ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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現在そして別離

 

 駄菓子屋にも寄らず、自分が泊まっているホテルも経由せず。

 

 一目散にルイが向かったのは天空闘技場内部にあるクロウの個室であった。

 

 ロビーはいつも通り人で溢れかえっている。

 

 そこに小さな子どもの姿はなく、そのことにルイは心のどこかで安堵していた。

 

 

 

 

「オレの部屋に何か用?」

 

 ルイは今まさに部屋の扉を開こうとドアノブに手をかけていた女性に声をかけた。

 

「あら……?」

 

 年若い女性だ。

 

 すぐ近くに黒子のように控える老婆がいるが、真っ黒い衣服に黒いベールを目深に被っており顔は見えない。

 

 老婆のほうは能力者らしいが、あまり強そうには見えない。身体も鍛えていないし、纏になりきらないオーラも乱れている。

 

 ヤスナガが言っていた若い女の念獣を連れた老婆とは、十中八九この人のことだろう。

 

「ああ、ルイ選手ね! 試合を見たわよ!

 あの忍者を一瞬で倒すなんて本当に強いのね!」

 

 きゃっきゃと一人で騒ぐ若い女性(念獣)は害意があるようにはまるで見えない。

 

 それにこの実力でどうこうできるとも思えないし。

 

 ヤスナガでも易々と対処できそうな女に、気をつけろとは、言葉が重すぎる気が否めない。

 

「わたしの調べでは、この部屋はたしかクロ――ヒンパの部屋だったと思うのだけれど」

 

「天空闘技場は部屋の入れ替わりが激しいんだ。

 確かに以前はヒンパの部屋だったかもしれないけど、今はオレの部屋だよ」

 

 嘘だ。

 

「あら、そうなの?」

 

 呼吸をするように平然と吐かれた嘘に、調べが足りなかったわ、などとブツブツ呟く女性。

 

 ルイがその様子を眺めていると、ぎゅん、と顔を上げた女性がルイに微笑んで小首を傾げた。

 

「入らないの?」

 

「ああ、入るけど」

 

 ルイはポケットに手を入れ、携帯を操作する。

 

「あれ?」

 

 通話ボタンが簡単な位置にあって、そして最後にかかってきたのがクロウで良かった。

 

 電話をかけてはいるが、繋がっているかは確かめられない。

 だが、今日は外出予定もないようだし、きっと繋がっているはずだ。

 

「――あっ、やべ。そういや鍵持って出るの忘れてたっけな。

 そういうあんたはどこの部屋の人なの? そもそも、試合に出てたっけ?」

 

 ルイが話す声に紛れる形で、カチャン、と錠が開く音がわずかに鳴る。

 

 何食わぬ顔で扉を押し開く。

 

「あ、やっぱ開けっぱなしだったか。

 鍵閉めずに出てったオレも悪いけど、開いてるからって勝手に入ろうとするのは犯罪だからな、オバサン」

 

「お、おばっ?!」

 

 目を釣り上げるオバサンを放置して、わずかな隙間から滑るように室内に入り扉と鍵を閉める。

 

 部屋のなかでは、少し隠れた位置に携帯を持ったクロウとヒソカがしゃがんで待機していた。

 

 

「行ったかな?」

 

 三人でずっと沈黙を保っていた。

 しばらくしてルイが小声でそう言うと、クロウが胸ポケットに差していたペンを手に取る。

 

「見てみようか」

 

 そう言い、軽く掲げたペンにオーラを込める。

 

 その刹那、ほんの一瞬だけ、奇妙な感覚になった。

 しかしすぐに忘れるほどの違和感だ。

 

 するすると紙に描かれていくのはこの建物の地図だ。

 

 階層ごとに描いており、先ほどまで歩いていた廊下の地図もある。

 

 随分と精巧な地図に、ルイは舌を巻いた。

 

 ルイが秘密裏に入手し、記憶した地図に寸分違わない。

 

 そこに簡易的な人のマークが書き足される。

 トイレのマークにも似ていて少し笑いそうになった。地図が綺麗な分ギャップがすごい。いや、わかるんだけどさ。

 これ、トランスジェンダーはどっちで表示されるんだ?

