ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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ルイの日常

 

 ゾルディック家に帰ってきて変わったことは、念の修行をシルバが直々につけてくれるようになったことだ。

 

 以前は講師から教わっていたのだが、クロウから約1年みっちりと念を教わったルイの実力が格段に上がっており、講師の手には負えなくなってしまったのだ。

 

 シルバの課すメニューは相当厳しいものであったが、ルイは一言も弱音を吐かず積極的にやった。

 

 できなかったこともある。

 

 そろそろ本格的に自分の発を作り上げろと言われたのに一向に能力が作れないのだ。

 

 それっぽい案はいくつも浮かんだが、いまいちピンとこない。

 

 適当に下手な能力は作れないし、かといって能力がないままなのも危険だ。

 

 いっそ発を作らないことを制約にして、いま行っている器用貧乏な技の底上げをしようかとも思い詰めたが、もちろんやめた。

 

 ルイはイルミを助ける能力が作りたいのだ。

 

 試行錯誤していると、また小器用な技を編み出してシルバに呆れられた。

 

 

 

 

 約1年ぶりの毒は始めこそきつかったがすぐに慣れた。

 

 だが拷問は正直かなり身体と精神に堪えた。

 

 電気椅子に鞭打ち、指締めや逆さ宙吊りに水責め等々さまざまな拷問にかけられて苦痛に叫びそうになるのを堪えつつ、昔はこの時間なにを考えて過ごしていたのだったっけ、とぼんやり考えていた。

 

 

 ルイにとって何よりも大切な時間は、イルミを愛でる時間だ。

 

 帰ってきた当初は誰コイツ、と警戒心たっぷりの真っ黒い目に見られて悲しくなったが、今では猫のように擦り寄ってくる。

 

 幼き日のルイ同様無口なうえに無表情だったイルミだが、ルイがしつこいくらいに構うものだから、言葉のシャワーを浴びてイルミは単語単語を話すようになった。

 

 イルミが話す都度、ルイが大袈裟なくらいに喜ぶものだから、嬉しくなったイルミの言葉数は一気に増えた。

 

 執事に世話をされるのと、写真を撮られる以外は人と関わる時間などほとんどなかったイルミは、ルイが構ってくれるのがとても嬉しくて、ようやく情緒が育ちつつあった。

 

 

 イルミが言葉を話すようになって両親と関わる機会も増えれば、ルイへと過剰に注がれている興味がイルミへも注がれるに違いない。

 

 

 両親とてあまり子どもと接していないから、親としての自覚が芽生えにくいのだろう、と育児書を読み耽ったルイ(7歳)は達観した考えを抱いている。

 

 あまり注目されない次男。なんて勿体無い。こんなにも可愛いのに。

 

 淡白な両親の代わりに自分がめいっぱい愛情を注いでやるからな。

 

 

「にいに」

 

「はい、にいにですよ〜」

 

「にいにぃ」

 

「はい、にぃにぃですよ〜」

 

「にぃ?」

 

「にぃですよ〜」

 

 にぃにというよりは、じぃじ。

 

 そこには孫と、初孫に浮かれてやにさがった爺のような光景が広がっていた。

 

 

 元来整った顔立ちのはずのルイは表情筋を崩壊させ、でへでへとイルミに笑いかけており、そんなルイを見てイルミは笑っている。

 

 イルミがルイにい、なんて呼んでくれることを妄想していたが、実際のイルミは想像の100倍、否、100無量大数倍かわいかった。

 

 ルイはイルミのために出来ることはなんでもしたかった。

 

 

 まず初めに挑戦したのは手料理だ。

 

 料理は愛情だ、という文献を読んで己の愛を伝えるためにも是非とも挑戦しなくてはならないと思ったのだ。

 

 幼いイルミの身体のことを思って薄味に、そしてやわらかめに仕上げる。

 

 塩気があまりにも足りないそれは、離乳食初期にも使えそうなほどに幼児向けである。素材本来の味わいというやつだ。

 

 毒なしのそれをルイがイルミへと差し出す。

 

 イルミがちっちゃな手でスプーンを使って食事をする。

 

 あ、食べてくれた。

 

