ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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クロウ視点


鬼のいない鬼ごっこ1

 

「もしもし? いま大丈夫かい? 

 ――商店街か! ちょうどよかった。ドッキリテクスチャーを買って来て欲しいんだけど、頼めるかい?

 ――好きなのはヒソカだよ。あのシールが欲しいみたい。

 ――今回はってなんだい。いつもそうだよ。

 まだヒソカにはお菓子ばかりあげすぎるのはよくないと言ったのはキミじゃないか!

 だからその代わりにボクが食べてるだけだよ」

 

 おや、とクロウは耳から携帯を離した。

 

 電話口の向こうで、ルイが誰かと話している様子なのだ。

 

 クロウは携帯から雑音とともに聞こえてくるその声を耳に留めつつ、携帯を持ったまま机の方へと歩いて行き、引き出しからトランプを取り出す。

 

 電話口ではルイと成人男性がやりとりしている。

 

 ――頼む、俺に電話を代わってくれ。

 

 必死な声が携帯のスピーカーから聞こえてきた。

 

 そうなった流れをきちんとは聞いていなかったが、ヒンパが偽名だとバレての行動ではなさそうだと判断する。

 

 どうやらルイを面倒なことに巻き込んでしまったようだ。

 

『だって。どうする?』

 

 至極どうでもよさそうにルイが尋ねてくる。

 

「キミにはボクの本名を教えているけれど、あまり広めたくないんだ。

 悪いんだけど、うまいこと誤魔化してくれるかい?」

 

『わかった』

 

 それだけですんなりと電話を切ったルイ。

 

 携帯に向けて両手を合わせたクロウはありがとう、と声に出して伝えた。

 

 隣でヒソカも両手をあわせて、ニコニコ顔でクロウの真似をしている。

 

「よくできました」

 

 ヒソカの頭を撫でて、トランプを箱から出す。

 

 専ら寝るためだけに使っていた自室にこれほど長時間いるのは随分と久しぶりのことだ。

 

 クロウとヒソカは今日は朝から二人で部屋に閉じ籠り、室内遊びに興じていた。

 

 ヒソカはトランプを齧るものではないと学んだが、まだ難しいルールはわからない。

 

 だがハートやクローバーなんかのマークは理解できるようになって、机いっぱいにトランプを並べてクロウが「ハートは?」と言うと嬉しそうに「こぇ!」と言いながらハートのトランプを渡してくれる。

 

 尊い。

 

 

 いつも溜まり場となっていたのはルイの部屋だ。そのルイが200階へと勝ち進み、登録を拒否したため部屋を引き上げなくてはならなくなった。

 

 1年も通い詰めていた場所が1日で他人のものになる。呆気ないことだ。

 

 いよいよこの生活も終わりなのだな、と実感が湧いてくる。

 

 ルイと遊ぶようになってから笑顔が少しずつ増えてきたヒソカは、今ではすっかり表情豊かになった。

 

 言葉も増えてきた。

 

 クロウ、と呼んでくれたときの感動は本当に忘れられない。

 

 

 なぜかルイが一生懸命にヒソカにクロウ、クロウだぞ、クロウだ、ほら、言ってみて。クロウ、と発音指導をしているのも面白かった。

 

 ヒソカが一生懸命呼ぼうとしてくれているだけでいいのだから、呼び名なんてなんだって構わないのに。

 

 

 ヒソカが笑顔で暮らしてくれていること、それがクロウにはたまらなく嬉しい。

 

 胸が温かくて、嬉し過ぎて苦しくて、なぜだか泣いてしまいそうな幸福感だ。

 

 どれだけルイに感謝してもし足りないほど。

 

 レンコにもこの様子を見せてやりたいと、心から願う。

 

 いつか、きっと。

 

 生きていればきっと、必ず、そんな日が訪れる。

 

 クロウはそう、夢見ることもできるようになった。

 

 

 ルイは200階に到達したらゾルディック家に帰ると前もって言っていた。

 

 近くにホテルを借りているそうで、準備周到なことに既に荷物は執事に移動するよう指示したらしい。

 

 1日や2日で帰るつもりはないそうだが、近日中に去ることになるだろう。

 

 こうして毎日のように過ごすことはなくなるのだ。

 

 そもそも、1年もこうして穏やかな時間が過ごせるだなんて、そうすることを自分が許されるだなんて、あの時は思ってもいなかった。望外の幸せだった。

 

 だけどやはり寂しく思ってしまう。

 

「クヨゥ?」

 

「ああ、ごめんごめん。次はクローバーだ! どれかわかるかな〜?」

 

 不思議そうにクロウの顔を覗き込むヒソカに、慌てて笑顔を向ける。ヒソカもまたにっこりと満面の笑みを返してくれた。

 

 

 クロウはルイと出会ったときを思い返す。

 もう一年も前のことになるのか。

 

 初めて見たときは、随分と年若い闘士がいるもんだ、と感嘆しただけであった。まさかあんなに若い闘士が自分の心を許せる友になるとは露とも思っていなかった。

 

 街中でヒソカを助けてもらい、向こうがヒンパという名前を覚えてくれていたことに驚いた。

 

 よくいえば人あたりが良い、悪くいえば八方美人なクロウは笑顔でファンサービスする少年のことを、自分と似た存在だと思っていた。

 

