ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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お節介

 

 ルイはその少年に奇妙な既視感を覚えていた。

 脳が真っ白になるほどに、遠く離れた場所に立つ少年に全ての神経が集中していた。腕を引くマチのことはまるで意識になかった。

 

 口から溢れでたその単語が、自分の耳に響く。

 

 クロウ。

 

 ああ、そうだ、懐かしい。クロウ。オレは彼のことをよく知っている。

 

 クロウに関する記憶が湯水のように溢れ出てきて、ルイはとてつもない情報量に目眩を覚えた。

 頭の整理が追いつかないほどに、さまざまな思い出が蘇る。クロウと一緒に映像に出てくるのは、まだよちよち歩きの幼い子どもだ。名前は出てこないが顔はしっかりと思い出した。

 

 記憶を取り戻したからわかった。

 

 あの子はクロウによく似ているが、クロウじゃない。

 

 他人の空似にしてはあまりにもよく似ているけれど。

 クロウはあんなに幼くないし、雰囲気も大きく違う。

 それに、記憶ではルイよりも実力者だった。目の前にいるあの子はまだ纏すら覚えていない。

 

「ルイ、ルイってば! 大丈夫?!」

 

 蒼白な顔をして腕を引くマチにようやく気づいた。随分と心配してくれたらしい。

 

「ごめん。ぼうっとしてた」

 

「よかった……突然全然反応しなくなったから。

 あの子、知り合い? クロウ、って言ってたけど」

 

「知り合いかと思ったんだけど、よく思い出したら、違ったみたいだ」

 

「そっか。思い出したんだ」

 

「クロウって人のことはおおよそ。でも他のことは全然」

 

「ゆっくり思い出したらいいよ。

 あたしは記憶があっても、なくてもずっとルイの味方だからね」

 

 マチは少しばかり安堵したようにそう言う。

 

 まだ知り合って半年程度。

 赤の他人でしかない自分にどこまでも心を砕いてくれるマチ。

 まだ幼く可愛らしい印象の少女だが、きっと数年もすれば美しく成長し、引く手数多になることだろう。

 マチの持つ優しさを自分にだけ特別なのだと勘違いする男は多そうだ。

 

 勘違いした男によるストーカー被害に悩まされていたら、助けてあげよう。ルイはそう思いつつ、スーツの男と子どものやりとりを見ていた。

 

 面倒くさそうに、少年の方すら見ずに歩きながら対応するスーツの男と、必死に食い下がる少年。

 声の大きさは少しずつ大きくなっている。男の苛立ちが増してきているのは一目瞭然で、街の人間はルイたちではなくスーツの男たちへと視線を向け始める。

 

 スタスタと早足で歩く男を止めるため、少年は腰あたりに抱きつくようにしがみついた。

 つんのめった男が足を取られそうになり、なんとか体勢を保つ。

 

「……ッぶねえだろうが!! いい加減にしろや、クソガキ! しつけえんだよ!」

 

 男が少年を渾身の力を込めて蹴ろうとするのを、姿勢の変化から素早く気づいたルイは反射的に手に持っていたものを投擲した。

 いま服屋の広告のバイト中だということをすっかり忘れて、手に持っていた手頃なプラカード(ぶき)を。

 

 くるくると回転しながら飛んでいくプラカードは吸い込まれるようにスーツの男の頭部にヒットし、男と、男に抱きついていた少年をまとめて地面に転がした。

 

「ちょっ……何やってんの!?」

 

 絶叫するマチに「ごめん、つい」と手を合わせる。

 

 その表情は今までのルイならば浮かべることがない類のもので、そのことに気づいたマチは大きく目を瞠っていた。

 

 このままでは店の悪い広告になってしまう。少しばかり罪悪感を覚えた。

 

 プラカードを回収するため、ひらひらと揺れるスカートにげんなりしながら走る。

 

 倒れ伏すスーツの男、そのすぐそばでまんまるに目を見開いてぺたりと座り込んだ少年。

 

 ルイはプラカードを拾う前に、スーツの男のすぐそばに膝をついて脈を取り、怪我の状態を確認する。プラカードがぶつかった頭から出血しているのと、転んだ拍子に擦りむいているくらいだ。それほど派手な怪我ではない。

 

 力加減はした。

 念は覚えていないが、そこそこ鍛えていそうな見た目だったから、気絶するかは賭けだった。気絶すればラッキー、しなければ少し面倒なことになると思っていた。

 

 案外打たれ弱かったのか、それとも脳震盪癖でもあるか。

 当たりどころが悪いわけでもないので、素人目ではあるが大丈夫そうだと判断する。

 

「たぶん大丈夫だよ。もうしばらくすると意識を取り戻すはずだ」

 

「お姉さん、誰……?」

 

 お姉さん。そう言われてズッコケそうになったが、あいにくルイのいまの服装はワンピースだ。下手に訂正するほうが面倒臭い。

 

 万感の思いを込めてルイは少年の肩にぽんと手を置いた。

 

「ただの通りすがりだ。

 どんな事情があるのかは知らないけど、ちょっとだけ話を聞いてほしい。

 

 どんなことをその人にお願いしようとしているのかは知らない。その人にしか出来ないことなんだろうと思う。だからそれほど必死になって頼み込んでいるんだろう。

 でもね、その人はキミの願いを絶対に聞かないよ。絶対に、だ」

 

 驚いて放心状態が続いているのか、思いの外しっかりと少年は話を聞いてくれていた。純朴そうな黒い瞳が真っ直ぐにルイへと向いている。

 