 ただそれだけでルイは天にも昇る心地だった。

 

「おいちぃ、ない」

 

 ああ、可愛い。

 

 そうかそうか、おいちぃないか。

 

 でへでへ笑うルイは前向きだった。

 

 だって自分の料理が、料理に一生涯の情熱を注ぐゾルディック家の料理人に敵うはずがないもの。

 

 全くショックは受けない。

 

 おいちぃないけど食べてくれるんだな。うんうん、ういやつめ! とまあこんな具合である。

 

 ゆっくりと一生懸命にイルミが食べ進めてくれるのが可愛くて微笑ましくて、いつまでも見ていられる。

 

「ああ、食べちゃいたい」

 

 これが巷に言う食べちゃいたいほどに可愛いというやつか。

 

「あーん」

 

 イルミが自分のスプーンへと差し出す。

 はぅっ、とルイは胸を抑えた。

 

「ああ……違うんだよ。これはイルミのだ。

 食べて食べて」

 

 食べちゃいたいのはキミのほうさ❤︎

 

 なんて考えてしまってから、正気に戻る。

 

 気持ち悪っ。

 

 一瞬真顔になったルイだが、ふたたびイルミを見てニコニコ微笑み、彼の食事を眺める。そんなルイたちのことを、料理を手伝った料理人たちもニコニコと笑顔で見つめていた。

 

 名高い暗殺一家ゾルディック家の食堂でこのような光景が広がっているとは、きっと誰も思うまい。

 

 

 

 

 また別の日は樹海を散歩した。

 

 以前は抱っこをして散歩していたのに、いまは手を繋いで一緒に歩けるのだ。

 

 歩幅が小さいイルミの手を引いて歩くことにルイは胸をキュンキュンさせていた。

 

 可愛い。ああ、なんて可愛いんだ。

 

 途中でミケもやってきたので、ミケの上に乗って散歩もした。

 

 相変わらずミケはルイに懐いており、喜んで背中の上に乗らせてくれた。

 

 久しぶりにルイと会えたミケは、ルイに頭を撫でられブラッシングされて上機嫌に侵入者の骨を上納してきてくれた。

 

 これは守衛にあげてくれ、とルイが言うと、やはり好意での行動だったらしく、守衛へ骨をポイポイ投げるようになったという。

 

 拾いに行く手間が省けるようになった、と守衛にいたく感謝された。

 

 

 

 ルイとイルミとミケの2人と1匹は暇さえあれば樹海を散歩していた。

 

 ただ歩くだけで楽しいイルミとミケと、眺めているだけで楽しいルイ。

 

 天気が良い日は、時間が許す限り樹海で遊んだ。

 

 

 歩き回っている最中にイルミが転んだことがあった。

 

 ルイは息が止まりそうなほどに胸がぎゅっと痛くなった。

 

 たまたま手を離していたばっかりに。

 

 いや、全神経を集中していればイルミが転ぶ前に抱っこできたのに。

 

「あああああああ大丈夫か?! 痛いよな?! 知ってる!! 痛い!!

 痛いの痛いのとんでいけーーーっ!!」

 

 その途端、無意識にルイからオーラが飛んだ。

 

 それに気づいたのはすぐ側にいたミケだけだ。獣特有の勘の鋭さでミケはぴくりと身体を弾ませた。

 

 べたりと地面に張り付いていたイルミがひょいとルイに抱き上げられる。

 

 両手と膝小僧を擦りむいて、何があったかわからないかのように瞬いている。

 

「いたない」

 

 痛くない(いたない)わけがあらへんのや。

 血が出てるのに!

