ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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悩める子羊

 

 

 ルイは自分の能力作りに没頭していた。

 休みとなればずっと外出ばかりしていたルイが、イサクとお揃いの白衣を身につけて、伸びてきた髪を後ろでひとつに結んで日がな一日中化学と向き合う研究者のような生活を続けている。スーパーアウトドア生活から一転してスーパーインドア生活だ。

 

 イサクは患者を看る以外の時間はずっとルイの実験に付き合ってくれた。ずっと、と言っても腕の良い医者が無償で診察してくれるのだ。患者の数は日に日に増えていっており、べったり一緒ではない。

 医者であるイサクが化学の実験を得意としないはずがない。ルイがする実験を楽しそうに隣で眺めては、さまざまなアドバイスをしてくれたり、気づきを与えてくれた。

 

 ルイが診療所に住まわせてもらうようになってから、患者数が軒並み増えた。

 閑古鳥が鳴く、といっては失礼だが(いや、患者がいないほうが医者的にはいいのか)患者が診療所にくることは滅多になかった。

 イサクが往診することのほうが圧倒的に多かったのに、今は診療所まで患者が足を運ぶようになった。

 どれだけ外部の人間を嫌う流星街の人間であろうともイサクの人の良さはすぐにわかる。マチが流星街の人間とイサクとの橋渡しとなっていることや、イサクの存在が認められてきたことから診療所が賑わうようになってきたのだ。

 イサクは住民たちに認められてきてとても嬉しそうにしており、ルイはそれを自分のことのように喜んだ。

 

 イサクと行う化学実験もルイの血となり肉となり、得難い知識として蓄積されていたのだが、イサクが単身での診察中や往診中こそルイの本当の実験が始まる。

 誤解のないよう言っておくが、イサクはもちろん単身で診察をこなすことができる。その能力は十分にあるし、ルイが来るまでずっとそうしていた。

 だが外の人間であるイサクだけでは怖いから、ルイにも付き添って欲しいと希望する住民が一定数いるのだ。しかしながらそんな人の数も徐々に減ってきているので、そのうち自分はお役御免になるだろう。

 

 さて、自分の身体を用いた人体実験である。

 

 わかったのは、自分が異様に薬の耐性があることだ。なんとなく大丈夫だとは感覚でわかっていたのだが、本来であれば致死量の毒を服用しても死なないどころか身体に何の変化も出ない。

 

 次に、念。

 ルイの特質系の能力として、摂取した物の特性をオーラに込めることが出来ることがわかった。

 例えば毒を摂取すれば、摂取したものと同じ毒性を帯びたオーラを練ることができるということだ。

 いまのところ、これをどうにか能力とすることが出来ないだろうかと考えている。

 

 この特性を考えるに、水見式でハンバーガーが出てきたのは直前にハンバーガーを食べていたからだろう。

 

 毒のオーラだけでも十分戦闘能力になりそうだが、ルイのなかの足りない記憶がそうじゃないんだ、と謎の焦燥感を与えてくる。違う、違う、そうじゃ、そうじゃない。

 頭のなかで知らないサングラスの男がリズムをつけて歌うように訴えてくる。何の記憶だ、これは。まあいいか。

 

 なんだかわからないけど、違うのだ。

 こればっかりは感覚でしかないのだが、毒を服用しても大丈夫だとわかっていたように、自分の能力はそのように使うために作るものではないのだ。

 感覚が違うと言っているのだから、そうじゃないのだ。

 

 他にも実験したいことは色々あるし、そうしているうちにしっくりくる能力を思いつくだろうと楽観的に考える。

 

 そばにクロウがいてくれたら、念に関するアドバイスが貰えたのに、と惜しく思った。

 

 ルイは毎日孤独に実験を続けていた。

 摂取した物というのが、どれくらい過去まで遡ることが出来るのか。

 体内に素となる化学物質があるとないとでのオーラの消費量の違い。

 オーラへの特性の込め具合の差。

 摂取していない物や、架空の特性をオーラに込めることはできるのか。

 実験することは山ほどあって、ルイは診療所にほとんど篭り切りの生活をしていた。

 

 

「ルイ、お友達が来たよ。中に入ったらいいと勧めたんだけど玄関で待ってるって」

 

 イサクが部屋まで呼びに来てくれた。

 ルイはマチが来たものだと思い込んで、能力について思いを巡らせながら玄関口まで歩いて行った。

 

