ゾルディック家のブラコン長男 作:見切り発車丸
ルイのお土産
シルバが息子をわざわざ迎えに行ったのにはやむにやまれぬ事情がある。
ルイが1年以上も帰ってこないばかりか、顔すら見せなかったことに起因する。
7歳の息子が1年も帰っていない。
字面にすると大変由々しき事態である。
家の緩衝材でもあったルイがおらず、それに対するシルバ以外の家族の不満や鬱憤がどんどんと積もっていき、主にキキョウなんかが爆発寸前だった。
使用人もどことなく覇気を失ってしょんぼりとしており、ミケにいたっては食欲をなくして侵入者の死体を食べ残していた。
可愛い子には旅をさせよ、のシルバとは正反対に、キキョウは自分の子どもを手元に置いておきたいタイプである。
天空闘技場行きも当然いい顔をしていなかった。
きっとすぐに帰って来るだろうから、と宥めていたのに、いざ蓋を開けてみれば1年以上も帰ってこない。
シルバは、ルイはイルミ会いたさにすぐに帰って来るものだと踏んでいた。
3ヶ月も引き離せれば上々だ、なんて思っていたのに。
ルイに限って、帰ってこない心配などしなくていいと当初シルバは確信していた。
毎日執事から報告は受けていたが、半年も経つ頃にはルイが執事をたらし込んで嘘をつかせているのかと疑った。
とっくに200階など達成し、ゾルディック家から解放されて遊び呆けているのかと思ったのだ。
新たに執事を派遣すると、監視役の執事とまるで変わらぬ証言をする。
本当に200階に達していないらしい。
しかも毎日ほとんど外出もせずに修行に勤しんでいる、と。
シルバの知らぬ間に天空闘技場に集う闘士の質が格段に上がったのだろうか。
ルイは幼いが相当な才能だ。暗殺者としての技術をスポンジのように吸収し、念の基礎まで修得している。
天空闘技場に来る人間に遅れを取ることはないだろう、と事前に下調べをしたときには確信していたのだが、これは天空闘技場の難易度に修正をいれるべきか。
イルミと引き離すためだけに天空闘技場へと送り込んだが、ルイがこれほどまでに苦戦し修行に打ち込めるのならば、イルミ以降の子どもたちも修行させに行ってもいいかもしれない、とシルバは考えた。
半年の後、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月経っても未だ帰ってこず、驚くことにイルミの誕生日にさえも帰ってこなかった。
ルイはイルミの誕生日だけはどんなことをしても帰って来るものだとゾルディック家のほとんどが勝手に思っていた。
唯一報告を受けていたシルバ以外は。
なぜシルバは誰にも言わなかったのか、と疑問に思うだろう。
シルバはちゃんと言った。
執事からの報告の感じだと、帰ってこないだろうな、と。
無類のイルミ好きなルイを知っているゾルディック家の面々は、イルミの初めての誕生日のためならば、ちょっとやそっと無理してでも帰ってくると確信していた。だから、天空闘技場をちょっとやそっと抜けることなどなんの支障にもならない、と。
要するに一家の主人であるシルバの言よりもなお、ルイのイルミ好きのほうが上回ると判断されたのである。
これはこれで由々しき事態である。
イルミの誕生日会という名目で、料理人たちはルイ用にたくさんの料理を準備していたし、使用人たちは久しぶりにルイに会えると浮き足立っていた。
食堂は豪華に飾り付けられ、いざ早めの晩餐会を開いたときにゾルディック家に贈り物が届けられた。
この日の晩餐時に届けてくれと厳命された門番が、きっとイルミ様が喜ぶだろうとニコニコしながら持ってきたのはルイからイルミへのプレゼント。
プレゼントが送られてきた、ということはルイは帰って来ないということ。
一瞬にして凍りついた晩餐会場に、門番はギクシャクとした動きでルイからのプレゼントを執事に託した。
なにか粗相をしただろうかと大量の冷や汗を流しつつ、殺されるかもしれないと肝を冷やしながら早足に守衛室へと帰っていった。
珍しくゼノやマハまで食卓に出てきたのだが、ピリピリした様子のキキョウを見てゼノは察し、イルミを寿いだあとはプレゼントを渡してさっさと姿をくらました。
マハは誰に聞くでもなくデカい声で「今日はルイはおらんのか?」と呟き、皆が沈黙で答えた。
それに過敏に反応したのはキキョウで、音を立てて椅子から立ち上がった。
「おじいさま!!!!