「何か相手が喜ぶ餌を与えないと、ただ頼むだけではキミの思い通りにその人は動かない。

 キミは利発そうな目をしてる。叶いもしない懇願をして時間を浪費するよりも、もっと現実的な方法を模索したほうがいい」

 

 絶対に少年の話を聞かないであろうその根拠は、敢えて言わなかった。

 

 この男は、殺意を持って少年を蹴ろうとしていた。話を聴く気は少しもなかったのだ。

 ルイはそれを言葉には出さなかった。

 

 男と少年は近くで見てみると、少しならず似通った部分があったからだ。

 おそらくは血縁関係にあるのだろう。親が自分に殺意を持っていただなんて、赤の他人に言われたくないに決まっている。

 

 だが、男の蹴りの当たりどころが悪ければ、この少年は死んでいたかもしれない。それほど手加減が感じられなかった。

 

 あまりにもお節介だし、鬱陶しい発言だと自覚していたがルイは苦い思いで説教をし、若干血のついたプラカードを拾い上げた。

 

「通りすがりがしゃしゃり出てごめんよ。

 何か困ったことがあったら、街の外れにある診療所においで」

 

 少年は瞬きすらせずにルイを見つめていた。

 ぽんぽんと頭を撫でて、ルイはマチのもとへと戻った。

 

 少し前のルイであれば、困っている人間がいても見て見ぬふりをしていた。車に吸い込まれるようにして攫われた少女を無感情に見送ったように。

 

 クロウを思い出したことで途轍もない変化をしているのだが、当の本人であるルイはなにも思っていなかった。

 

「ルイ! 気絶してる間に急いで逃げよう! 報復されちゃうかも!」

 

 マチはそう言ってぐいぐいとルイの腕を引いた。一緒に走り出しながら、ルイは言う。

 

「報復なんて……難しい言葉を知ってるね、マチは」

 

「バカにしないでよ! ほら、早く走って!」

 

 置いてけぼりにされた少年が、熱に浮かされたような眼差しでしばらくその背中を見つめていたことを、ルイは知らない。

 

 明らかに外部のマフィアが相手だから、街の人たちが自分達を売るような真似をすることはないだろう。だから目撃者がいることは問題にならないと思う。あの男もすぐに気絶して顔は見られていないから大丈夫。問題なのはあの子どもだ。

 

 マチは息を切らせつつ、走りながら途切れ途切れにそう言った。

 

 随分と考えなしに行動してしまったが、ルイはイサクとともに住んでいるのだ。

 一人の時にならばどんな報復されても問題ないが、イサクを狙われるのは大いに問題だ。

 

 イサクのこともそうだし、頼まれごとの最中に面倒ごとに首を突っ込んでしまったこともそうだ。

 短絡的な行動だったと反省する。つい、身体が動いてしまった。

 

「ところで! さっきの、子と、何、話してたのっ?」

 

 全力とまではいかないが、そこそこの速さで駆け続けるマチが息を切らしながら質問してくる。

 

「一方的にお節介してただけだよ。特に何も話してない」

 

「そう、なんだ……! っていうか、なんで、走ってるのに、そんな、息が切れてないの?」

 

 ぜいぜいと肩で息をするマチが減速していくのに合わせて走るのを止める。

 十分な距離を取れたと判断したのだろう。

 

 ルイは心臓すらもいつも通りの拍動である。これくらいで息が切れるはずもない。膝に手をついて肩で息するマチは、涙目でルイを見上げた。

 

「……はぁ、はぁ。こんなに重そうなプラカードを飛ばしたことといい、何者なの?」

 

「何者だったんだろうね。オレも知りたい」

 

 そう言ってルイが笑うと、マチは呼吸を落ち着けながら眉尻を下げた。

 

「……なんか変わったね、ルイ」

 

「そう?」

 

「うん。やっぱり記憶を取り戻すと、性格って変わるんだね。

 さっきも言った通り、どんなルイでもあたしは好きだよ……あ、す、す、す、好きって、そういう意味の好きじゃないからねっ?!」

 

「大丈夫、勘違いしてないから安心して」

 

 顔を真っ赤にしたマチが羞恥の余りルイを叩いてくる。恥ずかしさを持て余して怒るなんて、少女らしくて可愛らしい。ルイがニコニコと拳を受け止めていると、マチはすっかりむくれてそっぽを向いてしまった。

 

 記憶が性格にどれほど影響するものなのか、当事者であるルイにはまだわからないが、マチには見て取れるほどの変化があるらしい。

 

 マチはもともと勘が鋭いし、人の変化にも聡いから余計にそう思うのかもしれない。イサクにも印象が変わったかどうかを聞いてみよう。

 

 ルイはクロウに関する記憶を思い出したことで、念能力についても詳しく思い出していた。

 自分にはまだ発がなく、能力を作ろうとしていることまで思い出した。

 

 漠然と記憶を取り戻せたらいいな、くらいの気持ちで日々過ごしていた。だが、ようやくやりたいことが見つかった。

 

 無気力に流れるままに生きていたルイは、当面の目標を自分の念能力を作ることに設定した。

 

 頭のなかでちょっとした構想は出来ている。

 

 ルイは特質系だ。

 水見式ではたしか、ハンバーガーが出てきていた。

 意識していたから出たのか、それともハンバーガーを摂取していたから出たのか。

 

 なんとなく仮説は立てている。

 色々と実験してみたいことができて、ルイは久しぶりにうきうきとした気分になりつつ、マチとともに服屋へと戻っていった。

 

 

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