ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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シルバの悩み

 

 

 シルバは珍しく重いため息をついていた。

 

 常に冷静沈着、キキョウがどれだけヒステリックに喚き散らしても涼しい顔で受け流すシルバだが、ゾルディック家の力を以ってしても解決できない事象に頭を悩ませていた。

 

 ルイがゾルディック家に帰ってきてから、もう2年の月日が経つ。

 

 事の発端はルイからの報告であった。

 

 任務中に見られているような感覚がある、と。

 

 基本的に曖昧な報告をしないルイが、珍しくも曖昧な物言い。

 

 そうとしか言えないのだろうし、それでも言ってきたということは彼なりに確実におかしいと感じているからに違いない。

 

 報告を受けてから、シルバは任務の際注意して神経を集中させてみた。

 

 だが、そうだと思えるものがない。

 

 初めはルイだけを狙ってのものかと思ったのだが、ルイの言葉を信じて必ず何かがあるはずだとよくよく気配を探ってみると、たしかになんとも言えないものの違和感がある。

 

 これは長らく戦いの場に身を置いているからこそ感じる言いようのない違和感だ。

 

 隠しカメラの類にも似た気持ち悪さ。

 ちなみにシルバは監視カメラだけでなく隠しカメラの類もすべて、なんとなくの違和感で破壊できる。

 

 

 父親であるゼノにも情報共有をすると、彼もまたそのような視線を感じるとのことだった。

 

 敵は相当隠蔽がうまいらしく、ゼノが円を300mほど広げても見つからなかったらしい。

 

 シルバを以てしても、ゼノを以てしても、任務のたびに付きまとう謎の視線の正体がわからぬまま、2年の月日が経ってしまったのだ。

 

 おそらく敵は念能力を使って監視しているだろうが、シルバやゼノが任務に出るときは、その気配すらもかなり薄い。

 

 人の気配はゼノの半径300メートル以内にはいなかったため、何かを用いて監視しているのだろうが、そのなにかでさえも随分と遠い場所から監視しているらしい。

 

 相当発覚を恐れていると見た。

 

 そうでなければすでに見つけ出せているはずだ。

 

 ルイが気づいたのは、子どもだからと侮って監視用のなにかをルイに近づけすぎたせいではないか、とゼノと話していた。

 

 いつから監視されていたのかも定かではないし、もしもルイが気づかなければ、今でもまだ気づいていなかったかもしれないと思うとゾッとする。

 

 それ即ち、こちらの与り知らぬ間にゾルディック家の戦闘スタイルや念能力等が流れてしまっていたかもしれないということだからだ。

 

 シルバは、誰がゾルディック家に探りを入れているのかを独自のルートで探し続け、いくつもの怪しい団体をピックアップし、単独で潰せるところは潰してきた。

 

 しかしまだ監視は続いており、いよいよ残ったのはシルバ一人では手に負えないほどの団体だけ。

 

 シルバは再びため息をついた。

 弱っている様子を見せるのは、目の前にゼノしかいないからだ。

 

「なにも考えずに潰してしまえたら、どれほど楽だろうか」

 

「まあそう思い詰めるな。それは最終手段じゃ」

 

 シルバとゼノは連日この団体についての対応を話し合っていた。

 

 2年の月日の間にのらりくらりとゾルディック家の手から逃れて、厄介な団体に育った。

 

 他国のマフィアが国内へと流れ込んできて作った、新興対賞金首団体。

 

「国内の賞金首(ブラックリスト)ハンターを抱え込まれたのが痛かったのう」

 

 そこが一番のネックだ。

 

 暗殺一家と名高いゾルディックになぜ観光バスが来るのか。

 

 それはゾルディックが暗殺一家でありながら、その敷地に入らなければなにも害はないからだ。

 

 不用意な殺しはしない、と周知されている。

 

 ゾルディック家は快楽殺人一族ではないのだ。正当な報酬の対価に標的を殺害するだけ。

 

