ゾルディック家のブラコン長男 作:見切り発車丸
陰鬱な地下に、陰鬱な男の笑い声が冷たく響く。
「クックック……ヒデェ面だな。
元の顔が全然わからないじゃねえか」
「なかなか口を割らないもので、拷問役が少しやりすぎちまったとのことで……」
「見てわからぁ。
にしても、この傷でガキのくせによく生きてんな。……生きてんのか?
そもそも本来ならゾルディック家の人間を捉えるって話だったが……捕えたのはこの汚ねえガキってのはどういうことなんだ」
「あの、おそらくはゾルディック家の一員ではないか……と」
「その情報は正確なのかァ? 一員ってなんだよ。どういう意味だ。
当主の子どもって意味か?
あそこの当主も嫁も俺よりずっと歳下だが、こんなにもデケェガキがいるってのか? それとも養子か? それともただのゾルディック家に雇われている人間のことを一員っつーのか?」
「……調査によると、ゾルディック家から出入りされていることは確認が取れたそうです。
なによりもゾルディック家に依頼した暗殺の現場に現れましたので、ゾルディックの一員なのでは、と……」
「だーかーらー! 一員ってなんなんだよ。家族? 使用人?」
「……調査役は家族では、という意味合いで言っていたかと」
「あ? なんでそう言い切れるんだ。
あそこは使用人もゾルディック家に住んでるんだろ? 使用人のガキの可能性もあるだろうが」
「そう言われますと、はい……」
「だから確かか、って聞いたんだよ。
一から百まで言わねえと理解できねえのか。
高い金払ってレアな能力者を何人も準備して、何年も周到に準備してきたっていうのに結局捕まえたのが訳のわからねえガキ一匹だなんて全く割に合わなくて笑っちまうぜ。
計画が崩れたボスの憂さ晴らし用にまた新たなガキを何匹か捕まえとけよ。とんでもねえ死体が出来上がることだろうぜ」
「はい……」
「明日、こいつが目を覚ましたら呼べ。
一応俺からも直々に話を聞く。
ま、俺も拷問役からあらかた聞いてるし無駄だろうがなぁ。
それまでにお前はこいつが本当にゾルディック家に住む人間であるという情報をきっちり揃えて用意しておけ。
ゾルディック家当主にガキがいるなんて情報は公表されてねえから、こんなガキを売っても二束三文の金にしかならんだろうが……逼傻蛋混」
ブツブツとよくわからない言葉でなにかを吐き捨てながら、肩で風を切り歩いていく男の背中へ、部屋に留まった男は直角に頭を下げる。
ルイは冷たい床に転がされ、両腕が背中側で揃って括られ、両足も太い縄で拘束されている。
目を開こうにも酷く腫れており、重たい瞼を持ち上げても細い視野が滲んで見えるだけだ。
脱力したまま気絶したふりを続ける。
少し頭の整理をする時間と、損傷を受けている肉体を癒す時間が欲しかったからだ。
ルイが任務に出て、いつも通り対象を抹殺した瞬間だった。
敵を狩るその瞬間を狙って行われた攻撃に、ルイの対応は遅れた。
意識は反応できていた。
対象の息の根が止まると同時に死体が爆発した。
爆発したから死んだのではなく、まるで対象の死を感知すると爆発したようだった。
慌てて後ろへ飛んだルイは、爆発と共に背後に現れた気配に瞬時に気づいた。
背中に触れられる感触。
瞬間、何かに閉じ込められたのだ。
どさくさに紛れて現れた人間によって念空間に拘束されたようだ。
触れることをトリガーとして念空間へと閉じ込められるのだろう、と推察する。
数人の念能力者が手を組んで、周到な準備の末に行われた誘拐だった。
拘束されてからは意識はあってないようなものだった。
前後左右真っ暗になり、光ひとつない闇のなかに突如として堕ちた。
身体の自由は効かない。それどころか、身体の感覚すらない。
意識はあるのに、身体の感覚がない。
それはとても不思議な感覚だった。
肉体という器がなくなることで、自分が希薄になる。
自分という中身がとろとろとこぼれ落ちていくような。
時間の感覚さえも曖昧になる闇のなか。
十中八九念能力だろう。念空間にでも収納されたのだろうと、その空間のなかでも冷静にルイは推察していた。
自分という輪郭が朧げになってゆく濃厚な闇のなかでどれほど過ごしたことだろう。
あの奇妙な空間のなかでは正確な時間感覚は保てない。
精神が弱いものであれば、あっという間に発狂していてもおかしくない死んだような闇の口の中。
