

 真剣勝負なんじゃないのか。

 

 それは相手にも、そして自分に言い聞かせるための言葉でもあった。

 

 ヤスナガの中途半端な優しさには最初から気づいていた。

 彼にはルイを害する気はない。

 

 どこまでも上から目線に、傲慢にも己が勝つものだと思っている。

 

 そんな優しさという甘さがあったからこそ、ルイもまたヤスナガに致命傷を負わせることを躊躇してしまったのだ。

 

「失礼、そうだったな。

 いくぞ!」

 

 広めに取っていた間をヤスナガが詰めて、鋭く拳を突いてくる。

 

 その先にはルイの顔があったが、軽く右に頭を傾けるだけでそれを避け、続け様に繰り出された蹴り脚を絡め取り、ヤスナガの重心を狂わせて背中から地面へと叩き落とす。

 

 続けて腹部へ向けてかなり強めの殴打を叩き込もうとしたが、オーラでガードされて腕を取られた。

 

 逃れようとするルイの力も方向も考慮に入れられて、ひょいっと空中へ軽々と投げられた。

 ルイは空中でくるりと身体を捻って猫のように着地に備える、

 

 落下に任せるだけのゆっくりと流れる時間、ルイはヤスナガの背後に落ちていた赤煉瓦を視界の端に認めた。

 

 体勢を立て直したヤスナガが拳を突き上げ、落下するルイへと攻撃を食らわせようとする。

 が、見えている攻撃を避けられないほど戦闘経験は浅くない。

 

 ヤスナガの拳に吸い込まれるようにして落ちたルイは、鍛え抜いた指先でヤスナガの肩を弾いて瞬く間に距離を取る。

 

 そして肢曲(しきょく)でヤスナガの背後へとまわる。

 

「その技はもう見切ったぞ」

 

 その発言は嘘ではないらしく、残像が見えているはずのヤスナガが常に実体のルイの位置を目で追い続けている。

 

 ルイは踊るようにヤスナガの周りを1周ぐるりと舞った。

 

 途中でヤスナガの方向へと攻撃を仕掛けるかと思いきや、バックステップで距離をとる。そのついでに煉瓦に触れた。

 

 ヤスナガは凝をしている。だが、ルイの肢曲(しきょく)はオーラの流れもまた残像として残っているはずなので、凝をするだけで見抜けるはずはないのだが。

 

 何かしらの能力か?

 

 考えながら、ルイはヤスナガの背後に落ちていた赤煉瓦へと伸ばして固定していたオーラをぐるぐるとその場で高速回転することで手繰り寄せ、ちょうどヤスナガの死角になった瞬間に後頭部へとクリーンヒットさせた。

 

 クリーンヒット、2点!

 

 心のなかで闘技場のスタッフが叫ぶ。

 

 これこそが能力を未だ持たないルイがクロウから教わり特訓した念能力者対策だ。

 

 オーラを糸であったりゴムであったり炎であったり、そういう形質だと固定してしまえばスムーズに、かつオーラ消費量を抑えることができるが容量(メモリ)を食ってしまう。

 

 オーラ消費量は多いし使い勝手は悪いが、オーラを運用して一時的に質量を持たせることができる、というのは普通の能力者ならばやらないことだろう。

 いわば能力を作るまでの途中過程のようなものだからだ。

 そんな使い方をするよりも、己の能力として極めたほうが格段に強い力になる。

 

 

 本体のルイへと集中するあまり背後からの気配を察知できず鈍い音とともに頭に煉瓦を叩きつけられたヤスナガ。

 

 一瞬目を回したヤスナガだが、死角からでもただの煉瓦で殴られたくらいでは気絶しなかった。

 

 一般人ならば気を失っていたであろうが、念能力者には不意打ちでも致命傷とはなり得ないか。

 落ちていた煉瓦にオーラをくっつけて、ぐるぐると巻き取るように引き寄せただけだもんな。

 

 煉瓦を周で覆っていれば少しはダメージがあったかもしれないな。考えつつ、ルイは距離を詰めてヤスナガへと猛攻を仕掛ける。

 

 速さは格段にルイの方が上なのに、フェイントを織り交ぜた攻撃に不思議とヤスナガは対応してきた。

 

 絶え間なく殴る蹴ると単純な攻撃をしつつ、右をガラ空きにしてヤスナガの攻撃を誘導して、攻撃してきたところを左フックで仕留めようとした。――が、あらかじめ攻撃が来ることをわかっていたかのように、ルイの攻撃した腕が弾かれる。妙だ。

 

 ここぞ、という攻撃を必ず避けられる。

 

 手数が多いため軽い攻撃はヒットさせられるのだが、まるで心でも読まれているかのように、力を込めた攻撃はガードされたり、いなされたりする。

 

「随分と不思議そうだな。俺がお前の攻撃を回避できるのがそんなにおかしいか?」

 

 時間稼ぎのつもりだろうか。息を切らしながらヤスナガが話しかけてくる。

 ルイは攻撃の手を止めない。

 

「俺はお前の心が読める」

 

