ゾルディック家のブラコン長男 作:見切り発車丸
テレビのチャンネルが切り替わる。
女性アナウンサーに一枚の原稿が渡された瞬間の映像が映し出されている。
『速報です。
各地で発生している誘拐事件に進展があった模様です。
被害者と思わしき方々の写真が報道局に送られて来ました。匿名で送られてきたものではありますが、写真の内容からして犯人グループに所属する者ではないかという見方が強まっています。
この写真をもとに場所の特定がなされ、警察は既に3名の誘拐された被害者を保護していると発表しました』
テレビのチャンネルが切り替わる。
道ゆく人を捕まえての街頭インタビューの様子が映し出されている。
『
「正義団体についてどう思われますか?」
「あのカキン帝国のマフィアと繋がってるとかって噂の。
賞金首を捕まえただとか、プロハンターを雇っているだとかいいことばっかり言っていたけど、あそこの団員のマナーの悪さったら酷いもんだったらしいよ。
正義の事務所近くに住んでる人間は、子どもや女性の一人歩きなんて絶対にさせなかったって。
金はあるけどマナーが悪すぎるから、二度と来てくれるな、って知り合いの店長も言ってたし……まあ、そういうお国柄なんだろうね」
「今話題の正義団体についてどう思われますか?」
「むかっ腹が立つよ。
今もなお、子どもを誘拐しているそうじゃないか。
ええ? 組織としての犯行じゃない?
……ふん。たまたま正義に所属している人間が誘拐したにせよ、本当は組織ぐるみだったにせよ、表向きはそう言うだろうさ。言うのなんて簡単だからな。
お国柄通りの怪しい連中だと思うね、俺は。
一刻も早くこの国から出て行ってほしい、って皆思ってるだろうよ」
「今話題の正義団体についてどう思われますか?」
「別に自分は特別何もされてないんで、何とも。
まあでも、実際は絶対王政をいまだに引きずっている国だって噂で聞いて、正直カキンに産まれなくてよかったなーとは思うかな」
「今話題の正義団体についてどう思われますか?」
「ああ……私の持ってるカキンの会社の株が軒並み大暴落したんですよね。相当な痛手ですよ。
もう一度這い上がることを信じて株を持ち続けるか、更なるマイナスへと転じる前に売ってしまうか、まだ悩みどころですよ。はぁ」
』
テレビのチャンネルが切り替わる。
テレビの左上には
独自取材 K国から逃れてきたカッキーンさん(仮名)の証言
と書かれている。
モザイクで全身が隠されており、声も変えられた人影が写っている。
『ええ、本当にあの国には『不敬罪』って罪がありますよ。そういう法律があるんですから、そういう罪だってあるんです。
その名の通り、王族を蔑ろにする一切の行為を禁ずるってことですよ。
破った奴はみんな極刑だ。
国内では誰も王の話なんてしませんよ。
なにが王族を蔑ろにする行為だと捉えられるかわからないんだから、話題になんて出来るはずがありませんよ。
なんてったって、下級官の直言や平民の直視も最近まで死罪だったんですから。
現代でも王族相手の避妊や堕胎、それに遺伝子鑑定なんかも死刑ですよ。
王族の子孫繁栄に対する、反逆・不敬行為だそうで。
この子までもが望まぬ妊娠をしたらと考えると、恐ろしくてたまりませんよ。
都市部の富裕層だと違うんでしょうがね、私らみたいな村落の貧しい産まれの人間からしたら、あの国は地獄ですよ。死ぬ思いで逃げてきました。あそこから逃げて来られて、本当に、本当に良かった。
もう二度と戻りませんよ。というか、戻った瞬間当局に首を刎ねられるので、物理的に戻れないんですけどね。
こっちの政府にはカキン政府に対して、国境を越えた人権弾圧を許容しないと明確に断言してほしいもんですね。
絶対名前も顔も出さないでくださいよ、頼みましたからね。こっちは娘の命がかかってるんですから!』
