ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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流星街編
ゴミ溜めのルイ


 

 

 腐ったような酸っぱいような、それでいて鉄臭くて生臭い。目を刺すほどの刺激臭だ。慣れてない者であれば呼吸のたびに嘔吐反射を促すほどの悪臭が一帯に漂っている。人体にも悪いのか、稀に通りがかる人はガスマスクをつけている。

 

 強烈な悪臭を放つゴミ溜めのなかで倒れ伏したルイは、酷い気分で目が覚めた。

 

 目を開いてすぐは、なかなか目のピントが合わず目の前に転がっているものが何か分からなかったが、それが千切れた人間の腕だということに気づく。

 

 身体を動かそうと思っているのに、自分の身体ではないかのように動かない。なんだこれ、新手の毒か?

 

 唯一思い通りになるのは瞼の筋肉くらいだ。だがそれも鈍い。

 声を出そうと試みたが、掠れた吐息に似たなにかが漏れただけだった。

 

 腫れて狭まった視界のピントがゆっくりと合っていく。

 すると自分の身の周りに驚くほどにたくさんの人間の――それも子どものパーツが落ちていることに気づく。

 

 血が染みてドス黒くなった大地に数多転がる手首から先、腕、足、乳房、鼻などのパーツ。頭のない胴体もあった。

 

 バラバラのパーツのなかにもしかして自分のものもあるのだろうか。

 見えないし確認できないが。

 身体のそこかしこが痛みを発している。絶え間ない頭痛のせいで他の感覚が麻痺しているが、自分の身体によく意識してみると不調を感じない部位はないくらいだ。

 

 これが地獄だと言われれば、なるほど納得できるほどの酷い場所であった。

 だが、生きている。これは“生”の痛みだ。

 

 自分も死体と似たような状態で、だから間違えて捨てられたのだろうか。

 もしかして実はもう死んでいる? いいや、死んでいたら痛みを感じるはずがない。

 

 どういう経緯でこうなったのかを考えようとして、記憶のたどり方が分からずに困惑した。

 

 なにも思い出せない。

 

 空白が詰め込まれた脳のなかに、引き出せる記憶がひとつしかない。

 自分の名前がルイだということ。

 

 ルイ……家名があったような気がするのだが、当たり前に思い出せるはずのことが奇妙に思い出せない。とても歯痒かった。

 

「おっ、またいっぱい捨てられてる」

 

「おいシャル、あまり俺のそばから離れるな。トラックの音がしてたし、まだ奴らがいるかもしれない」

 

「分かってるって。なるべく早く戻ろう」

 

 まだ声変わりも済んでいない少年たちの声が響く。

 拾い物がないかを探しにきた子どもたちはガスマスクをつけていない。

 

「コイツいい服着てる」

 

 軽い足取りがルイへと近づいてきた。

 

 目の前に影が差す。狭い視界のなか、覗き込んでくる少年と確かに目が合った。

 ドキリと心臓が跳ねたのはルイだけのようで、少年は手慣れた様子でルイの服を脱がせている。

 

 ルイは身体を好きにされながらも声を出そうと、身体を動かそうと試みたが、やはり掠れた吐息が漏れるだけだった。

 

 生きているか死んでいるかくらいは分かるだろう。分かってくれ。

 分かっていて、やっているのか?

 

 シャルと呼ばれた少年はルイの服を手際よく脱がせて、躊躇なく自分で羽織る。

 

 上着だけでなく、パンツ以外の何もかもを奪っていく。非情だ。酷い追い剥ぎだ。

 

 無造作に扱われた己の身体が適当に転がされる。

 

 無念だった。

 

 背後で少年の声がする。

 

「少しでかいけど、いい感じ。ん? ……なんか入ってる。え、凄い! フランクリン! 見てこれ携帯だよ! スッッッゲエ!!!

 しかもこれ、電源が入ってる!!」

 

「オイ、声を抑えろ。にしても、やったな」

 

「うん! やっぱり他の奴らに荒らされる前に来てよかった!

 コレ早く触りたい! 後から来たやつにこれを奪われたら大変だし、早く帰ろうぜ」

 

「そうだな。来て早々だが収穫は上々だ。欲張らず帰るか」

 

 いやいやいや、待ってくれ。その携帯、オレも見たい。

 っていうかたぶんオレのだし。

 

 焦る気持ちが嫌になるほど募っていくのに、まるで身体は動かなくてやるせない。

 

 携帯を持たされていたのならば、死体と間違われて捨てられた説が消える。

 

 この傷は拷問でついたものだと、なぜかルイには分かる。

 これほどまでにボロボロに痛めつけられているのに、拷問した人間が所持品を押収しない訳がない。

 

 即ち、自分は何者かによって逃がされた可能性が高い。

 

 記憶はないが、何者かに拷問されて、何者かに助けられたのだと仮説を立てる。

 

 空白の記憶を埋めたい焦燥感。

 

 己が何者なのかがわかるかもしれない携帯(モノ)がすぐそこにあるのに、無情にも奪われていく。

 

 遠ざかってゆく子どもの声と気配。

 ルイは絶望した。

 次はもう目覚めないかもしれない。すぐそこに迫る死の気配を感じながら、意識は暗闇に呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目が覚めたとき、ルイの目に飛び込んできたのは白い天井だった。

 

「やっぱり起きた」

 

 少女の声がした。

 

 目が普通に開く。身体の調子が明らかに良くなっている。点滴に繋がれた自分の身体は白いベッドの上に寝かされている。少し首を擡げると、ベッドの脇にはピンク色の髪をした少女がいるのが見えた。随分とキラキラとした眼差しでこちらを見下ろしている。

 

 ベッド脇に置いた椅子に腰掛けていたらしいが、ぴょこんと軽い動作で飛び降りて、部屋から駆け出て行った。

 

 しばらくして、小走りで戻ってくる。少女の後ろには白衣を身につけた男性がいた。どうやら医者を呼びに行ってくれていたらしい。

 

「驚いた。本当に目を覚ますとは……」

 

「言ったでしょ。あたしの勘は結構当たるんだ。

 ねえ、あんたはどこの子?」

 

「……ぁ……ゎから、ない」

 

 声が出た。ただそれだけのことに感動する。

 

 随分と久しぶりに声を発した気がする。けど、めちゃくちゃ咽せた。

 

 白衣の男性がルイの身体を起こしてくれて、呼吸が楽になる。一頻り咽て涙を溜めていると、背中を摩ってくれていた少女が言う。

 

「生きていて良かったね。あたしが見つけてなかったら、死んでたよ」

 

 たしかに、濃厚な死の気配を感じていた。

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

 ルイはベッドの上で深々と頭を下げた。

 

「助けたのはこの流れ者のお医者だけどね。

 じゃ、あたしはやることがあるし今日は帰るよ」

 

 頬をわずかに赤らめ、はにかんだ少女がそう言い、あっという間に消えていった。

 

「毎日様子を見に来てくれていたんだよ。いい友達だね」

 

 医者が微笑ましそうに言う。

 

「友達……」

 

「恋人だったかな? これは失礼」

 

「いや。オレ、実は記憶がなくて。

 ……あの子との関係性がわからないんだ」

 

 

 

 

 

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