 右から顔面へと拳を振り抜く! ――と見せかけて、ヤスナガの視界から消えるようにしゃがみ込み、両足に力を込めて飛び上がるようにアッパー。

 

「うぉっ!」

 

 背後へ跳んで避けたヤスナガを追って、攻撃を続ける。

 

「待て待て待て、俺はお前の心を読んでいるんだぞ?」

 

 こちらの攻撃は相手に当たっている。

 

 このまま持久戦となったらルイの勝ちだ。

 

 心を読まれて決めの一撃を何度回避されようが、少しずつでもダメージを蓄積させられているのだ。

 

「次は右だ――――左から――――手首を狙っているな――――顎だ」

 

 ルイが本気で狙う場所を、ルイが攻撃する直前で淡々と口にするヤスナガ。

 

 どういう能力かはわからないが、確かに見限られている。

 

 だが心が読めるというのはハッタリの可能性が高い。

 

 わざわざ心が読めると口にするところがまず嘘くさい。

 

 

 持久戦になりそうだ。

 

 距離をとって呼吸を落ち着かせているヤスナガを視界に入れつつ、ルイも心拍数が落ち着くのを待つ。

 

 わずかな休憩の後、再び駆け出そうとしたところでヤスナガが叫んだ。

 

「待ってくれ!」

 

 待て、と言われて待つ義理はない。

 

 だが、両手を挙げて棒立ちになったヤスナガに、ルイは走っていた勢いを殺してその直前で立ち止まり、冷えた眼差しを向けた。

 

「俺の負けだ。完敗だ。

 このままやっても、俺の体力が尽きて終わる。

 それに、俺には()()()んだ。お前からの攻撃にまるで殺気がない。

 

 手加減してやるつもりだったが、俺の方が手加減されて終わっちまったな」

 

 どうやら本気でもう戦う気はないらしく、無防備にも身体に覆うオーラすら通常状態へと戻した。

 

「クロウのことは諦めるんだね?」

 

「ああ、諦める。少し頭が冷えた。

 

 お前が必死こいてクロウに会わせないようにしている姿が、なんだか昔の俺に被っちまってな……。

 お前から見て、俺はそういう存在に見えるってことなんだろう。

 

 ……まあ、会いたいのは俺のエゴだもんな。

 だが、もしよければ。俺のホームコードをクロウに知らせてくれないか?」

 

 それくらいならば構わないか、と番号が書かれた紙を受け取る。

  

「ありがとう。

 若いのに大した実力だ。俺にもよき経験となった。

 

 目に映る物を操る能力か? 使い勝手の良い戦闘向きの能力だな。途中で草を俺の足に絡ませて動きを鈍くしたのも良かった。

 だが、威力がかなり弱いから、撹乱に使うか、制約で威力をあげる必要があるかもしれないな。

 

 ジャポンに来たら連絡してくれ。詫びと言ってはなんだが、美味い飯をご馳走しよう。お前にも俺のホームコードを渡しておく」

 

 紙を握らされ、アドバイスまでされてルイはすっかり毒気を抜かれた。

 

 悪意のある殺気立った攻撃をヤスナガが一度でもしていたならば、ルイはあっという間にヤスナガを絶命させていただろう。

 

 だがそれがなかったことで実力が均衡した。

 

 持久戦の末にはルイが勝っていたのは明白でヤスナガもそれを理解しているのに、敵に塩を送るような真似(アドバイス)をする。

 

 この男はどこまでもルイのことを敵だとは思っていないのだ。

 

 もしかしたらヤスナガにも隠し種があったのかもしれない。

 

 ルイが殺す気の攻撃を受けなかったからそうしなかったように。

 

「一つ、伝言を頼んでもいいだろうか。

 これはヒンパにだ」

 

「いいよ」

 

 快く引き受けたのは、ヤスナガが悪いやつではなさそうだ、と判断したからであった。

 

「戦闘中にも言った通り、俺は人の心が()()()

 天空闘技場にいるときに、若い女の念獣を連れた老婆がいたんだが、ソイツがどこまでも薄気味悪い嫌ぁな感じを漂わせてる。

 

 クロウに執着しているみたいだから、ヒンパも、お前も十分に気をつけてくれ。

 見てくれは一般人なんだが、どうにも気持ち悪い」

 

 ぶるりと身体を震わせるヤスナガの顔は真剣だった。

 

「まあお前からしたら俺だって同じくらいに変なやつなんだろうがな。はっはっは!

 じゃあな!」

 

 背中を晒してあっさり去っていくヤスナガは、こちらを振り向くことなく歩いていく。

 

 あんなに執着していたのが嘘のようだ。

 

 一つため息を落としたルイは、踵を返してヤスナガとは逆方向の街中へと戻っていった。

 

 クロウに頼まれたドッキリテクスチャーをまだ買っていない。

 

 だが、ヤスナガの物言いと真剣な顔がどうにも引っかかって、ルイは郊外を全速力で走り出した。

 

 それは根拠のない、虫が騒ぐ(シックスセンス)としか言いようのない、感じたことのない気の焦りだった。

 

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