 

 仕様もないことが気にかかるルイとは裏腹に、困った顔でクロウは言う。

 

「たぶんこの人だよね? うーん、まだいるねぇ」

 

 暇つぶしにぐりぐりと黒く塗られた女性トイレのマークが、同じフロアのすぐ近くの部屋の前に位置している。

 ほんのわずかにしか移動していない。

 

「この人、クロウの部屋だって認識している様子だった。

 さっきオレが電話中に話しかけてたのがヤスナガとかいうオッサンなんだけどさ、オッサンから若い女の念獣を連れた老婆に気をつけろって伝言を頼まれた」

 

「ボクにかい?」

 

「うん、まあ正しくはヒンパに、かな。

 クロウに執着しているみたいだから気をつけろって。

 

 それのせいか、なぁんか妙に早く帰らなくちゃいけない気持ちになってさ。ドッキリテクスチャー買い忘れちった、ごめん」

 

「キミがそんなに焦るなんて珍しいね。

 全然構わないよ。むしろボクたちを心配して飛んできてくれたんだろう? ありがとう」

 

「そんな改まってお礼なんか言うなよ。当たり前のことじゃん。

 それで、心当たりはあるの?」

 

「若い女の念獣を連れた老婆だよね……全然心当たりないよ。

 でもヤスナガのことは知ってるよ。前に話した暑苦しいストーカー忍者だ。覚えているかい?」

 

「ああ、もちろん覚えてる。

 あいつさ、意外といいオッサンだったけど、自分がクロウのストーカーだってまるで認識してねーのが笑えた!」

 

 ルイは声を出してケラケラと笑う。

 クロウが心底驚いた顔をして固まっているから余計に面白かった。

 

 ヒソカもクロウも律儀なことにずっと静かにしていた。

 

「とりあえずさ。ヒソカもいるんだし、今日のところはオレが借りてるホテルに場所移したほうがいいんじゃない?」

 

 ストーカーがふたたび現れないとも限らないし。

 ルイがそう提案すると、少し悩んだクロウは頷いた。

 

「そうさせてもらってもいいかい?」

 

 もちろんだ、とルイはすぐにホテルに電話して2名追加する旨を伝える。

 

 一人でだだっ広い部屋に泊まっていたので、他に人が来て嬉しい。

 

 

 クロウの能力で確認し、女が建物内からいなくなったのはたっぷり2時間も後のことだった。

 

 全員でルイの借りるホテルへと向かった。

 

 部屋に着いてからは、ルイが常備しているお菓子をみんなで食べたり、ゲームをしたり、他愛のない会話をしたりして楽しんだ。

 

 一緒にベッドルームで寝ればいいのに、クロウとヒソカはリビングルームにある大きなソファで眠るといって譲らなかった。

 

 今日は自然と修行の流れにはならず、ルイはクロウが時折見せる難しい顔からなんとなく、別離の時が近いことを察していた。

 

 

 

 

 

 

 

 夜も更け、すっかり漆黒のカーテンが降りた頃、カチャリと扉が開く音でルイは目を開ける。

 

 つい先ほどまで眠っていたとは思えないほどに、完璧に覚醒して、念のためにベッド横に置いているナイフを手にする。

 

 静かな足音とともに寝室に現れたのはクロウだった。寝入ったヒソカを毛布に包んで抱っこしている。

 

「夜分にすまない。

 かなり急なんだけど、ボクたちは今から発つことにするよ」

 

「向こうに置いてある荷物はどうするの? オレ取ってくるよ」

 

「お気遣いありがとう。

 さっきボクの能力で見てみたら、例の念獣と老婆が天空闘技場の周りをまだ徘徊していたんだ。

 あれほど執念深い人にキミが目を付けられたら、ボクは後悔してもしきれないよ」

 

 大した荷物は置いていないし、たんまり天空闘技場で稼いだから、次の移動先でなんでも買えるとクロウは笑う。

 

 とうとうお別れか、という寂しさと、イルミとヒソカを会わせてやりたかったという願望と。

 毎日のように楽しく過ごしていた友人が突然どこかへ行ってしまうという経験をしたことがなかったルイは、どのような反応をして、どのような行動をすればいいのかの最適解を知らない。

 

 どこへ行くつもりなのか尋ねようとして、喉元で言葉がつっかえる。

 どこから情報が漏れるかわからないのだから、誰にも行き先は告げないほうが安全だろう。

 

 わざわざ会いにきてくれてありがとう。また会えるのか。誰か助けてくれる人はいるのか。困ったら何だって連絡してくれ。

 言いたいことや聞きたいことはたくさんあったが、どれも言葉にならなかった。

 

「元気で」

 

 結局言えたのはそんな陳腐な言葉だけだった。

 クロウは穏やかに微笑んで頷いた。

 

 あまりにも楽しい毎日だったから、自分が発つまで待ってくれてもいいじゃないか、と非難したくなる気持ちが少しだけあったが、現にクロウのストーカーが2名も現れているのだ。事を起こすのは早いほうがいい。

 

「思ったよりも長くこの地に居てしまったよ。

 ヒソカともども、世話になった。

 ボクはキミのことを心から友だと思っている。キミもそう思ってくれていると嬉しいよ」

 

 寂しそうに微笑みながらそう言ったクロウに、ルイは頷いた。

 

 

「除念師を探す旅をしようと思っているんだ。有能な除念師を雇って、それで家に帰るのが当面の夢だ。

 ルイ、また必ず会おう」

 

「うん」

 

