ゾルディック家のブラコン長男 作:見切り発車丸
今日も今日とてルイとイルミとミケは、樹海の探検へと繰り出していた。
イルミは3歳になり、身体能力が1歳のときとは比べ物にならないほどに高くなった。
木々の間を縫うようにして駆け回ったり、木の上に登ったり、太い枝に足を引っ掛けて宙吊りになったり。
身体能力の高さを存分に発揮したアクロバティックな遊びを楽しんでいる。
行動範囲は格段に広がり、護衛の執事は気を引き締めて護衛にあたっていた。
侵入者がいないとも限らないからだ。
今日に至っては入口の門近くまで足を伸ばしていたので、執事たちは護衛にまわる人数を増やして警戒体制をとっていた。
特にいまは、当主より特に気をつけて子どもたちの護衛をしてくれ、と命じられている。
下手なことがあってはならない、と護衛の者たちは皆一様に厳しい顔で任に就いていた。
護衛の任に就く執事たちはインカムで現在の状況を共有する。
アポイントメントのある女性1名、試しの門より入門、と。
しばらくするとルイたちの前に試しの門の守衛に連れられた女性が現れる。
お偉い執事様が数多く自分たちを取り囲んでいるなど知らない守衛はルイとイルミの姿を見てニコニコと気安く手を振った。
ピリ、と一瞬空気が凍り、守衛の後ろに続く女性が鋭く辺りを見回す。
気づいていないのはのほほんと笑う守衛だけだ。
「これはこれはルイ様にイルミ様!
ミケも随分うれしそうだ!
ルイ様のおかげいまもミケは綺麗に残さず侵入者を食べて、骨を持ってきてくれて本当に助かっていますよ」
人好きそうな細目の男が言う。
いつものルイならば雑談に興じただろうが、今日は違った。
「そちらの方は?」
ルイは見上げるほどに大きな女性に初めて出会った。
鍛え抜かれ、弾けそうなほどに濃縮された筋肉。
シルバの筋骨隆々とした身体を彷彿させる。いや、もしかするとシルバ以上かも。
しかしながら女性らしさに必要な脂肪が鍛え抜かれた筋肉の上に防具のように纏われており、まさに芸術といえる身体の持ち主だ。
これほどの肉体が作られるには、どれほどの努力が必要だったろうか。
並大抵の訓練ではこれほど立派な筋肉はつかない。
ルイも筋肉がつきづらい体質であるため余計に思うのだが、女性は男性よりも筋肉がつきづらい。
それなのに彼女はシルバと同等以上の美しい筋肉を育て上げている。
そこに見える計り知れない努力の痕跡にルイは感嘆した。
堀の深い顔立ちで、くっきりとした二重は鋼の意思を感じさせる強い輝きを秘めている。
鼻筋もしっかりと通っており、キリリとした顔立ちに、分厚くセクシーな唇が色を添える。
金髪をオールバックにし、高い位置で結わえてポニーテールにした若々しいその女性。
天使の輪が光る艶やかな金色の髪は毛先がくるんと巻かれており、一本の枝毛も許していない。
肉体と同様の欠かさぬ手入れがされていることを物語る。
がっしりと大きな手に目が行きがちだが、その爪先は丁寧に短く切り揃えられており、やすりで整えられて控えめな輝きを放っている。
美は細部に宿るというが、なるほどと思った。
ルイはこれほど美しい人を見たことはなかった。
そもそも女性と出会う機会すらないのだが。
あからさまに好意的な視線で自分を見上げてくる銀髪の少年と、手を繋ぎ、瞬きもせずにガン見してくる黒髪の少年に女性はわずかに頬を染めた。
見かけとは裏腹に彼女は可愛らしいものが大好きだった。
「だれ?」
ルイに続いて猫目のイルミがこてんと首を傾げる。
肩のラインで切り揃えられたおかっぱがさらりと揺れる。
「私はビスケット=クルーガー。
ハンター協会会長からの伝言を預かってここまで来た」
なんてことだ。声まで美しいだなんて。
ルイは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
イルミを初めて見たときのように、ビスケが輝いて見えた。
キラキラと後光が差している。
「ご丁寧にありがとうございます。
オレはルイ=ゾルディック。この家の長男で、この子が弟のイルミ」
イルミがぺこりと頭を下げる。
いつもだったらそんなイルミに可愛い可愛いと胸を悶えさせていたであろうルイは、ビスケしか見ていなかった。
ルイはこの女性を見たことがない。
ハンター協会の会長はゼノと知古の仲であるため時折訪れる。その代理の彼女がもう一度訪れる保証はなかった。
今を逃してはならない。ルイはそう思った。
「ビスケットさん。突然なんですけど、一目惚れしました。
オレが大きくなったら結婚してください」