チャンネルが変わる。
先ほどとは違うニュース番組だ。
『政府は、高まる民意を受けて事実確認を急ぎ、場合によってはカキン帝国に対する制裁措置を取る意向を示しました。
制裁措置の内容として示されたのは、包括的な経済関係や貿易の禁止。特定の商品の禁止や武器の禁輸。またカキン帝国からの渡航禁止など多岐に渡ります』
所変わってスワルダニシティハンター協会本部。
会長であるネテロは、珍しくもデスクに向かって真面目に書類作業をしていた。
すぐ近くに控える秘書は、いつもならばふわりと消えているはずの会長がもう数時間にも渡って黙々と書類作業に勤しんでいるのを不気味そうに見ていた。秘書はその滅多にない光景に内心で震えていた。嵐の前の静けさに思えたのだ。
「のう、ビーンズ」
「はい! ……なんでしょう? 会長」
「正義って団体、知っとるかの」
「かなり話題の団体ですから、ある程度は」
どんな難題を押し付けられるか、内心で構えつつ慎重に答える。
ビーンズの頭のなかでは最近集めた正義の情報が目まぐるしく浮かび上がっていた。
「国内のプロハンターを集めているようなんじゃが、どう思う」
こういうふわりとした聞き方をされると、自らの資質が試されているようで肝が冷える。
長く共に働いているうちに
「まだ目的は分かりませんが、高額の契約金でプロハンターを釣っているようですね。
金払いさえ良ければなんでもいいハンターは多いですから、片手程度ではない数が集まっているんじゃないでしょうか。
詳しくお調べしましょうか?」
「いや、必要ない。
ワシはただ単純に、お主があの団体をどう思っとるんかと疑問に思っただけじゃ」
なんだ、どうやらただの雑談らしい。
ビーンズが身構えていた気持ちをようやく和らげて、正義に関する素直な感情を話した。
ネテロは聞いているのか聞いていないのか微妙な顔で書類を眺めつつ、いまいち感情の読めない「なるほどのぅ」の一声だけで、ビーンズの感想へのコメントはなかった。それはそれで怖い。何か返事を間違っただろうか。
秘書が内心で汗をかいていることに気づいているのかいないのか、しばらくの沈黙の後に、再びネテロが口を開いた。
唐突な話題転換であった。
「金額次第でどんな頼み事だってきく──これってめちゃくちゃ凄いことじゃと思わんか?」
ビーンズは頭の上に数多くのクエスチョンマークを浮かべながらも、必死に頭を回転させた。
「は、はぁ……?
頼み事……の内容もですが、その相手によるところが大きいでしょうか」
「む? というのは?」
「例えばその頼み事を聞くのがプロハンターであれば大きな戦力となりますが、一般人であれば金額相応の頼み事をできる権利などたかが知れています。
権力者も然りです。権力を持つ者と持たざる者のできることは大きく違うので、その頼み事の範囲も大きく違うものと考えられます」
白いヒゲを触りながらネテロは、なるほどのぅと呟く。
「ならば。
例えばなんじゃが、ゾルディックが金額次第でどんな頼み事だってきく──ってどうじゃ?」
「かの一族はどれほど高額を積まれても暗殺以外を請けることなどないと聞きますが……もしもそうであれば、強力な手札となるかと」
「じゃよなぁ〜。あのゾルディックの力を好きに使えるんじゃもんな〜。
この先何があるかわからんし……うーむ……やっぱし恩を売っといてもいい気がしてきたのぅ」
「あの、会長……」
機微に聡いビーンズはつるりとした額に汗を浮かべた。とっても嫌な予感がしたのだ。
「よし、ビーンズ。今すぐハンターライセンスを持つ者全てに通達せよ!
以後正义への関与が認められたプロハンターには、協会からの支援や情報提供、保護がなくなることを通達せい」
「か、会長! さすがにそれは独断に過ぎるかと!