「ボクは知っての通り子育て知識がゼロだったから、本当にルイに助けられたよ。

 ちょっと前は、訳あって地獄みたいな日々を過ごしていて、ヒソカは毎日泣いていた。

 ここに来てからというもの、ヒソカは毎日笑顔で、心から楽しそうで、ボクも穏やかな日々を過ごせて自分を取り戻せた。

 全部キミのおかげだ、ルイ」

 

「そんなことばっかし言ってるからストーカーが増えるんじゃねえの?」

 

 ルイは眉尻を下げて、少し泣きそうになりながら笑った。

 

「キミはボクの大切な友達だから、きちんと伝えておきたいと思ったんだ。

 ストーカー相手にこんなこと言わないよ」

 

 クロウはそう言って笑う。

 ヒソカはぐっすりと眠っている。

 

「元気で。身体に気をつけて、好き嫌いせずにいろんなものを食べて、修行は頑張りすぎないように」

 

「やめろやめろ! わかったから、早く行きなよ」

 

 言い足りなそうなクロウの背中を押して、扉を開いてやる。

 

「じゃあね」

 

「うん。じゃあね」

 

 碧と黒、互いの瞳がしっかりとぶつかって言葉にならない想いを共有する。

 

 そしてクロウは部屋から出ていった。

 ルイは扉を静かに閉じる。

 

 しん、と静まり返った部屋は日中の賑やかさと正反対でそれがなんだか物悲しい。

 居た堪れなくて、寝室へと向かった。

 

 ぴっちりと閉じていたカーテンを開く。

 壁一面ほどある大きな窓が現れて、途端に部屋が明るくなる。

 

 眼下にはそこまで賑わっていない静かな夜景が広がっている。

 

 深夜ということもあり、ぽつりぽつりと電気がついている程度だ。

 

 じわり、とその電気が滲んで見えて、ルイはぐっと空を見上げた。

 

 鼻の奥がツンと痛い。そして胸が痛い。

 

 ぼやぼやと歪む空は、星明りが美しかった。

 

 ……空に、なにかが飛んでいる。

 

 大きな羽をゆったりと羽ばたかせる巨大な怪鳥。

 

 ドラゴンにも似たとてつもない大きさの鳥はこの街では見たことがないものだ。

 

 あまりの異常事態に涙も引っ込んで、ルイは固まったまま空を見上げていた。

 

 怪鳥の背に、人が乗っている。

 長い髪をたなびかせた、筋骨隆々の男性。

 

 妙に見覚えのあるその姿に、ルイは思わず呟いた。

 

「ええぇ……台無しだよ……」

 

 感傷に浸る時間は与えられなかった。

 

 そこで携帯が鳴る。

 

「はい」

 

 きっとこのことに関しての連絡だろう、とノータイムで電話をとると、予想外にも聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

 というか、つい先ほどまで話していた。

 

『ごめん、忘れ物しちゃってさ。ちょっと開けてくれるかい?』

 

「……いま開けるよ」

 

 ごめんごめん、と茶目っ気たっぷりに笑うクロウは、ソファのすぐ近くに置きっぱなしになっていたトランプを回収し、またすぐに出ていった。

 

 トランプかよ。

 もう新しいの買えよ。

 オレのセンチメンタル返せよ。

 

 リビングルームがあんなに寂しく広がっていたはずなのに、なぜだろう。普通だ。

 

 ふたたび電話が鳴る。

 

 ……また忘れ物だろうか。

 

 すっかり冷めた顔と声でルイが電話に出ると、慌てふためいた監視役の執事が慌てた様子で捲し立てる。

 

「るるるるるるルイしゃまっ、夜分に申し訳ございましぇん!

 お、落ち着いて、落ち着いて、聞いてください」

 

「大丈夫、オレはいまものすごーく落ち着いてるから」

 

「あああ、あの、あのでしゅね! つい先ほど連絡があったのですが、いま、旦那シャマがこちらに向かってらっしゃるそうでしゅ……!」

 

「なんで赤ちゃん言葉?

 大丈夫、それさっき確認済み」

 

 やっぱりあれは父だった。

 

 ふぅ、とため息をついたルイはふたたび寝室に向かい、窓から空へと向けて大きく手を振った。

 

 どのホテルに泊まっているかまで報告がされているのだろうか?

 

 豆粒のように小さなシルバが腕組みをしたままうん、と頷いているのが見える。

 

 ルイは明るい顔で部屋の中の荷物をテキパキと纏め出した。

 

 




本当はこれの前に一話、凝りもせずわけわからん人視点のわけわからん話を6000字程度書いてます。
感想欄の助言を参考に、まあ支障ないしやめとくか! と投稿しませんでした。
急な展開に感じたらそのせいです。(言い訳)

これでこの章も終わりです。
感想・評価・ここ好きどしどしお待ちしております。
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