 玄関を開ける直前に、マチならば自分の家のように診療所に出入りしているのに、なぜ玄関なのだろうと思った。今更である。

 

 玄関扉を開くと、黒髪の少年が立っていた。艶やかな黒髪に綺麗な顔立ちの少年。筋肉もなければ脂肪もなく、痩せっぽっちではあるものの、やはり顔立ちは恐ろしいほどにクロウにそっくりだ。

 

 不安そうな黒い眼差し。ルイはニコリと微笑みながら手を挙げた。

 

「よく来たね!」

 

 蹴られそうになっていた少年だ。

 あれは、いつのことだったか。

 1ヶ月は優に経っているはずだ。日を経るごとに、やっぱり来ないか、と少しずつその存在を忘れていた。

 

 少年は大きく目を見開いた。「ほんとうにいた……」小さく呟いている。嘘の場所を教えたとでも思っていたのだろうか。

 

 今のところ街で出会う人間に悪い者はいない。だがルイは初日に身包みを剥がれた。きっとそういう奴らも一定数存在していて、少年はそんな奴らに騙されたことがあるのだろう。

 

「っていうかオレ、自己紹介もしてなかったね。

 ルイって言うんだ」

 

「ルイさん……あの、僕はクロロと言います。

 今更ですがあのときは助けてくださってありがとうございました」

 

 マチと同年代くらいの少年――クロロは礼儀正しく頭を下げた。マチといいクロロといい、流星街の子どもは早熟な気がする。

 

「ゆっくり話そうよ。お茶でも淹れるから」

 

「いえ、あの……ただ、お礼を言いたかっただけなので」

 

 随分と律儀なことだ、とルイは呆気に取られた。

 なぜこれほど日を開けてから来たのだろう。ずっと気になっていて、それでも来れない理由があった?

 なんにせよ、話を聞きたい。

 

 表情には出さずに訝しむルイ。

 

 ルイの服装が実験のまま変わらず白衣だったがために、クロロは疑問に思ったようで「ルイさんは、お医者様をされてるんですか?」と小首を傾げる。

 

「いーや。ただ手伝いをしているだけ。

 イサク――さっき会っただろ? 彼は医師免許を持った本物の医師だ。もしなにか聞きたいことがあるなら彼に聞くといいよ」

 

「いえ、そういうつもりで聞いたんじゃないです!

 それに、お医者様にはもう何人もかかったので……」

 

 なんだろう。

 病気か怪我かを患った人間が身近にいるのかもしれない。見たところクロロ自身は痩せ気味なくらいで特に健康に問題があるようには見えない。

 

 イサク以外に金を取らない医者はいない。

 流星街はその特殊な立地ゆえに、医者にかかるのも莫大な治療費がいる。それなのに何人もの医者に診てもらっているということは、かなりの額を費やしているに違いない。

 

「病気かなにか?」

 

 何気ない口調でルイは尋ねた。

 

「母が……いえ、でもそのことで来た訳ではないんです。

 本当にお礼が言いたかっただけで」

 

 一瞬言いかけたクロロは、すぐに遮ってポケットのなかから取り出したピンク色の袋を、両手で差し出した。

 口元に赤いリボンが丁寧に結ばれている。

 

「これ、もしよかったら」

 

「開けてもいい?」

 

「いえ、あの……できれば僕がいないところで開けてください」

 

 頰を染めて目線を逸らすクロロが差し出すプレゼントを、ルイは丁寧に両手で受け取って微笑んだ。

 

「わかった。

 お礼を言いに来てくれたことだけでもうれしいのに、こんな心遣いまでしてくれたんだ。わざわざありがとう」

 

 そう言ってルイはクロロの頭を撫でた。

 

「時間があるならちょっとオレに付き合ってよ。中が嫌なら、外ででも」

 

「え、あの」

 

「ん? 何か用事ある?」

 

「いえ、ないです。でも」

 

 先ほどから随分と歯切れが悪い返事が多い。

 こういう人ほど内に秘めて、抱え込んでいるものは多いように思う。

 

「そ。じゃあちょっと待ってて」

 

 ルイはそう言いつけて踵を返した。

 足早に白衣を脱ぎ捨てて上着を羽織る。

 

 イサクにちょっと外に出てくると伝えると、嬉しそうに「それはいいことだ!」とたっぷり小遣いを渡された。最近のルイはあまりにも部屋に引き篭もりがちなので、心配をかけていたのかもしれない。

