ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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誘拐編
虫の知らせ


 

 closeと看板が掲げられた扉の奥。

 

 地下に設けられた空間。

 点在する丸テーブルのうえに椅子が逆さまに上げられており、床は掃除したあとの湿り気を帯びてぬらぬらと光っている。

 

 カウンター側だけ薄暗い照明が灯され、長いカウンターテーブルに設置された高い椅子に、青年期の少年と、小さい子どもが腰掛けていた。

 

 壁沿いの背の高い棚には多種多様な酒が並んでおり、その前に立つマスターは気だるい動作で酒を自分のグラスに注ぎ、口に含んだ。

 

 外はすっかり日も上り切った昼だが、地下ではまるで明るさがわからない。

 

「ふぁぁ……ねみぃ……。

 お前さん、また変なことに巻き込まれてるだろ」

 

「なんだい、突然。ボクに心当たりはないよ」

 

 カウンターに腰掛ける少年が答える。

 

「ま、そうか。いつも訳もわからず巻き込まれてるもんな。

 

 いま裏社会はかなりきな臭い状況だ。その渦中にあるのがマフィア同士の抗争問題なんだが……一応聞いておくがどこかのマフィアに雇われてるとか、所属してるなんてことはないな?」

 

「ないよ。キミなら調べればすぐわかるだろう」

 

「念の為聞いただけだ」

 

 バーのマスター兼情報屋である男は隠しきれぬ疲れをため息に込めて、目頭を指先でぐりぐりと擦りながら長く息を吐いた。

 

 徹夜でもしたのだろうか。

 

 クロウは呼び出された当初は、あのストーカー絡みの情報が手に入ったのだろうと思っていたのだが、どうやらそうでもなさそうだ。

 

 

 一見ただの喫茶&バーであるここは、ハンター専用の情報屋でもある。

 いまは営業時間外のため客はいない。

 

 クロウはマスターから呼び出されてここを訪れ、カウンター席に座っていた。

 

 部屋に一人で置いてくるわけにもいかず、大人しくしている約束でヒソカを連れてきている。

 ヒソカはクロウの隣で足をぷらぷらさせながらオレンジジュースをストローで飲みつつ、暇つぶしにトランプタワーを組んでいる。器用だ。

 

 ついつい崩れたときのことを考えてしまうのは大人の性か。

 

 

 除念師の情報を求めて、かなりの期間ここに通っているため、マスターともそこそこ付き合いが長くなってきた。

 

 初めはガキの来る所じゃないと追い出されたが、世の中基本は金だ。

 

 大盤振る舞いのクロウが何度も何度も訪れるうちに、やがてバーに子どもがいることに渋い顔をする者はいなくなっていった。

 ふらっと現れる新規客がヒソカを見てすこし驚いた顔をするくらいだ。

 

 クロウはバーに訪れる常連客にも酒を振る舞い、調子よく話す者の相手をして、着々と自分の居場所を作り上げていった。

 

 ヒソカはその幼さと愛くるしさで着々とファンを増やしていった。

 以前いつの間にか自分の知らない奇術(マジック)を覚えていることがあった。

 ここを訪れる客にも、もちろんマスターにも相当可愛がってもらっている。

 

 

 マスターがグラスの酒を飲みつつ尋ねてくる。

 

「ヒンパ=モロウってのは、お前さんの偽名だろう?

 随分とわっかりやすい……苗字くらい変えとけよ」

 

「天空闘技場で使うだけのつもりだったから、なんでも良かったんだよね。

 誰かがボクのことを探してるのかい?」

 

「まあ待て。

 本来ならこれだって金を取ることなんだがな。

 これは以前紹介した除念師が飛んだ詫びだ。

 

 そんでもって、事前情報として。カキン帝国の情勢は知ってるか? 知らねえだろうな」

 

「知らないよ」

 

「あそこの国は王族同士の殺し合いの末に唯一生き残ったナスビー=ホイコーロっつー王が立ったんだけどよ、そいつがかなりのやり手でな。

 

 アイジエンから進出して、他の大陸にも手を伸ばして国力を上げてきているらしいんだ。表社会でも、裏社会でも。

 

 特に不味いのが裏だ。マフィアのトップ集団--十老頭くらいなら聞いたことがあるだろう?」

 

