ゾルディック家のブラコン長男 作:見切り発車丸
ゾルディック家サイドをちょろっと…
朝晩冷え込むククルーマウンテンの頂上に位置するゾルディック家。広大な屋敷の大食堂では山の気候よりもなお一層冷え込んだ夕食会が開かれていた。
マハ以外の家族が揃って夕食を取っている。
寡黙な当主に、だんまりを決め込んだ妻、自ら会話を主導をすることはない前当主と、幼い子ども。本来これくらいの年齢の子どもであれば落ち着いて食事をとることは難しかろうが、厳しくマナーを叩き込まれたイルミはフォークとナイフを使いこなして落ち着いた姿で静かに食事をとり続けている。
ルイともども一般的な子どもからかけ離れた子どもたちであるのだが、異質な2人しか知らぬゾルディック家夫妻は、その事実を知らない。
形骸化した悲しい夕食会は、ルイがいなくなってからもだらだらと続いていたが、各々にとって苦痛を伴う時間となっていた。
そも、この時間に集まると当主が定めたものではない。
本当に嫌ならば、マハのように夕食を別にとればいいだけ。
参加せねばいいだけなのだ、各々が。
それでも皆が足繁く食堂へと通ったのは、ゾルディック家にはあまりにも異質な太陽のような存在を皆が望んでいるからだ。いつか帰ってきたそのときのため。それはどこか願掛けにも似ていて。
この食事会をなくしてしまったならば、ルイの存在もまた諦めることと同義であるかのように感ぜられていたのだ。
ルイがいた頃は、口のなかに物が入っているときくらいしか話していないときがなかったキキョウが、背筋をぴしりと伸ばして黙々と食事を続けている。
ゼノとシルバは我関せずと自らの食事にだけ向き合っており、イルミは時々ピリリとした念が母親から発せられることに反応して、ちらりと隣に座る母親を見上げる。だが見た目の変化は分かりづらい。なにせ顔のほとんどを包帯で隠しているし、目にはゴーグルをつけている。見た目は楚々としているのに、荒れ狂った彼女の纏は言葉にできぬ彼女の激情をこれでもかと示していた。まだ念を覚えていないイルミに念は見えていないはずなのだが、脳面のような無表情をわずかに険しくする。
痛いほどの静けさが食堂内に重く立ち込めている。
空気を読んでか読まずか、話し出したのはイルミだった。
「ママ、なにか知ってる? ここ数日、なんだろう……空気がうるさい」
未だ念を習得していないイルミではあるが、キキョウから発せられる感情のままのオーラを感知していた。
様子がおかしいでもなく、いつもと違うでもなく、空気がうるさいと形容したイルミに、シルバとゼノは視線を交わす。
ルイほどではないが、暗殺者として一流になれるほどの才能を感じさせるイルミ。
シルバとゼノは同じようなことを思った。
これだけ幼いのに他者のオーラを感知できているらしい、と。
「ねぇ。ルイにぃはまだ見つからないの?」
言外に本当は見つかっているんでしょう? とイルミは尋ねているようであった。真っ黒い瞳は母親ではなく、真っ直ぐ父親を見つめており、眼光鋭いシルバは顔だけをイルミへ向けて、射抜くようなその視線を受け止めた。
キキョウの念が爆発的に練り上げられ、彼女の衣服が風もないのに揺れる。
「ねえシルバ……私、実は知っていますのよ……?
ルイちゃんのこと、何かわかったんでしょう……?
お義父さまと話していらっしゃいましたわよね……?」
キキョウは椅子に座ったまま、押し殺したように小さな声で言った。口元を覆うためにゆるゆると持ち上げたセンスは小刻みに揺れている。
バキリ、と彼女が握っている根本からセンスが折れた。隠されていた彼女の唇は、真っ白になるほどに噛み締められていた。
当主を立てねばならない。だからずっとキキョウは我慢していたのだ。いや、いまもなお我慢している。
イルミはそんなキキョウの様子を横目で確認しながらシルバに言う。
「ママの空気がうるさくなったのはここ2〜3日のことだし――それくらいの時期に父さんたちはルイにぃのことを掴んだんじゃないの。でも父さんたちの顔を立てて、ルイにぃのことを聞きたい気持ちを我慢してるんだろ。
秘密主義もほどほどにして、ママの気持ちも考えてあげたら?」
イルミらしからぬ母親を案ずる発言に、キキョウが震える。
生きて疑わぬ発言のイルミだが、本当に生死すらわからなかった。
正確に言えば、ルイが生きているという情報は、ルイの友人だと名乗る者から知らされていた。だが大きく信憑性に欠けていた。そして、その友人とやらもルイの居場所までは掴んでいない様子だった。
生きているのは間違いない、とだけご丁寧にもゾルディック家に知らせてくれたのだ。
使用人にその発言の背後を洗い出させていたところ、偶然にも流星街でルイらしき者を見つけたのだった。
もしもそれがルイならば、なぜそのような場所に。そして、拘束されているわけでもないのにどうして帰ってこないのか。
本当にそれがルイなのかはまだ判明していないが、使用人の話ではルイに瓜二つで本人である可能性が大いに高いとのことだった。
正確な情報がわかるまでは、とシルバはゼノにしか伝えていなかったのだが、キキョウが盗み聞きしていたようだ。おおよそ使用人の一部に監視カメラなりを仕掛けていたのだろう。