 

 外に出ると、所在なさげにキョロキョロと視線を彷徨わせていたクロロが先ほどと寸分違わない場所に突っ立っている。

 

「お待たせ。行こうか」

 

 戸惑うクロロを半ば強引に連れて行く。

 ルイが向かったのは、マチから教えてもらった美味しい食事屋だ。

 

「もうすぐお昼だし、お腹空いてるだろう? わざわざ来てくれた礼だ。ここはオレの奢りだから遠慮せず食べてくれ」

 

 店員は今日はマチちゃんとじゃないんだね、と気さくに声をかけてきてくれる。

 

 イサクは外食をしないし、ルイにマチ以外の友達はいない。

 だからこの店にはマチとしか来たことがない。

 

 メニュー表を前にしても遠慮しているのか何も言い出せない様子のクロロを見て、ルイは適当に色々と頼んだ。

 男が2人いればどれだけ頼んだって余裕で食べられるというものだ。

 机の上に溢れかえる食べ物にクロロは目を輝かせた。

 

「一人じゃ食べきれないからいっぱい食べてくれ」

 

 ルイがそう言って食べ出すと、クロロもまたおずおずと食事をはじめた。

 一口食べてしまえば、あとは食事の美味しさに引き寄せられるように二口目、三口目とどんどん食が進んでいく。

 

 すっかり全て食べ尽くして、デザートまで頼んでお腹がはち切れそうになる。

 

「さすがに苦しいな」

 

「僕、こんなにお腹いっぱい食べたの初めてです」

 

「オレも記憶にある限りでは初めてだ」

 

 そこからは当たり障りのない会話をした。

 自分の最近の出来事を話したり、クロロの日常を聞いたり。テンポよく会話の応酬が続くにつれて少しずつクロロの表情が柔らかいものになってゆき、肩の力が抜けていく。すっかり落ち着いた様子になったのを確認する。

 

 苦しいことは一人で抱え込むよりも、人に吐き出した方が楽になる。話すだけ話してみないか、と適当な会話の間に入れ込んで、周到な準備の末に本題を切り出した。

 

「そういえば、初めて会ったとき。

 あの時は暴力的な手段を使っちゃってごめんな。

 あのあと大丈夫だった?」

 

「はい。

 あの人はルイさんが言った通り、すぐに目を覚ましました。あ! たまたま物が飛んできたことにして、ルイさんたちのことは言ってないので安心してください」

 

「気遣ってくれたのか。

 物が飛んできた……それで誤魔化されたのか?」

 

 あの日は特に風もなかったし、無理がある気がするが。

 

「適当なサイズの石に血をつけて側に置いておいたので、騙されたようです。俺に恨みがあるやつの仕業に違いないと、誰がやったか見ていないのかと詰め寄られましたが、タイミングよくあの人に呼び出しがあったので有耶無耶になりました」

 

「それからは会ってないのか? 次に会ったときにやられそうで心配なんだけど。

 そもそも、何かあの男に頼み事があったから近づいたんだろう?」

 

「そうでしたが……もう会わないつもりです。

 ルイさんが言ってくれたようにあの人は僕のお願いなんて聞かないでしょうから」 

 

 それに、とクロロは小さく付け足した。

 もう会う必要もなくなったから、と。

 

 クロロがあの男と会ったのは、ルイたちが見たあの現場が初めてだったらしい。

 自分の父親らしき人間を探していて、ようやく見つけたのだそうだ。その時は父親の名前はわからなかったが、街中で騒ぎになったので、目撃者から男の名前が判明した。その名前はクロロが探し求めている人のものではなかったようだ。

 

「クロロが探してる人は、流星街の人じゃない可能性があるんだな」

 

「僕、そんなこと言いましたか?」

 

「いや、言ってない。違ったか?」

 

「いえ。たぶんそうだろうと僕も考えていたので、思考を読まれたみたいで驚きました……。

 僕は、幼い頃母に捨てられました。男を追いかけて出ていったそうです。でもこんなことは流星街ではよくある話なので、特に気にしていませんでした」

 

「恨んでないのか」

 

「恨むなんて、とんでもない。僕は恨むほど母のことを知りませんから。

 とても美しい人だった、と周りから聞きました」

 

 実の両親に捨てられたと知ったら、大抵の人間は恨むものだろう。恨むほどその人のことを知らないと、さらりと流せるクロロにルイは驚いた。

 

