ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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ゾルディック家長男4

 

 

 しばらく目を覚まさなかったルイだったが、起きた瞬間、感激したキキョウに抱きしめられた。

 

 あまりにも強い抱擁で、再び気を失うところだった。

 

 いつになく満足そうなシルバに頭を撫でられる。

 

 いかに凄いことを成し遂げたのかを使用人は興奮気味の饒舌で説明し続ける。

 

 対するルイは無感動にふうん、と流すばかりであった。

 

 

 以前と同じような無表情でありながら、ルイの薄い碧の瞳は煌めいていた。

 

 己の偉業をどれだけ語られても心は動かない、というか話半分にしか聞いていない。

 

 産まれて初めてルイは興味を覚えることがあって、そのことばかり考えていた。

 

 初めて芽生えた好奇心はルイのありとあらゆる感情を刺激し、真の闇人形から人間へとがらりと変わり果てる。

 

 

 ベッドのうえで念についての簡単な講義を受けて、オーラという概念を学ぶ。

 

 とても楽しかった。

 

 知らないことを学ぶ、そんな日々の当たり前に心がうきうきと躍る。

 

 しかし不思議なこともあった。知らないことであるはずなのに、まるで知っているかのような既視感を覚えることが多々あるのだ。

 だが楽しいことに違いはない。

 

 世の中には知らないことがたくさんある。

 

 それなのにどうして自分は、いままでその知らぬものを知らぬままにしておけたのだろうか。

 

 

 体調は万全とは未だ言えない。

 

 だが、情緒の初めて芽生えたルイは、赤子が飽きもせずに自分の掌をぐーぱーするだけで楽しめるように、何をしても楽しかった。

 

 そして、一分一秒が惜しかった。

 

 

 ルイはキキョウの腹に感じた不思議と温かいオーラが非常に気になっていた。

 

 あれは弟だ、とルイは知っていた。

 

 なぜ知っているのかはわからないし、オーラだけをみて性別がわかる特殊能力もない。それなのにルイにはわかった。

 

 

 何度も自室にキキョウを呼び、そばにいて欲しいと頼むルイに、キキョウは仕方がない子ねと包帯の下でニヤニヤ笑み崩れて、四六時中そばにいた。

 

 シルバはそんなルイに不思議そうにしながらも、キキョウの相手をしてくれることに内心感謝していた。

 

 なにかと忙しい男なので、キキョウの話に付き合ってばかりもいられないのだ。

 

 実際はキキョウではなく、その腹に宿る小さな命のそばにいたいとルイは思っているだけなのだが、言葉少なにぴったりとキキョウの身体に抱きつくルイに、キキョウは母が恋しいのねと歓喜するばかりだ。

 

 

 しかし、だ。母親恋しさではないのだと裏付ける行動が現れる。

 

 確実にルイの内面は変わっていて、いつも通りにキキョウがルイを着せ替え人形にしようとしたところ「俺は男だからこういう服は着ないよ」とすっぱり跳ね除けた。

 

 人形のように諾々と親の言うことに従い続けていたルイの初めてともいえる抵抗だ。

 

 以前であれば快も不快もなかったため、これくらいのことであれば放っておこうと好きにさせていた。

 

 明らかにキキョウが嫌がるとわかりつつも、己の意思を尊重して持っていたナイフで髪をざっくり切ろうとしたのもまた変化の一つだ。

 

 残念ながら、それだけはと必死に止められたため髪は長いままだ。

 

 任務に出た時にでも敵に切られたと適当なことを言って髪を短くして帰ろうと思っている。

 

 

 シルバ・ゾルディックはキキョウから「ルイちゃんがとうとう反抗するようになったの」と歓喜の叫び声を聞いて、鼓膜を痛めつつ、喜ばしく思っていた。

 

 キキョウの人形趣味に甘んじている姿を見るのは同じ男として少しばかり思うものがあったシルバは、すんなりと女装を卒業してくれたことに安堵の息を吐く。

 

 追々産まれる男児が自ら好んで女服を身につけるなど露とも知らぬシルバである。

 

 

 本来であればじっくりと基礎を固めたのちに念を覚えさせる手筈であった。

 

 歴代、当主としての資格を持ち得たゾルディック家の人間はそのようにして育てられることが多い。

 

 そのようにせざるを得ない状況になる、とも言える。

 

 圧倒的な戦闘の才能ゆえに、幼いうちに念まで覚えさせてしまうと、他の人間では制御できなくなってしまうのだ。

 

 シルバ自身もそのようにして育てられた。

 

 ある程度の年齢までは大切に、じっくりと基礎を固めて、暗殺術を学び、家業についてを学ばせる。

 

 家のために思考のリソースを全て捧げるよう調教され、立派な当主となるのだ。

 

 幼いうちから強大な力を身につける弊害は、家業に嫌気が差した際に逃げる力を持ってしまうことだけでなく、力に酔って早死にの道を辿ることもある。

 

 幸運なことにルイは自らの力に溺れるような性格ではなかったが、ゾルディックの理想的なまでの闇人形っぷりは人間味が一切なさすぎて心配の種だったのだ。

 

 家に対する感情すら持ち合わせていないとなると、家に尽くすメリットよりも上回るものを見つけた際に裏切り者となる可能性があるからだ。

 