 ゾルディック家がなんの依頼もなしに賞金首(ブラックリスト)ハンターを大量に殺したなんて噂や映像を流されるのは非常に不本意なことだ。

 

 

 その団体は、賞金首を狩るという名目を隠れ蓑に、表立っては言えないこともしつつ金儲けしているのだが、国内の賞金首(ブラックリスト)ハンターを金で釣ってかなりの数を懐に抱え込んでいる。

 

 それでも純粋な戦闘能力だけでいえばシルバとゼノがいればあっという間に片がつくだろう。

 

「他国っちゅーのもまた問題だの。

 たしかカキンじゃったか?」

 

「ああ。金のニオイに敏感なハイエナみたいな奴らだ」

 

 シルバは吐き捨てる。

 

「表向きは対賞金首団体っちゅークリーンな組織なのもいやらしいのう」

 

「それなりの成果もあげているしな」

 

 ゾルディック家はマフィアやハンター協会とも繋がっており、表立って喧嘩を売ってくる人間は国内にはいない。

 

 その道にはその道のやり方がある。

 稀に現れるものの道理をわきまえぬひよっこなどは一捻りで黙らせられる。

 

 同じ家業のなかでも、勢力を伸ばしたことで勘違いをした暗殺一家がゾルディックの名声を落として自身の名声をあげようとよくない企みをすることもあった。

 だが今はほとんどない。

 

 仕事以外の殺しはしない主義のゼノが当主の時代からコツコツと、同業での潰し合いこそつまらないことはない、と同業者には割引を積極的にしたり、性質の悪い輩の情報があれば共有したり、と敵をできるだけ作らぬように立ち回ってきたからだ。

 

 

「国は動きそうにないのか?」

 

 コネクションを申し受けたとはいえ、ゼノはまだまだ若く現役だ。

 シルバが知り得ない情報を繋がりの多いゼノならば得られることもある。ゆえにシルバはゼノに国の動きを尋ねた。

 

 うむ、と頷くゼノは真正面を見据えたままに言う。

 

「いまのところ動く気はないようじゃ。

 なにせ、国としても小悪党を捕まえてくれてありがたいからな。

 多少の目溢しはするようじゃろうて」

 

 そも、裏の組織がゼロになったら生きづらくなるのは表の人間だ。

 

 金さえ払えば、飼い慣らされた極上の狩猟犬が、憎き者の命を自分の手を汚さずして狩ってきてくれるのだ。

 これほど便利な存在はない。

 

 内乱を芽ぶかそうと企む首謀者の首を秘密裏に狩らせたり、監獄から逃げ出したことを公表できない死刑囚の首を狩らせたり、国を牛じれるほどに肥大化した組織の幹部を狩らせたり。

 

 内政に携わる人間でも裏社会の手が必要になることは多々ある。

 

 過去何世代にも渡って任務を確実にこなし、秘密を漏洩したことがないゾルディックブランドは方々に知れ渡っている。

 

 

 大きな組織とゾルディック家は繋がり、金を渡し渡され、政界でもハンター社会でも上位の人間との繋がりを持つ。

 

 それゆえにゾルディックは高い地位を保持していた。

 

 

「……なにか心配事があるようじゃな」

 

 ゼノがドラゴンのグラスで食後のワインを飲みながらシルバをちらりと見る。

 

 明日は我が身、と思うにはシルバは強すぎる。

 

 それに、そんな組織にどうこうされるほどにゾルディックは弱くない。

 

 過剰なまでに、なにをそこまで憂いているのか。

 

 聞かねば抱え込む体質の息子に、ゼノは水を向けた。

 

「……ルイだ。あいつにはまだ自分の能力がない」

 

 イルミはまだ任務に出ておらず、安全はゾルディック邸内でしか過ごしていないため問題なかろう。

 

「ワシが思うにそこまで心配するほどルイは弱くないじゃろう」

 