イルミにはカキンの一連の事件は一切合切知らされていない。
イルミにとっては、兄が突然消えて、家族もまた隠れて忙しそうに活動していただけのことだ。
突然帰ってこなくなった兄に対して思うところはあったが、心配はしていなかった。今回の不在は長いなくらいにしか思っていなかった。
あの兄がそう簡単に死ぬはずがない、とイルミは心から思っていたし、自分のことを溺愛している兄がそう簡単に自分を捨ててどこかへいくとも思っていなかった。
跡取り息子をまんまと誘拐された報復のためにゾルディック家が一丸となって国潰しに暗躍していたことを、幼いイルミが知ることはこの先もない。その理由は単純。幼さゆえに
幼いイルミではなく、それなりの伝手を持つハンターが能動的に情報収集をしても、この件に関する情報の片鱗しか見つけられぬことだろう。そしてその片鱗でさえも、巧妙なフェイクニュースで隠されて真実は見つけられない。
一部の情報屋から噂話程度の信ぴょう性しかない事実は得られたとしても、噂話を真実へと格上げするだけの材料は抹消されている。
暗殺者として徹底的に教育されているイルミは、基本的に余計なことは聞かない。
この件に関して調べる素振りすら見せていないので、ルイは何があったのか、家族がどうしてここまでピリピリしているのかを少しも知らない。
ルイと他の家族とでは、少しばかり温度差があるのだが、本人たちは気づいていない。
「オレは父さんたちが言うまで待ってようと思ってたんだけど……
ねぇ、父さん。ルイにぃはどうして帰ってこないの?」
居場所はわかったんでしょう?
確信に満ちたイルミの問いかけに呼応するように、キキョウがテーブルに半身を乗り出す。追撃する準備は万全の様子だ。
隠すよりも今ある情報を開示して、次の一手を取るのがベストか。
そう決断したシルバは、ルイに関する情報を開示することを決めて情報を頭のなかで整理する。
情報を話す前に、イルミに釘を刺す。
「ああ、その通りだ。ルイらしき者の居場所は掴んだ。
だがイルミ。キキョウが爆発しそうだから、と尤もらしい理由で母親の感情を操るのは悪手だ。
お前は、自分がただ知りたかっただけだ」
シルバが言う。
イルミは一瞬だけ瞳にギクリと緊張を走らせたが、真っ向から瞳の奥を覗き込んでいるシルバだからこそ気づいたもので、側から見ればきょとんとした顔のまま、何も知らない様子である。
イルミの本質は、利己的な策士であるとシルバは見抜いている。
母親の感情が爆発してしまいそうだから代わりに自分が、だなんてかわいらしいことする子どもではない。
「確かに、いずれキキョウの我慢は限界になっていただろう。お前がそれに
キキョウの我慢の限界がいつなのか、そしてどのタイミングで俺にルイのことを訊くかはわからなかった。だから、お前はキキョウの感情を煽った。
尤もらしい理由をつけて、結局お前は俺からその情報を知らされるまで待てなかっただけだ。それをそうと俺に悟らせることこそが、悪手だと断ずる理由だ。理解できるな?」
「……はぁ。そうだね。オレの性格でママを理由にするのはいい手じゃなかったかも。次はもっとうまくやるよ」
一つ頷いたシルバは改めて口を開く。
キキョウは幼いながらに狡猾な手腕をみせたイルミに感動し、口元を抑えて感動に震えている。
「別件で動いていた使用人が、たまたま流星街の外れでルイのような者を見つけたらしい。
もしもルイが生きていて、障害がなくなればすぐにでも家へ帰還すると想定していたが……どういう訳か、その場所に自らの意思で留まっているようだ」
一頻り感動を終えたキキョウは、ルイの話題で我に返り叫び出す。
「ルイちゃん、ああルイちゃん……!
生きているならば、どうしてすぐに帰ってこないの?! まさかまだ奴らの……」
そこまで言いかけて口を閉ざしたのは、シルバから殺気の込められた視線を向けられたからだ。カキンの件は他言不要である。キキョウは冷や汗を流して息を詰まらせた。
これに関しては、聞いてはならない。そう正しく理解したイルミは何事もなかったかのようにシルバへと問いかける。
「身体的に拘束されているでもないのなら、どうしてルイにぃは帰ってこないの?」
「さあな。帰ってこれない事情があるのか、それとも帰ってこないことを自ら選んだのか」
「……帰ってこないことを、選んだ?
…………オレを置いて?」
ガンと頭を殴られたような衝撃。
黒いイルミの瞳が闇に染まる。
――ルイのような者をたまたま見つけただけで、ルイとは断定できていない。姿形が似ているだけで、赤の他人かも知れない。なにせあの“ルイ”が知り合いを見つけて何のアクションも起こさないはずがないだろうからな。だから俺たちは――
シルバのその声は、イルミのなかで意味のない情報として流されていた。
ルイにぃが、オレを置いてなにかを優先する?
事実はわからない。
だが、そのようなことも起こり得ると認識したことは、幼いイルミの世界がひっくり返るほどの衝撃であった。
ルイにぃに、オレよりも大切な存在ができるかも、できたかもしれない?
それはとても許し難いことだ、とイルミは強く思った。
胸の奥に墨汁が落とされたように、黒く澱んでいくのを感じた。