それでも、ゾルディック家で日々拷問を受けていたルイはなんら病むことなく正常な精神のままであった。
長いようで短い、短いようで長い、終わりの見えない暗闇。
だがその終わりは突然であった。
光のなかに吐き出されるや否やプスリと首筋になにかを刺され、同時に身体を拘束される。
3人。
大男、小女、大男。顔は全部覚えた。
随分と顔色の悪い細い巻き髪の小女がよろめいて膝をついている。
ルイは椅子に座らされ、縛り付けられ、さまざまなことを聞かれた。
おそらくは自白剤のようなものを注射されたようだが、生憎と毒の耐性は強い。
適当なことを答えまくった。それとは関係なく殴りに殴られたし、痕になるであろう傷も大量に作った。いまは手当されているが貧血の症状が酷い。
適当な偽名を名乗ろうと思っていたのが仇になり、適当な偽名の代表格とも言えるヒソカんパパーーヒンパが頭に出てきてしまって、うっかりヒンパ=モロウと名乗ってしまった。
これは大いに反省すべき事項である。
ごめん、クロウ。
ルイは心のなかで誠心誠意謝った。
しかしながらこの失敗があったからこそ、後にルイは救われることになるのだから人生はわからないものだ。
拷問された序盤の叫び具合が足りなかったようで、生意気な面が気に食わねえと顔面を相当念入りに殴られた。
爪は手も足も全て剥がれている。しばらく缶ジュースを開けるのに苦労しそうだ。
内心ではまるでなんのダメージも受けていないルイだが、ちゃんと一般人らしく喉が枯れるまで叫んだし、涙だけではなく鼻水や涎も出しまくった。
もうやめてくれ〜なんて血飛沫を吐きながら叫ぶ頃には、拷問役もすっかり騙されたように思う。
ぎゃああああ、とか、ああああああ、とか言いながら、ルイは任務が終わったらイルミと出かける約束をしていたのになぁ、と落ち込んでいた。
本来ならばイルミとお出かけしていただろうに、まさか拷問に代わるとは。
イルミとの約束が果たせないことが心から残念だった。
「おーい、生きてるか?」
とんとんとん、と控えめに背中が叩かれる。
随分と優しすぎる起こし方だ。きっと起こす気がないのだろう。
ルイが相手の出方を伺いつつ寝転がっていると、溜め息が落ちてきた。
「はぁ〜……俺ぁこういう役回り嫌いだってのに……みんなして押し付けやがって」
頭上でボヤく男の愚痴を聞く。
「俺だって子どもができたばっかりだってのに……全然休みは貰えねえし、挙げ句の果てにこんなボコボコのガキを見せられるし。
俺ァガキ傷つけるのは反対なんだよ……」
男のボヤキはまだまだ続きそうで、ルイは目を閉じたまま思考に耽る。
ここ最近、ルイは心ここに在らずな態度であった。
訳のわからぬ焦燥感と不安で思い悩み、よくわからぬ破滅衝動に駆られていた。
表面上は普段と変わらぬように取り繕っていたが、行動に隙が生まれていたのだろう。
シルバを狙っての犯行だ、と言っていたが、もしもシルバであれば敵を狩るその瞬間の攻撃であっても見事対処して見せたと思う。
たとえ突然暗殺対象が爆発しても冷静に対処したであろうし、突然人が現れてもノータイムで心臓を盗んでいただろうし、きっとこの初見殺しのような念能力にさえも対処して、念空間へ閉じ込められることもなかっただろう。
万が一誘拐されたとしても、念空間から解放されるや否や爆発的に動いていたはずで、今のルイのようにボコボコで寝そべっているということはなかったと思う。
色々と反省だ。
だってそれは、普段の自分でもできるはずのことだと思うから。
そのために毎日過酷なトレーニングをしていたのに。
それができなかったのは、ルイの気持ちの切り替えがうまくいかなかったからに他ならない。きっとそうだ。
切り替えないと。
この状況になって、気持ちが綺麗に切り替わる。
思考がクリアになる。
まずこの場をなんとかせねばならない、と訳のわからぬ破滅衝動は鳴りを潜めた。
「あーっと、まずは調べてこないとだな。
ゾルディック家に子どもがいるかどうか……か。
もしくはこのガキの正体。
……はぁ。どこにそんな情報が転がってるってんだよ」
相変わらずボヤき続ける男の愚痴を面白おかしく聞いていたが、このままでは男が退室してしまいそうなので、ルイは呻き声を上げた。
「う……ぅう……。のど……。……み……ず……」
「んん? 目が覚めた……か?