ルイちゃんはいま、お家を離れ、修行中ですのよ!!!!
イルミの誕生日会といえど帰って来るはずなど、ありませんわ!!!!
ええ、ええ! 私の誕生日にも帰ってきてないんですから!!!!!
ほんっとーーーうに自慢の息子ですわ!!!!!」
マハ以外の全員の耳がキンとした。
自分に言い聞かせるような必死な物言いであった。
相変わらずマイペースなマハは「そうか、残念じゃのぅ」なんて言い残して自室へと帰っていった。
じじいども、勝手に帰りやがって……。
そうシルバが内心で悪態づくのも無理からぬことだ。
ようやくルイが200階に到達したという報告を執事から受けたシルバは心から安堵した。
安堵したのも束の間、なぜか次の日には帰って来ると思っていたらしいキキョウにナゼナゼドウシテドウシテと詰め寄られ、その次の日にはゼノがルイはまだ帰ってこんのか? とシルバの部屋にわざわざ来てまで尋ねてきた。その次の日にはゴトーまでもが恐れながら旦那様、ルイ様はいつ頃帰ってこられるのでしょう、と尋ねて来る始末だ。
渾身の出来であるらしいイルミのアルバム集を、隠せぬドヤ顔で見せられた。早くルイに見せたくて仕方がない、そんな様子であった。
その次の日にはツボネが訪ねてきた。
要件などわかりきっていたので、タイミングよく遠方の任務が入ったこともあり、シルバは喜び勇んで任務へと旅立った。
世闇に紛れて外の風を受けつつ、解放された心持ちのシルバは、心のなかで声高々に叫んだ。
俺だってルイがいつ帰ってくるか聞きたいわ!
その任務の帰り道に、遠回りにはなるがルイを拾いに行ったのだった。
シルバの怪鳥に乗ってゾルディック家へひとっ飛びで帰宅したルイは、後日郵送されてきた土産を渡すために家族を集めた。
使用人たちへのお土産はまた別の機会に渡すつもりである。
広間にはシルバにキキョウ、ゼノにマハにイルミと一堂に会した。使用人たちは遠慮して部屋の外で待機している。
特別な食事会の時ですら滅多に姿を見せないマハの姿を見て、ゼノが小突きながら笑う。
「ジジイまで出てくるとは」
「可愛い孫が土産を買ってくれたと聞いて出てこんジジイはおらんじゃろ」
「たしかにの」
同じくジジイとなったゼノはすぐに納得した。
ゼノもマハも若くして孫に恵まれジジイとなった。
ジジイ達は自分の子どもとはまた違い、孫という存在が格別に可愛いことを分かりあい、うんうんと頷きあった。
年功序列のほうがよいか、と気をまわしたルイは、まずはマハに土産を渡す。
「はい、これマハじいに」
ルイと同じくらいの背丈のマハはそれを両手で嬉しそうに受け取り、丁寧にルイにお礼を言って自室へと帰っていった。
「なにをやったんじゃ?」
ゼノが聞いてきたので、ルイは笑顔で答えた。
「服だよ! ゼノじいにも服!