「すごいな、クロロは」

 

「そう言えるのは、ただ僕が恵まれていたからです。

 母が残してくれた家やお金がたくさんありましたし、街の人たちが親のように面倒をみてくれました」

 

 こう言うのをなんというんだったか。

 隣の芝生は青いの、その逆の意味合い。

 

 クロロは決して恵まれた境遇ではない。それは本人とてわかっているはずだ。それなのに彼の口からは一口も憎まれ口は出てこなかったし、心から感謝をしているようだった。いまあるものに満足し、感謝をしている。

 

 足るを知る、と言えば良いか。

 

「……おかしいな、僕これでもあんまり自分語りをするタイプじゃないんですけど……なんだかルイさんにはたくさん話してしまっています。

 ごめんなさい」

 

「謝ることなんて何一つないだろう。オレはクロロの話が聞けて心から嬉しいよ。

 それで、もしかしてなんだけど、怪我か病気をしているのって……」

 

 そう言いながら、真っ直ぐにクロロの瞳を見つめる。眩しいほどに煌めく透き通った瞳。視線を合わせて数秒後、頰を真っ赤に染め上げたクロロが俯いた。

 

「……その、おかしな話なんですけど、母……だと言う人が訪ねてきたんです。何も話さない不思議な老婆と一緒に。

 僕と一緒に暮らしたい、って言っていま一緒に住んでいるんですけど……もっと変なことを言うんですけど、母だという綺麗な女性よりも、その背後で黒子みたいに生活している老婆がなんだかとても気になってしまって……」

 

 ルイの頭が軋むように痛んだ。

 クロロの話を聞いている最中に突如として痛み出した頭。若い女性、老婆。その組み合わせが脳を突き刺すように刺激しているのだとは、ルイは気づかなかった。

 

 ルイは昔のことを鮮明に思い出していた。クロウから念について教えてもらっていたときのことだ。

 

『深い恨みや未練を持ったまま死ぬとその念はおそろしく強く残る』

 

 除念を含めてその念の解除がかなり難しくなるのだそうだ。だからこそ、その女が死ぬ前になんとか除念を成功させたいとクロウは言っていた。

 

 なぜ突然このことを思い出したのだろうか。

 

「ルイさん、大丈夫ですか?」

 

「ああ、ごめん……偏頭痛持ちでさ。時々頭が割れるように痛むことがあって。心配しないで。

 それで、クロロはその老婆のためにたくさんの医者を探して診てもらっていたの?」

 

「母が医者に治してもらいたいとしきりに言っていたので、何人ものお医者様に診てもらいました。でもどれほど詳しく検査をしても悪いところは特になくて。

 母はまだ認めませんがきっと間違いなく老衰です。だからこれ以上お医者様に診てもらうつもりはないんです」

 

「そうか。随分と頑張ったんだね」

 

「頑張ってなんて……母の大切な人のようですから、僕にできることは全部したかっただけです」

 

 想像でしかないが、老衰と判明した老婆に何かをしてやろうと思ったのだろう。

 今まで会おうとすらしなかった父親をわざわざ探して、必死に食い下がって、自分ではできないなにかを、あの男に頼もうとしていた。

 

 その仮定のうえで、ルイはクロロに尋ねた。

 仮定が間違っていればなんの話だ、と切り捨てられる。

 

 順序よく聞き出していこうとしたら、きっとクロロはルイに迷惑をかけることを恐れて話さないだろう。

 

 徐々に親しくなっていって、気軽に相談できる仲になる。それからでは遅いとルイは直感的に思っていた。

 

「それで、クロロは()()()に何を頼みたかったんだ?」

 

 初めて会ったあのとき、クロロがあのマフィアに必死に食い下がっていた理由は、なんだ。

 

 会話のうえではまるで繋がりのない質問であった。

 だがルイのその質問は奇跡的にぴったりと意味が噛み合い、クロロに正しく伝わった。

 

 

 プライベートに踏み込んだ質問で、人によっては気を悪くする可能性があった。だが、クロロはルイに対してまだ二度しか会っていないとは考えられないほどに高い好感を抱いていた。

 

 その質問に答えたい、自分のことをもっと知ってほしい、この人に気にされる存在になりたい。

 まだ幼い少年は瞳に恋慕の色を滲ませつつ、口を開いた。

 

 哀れな少年はいまだに勘違いしていた。

 ルイが女である、と。

 

 

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