 

 ゾルディック家の拷問の弊害だろうか。

 

 痛いときは痛いと言っていいんだぞ。

 感情のままにそう言いそうになったルイはぐっと言葉を喉で詰まらせてイルミの頭を撫でた。

 

 イルミが一生懸命我慢してるんだ。

 そんな自分本位の言葉じゃなくて、イルミの頑張っている気持ちを褒めてやらないと。

 

「よしよし、偉いな。強いぞ! イルミは本当にすごいなあ」

 

「いたないで?」

 

 猫目のきょとん顔で小首を傾げる謎のイントネーションのイルミ。

 

 心から痛いと思っていなさそうなその表情にルイはますます褒めちぎった。

 

 イルミの表情の変化は恐ろしくわかりづらい。

 

 赤子のときの無表情のほうがまだ変化があった気がする。

 

 ルイのイルミの表情を見る能力が低下したのか、イルミのポーカーフェイスレベルがあがったのか、はたまた両方か。

 

 イルミの表情が読めるようにますます精進しなければとルイは思った。

 

 

 

 

 

 家に帰ってくれば、暗殺の任務がまわされる。

 

 やっぱり人殺しは好きじゃない、と任務の最中にルイは思った。

 

 しかし仕事は仕事だ。ルイは切り替えた。

 

 

 家族のことは好きだ。だけど、家業はあまり好きではない。

 

 仕事だから殺さざるを得ないけど、できるだけ死体を傷つけないように殺した。

 

 

 発見までに時間がかかると見積もられる現場であれば、一見すると自然死にしか見えないくらいに綺麗に殺した。

 

 

 シルバほどではないにせよ、ルイも心臓を盗むのが上手い。

 それを利用して、爪を鋭くした手で心臓を掴んで冠動脈を念糸で結び、心臓を体内に残したまま手を抜く。

 

 糸の長さは60センチ、2時間後に消えるように念を込めておく。

 

 心臓に血液を送る冠動脈が詰まると、心臓の筋肉に酸素や必要な栄養が届かなくなって心臓が壊死してゆく。

 

 これで側から見れば心筋梗塞で倒れた人に見えるというわけだ。

 

 解剖すれば医者はおかしいと気づくのかもしれないが、後ろ暗いことをしている人間が暗殺の対象(ターゲット)となるため、死因は大っぴらには公開しないことが多い。

 

 

 この擬似自然死の技術はシルバやゼノも感嘆して、そういう任務がよくルイへと回されるようになった。

 

 シルバもゼノも自然死に見せることを出来ないことはないが、積極的にはやりたくなかったのだ。

 ルイが普段からそのような殺し(シゴト)をしていると監視につけていた執事からの報告を聞き、これ幸いと押し付けたのは当然の流れであろう。

 

 

 

 

 ある日ルイが任務に出た際のことだ。

 

 誰かの視線のようなものを、たまたま感じた。

 

 気のせいと言われたらそれまで。

 あれ、見られてる? そんな程度の違和感であった。

 

 念のためその方向へ走ってみても、なにもない。

 

 人が逃げる気配などもない。

 

 そもそも人の気配がしないのだから。

 

 

 生活を営む人間は自分が思っているよりもさまざまなニオイがついているものだ。

 その生活臭を本気で消し切ることはルイたち暗殺者とて1日では不可能だ。

 

 獣には獣のニオイがあるように、人には人独特のニオイがある。

 

 でもそれを感じない。

 

 

 後ろにはたしかに誰もいなかったのに、見られている感覚。

 

 ぞわり、とする。

 

 人間は姿が見えない恐怖には殊更敏感に反応する。

 

 

 気を張り詰めていたルイは自分の手の内を明かさないように任務を終わらせてゾルディック家へと帰った。

 

 どこからどこまでを見られていたのかはまるでわからないが、ゾルディック邸内までは監視の目は感じられないように思う。

 

 うちの執事がルイが任務に出るたびに監視についているのだが、その気配は手に取るようにわかるのに。

 

 

 気のせいだったのかなあ。

 

 その日はそう思うに終わった。

 

 

 次の任務のときもなにも感じなかった。

 やはり気のせいだったのかもしれない。

 

 きっと気のせいだったんだ。

 そんな出来事があったことも忘れかけていた頃、また同じような感覚に襲われた。

 

 今度は見に行かなかった。

 

 そして次の任務のときも同じような視線を感じるかどうかを確認する。

 

 うん、やっぱり見られているような気がする。

 

 

 

 ちょっとした違和感であっても、何度も続けば報告内容となる。

 

 

 もう何度目かになる違和感。

 

 

 正体は未だわからないが、ルイは当主であるシルバへと報告をすることを決めた。

 

 

 

 

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