まずは十二支んを緊急召集して会議の後に……」
「うむ、忠告痛みいる。しかしながら今回は
そうじゃのう……十二支んの召集はするかの。そんでもってボトバイにこの資料を渡しといてくれ。これ見たらわかるようになっとるから皆への説明を任せる、と伝言を頼む。しっかり頼んだぞーい」
そう言ってネテロは颯爽と部屋を出ていった。
「え、あの、どちらへ?! 会長!!」
何をするかはいつも通り言わず、ビーンズの声も聞こえているはずなのにまるで聞こえぬふり。
突然出て行きはするが、協会のためになるように動いていることは間違いない。それだけの信はあるのだが、如何せん無茶振りが酷すぎると思うのだ。
会長のことだからもしかしたら根回しを済ませているのかも知れない。かもしれないが、たった一人だけに言うだけ言って消えるなんて……なんというか信頼が厚すぎる。
いま自分がストレス性の何かで倒れたらどうするんだと、ビーンズは起きてもいないことを考えて胃を抑えた。
自由奔放な会長の秘書を務める男は、置いてきぼりにされた十二支んの不満が爆発するであろう未来を幻視した。
癖の強いあの集団にどう説明したものかとため息を吐く。
ビーンズは根本、ネテロに厚い信を抱いている。しかしながら十二支んのなかには会長をよく思わない人間もいる。その者達からの批判を浴びるであろうことを考えると、ため息は尽きない。
無茶振りに応えるからさらなる無茶振りをされるのだと知らぬ男は、キリキリと痛む胃を抑えながらも、自らのやるべきことを頭のなかでリスト化してまめまめしく働き出した。
所変わって郊外にポツンと佇む倉庫内。
「おいおいおいおい、本当にこの倉庫ごと貰えるのか……?」
「そうらしい。これが権利書一式だって。
キミの働きの正しい成果だって」
「倉庫はともかく、コイツはお前が思っている以上に凄い代物だぜ?
国が持つようなスパコンだ。それを俺だけのものにしていいって……。100億ジェニー支払っても手に入るようなもんじゃねえんだぞ。つか、個人にはオーバースペックすぎるし」
「今回の働きの礼だと言っていたから、素直に受け取っておいたらいいんじゃない?
ボクもキミのその技術は本当に素晴らしいものだと思うし、先方もそれだけキミのパソコン能力を買っているってことだ」
「マジかよ……たしかに俺はこっちの技術には自信があるけど、……いや、それにしたって……人ってびっくりしすぎると素直に嬉しいって気持ちにはならないんだな……。いや、嬉しいんだけどさ。
俺、お前と知り合いで本当によかったぜ。ありがとうな、クロウ」
「そう言ってくれてうれしいよ。ボクもキミのお陰で本当に助かった。
ありがとう」
所変わってカキン帝国王の間。
いまは全員を下がらせ、玉座には王一人。
騒々しい日々に忙殺され、ここ最近はろくに睡眠も取っていなかったが、ようやく一段落した。
きっかけは雑誌のゴシップ記事であった。
どこから漏れたのか次から次へとカキン系マフィアの悪事が暴露されてゆき、カキン三大マフィアは他国においてその信頼を失墜させた。
そこからカキン帝国への疑惑が雪だるま式に増えていき、カキン帝国自体への国際的信頼問題にまで膨れ上がった。ここには何者かの力が介入していることは疑いない。恐らく、そこそこ以上に権力を持った者だ。
組織が大きくなればなるほど敵は増える。聞けばカキンのマフィアは根回しを少しもしていなかったようだし、遅かれ早かれそうなっていただろう。もはや敵は絞りきれない。
他国からのカキン批判など存在せぬかのようなのはカキン帝国国内だ。
厳しい情報規制が敷かれてニュースからラジオ・新聞・雑誌・ネットに至るまで厳しく監視の目が光っている。
そのため他国で出回っているカキン王族に関するゴシップは少しも流れていない。
騒動前とまるで変わらぬ時間が過ぎているように見えた。
外交関係や外資系の人間のみが、他国で出回るカキン帝国の黒い噂を知る。
彼らは知り得たその情報を絶対に口外しない。口外したら最期、己の命がなくなることを正しく分かっているからだ。事実何人もの人間が
現カキン国王は、他国での噂はまるで知らされていなかったが、右肩下がりの経済状況から素早く異変を察知した。
他国政府から事実確認される寸前のところで、異変に気づいたことがカキンの命運を分けた。
王は事情を知りそうな者を呼び出し、冷静に問いただし、原因を究明し、我が国の現状を正しく認識して素早く手を打った。