 たしかにルイは強い。

 己が直々に鍛えてきたからこそそう言える。

 

 親の欲目は多少あるかもしれないが、それを差し引いても身体能力、暗殺技術、思考能力、全てにおいて高い水準だ。

 

「ああ、弱くはない。

 だが親父は 龍頭戯画(ドラゴンヘッド) 牙突(ドラゴンランス)なしの戦闘を考えられるか?」

 

「いまとなっては無理じゃの」

 

 シルバの言いたいことがなんとなくわかったらしいゼノはそっぽを見ながら答えた。

 

「それくらい自分の能力というのは大切なものだというのに、ルイはわかっていない。

 最初に発を作るな、と厳命したのが悪かったか」

 

「過去にばかり原因があるとは限らん。

 まあそう悪いほうに捉えるな」

 

 念能力者がなんのために基礎的な念のトレーニングをするのか。

 それは自分自身の能力を発現するためである。

 

 すべての能力の集大成でもあり、根源でもある発。

 

 念能力を鍛えなくても発だけは使える人間がいるというのに、ルイはどうして能力を作りたがらないのだろうか。

 

「それに、発がありゃあ強いってわけでもない」

 

「それはそうだが。

 親父は幼い頃、自分の能力を作りたくて仕方がなかっただろう?」

 

「まあのぅ。ドラゴンの能力を作ろうと常々構想を練っておった」

 

「ルイはそんな様子もない。

 本気で能力をどうするか悩み、どの系統にすれば良いのかと悩んでいる」

 

「……なんとまあ」

 

「こんな能力が欲しいが、自分の系統と相性が悪い、ならまだわかる。

 ルイは本当に自分の能力を思いついていないんだ」

 

「なるほどのう……。たしかに変わっとる。

 が、ルイは変に達観しとるところがあるからこそ、悩んどるんじゃろ。

 

 焦る気持ちはわからんでもないが、本来であればまだ念に目覚めさせてもいない年齢だ。

 気になるじゃろうが、気にせんでええ。

 お前が発を作るなと言ったせいではない。

 

 どっしりと構えて成長を見守るのも親の仕事じゃ。

 いまは少しばかり雲行きは怪しいゆえ、護衛の執事は強いのをつけておく方が良いかもしらんな」

 

「……そうだな。オレができるのはそれくらいか」

 

「そうだ。

 それに案外、自分では気づいていないだけで能力が発現しとるかもしれん。

 特質系はかなり特殊じゃし、ワシもようわからん」

 

 一般的な修行法が確立された他の系統とは大きく違うのが特質系だ。

 こればかりはシルバにもどう修行するのが一番正解なのかわからない。

 

「噂をすれば、かの。

 今日のところはこれくらいにしておくか」

 

 ちらりと扉に目配せした後、グッとワイングラスを呷ったゼノがソファから立ち上がる。

 

 同時に扉がノックされた。

 

 ゆったりとした歩調で扉まで歩いて行き、ゼノが扉を開く。

 

「あれ? ゼノじい! 父さんと大事な話してた?」

 

「まあの。ちょうど終わったから大丈夫じゃ。

 修行の成果はどうだ?」

 

「うーん、まあまあって感じ。

 それよりさ! いまからイルミがすごいことするから見て欲しくて呼びにきたんだ!

 ゼノじいも暇なら見にきて!」

 

 部屋に入ってきたルイにシルバは手を引かれ、同じくゼノもまた手を引かれてイルミの部屋へと向かう。

 

 9歳になったルイの身長はグッと伸びて、ゼノに近づきつつあった。

 

 子どもの成長は早いものだ、とつくづく思う。

 

 それでもシルバよりは全然小さくて、姿勢を落としてルイに引っ張られる。

 

 

 

 

 

 

 イルミは部屋で、ベッドに座って足をぷらぷらとさせていた。

 

 相変わらずの無表情だが、ルイの前では若干口角があがるのをシルバは知っている。

 

「ほら、父さんとゼノ爺が来てくれたよ!