あとこれ、ゼノじいっぽいからついつい買っちゃった」
ルイが手渡した土産袋をゼノが開封する。
生涯現役、と四字熟語が書かれたダサ……時代の先を行くデザインの服だ。
もう一方は鉄製のドラゴンが巻き付いているようなデザインのワイングラス。
「どちらもかなりセンスがいいのう! 気に入ったぞい。ありがとう」
ルイの頭をニコニコ笑顔で撫でるゼノは早速着てこようかの、と部屋へ戻っていく。
「これ、父さんに」
マハ、ゼノの二人に渡した土産とあまりにもサイズ感が違う。
小さい。
身体の大きいシルバが持っていると、余計に小さく見える。
シルバが包みを開ける前に、ルイは笑顔で中身を言った。
「高級ヘアブラシだよ!」
なぜだ。
シルバは固まった。
そしてすぐに思い出す。
以前、髪のない親族を無為に傷つけ、己が将来髪が抜け落ちるかもしれないからと、今ある髪を楽しんでいると誤解されたことを。
ルイが嬉しそうにヘアブラシに関する説明をしている。
「熟練した職人がすべて手作業で作ってるんだ。
太く硬めのグレートスタンプ毛で、髪の量が多い人におすすめなんだって。
この持ち手の曲線の滑らかさが、人体工学的に握りやすくていつまでもブラッシングしたくなるんだって」
シルバの耳にはほとんど全く入っていない。
「あれ、嬉しくなかった?」
「いや。……有り難く使わせてもらう」
漢シルバ、威厳たっぷりにそう言い、心で泣いた。
「これママに」
そう言って渡した土産を、キキョウはすぐに開いた。
待ちきれないとばかりにノータイムだった。
「まあ、まあああああああああああああああああああ!!!!!」
キン、と全員の耳が高音の超音波により一時的にやられる。
イルミなんてあからさまに両手で耳を塞いでいる。驚くほどに無表情なのが逆にすごい。
反射的に目を瞑ってしまったルイは、キキョウの超音波には念でも込められているのかと本気で疑った。
目をガン開きでいつも通りの父シルバは密かに息子たちの尊敬の念を集めていた。
「なんて素敵な着物でしょう!!! ありがとう、ルイちゃん!!」
「ママいつもドレスだからいいかなぁって思ったんだけど……さすがママ、着物まで知ってるんだね」
ママはお洒落だもんねと煽られてますます鼻を高くするキキョウ。
「ええ、ええ! ママ実はね、昔着物を着ていたことがあるのよ!
だから自分で着付けもできるのよ。普通はできないんだから!
ホホホホホホ、お義父さまじゃないけれど、私も着てこようかしら」
上機嫌で消えていくキキョウ。
ルイは、その辺で見つけたものではなく、わざわざジャポンから高級な着物を取り寄せている。
キキョウがたまたま自分で着付けができる、だなんて出来すぎた話だ。ルイは知っていて取り寄せたのだ。
キキョウの使用人にキキョウのドレスのサイズを聞いたとき、以前は和服をお召しになっていたから喜ばれるかもしれない、と聞いた。
そのため、ルイは自分で選んだフリフリのピンクのドレスをやめてジャポンから一番高い着物を、と適当なオーダーで取り寄せることにしたのだ。
これだけ異様にセンスが良いのはそういう訳である。
「で、これがイルミに。
一生懸命悩んだけどさ、全然決まらなくて、そこに父さんが迎えにきてくれたものだから……」
まだ不眠に悩んでるんだってな、なんて幼児に語りかける。
おずおずと恥ずかしそうに差し出したのはラッピングさえされていない鍼だ。
「この鍼のすごいところは、まるで曲がりや折れがなく、先端がとても鋭いから痛みなく身体に刺せるところだ。
滅菌した鍼5本ずつが、職人が作ったこのおしゃれな鍼管に入っているんだ。
あまり大量にはいらないと思ったんだけど、ついつい100本ほど買ってきてしまったよ」
イルミは差し出された鍼のケースを両手で受け取り、無表情のままに口へと運んだ。
「あああああああ、ダメダメダメダメ。
そっか、そうだよな。
やっぱりイルミにはまだ早いよな。
イルミの世話係に預かっといてもらおうな」
とりあげられたイルミはぽかんとした表情でルイを見上げている。
この反応、本気でイルミへのプレゼントだと思って買ってきていたようだ。
ルイは心なしか残念そうにしている。
他の家族がいなくなり、それを唯一見ていたシルバは確信した。
才能はゾルディック家歴代を見てもトップクラスである。
だがその代わりなのか、長男のプレゼントのセンスはカケラもない、と。