「あー……うん」

 

「知らねえのか。

 

 いいか? 十老頭ってのは近代5大陸――通称V5をナワバリにする大組織からなるマフィアのトップ達の集まりのことだ。

 

 V5にカキンは属しておらず、もちろん十老頭にもカキン出身者はいない。

 それが故に他大陸に進出してきたカキンのマフィアどもはシマを気にせず好き勝手に動いているっつーのが裏社会の現状だ。

 

 ここまではいいか? いいな。

 

 カキンのマフィアの息がかかってる正义(正義)っつー名前のデカい団体があるんだが、細かい事務所なんて数え切れねえくらい乱立していやがるし、そこそこにデカい拠点もあちこちの大陸に作ってる」

 

「へえ……そうなんだ。ぜんっぜん知らなかったよ。

 で、それと何の関係があるんだい?」

 

「鈍いなあ……危機感おっことしてきたのか?

 そのカキンの息がかかった組織がまさにいま、ヒンパ=モロウに関する情報を買い漁っているんだよ。

 

 お前さんが苗字を変えてないもんだから、危うくお前さんへと繋がりそうになっていたのを、俺様の手腕でフェイクの情報を流してお前さんに繋がらねえようにしてやったんだぜ」

 

「それは……なんでボクが調べられているんだい?」

 

「ンなもん俺が知るかよ。

 

 俺がやったことは、天空闘技場にいたらしいルイって奴の情報とヒンパの情報をぐちゃぐちゃに掻き乱しただけだ。

 ヒンパとゾルディック家とを結びつける動きもあったから、他の暗殺一族やジャポンの忍者とのフェイクも流して情報を撹乱したな。

 まあとにかく、これで電脳ネット上ではひとまず安心だろう。

 これで前回の失態分はチャラだからな。

 

 話はそれだけだ。電話口じゃあ盗聴される危険性があったから呼びつけたんだ。間違ってもいまの情報を外で口にするんじゃねえぞ。

 じゃ、もう帰れー」

 

 早口に言うだけ言って、手で追い払う仕草をするマスター。

 

 ヒソカはオレンジジュースを啜るのをやめ、トランプタワーを積む姿勢のまま固まって顔だけでクロウを見上げていた。

 

 クロウはヒソカがなにかを口にしようとしたのを手で制する。

 

「ねえ。ちなみになんだけど、ヒンパ=モロウの身体的な特徴は出てた?」

 

「あ? お前さんと同じ黒髪黒目の情報と、なぜか銀髪碧眼だっつー情報も多く出てきてたな。それがどうした?」

 

 クロウは携帯をポケットから取り出し、電話をかける。性急な仕草だ。

 

「なんだ突然。電話なら外でやれよ。

 俺は眠いんだ。夜にゃあいつも通り店を開けねえとだし」

 

 ボヤく店主の言うことも聞かず、ダイヤル音が延々と鳴り続けるのを聞く。

 

 クロウはルイへと電話していた。

 

 昼に電話をしたことがなかったから、昼は携帯を持っていないのかもしれない。

 

 もう一度夜に電話をしてみようか。

 いや、一分一秒でも早く伝えたほうがいい気がする。

 

「ちょっと調べて欲しいことがあるんだけど」

 

「……仕事か?」

 

 面倒くさそうにグラスに入った酒を飲むマスター。

 

「ゾルディック家の番号。キミならそれくらい簡単だろう?」

 

 虫の知らせというやつだろうか。

 

 そもそもどうしてヒンパ=モロウの名がカキンのマフィアたちに調べられることになったのかはわからない。

 特にマフィアに目をつけられる覚えはしていないし。

 

 だが、多種多様なストーカーに目をつけられているが、ストーカーに目をつけられる行動をした覚えもないため、自覚なしに何かをしているものなのだとクロウは思うようにしている。

 

 ヒンパとルイの情報がごちゃごちゃに繋げられているのならば、ルイにもまた捜索の手が伸びている可能性は大いにある。

 

 ルイの安全を確認するついでに注意喚起をしておこう、とそう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾルディック家に電話がかかってきた。

 一部の内線を除いて、ゾルディック家の外線電話はまず執事を通す。

 

 普段であれば大抵の電話を執事で留めるのだが、困惑顔の執事が当主へと電話を取り繋いだ。異常事態の証拠である。

 

 シルバが電話をとり「誰だ」と声を発する。

 

「ご当主ですね?

