ゾルディック家のブラコン長男 作:見切り発車丸
老婆の声が脳裏に響く。
──思い出し、気を正しく配りなさい。大切なものを無くしたくなければ。
ルイは飛ぶように走っていた。
着地する一歩一歩に全力を注ぎ、矢のように走る。
なぜそんなに気が急くのか。わからない。
でもこのままでは間に合わない。
なにが間に合わない? わからない。
だが、急げ、急げと心が騒がしい。
もしかして、なにかに操られているのだろうか。
自分のことなのに自分のことでないような、不思議な焦燥感にルイはそう思った。
ドッキリテクスチャーを買いにいかないと。
……あれ? もう買ったんだったか?
いや、買ってなんていない。
クロウに電話でお使いを頼まれて、すぐに郊外へ出てヤスナガと戦った。ヤスナガと戦ったのはつい先ほどのことだから、駄菓子屋には行っていない。
忘れていたわけでもないのに、頼まれた物を買わずに帰るだなんて行動、どう考えたっておかしい。
理性は買いに行ってから戻るべきだと言う。
駄菓子屋で買い物をしてからホテルへ戻るのが普通なのに、本能がそれでは遅いと叫んでいる。
そもそも、この記憶はなんだ。
まるで夢のように、現実にあったことのように、頭のなかに景色が浮かぶ。
******
天井の低い狭い部屋。吊り下げ式の白熱電球からは暖かみのある光が、所狭しと壁にまで貼られる色とりどりのお菓子を照らし出している。
通路は人一人分しかないほど狭い。
子どもが見やすい低い高さの台がそこかしこに迷路のように置かれていて、どの台にもたくさんのお菓子が溢れんばかりに置かれている。
どれにしようかウキウキと心を弾ませながら、自分は駄菓子屋で色々なお菓子を選んでいる。
駄菓子屋のおっちゃんに味見なんかさせてもらって、嬉しそうに笑っている。
結局いつも通り自分用にチョコロボくんをダース買いして、そして大きな手提げ袋いっぱいにドッキリテクスチャーを買い求めた。
ヒソカがシールで喜ぶ顔を想像して、ついついありったけのドッキリテクスチャーを買ってしまった。
クロウがさすがに買い過ぎだよ、と眉を下げて笑う顔を思って、ルイは思わず笑っていた。
ルイがたくさんのお菓子を持ってロビーへと行くと、珍しくヒソカが一人きりでいて、そわそわと周囲を見回していた。
「ヒソカ! 一人でどうしたんだ?」
「ルイにぃ!」
ルイが声をかけると、いまにも泣きそうに不安そうな様子だったヒソカか、ぴったりとルイに抱きついた。
「クロウは?」
「おにごっこ」
鬼ごっこ?
こんな場所で?
それにしたってクロウかヒソカのすぐそばにいないのはおかしい。
トイレだろうか。
周囲を見回していたルイは、ヒソカはトランプを握りしめているのにようやく気づく。
「ん……? トランプ? ちょっとだけ見せてくれるか?」
あい、とトランプが手渡される。ヒソカがずっと握りしめていたせいで、どことなくしっとりとしたそれはハートのQだ。
そのトランプの右下には、走り書きで S O S と書かれていた。
何かあったんだ。
ルイは確信し、ヒソカを抱えて走り出した。
******
「近づいてこないで。
この子がどうなってもいいの?」
そう言われ、クロウはぴたりと動きを止めた。
ヒソカを拘束する女も不気味だが、ベールで顔を隠した老婆は、見覚えなどないのに背筋が冷たくなるほど嫌な心地がする。
直接的には何もしていないのに、老婆のほうが不気味だ。
オーラはほとんど垂れ流しになっており、能力者である可能性は低い。
相手が二人いるのが一番のネックだった。
クロウのスピードならば一瞬で女を無力化できる。
だが一瞬の間にヒソカになにかをされる可能性はある。
女ではなく老婆のほうが動く可能性もある。
たった一瞬とはいえ油断できない。子どもの身体は驚くほどにやわらかくて脆いのだから。
女と老婆は、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。
そして扉を閉める。
ヒソカが泣いている。
「目的はなんだい?」
クロウは努めて穏やかな口調で、そう尋ねた。
ヒソカが泣き喚く声が耳に、心に突き刺さる。
この泣き声が廊下に響いて、誰か助けに来てくれればと思ったが、ドアを閉められてしまった。
クロウは心のなかで何度も繰り返しヒソカに語りかける。
すまない、ヒソカ。キミのことは、ボクが必ず守るから。
「簡単なことよ、クロウ様。
わたしのものになってちょうだい」
「それは漠然としすぎているね……いや、キミの要求は飲むつもりだ。
なんだってする。なんなら誓約書だって書こう」
そう言って、胸ポケットから
「だから、