兄貴を呼ぶか……? いや、まだ調べ物が終わってねえ。
っかしいなぁ、あと1日は目覚めないって聞いてたんだが……俺がさっき叩いたからか? いや、薬の量が違ったのか?」
ルイはわざとらしく呻き声をあげたことを後悔した。
薬の類は効きづらいのだ。どんな薬が投与されているかなんてわからない。自白剤だけでなく睡眠薬の類も打ち込まれていたのか。
「おい、お前、大丈夫か?」
ルイの眼前にしゃがみ、男が声をかけてくる。
「ほら、水だ。飲んどけ。
これからしばらく飲まず食わずになるだろうから。……いや、最期の水になるかもしれねぇから」
目の上がかなり厚ぼったく腫れており、視界が狭い。
身体を支えられ、上半身が起こされる。口元にコップを当てられる。
特に何が入っていても構わないのでルイは素直に水分補給した。口元もかなり腫れており意図せず大量の水が溢れたうえに、飲んだ水は血の味しかしなかった。
「あの……身体が動かないんですが……」
しかもめちゃくちゃ喋りづらい。
入れ歯をなくした老人より滑舌が悪いと思う。
「あ? 多分麻痺剤が残ってるんだろうな」
よし、身体は動かさなくて正解だった。
本当は全然動かせるが、このまま動かさないようにしておこう。
「それにしても、俺しかいない時でラッキーだったな、坊主。
ムゴいバラバラ死体の処理なんざしたくねえから、明日兄貴に聞かれたことには素早く素直に答えろよ。
そうだ、まだおかしくなってねえよな? 自分の名前は答えれるか?」
「……ヒンパ=モロウ……です」
いや、まあ全然違うけど。
一度そう答えてしまったので、貫くしかない。
「そうか、ヒンパ。
悪いこたぁ言わねえから、知っていることを素直に吐けよ。
子どもだからって手加減されると思っちゃいけねえ。絶対に相手を怒らせるな。
わざと厳しい道を選ぶことはない。どうせとんでもなく酷い殺され方をするか、激しい苦痛の果てに死ぬか、人としての尊厳もなく惨めに死ぬしか道はないんだ。
ちなみに俺からも先に聞いておくが、ヒンパ。お前はゾルディック家の息子か?」
ルイは頭のなかで先ほど得た情報を整理する。
誘拐した犯人は計画的犯行でゾルディック家の誰かを標的とし、暗殺現場に誘き出して捕獲しようとしていた。
ゾルディック家の誰かが捕獲できるものだと期待していたが、実際には正体不明の子どもを捕獲していた。
その子どもが何者なのかはわからないが、現場にいたことは間違いない。
ゾルディック家の家族構成はシルバとキキョウまでしか公開されていない。
あの現場にはルイの他に監視役の執事もいたはずだが、ルイがこの状況だということはおそらく死んだのだろう。
よし、自分の役柄を決めた。
「はい……? いいえ、私はゾルディック家の使用人です」
「やっぱりそうなのか……まあ、そりゃそうか。息子にしちゃあ年が合わねえもんな。
ちなみに、ゾルディック家の家族構成は知ってるか?」
ルイはシルバの息子であるため、年齢の割に身長が高い。
年相応に見られることはまずなく、落ち着いた態度も相まっていつも年齢よりも上に見られていた。
それもあってかうまいこと勘違いしてくれたようで、男はルイのことをすっかり使用人だと信じ込んでいる様子だった。
「はい。当主様夫妻と、当主様の父君は拝見したことがあります。まだ現役で働いていらっしゃるようです」
「へえ……そうなのか。当主夫妻には子どもはいないのか?」
「子ども……ですか。すみません、わかりません。
私が屋敷で働いている限り、見たことはありませんが……もしかすると秘密裏に育てていた可能性も……いえ、そんなことができるとも思えませんが……」
「ああ、もういい、やめろやめろ。
お前の業務はなんなんだ?」
「屋敷では使用人として働いています。
任務の際には、当主様が辿った軌跡をなぞるように移動せよと命じられています。
なんでも、痕跡を上書きする、とかなんとかで」
「なんだそりゃあ?
自分よりも気配の消し方が甘い人間をあえて連れることで自らの痕跡を消すって魂胆か……?
じゃあ、あの殺しの現場には当主が来ていたのか」
「あの現場、がどれを指すのかは分かりませんが、私はいつも通り当主の後を追っていたら、突然このような状況に陥っていました」
「なるほど、わかったぞ。
二人分の気配しか感じなかったってアイツらは言ってたが、当主の気配はお前の気配に紛れて気づけなかったってことか。
もう一人の黒服は反撃してきたから殺したらしいが、そいつがお前の監視役のようなものか。年が全てとは言わねえが、お前だけだとちょっと……な。お前アホそうだし。
なるほど、こういう事態のために常に現場に
ゾルディックやべぇな! なんて内心の呟きまで口にしてしまう男の独り言を楽しむ。
極悪の組織にも一人くらいは善人がいるものだが、ルイは見事当たりを引いたらしかった。
どうやら明日までは自分の命の猶予がありそうだし、甘い監視のお陰で今晩はゆっくり身体を休めることができそうだ。
命の危機が差し迫っているはずのルイは、呑気なことにそう考えていた。