自国の情報統制、根源の洗い出しと情報規制、外交関係者への的確な指示。ワンマンで行われるからこその素早さ故に、他国政府からの追及を完璧に凌ぎ切り、結果的にカキン帝国への
誰がカキンを陥れようとしたかよりも、必要な情報が知らされなかったのが一番の問題点だ。
耳に痛い内容である。報告すれば殺されるとでも思ったか。
早期に情報を得ていれば、もっと取れる手はあった、と王は口惜しく思っていた。
誰がこの噂を立てたのかを突き止めねばならぬだの、カキンを馬鹿にする行為を許すことはできぬだの、軍を出して徹底抗戦いたしますか、などと過激な方向に議論する官僚どもを「爪と牙しか持たない獣は遠からず滅びる」と一喝し、今は事を荒立てるときではない、と王は正反対の決定を述べた。
カキン帝国の官僚は激しく憤っていた。
カキンであるというだけで、カキンのトラック、飛行船、船等々が幾つも砲撃を受けていたからだ。
直接カキンが何をしたわけでもないのに、あまりにも非人道的な行いだ。
物資の輸送の際には、カキン帝国軍の護衛が必要不可欠な事態にまで発展していた。
先に手を出してきたのは向こうなのだから、徹底応戦すればいい。
何事も、先に手を出した方が悪くなる。そう確信し好戦的な意見を持つ官僚とは裏腹に、自衛のための最低限の抗戦のみしか王は許可しなかった。
不満が募ることなどもちろんわかり切っている。
王は出軍する者達の前に立ち、肉壁となって死ぬであろう軍人を激励した。その無念と犠牲を絶対に無駄にしないことを力強く誓った。そして残された遺族には格別の配慮をすること、今後カキン帝国をさらなる繁栄に導くことを心から約束した。
過激な思想に支配された者が己の正義を信じてカキンの物資を襲撃する異常事態。
他国ではカキン出身というだけで白い目を向けられることさえあった。もはや人種差別である。あまりの居心地の悪さにカキンへと舞い戻る人間も少なくなかった。そんなカキンの民の中に、自国へ帰るまでの道中、テロに巻き込まれて命を落とした者もいる。
王は民間人が攻撃されていること、軍は自国への物資を守るために、そして我が身を守るためにしか行動していないことを他国政府へと声を大にして訴えて早期にテロ行為への対応を促した。
カキンのマフィアのアジトが流星でも落ちてきたかのように一夜にして爆破されたり、カキン向けの物資を積んだ貨物車が襲われたり、とそんなニュースばかりが流れている。
すると世論はどんどんとカキンを哀れむ方向へと流れていった。
これこそが徹底防戦を貫いた王が目論んでいた通りの流れである。
王の手腕はこれだけには留まらない。
正义の運営を担っていたエイ=イ一家には責任を取らせた。
シュウ=ウ一家、シャア=ア一家の見せかけのトップをすげ替える。
影で支配するのは現王の異母兄弟のままであったが、大々的に報じられたのは、トップの交代だけであった。内情を知らぬ一般人はトップが交替するという事実だけで満足する。
エイ=イ一家を纏めていた、他の一家と同じく王の異母兄弟はただ一人だけ玉座の前に呼び出されていた。
「立場には、それ相応の責任が付き纏うと知れホ」
王からの強い眼差しと、開口一番にただそれだけ。
王の前に跪く男に、使用人が手渡したのは拳銃だ。
王はただ、真っ直ぐに男を見ている。
「有り難き、幸せ」
王に跪く男は、自らにも流れる王の血──それに対する敬意が故に、他者によって齎されるものではなく、自死を許されたのだと理解していた。
男は何の躊躇いもなく銃口を咥え、引き金を引いた。
自害する様子はしっかりと動画に収められた。王はビデオカメラのように感情の読めない瞳でただそれを眺めていた。
「関係各所にこの映像を送れ。……遺体は丁重に弔うホ」
傷は最小限に、効果は最大限に。
影で出回ったこの映像は、カキン三大マフィアのトップ交替の真実味を帯びさせた。
造船所では秘密裏に、相当に巨大な船の建造が目論まれていたのだが、その資材もまたテロリズムによりすべて燃やされてしまった。
神聖なる儀式──壺中卵の儀のために製造させるはずであった
意図せずカキン帝国国王の企みを潰した今回の騒動。歴史的にも語り継がれていくであろうこの騒動を引き起こした人物は、明かされていない。
「……で、ルイはどこに行ったんじゃ?」
孫息子の遺体は未だ見つからない。