 ゾルディック家の番号を調べるのは本当に苦労しましたよ。それに、なかなかそちらの執事が繋いでくださらないから、温厚な私でも頭にきちゃいましたよ。

 私が誰かとお尋ねでしたね? あなたの大切なご子息の身を預かっている者、とお答えいたしましょう」

 

 電話口から聞こえるのは、人の神経を逆撫でするようなねちっこい男の声。

 

 シルバは使用人へと視線をやった。

 

 ルイには監視役の執事がついている。

 執事のなかでも腕が立つ者を。

 

 それに、そう簡単に敵に遅れをとるようなルイではないし、執事もいるのだからこの情報は嘘の可能性が高い。

 

 そもそもゾルディック家の家族構成は、まだ漏れていない。

 

 シルバとキキョウまでは既に情報が流れてしまっているが、ルイとイルミのことはまだハンターサイトにさえも流れていないはずだ。

 

 だからゾルディック家に子どもがいると確信しての脅しなどかけられるはずもないのだが。

 

 

 使用人が携帯を耳に当てたままシルバを見て首を振る。

 シルバへと電話を繋ぐ前に、すでに何度も試みていた様子だ。

 

「繋がりません」

 

 電話口に音が入らぬよう、小声で執事が言う。

 

 

 このタイミングで監視役の執事に繋がらない。

 

 手が離せない状況にあるか、それとも電話をできない状況なのか。

 

 ルイには電話をかけないように、とオーラで文字を書いて伝える。

 執事が声なく頷いて、他の者たちにも伝達する。

 

 シルバはこの電話の回線の逆探知をジェスチャーで命じた。

 

「それにしても素晴らしい教育をなさっている。

 あんなに幼い子どもがあれほどの拷問をされても名前ひとつ言わないだなんて。さすがは天下のゾルディックと言うべきでしょうか?」

 

 それっぽいことを言って鎌をかけているのだろう。

 

 万が一ルイが捕えられたとしてもそう簡単にボロを出すはずがない。

 そう確信しているシルバは、受け答えに十分な注意をする。

 

 

 万が一にでも本当にルイが敵に捕えられている可能性があるのならば、最悪の事態を想定して。

 

 ルイが不利な立場にならぬよう、細心の注意を払う。

 

「子どもに拷問と言われてもな。

 何を言いたいのか要領を得ん」

 

「……またまたぁ。本当は焦っているんでしょう?

 綺麗な銀髪の少年ですよ。ゾルディックへ暗殺依頼をした現場に現れたんですよ。

 よぉくご存知のはずだ」

 

 本当に自分の息子がこの男の所属する団体に捕まっている可能性はある。

 

 だが、この男の反応でシルバは確信した。

 

 捕まえた少年がルイ=ゾルディックであることは断定できていないのだと。

 

 ゾルディックであることがわかれば手厚い対応を受けられるか。

 答えは否。

 

 ならば今シルバにできることは、相手に確信させないことだ。

 

 回線を逆探知するまでの時間稼ぎで電話を切らずにいたが、探知できた、と執事が手を挙げて合図をしてきたので、シルバは一言端的に答えた。

 

「電話をかける先を間違えているようだ」

 

 ガシャンと受話器を下ろす。

 

「今後どれほど電話があっても、俺には繋ぐな。

 ルイやイルミの存在は死んでも隠せ。全員に周知しろ」

 

 そう言い、ギリギリと拳を握りしめながら部屋を出ていくシルバ。

 

 真っ白く握りしめられた拳が表情の変わらぬシルバの内心の激情を表していた。

 

 シルバの後ろを執事が追いかける。逆探知した位置を伝えるためだ。

 

「親父の前ですべて話す。まずは着いてこい」

 

 視線すらやらないままに、シルバは執事へと告げつつ、早足でゼノの部屋へと向かう。

 

 普段と何ら変わらぬ威圧感。射抜くように鋭い眼差しも、隙のない佇まいもいつもと同じなのに、どこかが違う。

 

 底冷えするような圧倒的なオーラを浴びて、執事は背筋を凍らせていた。

 

 

 

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