 広く浅くの人間関係を構築することが得意な薄っぺらい自分。

 

 表面上は仲良くするし友人も多いが、心から親しく思うものは実はとても少ない。

 

 ルイもきっと、そんなタイプの人間だと思っていた。

 

 

 だから、ただの一闘士でしかないヒンパの名前を覚えていてくれていたこと。

 

 そして、そのことを笑顔で伝えてくれたルイの行動が自分の思うものとは違っていて、久しく覚えていなかった懐かしい感覚を呼び起こされた。

 

 それは奇妙な憧憬の念にも似て。

 

 昔は自分も、こんなふうに無防備に人へと心を明け渡していたと懐古する。

 

 相手がどう思っているとか、どう感じるだろうとか、そんなしがらみに左右されずに真っ直ぐに己の心そのままに伝えていた。

 

 いつから人にどう思われるかを気にして、ありのままではない――装飾した言葉を紡ぐようになったのだろう。

 

 

 もう、忘れてしまった。

 

 だけどルイは、クロウが昔になくしたそれを持っていた。

 

 

 天空闘技場に来て、適当な偽名が思いつかなくて、ヒソカのパパ――ヒソカんパパ――略してヒンパなんて適当な名前にしたせいで(我ながら安直過ぎた)全然耳馴染みがなくて、ルイにヒンパと言われたときに、彼には自分の本当の名を呼んで欲しくて本名を名乗ってしまった。

 

 

 お礼と称してかなり強引にルイに付き纏ったのだが、気安い態度でそれを許してくれた。

 

 食事先ではヒソカのことを的確にアドバイスしてくれた。

 実の父でもわからないのに、出会ったばかりのルイが言葉にならないヒソカの欲求を理解し、魔法のようにヒソカの心を解きほぐしていくのに感嘆した。

 

 クロウは、ルイの可愛らしい見た目と裏腹に、落ち着きすぎなほどに落ち着いた言動を見て、自分と同じように実は大人なのではと半ば本気で疑っていた。

 

 

 あの時は、とりあえず今日のところは連絡先を聞いて解散しようと思っていたのに、携帯を持っていないと言われて、これは遠回しな拒絶かと本気で焦ったものだった。

 

 

 占い師からの指示もあり、そしてなにより人見知りのヒソカがすっかりルイに懐いていることもあり、その後もかなり強引に同行を願ったのだが、引かれなくて本当によかったと思う。

 

 人から近づいてきて貰うばかりで、クロウは自分から人に関わろうとしたことが数える程度しかなかったのだ。

 

 

 クロウであれば人間関係で手痛い経験をしすぎているため、必死になられると何か裏があるのかもしれない、と疑ってしまっていた可能性が高い。

 

 

 近づいたきっかけはなんであれ、クロウはルイのことを心から好きになっていたし、年なんて関係なく友人だと思っていた。

 

 クロウよりずっと年若いのに、ずっと思慮深い少年。

 

 ルイはなにかを勘付いている様子なのに、結局最後まで何も聞いてこなかった。

 

 あの年頃でクロウが同じことをできただろうか。

 何度もそんなことを考えた。

 

 きっと、お互いに一緒にいて心地がよいからこんなにも長く関係が続いた。

 クロウはそう信じている。

 

 

 なにもかもを話してもよいくらいに心を許していたが、そうしなかったのは、わざわざあの地獄を思い出す必要もなければ、重い話を聞かせるのもな、と気後れしたからだ。

 

 彼と仲良くなってからは、お節介だとは思ったが自分の過去の危ないファンの話を話して、ルイに注意喚起をしたつもりだったのだが、笑い飛ばされて終わった。

 

 

 大丈夫だ、きっと。

 ルイは自分と似ていると思っていたが、全然違っていた。

 

 彼は優先順位を間違えることはない。

 なんだかんだできちんと線引きをしている男だから。

 

 

 毎日が本当に幸せだ。

 

 だって、毎日が当たり前のようにやってくる。

 数秒後には失ってしまっているかもしれないという漠然とした恐怖がなくて、自然に笑えて。

 

 二度と幸せな気持ちになんてなれないと、つい最近まで本気で思っていたのに。

 

 生きていれば、本当にいろいろなことが起こるのだな。

 

 ヒソカの笑顔がクロウの心を温かく照らして、毎日が穏やかに過ぎていく。

 

 昨日と今日と同じような明日がまた待っているのだと思いつつ、ヒソカとともに布団で穏やかに瞳を閉じるのが幸せだった。

 

 

 

******

 

 

 

 ガチャガチャ、とドアノブが鳴る。

 

「ルイにい!」

 

 よいしょ、と椅子から降りたヒソカが駆け出していく。

 

 クロウはその後ろに続いた。

 

 鍵を開けてやると、一生懸命背伸びしてドアノブに手をかけたヒソカがドアノブを開く。

 

「ルイに……?」

 

()()()()、クロウさま。

 随分探したのよぉ?」

 

 扉の隙間に身を捩って入れて、にっこりと微笑む女に見覚えはない。

 

 扉を無理矢理にこじ開けた女は、すぐ近くにいたヒソカを抱き上げた。

 途端にヒソカは大声で泣き出す。

 

 クロウが駆け寄ろうとするのを女は片手を挙げて制す。

 

「近づいてこないで。

 この子がどうなってもいいの?」

 

 

 

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