 できる?」

 

「うん」

 

「緊張しなくていいからな!

 さっき見せてくれたみたいに、いつも通り普通にやるんだぞ」

 

「うん」

 

 試合前の選手を必死に励ます監督のようなルイ。

 

 イルミは至って通常状態でオーラの流れも平常状態、緊張はカケラもしていないのだが、ルイにはどうやって緊張しているように見えるのだろうか。

 

「なにが始まるんだ?」

 

 シルバが尋ねるとよく聞いてくれました、とばかりにルイが口を開く。

 

「ふふふ……!

 それは見てからのお楽しみ。

 でもこれだけ言っとくよ!

 

 とうとう長年の悩みだったイルミの不眠が解消されたんだ!

 

 やっぱ鍼って凄いよ」

 

 シルバもゼノもなんとも言えない顔になった。

 

 とうとうルイは鍼をさせるようになったのだろう、と思ったのだ。

 なにを目指しているんだ、コイツは。

 

 ルイがしつこく毎年イルミに鍼を贈っていたのは知っている。

 色々な品を吟味したあげくに鍼をチョイスしていることもまた知っている。

 

 遠い目をするシルバが何も言葉を発さないので、同じような思考に至ったらしいゼノが口を開く。

 なんだかんだジジイは孫に甘い。

 

「鍼で睡眠障害まで改善されるのか。すごいのう。

 まだ鍼治療の経験はないが、ワシもやってもらおうかの」

 

「だって、できる? イルミ」

 

 イ ル ミ ?

 

「まあたぶんね、ジイちゃんは死なないだろうし何回か試したらいけると思うよ」

 

「……なにを見せようと思っていたんだ?」

 

「あ、そうだった。

 じゃ、イルミ。寝てみて」

 

 シルバとてイルミが不眠症なのは執事からの報告で知っている。

 

 寝てみて、なんて言って簡単に眠れたら不眠症ではない。

 寝れるはずなどない。

 

 シルバとゼノは顔を見合わせたあと、いそいそとベッドに横になるイルミを見た。

 目をかっ開いたまま、瞬きすらせずに天井を眺めている。

 

「おやすみ」

 

 抑揚なくそう言ったイルミは、手に持っていた鍼をブスリと自分に刺して一瞬で気を失った。

 

「えっ」

 

 ゼノが思わず小さい声を漏らす。

 

「ね! ね! ね!

 凄いでしょ! ネントレの成果がようやく出たんだ!

 セルフねんねがイルミにもできるようになったんだよ!」

 

 ネントレ。

 セルフねんね。

 

 生涯でいまだ聞いたことのないパワーワードにすべてを持っていかれそうになったが、シルバは耐えた。

 

 そんな生やさしい、かわいらしいものではない気がする。

 

 ルイはきゃっきゃと一人で盛り上がり、こんなに大声を出して近くで話してるのにしっかり眠れてるでしょ! などと言いつつイルミを絶賛している。

 

 イルミの呼吸は穏やかなもので、意識もないようだが。

 

 気絶しているだけじゃないのか。

 

「気絶してるだけじゃないのか、ってどうせ思ってるんでしょ。

 気絶してる人間はそう簡単に起きないけど、イルミは寝てるだけだから。

 イルミ、起きて」

 

 ぽん、とルイがイルミに触れると、一瞬でイルミの目が開かれる。

 

「おはよう、イルミ。

 夢は見れた?」

 

「見る暇あった?」

 

「ははっ、イルミって本当に面白いなあ。

 どう? 凄かったでしょ?」

 

 ニコニコ顔のルイと、心なしかドヤ顔のイルミ。

 

 シルバがゼノを見ると、彼もまた微妙な表情でこちらを見ていた。

 

 想いは一つだった。

 

 それ、使い方合ってる?

 

 

 

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