瞬きもせず、真っ直ぐにクロウを見つめていた女は、どこかぼんやりとした瞳になり、緩慢な動作で頷いた。
「……そうねぇ……神に誓って約束できる?」
「ああ。昔から嘘は吐かない主義なんだ」
「ま、うるさいだけだし……わたしにも都合がいいわ。
早く黙らせてちょうだい」
背中を押されたヒソカがつんのめるように駆け出してくるが、途中で転ぶ。背筋が凍る。クロウは大急いでヒソカを抱き上げた。
「大丈夫、大丈夫、いい子だ。
ごめんな……怖かったろう」
クロウの能力の一つである
具現化したペンをトリガーに催眠の能力が発動し、クロウの願いを快くきいてくれるようになる。
レベル1 ペンを見せる
レベル2 ペンを見せ、かつ対象と会話の応酬をする
レベル3 レベル2に加えて、対象の身体の一部に触れる
レベル4 レベル3に加えて対象と物の授受をする、もしくはペンに触れさせたままお願いする
レベルが上がる毎に制約は厳しくなるが、お願いの強制力もあがっていく。
人によってはレベル1でいける。
いままでの経験上、相当無理な頼み事をしない限りは(したことがないが)一般人ならレベル1で、念能力者でも大体の人間はレベル3の制約で喜んで願い事を聞いてくれる。
レベル4までいくと、意思とは関係なく半ば強制的に動かすことができる。
解放してしまえば人質は人質足りえないのに、それでも解放してもよいかと、自発的に相手が思ってしまうのだ。
ペンを直接目視していること、対象を傷つける催眠はできないこと、対象の意思に反するお願いはレベル2以上ないとさらに不快度が上がってしまう、1日のうちに回数制限があるなど制約は多いのだが、人を傷つけたくないクロウらしい能力であった。
対象の性格よって催眠にかかりやすかったり、かかりにくかったりするが、今回の場合はかなり催眠にかかりやすい相手だったのは不幸中の幸いだ。
解放されたヒソカが大声で泣きながらクロウにがっしりとしがみついている。
クロウはヒソカを抱っこし、その胸に重みを、温かさをしっかりと感じた。
愛おしいヒソカ、ボクの宝物。
ああ、良かった。生きてる。
必ずどうにかする。
きっとこの場をなんとかして、すぐに迎えにいくから。
「ヒソカ、鬼ごっこしようか。
好きだろう? 追いかけっこだ。
ボクが追いかけるから、さきに逃げておいてくれ」
「や! 抱っこ!」
さらにクロウにしがみつくヒソカを、クロウはやさしく抱きしめた。
「大丈夫、ボクもすぐにいくから。
先に逃げないとすぐに捕まえてしまうよ?」
手に持っていたペンを女たちから身体で隠しつつ、机の上に置きっぱなしだったトランプに殴り書きして、その一枚を手に取った。
「
できるね? ほら行っておいで」
こんなことに巻き込んでしまってすまない。
きっとすぐに行くから。
愛してる。
ああ、あんなに幼いのに、一人で出歩いて大丈夫だろうか。
きっと守ってください、神様。
頼む、ルイ。
万感の想いでクロウは、ヒソカの小さな手を包み込むようにトランプを託した。
ぼんやりと心地よさそうな顔をしたヒソカはトランプを握りして頷き、扉のほうへと歩いていく。
女も老婆も微動だにせず、ヒソカが退出するのを横目で眺めている。
パタン、と扉が閉まり、クロウは女たちに向けてにっこりと微笑んだ。
「どうせなら、座って話さないかい?」
女は鷹揚に頷き、クロウと机を挟んだ向こう側の椅子に腰掛けた。
「よければ、あなたも」
そう言ってクロウは老婆へ椅子を勧めるのだが、まるで反応がない。
クロウのすぐ隣に立ち尽くしている。正直に言って、圧がすごい。
「それで、わたしのものになる方法なのだけどね。
わたしと一緒に死んでくれないかしら?」
老婆に話しかけたことを、まるでスルーして女が話し出す。
老婆は気にした様子もなく立ち尽くしており、女はルイだけを見て話している。
「死ぬとは、なかなか物騒だね。
なぜ死ぬことがキミのものになるということになるんだい?」
「ただ死ぬんじゃないわ。わたしと一緒に死ぬのよ。
そうすれば死後の世界では邪魔をされずにずっと二人でいられるから」
頭がおかしいのだな。
この手の人間は何人も見てきたクロウは、これ以上話しても無駄だと確信する。
これ以上会話を続けても癇癪を起こされる可能性が大いに高い。
クロウはニコリと微笑んだ。感情のこもらない人形のように綺麗な笑みだった。
「お茶を淹れるよ。なにが飲みたい?」
「いらないわ。そんなことよりも、これを飲んで」
そう言って渡された小瓶が差し出される。
それを受け取るついでに何気なく相手の指に
「これは何だい?」
「毒よ。一緒にこれを飲んで死ぬの。
飲むのが嫌なら注射でもいいのよ?