ルイは勢いよく頭を下げた。
ぎょっとしたのは使用人たちだ。特に執事はこれは旦那様に報告したほうがいいのか、それとも冗談なのかまるでわからず、困惑していた。
可愛らしい少年にそんなことを言われて、悪い気はしない。
面白い冗談だ、と笑ったビスケはルイの頭を撫でた。
ビスケは己の容姿が一目惚れされるようなものだとは思っていない。
この見た目を一番疎んでいるのはビスケ自身だ。
下手すると自身の地雷を踏み抜いていたかもしれないルイの発言を、冗談だと受け流すことができたのは、ルイの瞳が真剣すぎるほどに真っ直ぐで、幼い真心が伝わってきたからだ。
もしかして本気で言ってる? コンプレックスを抱くビスケにそう思わせるほどに、熱いほど真っ直ぐな視線。
撫でられたルイの頬はリンゴのように赤く染まり、青空を薄めたような瞳がうるうると輝いている。
ビスケは己の見た目が心から嫌いだ。だけどこんな見た目を本気で好いてくれる子もいるのか、と少しばかり心が軽くなった。
「ビスケット=ゾルディックじゃあ語呂が悪いわさ」
はにかんだような笑顔でそう言われたルイは、それが断り文句だとは露とも思わなかった。
明らかに裏稼業とは繋がりのなさそうな正のオーラが強い彼女の横に立つために、暗殺稼業から足を洗うのもいいかもしれないと将来のことを考えていた。
「待ち合わせの時間があるから失礼するよ。またの機会にね」
そう言って爽やかに手をあげて去っていくビスケの後ろ姿を見送るルイ。
ルイ=クルーガー……悪くない響きだ。
後ろ姿までも美しいビスケを彼女の姿が見えなくなるまで追い続けた。
「ケッコン、てなに?」
イルミがこてん、と首を傾げる。
「父さんやママみたいにずっと一緒にいることだよ」
「じゃあオレ、ルイにぃとケッコンする」
「気持ちはうれしいんだけど、オレたちは兄弟だから結婚できないんだ。
結婚は他人同士が家族になるもんだ。
オレたちは元々家族だから結婚はできないし、する必要もないだろう?」
「ふぅん」
普段のルイであればイルミからの発言に狂喜乱舞していたに違いないのに、見えなくなったビスケの背中を追うルイは言葉の意味こそ理解して会話をしているが、心がすっかり彼方へと飛んでいってしまっていた。
だからこその普段通りの態度である。
「ルイにぃはゴリラが好きなの?」
「ん? なんの話だ?
あっ……連絡先を聞いておけばよかった……」
ルイが首を傾げ、イルミも首を傾げる。
ルイはゾルディック家敷地内で遊ぶ場合、大抵携帯は自室に置き去りになっている。何か緊急の要件があれば執事が伝えてくれるため、わざわざ持ち歩く必要性がないのだ。
クロウとはいまも連絡をとっているが、お互いの都合がつく夜に電話をするくらいで、その頻度は月に1回あるかないか。
クロウはいま、身内に厄介な念をかけられた人がいるらしく、除念師探しに精を出している。
情報屋とはすっかり顔馴染みになり、いろいろな情報を流してくれるらしいのだが、除念師の数がそもそも少ないし情報もなかなか手に入らないと嘆いていた。
以前やっとの思いで見つけ出した本物の除念師には、天空闘技場で荒稼ぎした金を全額報酬にすると言って交渉したらしいが、対象を見るや否や、これは自分の手には負えないと、逃亡されたらしい。
後日金は口座にしっかり返金されたという。
さまざまなコネクションがあるゾルディック家だが、除念師の話は聞いたことがない。
ゼノやマハあたりならば繋がりを持っていそうだと思い尋ねたことがあるのだが、渋い反応だった。
有力な情報を提供することができず、無念だ。
「そろそろ戻ろうか」
ルイはにこりと微笑みながらイルミへと声をかける。
イルミは頷いた。
二人でミケの上に乗って本邸を目指す。
ルイは毎日をとても有意義に楽しく過ごしていた。
欲を言うならばすぐ近くにクロウやヒソカがいてくれたらもっと楽しくなっただろうが、今でも十分に幸せだ。
とても満ち足りた気分なのに、不思議な焦燥感で辛くなる時があるのだ。
理由なんてない。何が不安なのか自分でもわからない。
強いて言うならば今ある幸せが足元から崩れていってしまいそうな、根拠のない将来への不安。
殺し屋なのだから、いつ死んだっておかしくないと腹を括っている。
今に対する不満なんて何もない。
なのに何故だか、とても怖い。怖くて怖くて、怖いが故に怖がることに疲れて、心のどこかですべて壊れてしまえ、と思ってしまうほど。
ルイは揺れる内面をひた隠しにして笑顔を振りまいていた。
ルイにぃはゴリラがお好き。
ビスケはまだ少女姿を獲得していません。