 近頃変わりつつある我が子の変化をつぶさに観察していたシルバは、回復してきたルイを自室に呼びつけてソファに隣り合わせに座りつつ語り合った。

 

「お前にも大事なものができたんだな」

 

「わかるの?」

 

「当たり前だ。お前のことをずっと見ているんだからな」

 

 ルイは素直に感嘆した様子で、わずかばかりに目を見開いた。

 

 服装こそ男性服を身につけるようになったが、艶やかなまっすぐの銀髪と溢れるように大きな碧瞳が美少女めいてみせてしまう。

 

「あのね、ママのお腹に子どもがいるよ。絶対に弟だ」

 

「ほう……?」

 

 優秀な感知タイプの念能力者ともなると、極々初期の胎児にも気がつくと聞くが、ルイもそのタイプなのだろうか。

 

 優秀な念使いであるシルバですら、未だキキョウの腹に子が宿っていることには気がついていなかった。

 

 確信を持って発言するルイに、シルバはその言葉が真実だと疑っていない。

 

 子どもながらルイは非常に優秀な子であると常々思っているからだ。

 

 仕事のパートナーとしても、家族としても、頼りになる長男坊であった。

 

「オレね、こんなに大切だって思えて、胸が温かくなったのって初めてなんだ。

 正直父さんやママよりも、これから産まれてくる弟の方がずっと大事だよ」

 

 この年頃の子どもとは思えない発言ではあるが、シルバは打算ありきで頷いた。

 

「家族を、弟を大切に思う気持ちはとても大切なことだ。

 

 父や母はお前に護られずとも生きていけるが、幼い弟はお前が護ってやらねばならないからな」

 

 少しばかりの思考誘導をしつつ、シルバはルイの発言に同調しながら彼の小さな背中を撫でる。

 

「うん。オレが絶対に護るんだ。命に換えてもオレが必ず護る」

 

 シルバは表情はそのままに思案する。

 

 本来であれば当主となるであろうルイの命が優先される。

 

 これ以上の才能の持ち主が現れれば優先順位も変わるが、低い可能性だろう。

 

 もしもどちらかの命を投げ捨てねば乗り越えられない障害が現れれば、考えるまでもなく産まれてくるであろう弟の命が消費されることになる。

 

 そのように教育を施すのがゾルディック家だ。

 

 ルイにもまた多少なりとも家業の教育はしており、順当に育っていればそのような発言をするはずがないのだが……これも反抗の一つ、ということだろうか。

 

「簡単に命を投げ捨てることは許されない。お前もまた、生き延びねばならないのだ。そのために強くなれ」

 

「うん」

 

 決意深く頷いたルイの姿を見て、今日のところはこれでいいだろうと猫っ毛のやわらかな髪を撫でる。

 

「そうだ、父さん。オレさ、髪の毛を切ろうと思ってるんだけどいいよね?」

 

 ルイが髪の毛を切れば、キキョウが1週間は叫び続けることだろう。

 

 ピクピクと目の端が痙攣する。

 

 シルバは悩んだ。

 

 息子は今まで要望などしてきたことがない。快くいい、と頷いてやりたいところだが、実害が大きすぎる。

 

「……なんだ、俺も長髪だが特に困ったことはないが、お前は……何か不都合でもあるのか?」

 

 困ったシルバは我が子に迂遠な拒否をする。

 

 賢い我が子であれば確実にシルバの意図に――髪の毛を切らないでほしいという願望を読み取ってくれると思って。

 

「単に邪魔なだけだよ。ママがうるさいから、任務で切れたことにしようと思ってる」

 

「そんなことをして、キキョウが報復に行ったらどうするんだ」

 

「報復も何もオレがターゲットを殺すんだから報復する相手はいないし問題ないよ」

 

 何言ってるの、と無感情に返されてシルバはそうだな、と威厳たっぷりに同意した。

 

 虚構の威厳であった。

 

 キキョウの言う通り反抗の感情、つまりは自我が目覚めたことにより、シルバの願望はしっかりと無視された。

 

「ほら……親父がジジイと呼ぶマハを見てみろ。

 楽しもうと思っても楽しめなくなる時が来るんだ。今くらいは長髪でもいいんじゃないか?」

 

「もしかして、父さんの髪が長い理由ってそれなの? 意外だね。

 オレはいいよ。ハゲたら潔くスキンヘッドにするから」

 

 ハゲた親族を傷つけ、ハゲる前に長髪を楽しんでいるレッテルを貼られたシルバは、ちょっと傷ついた。

 

 これ以上醜態を晒すわけにはいかぬと、鷹揚に頷いた。

 

「そうか。ならば、俺は構わん」

 

「ありがと。父さんがダメって言うならやめとこうと思ってたんだけど、そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあそろそろ修行の時間だから」

 

 そう言ってぴょこんとソファから飛び降りたルイは美しい銀髪をたなびかせた。

 

 

 アナタ!!!!!! どうしてルイちゃんを止めてくれなかったの!!!!!!!

 

 幻聴が鼓膜をワンワンと刺激する。

 

 子どもに手のひらで転がされたこともあり、今更発言を翻すのはダサいとソファに座り込んだまま項垂れた。

 

 決して誰にも見せられない、大きな情けない後ろ姿であった。

 

 

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