注射なら約2μg 、経口では約63μgで死ねるらしいわ。
どちらの方法を選んでも大丈夫なようにちゃあんと準備しているのよ」
「……悪いんだけど、
「いやよ」
間髪入れずに返された、きっぱりとした否定にクロウは面食らった。
先ほどはレベル1で催眠が効いたのに。
ヒソカを放すのは、彼女もまたそう望んでいたことだからすんなりと要求が通ったが、クロウと離れるのは彼女の望みではないためだろうか。
それにしたってレベル1で催眠が効くほどの人が、どうして突然。
いや、それはあとで考えよう。
「とりあえず、これは返しておいてもいいかい?」
言いつつ、小瓶を女に握らせる。
女は唇を尖らせながらも素直に小瓶を受け取った。
これで物の授受の制約をクリアした。
「
もう一度そう言うと、女は表情を豹変させて怒鳴った。
「なによ!! 帰れ帰れって!!!!」
おかしい。
条件は整っているはずなのに、催眠が発動しない。
むしろ相手の不快度が指数的に増えている。
こちらの催眠を無効化する能力か? ならばどうして先ほどは発動した。
そもそも相手は一般人だ。それに先ほどは確かに催眠が効いた。
「キミの要求はなんでも飲むって!! そう言ったじゃない!!」
激昂した女は席を立ち、カツカツとヒールを鳴らしてクロウのもとへと歩いてくる。
老婆もまた滑るように移動して、クロウの背後へと迫る。
机のすぐ横、クロウの眼前に立つ女と、椅子のすぐ後ろ、クロウの背後に立つ老婆。
いやなサンドイッチだ。
女は小瓶の蓋をあけて、クロウの鼻先へと突きつける。
右手に小瓶、左手に瓶の蓋を持って、随分と至近距離のままピタリと止まる。
無理やりに飲ませてくるつもりであればクロウも対処したが、クロウに選ばせるつもりなのか、これ以上は迫ってこない。
相手の両手が塞がっている状態はクロウとしてもありがたいので、払いのけたいほどの近さではあるがそのままにする。
気になるのは、背後からの殺気。首筋がピリピリと痛いほどだ。
濃厚な殺意が針のように突き刺さってくる。
怒っている女はどうして、まるで怒った演技でもしているかのように殺気がない。
どちらかと言うと警戒すべきは背後の老婆か。
眼前にある毒の小瓶を持った両手を警戒しつつ、背後の老婆の動きに対応できるよう陰で背中にオーラをまわす。
相手は一般人のため、過度にオーラを使いすぎると精孔を刺激して殺してしまうことになりかねない。
背後からの攻撃に備えて、神経を尖らせていたクロウは、突如としてチクリと手に刺さった感触に何事かと固まった。
女は一歩も動いていない。
相変わらず目の前には両手がある。
背後の老婆も動いていない。直接見てはいないが、かなり神経を集中させていたため、身動き一つしていないことは間違いない。
目線を下げると、女の腰あたりから腕が生えていた。
嘘だろう。
クロウは思わず笑ってしまった。
女の腰に生えたその手には注射針があり、それがクロウの手の甲に刺されていた。
「わたし、ずぅーっと待ってたんだからぁ。
約束通り早くわたしのものになってよね」
凝をしたクロウは、ようやく失態に気づいた。
そうか、この女は念獣か。よく見ればオーラの流れが違う。
だから催眠が効かなかったのだ。
ああ、なるほど。だから殺気がなかったのか。
念獣だったから腕がもう一本生えたのか。
黒子に徹するこの老婆こそが能力者だった。
しかし一般人がこれほど高度な念獣を出せるだなんて、あり得るか?
ふと思い出す。
クロウがルーナとセレネに自分の年齢を託したとき。
年齢とともに経験や念能力の一部が相手に渡る、ようなことを言っていた気がする。
実際クロウは弱体化した。
もしも、だ。
彼女たちの能力的にメリットはないが、年齢を受け取るだけでなく、渡すこともまたできるのだとしたら。
目の前にいる老婆は、もしかして。
嫌な勘ほど当たるというし、そうなのかもしれない。
無意識のうちに
彼女らの知識や経験を一部でも貰い受けたならば、望み通りの念獣を作ることも訳ないことだろう。
それにしても念の概念を学んでいないのに、凄まじい才能だ。
おぞましい、と言ったほうが正しいか。
筋肉が勝手に弛緩していき、呼吸が苦しくなっていく。
一般人のような纏の老婆に、そして女に、当初簡単に催眠が効いたこともあって油断していたとしか言えない。
戦闘体制であれば警戒していない女の腹部から突然腕が生えてきても、オーラを運用して手の甲へとまわし、堅で注射針を弾くこともできただろう。
そうできなかったのは、相手をリラックスさせるために余裕ぶった態度を取っていたからだ。
あとは背後の老婆にリソースを割き過ぎた。
クロウは自分がもうすぐ死ぬことをわかっていて、目の前の女が明確な殺意で殺しにきたというのに、未だ誰も恨んでいなかった。
冷え切った死が近づいているのに、クロウは家族のことをおもった。
このままこの女が死ねば、レンコに取り憑いた念獣は消えてくれるだろうかとぼんやりと考える。
死後強まる念もあるが、この満足気な様子ならばきっと大丈夫だろう。
レンコにかけられた念が解けたら、ヒソカはレンコのもとへ帰ることができるようになる。
それに。
この光景をきっと、セレネたちは
危険が迫れば、いつもなにしからの助言や忠告をしてくれていた彼女が今回は何も言ってこなかった。
だからこそ安心できた。
それはすなわち自分が死に、目の前の女もまた死に、レンコにかけられた念が解かれる未来が見えたということだ。
それならば本望だ。
きっと、ヒソカの迎えもすぐに来ることだろう。
爛々と目を輝かせてクロウが息絶えてゆくのを見下ろす老婆。
視界がぼやけて真っ黒に染まっていく。クロウは瞳を閉じた。
ボクは、愚かだった。
誰も傷つけたくなくて、中途半端な態度をとって、そうしていろんな人を傷つけてしまった。
一番大切にしないといけないものさえも傷つけてしまった。
もとはといえば、すべてボクのせいだ。
愚かだと反省しなくてはいけないのに。
それなのにボクは、とても満足している。
こんなに不出来な自分に優しく愛情を注いでくれた両親がいて、生意気なライバルみたいな弟がいて、愛する妻と子ができて、最期には心を許せる友ができて、幸せすぎるほどに幸せだったと死の間際に喜んでしまう。
ああ、ヒソカ。彼だけが気がかりだ。
たくさん伝えたいことがあった。
色んなところに遊びに行きたかった。
自分が教えられることはすべて教えてあげたかった。
彼の成長をずっと見守っていたかった。
身体に気をつけて、笑顔で、風邪を引かないように、強く育っておくれ。
ボクがキミのことを心から愛していることを、どうか忘れないで
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いつもニヤニヤしてるよ。
アンケートご協力ありがとうございました。
このままだとどんどん差が開いていきそうなので、このあたりで終わります。
結果!
ここの読者様たちは、ロリ野郎が大半で、ショタが次数を占めるということがわかりました。爆笑
大差をつけて次にギャグ、そして最後少数派のシリアス……(´;ω;`)
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