ゾルディック家のブラコン長男 作:見切り発車丸
訪問者
外に出れば、何者かの視線に晒される。
それを煩わしくは思わないが、気には留めていた。
診療所から出たルイは、いつも通り浴びせられる視線に反応し、そちらの方向へと目を向けた。
ルイは他者からの視線に敏感だ。気づいていながらも気づいていないふりをずっとしていた。
今までずっと気づかぬふりをしてきたが、ここ最近ずっと、あまりにも熱心に視線が送られるものだから、ルイは渋々その方向を見やった。
泳がせていたが、手を出してくるでもない。ただただずっと見ているだけだ。ルイが移動すれば一緒についてくる。だが手は出してこない。監視が目的なのだろうが、誰に命じられたのだろうか。
イサクからは人間離れしているとお墨付きを貰う視力は、遠方からルイを観察している人間をしっかりと捕えた。
ぴっしりとした黒スーツに身を包んだ人間だ。歳は20代中頃だろうか。
その服装から、マフィアだろうかと考える。反射的にそう思ったが、もしもマフィアならば、その身のこなしから下っ端ではなさそうだと判断する。だが、マフィアのそこそこ偉い立場にいるならば、ルイを自ら監視するのではなく下っ端に言いつけるはずだ。
どこの誰かは分からぬが、ルイが視線で捉えたその人は、ルイと目線が合ったことに気づき、目を瞠った。両者しばし見つめあった後に、ルイが視線を逸らして終わる。視線は今もなお、ルイへと注がれている。
こうして目が合ったにも関わらず、それを向こうが認識してもなお、向こうは何のアクションも起こさず監視を継続している。
厄介ごとに巻き込まれたくはない。自分一人の時であればいいが、イサクがいる診療所では特に巻き込まれたくない。
向こうが手出ししてくる気がないのであれば、このまま放置するのがいいか。もしくは、先にこちらが仕掛けて芽を摘む方がいいか。
悩んだルイは一旦その選択を保留にし、踵を返して診療所へと戻った。
それよりもやりたいことがある。クロロに迫る時間制限もあるし、こちらの用事を優先しよう。
診療所の実験室(といっても、実際は薬品倉庫である)へと引きこもり、思考を切り替える。
ルイには未だ発がない。記憶にないだけでもしかしたら発がある可能性もゼロではないのだが、ルイの
能力の詳細は未だ決めかねているが、オーラを具現化して薬の形態にすることを考えていた。
特質系に近い具現化系寄り能力になるだろう。
能力名は
毒も薬も、同じ化学物質である。
化学物質を多量に摂取することができるルイの特異体質を以ってして、この能力――
化学物質を摂取していれば摂取しているほど、ルイのなかに化学の知識が多く、深いほど、強い効果を持つ
薬を服用すれば傷を癒やし、病を治し、身体を万全にする効果をもたせたい。
その効果をもたせるために、ルイはいくつか制約を考えていた。
オーラの形態のままで同じ効果を出すことはできない。対象に認識させるためにも、錠剤であったり、シロップであったり、何かしらの医薬品を思わせる形にする。
また、無くなった部位の再生はできない。
万全な状態へと変化させるだけで、欠損した部位が生えてくることはありえない。
そして
医薬品は毒薬としての側面も持つ。これを用いて攻撃に使用すれば大きなアドバンテージになるだろう。この大きすぎるアドバンテージを一切封じることによって、強力な制約となる。
さらに、こうすることで肉体を害する――逆に作用する力をも強制的に身体を良好な状態へと変化させるエネルギーとすることができるはずだ。
肉体を、あるべき万全な状態へと変化させる。
これが通常の効果の
すでにこれだけでもルイが思う能力は出来ているのだが、抜きん出た才能はさらにもう一歩
ルイは本能的にそのことを察知し、この薬が肉体に作用するという点に注目した。
怪我を癒すことができるのならば、身体を一時的に成長させたり幼くさせたり、肉体にブーストをかけたり、思考を加速させたりもできるのではないだろうか。
できる、と思った。
念能力はできると思ったことは基本的にできるものである。
しかしながら肉体に様々な効果をもたらそうとすると、リスクが発生する。
老人を成長させれば死んでしまうし、赤子を幼くさせれば消えてしまう。肉体にブーストをかけすぎて、筋繊維が千切れて物理的に動けなくなってしまうかもしれないし、思考を加速させすぎれば廃人となってしまうかもしれない。
どれほどの能力を込めれば、どれだけ肉体に作用するか。そしてその効果はどれだけの時間続くのか。これらを込める念の量で変化させるか、必ずこうなる、とあらかじめ定めた能力にするのが賢い手だろうか。
まだまだ実験や、能力へと落とし込む時間が必要だ。
もし、その程度を見極めて都度効果を出させることにすれば、その調整はルイの匙加減となってしまい、自由が効く反面、どうなるか完全に予想できないために、とてつもないデメリットとなる。
人を傷つけないという制約を破ればルイの体内のオーラは枯渇することとなる。そう誓約するつもりだ。――すなわち、死ぬのだ。
裁量を間違えば死ぬ。ならば、当初の予定通り必ずこういう状態になる、と事前に定めた能力にするのが無難か。
そもそもどうして人を癒やす方向に特化した能力にしようと思ったのかというと。
イサクが無償で人を癒やす姿を見て、触れて、記憶は思い出せないままであるが、ルイは自らのなかに人を癒したいという強い願いがあることに気づいた。正確にいえば、
焦りにも恐怖にも似た強い願望があったからだ。
身体能力や戦闘能力から考えれば、日常的に戦わねばならない環境にルイはいたのだろう。
記憶をなくしている今、戦闘面では一切役に立たない能力を作ってしまうことが今後の人生において大きな枷となる可能性は否定できない。
だがルイはこの能力の方向性で考えていた。顕在しない無意識下での
能力の実験のために、いつも通り毒を煽る。
これは外部から手に入れたものだ。マフィアが当たり前にうろついている流星街では、違法なものは一般社会よりも手に入れやすい。なにせ治安を守る警察のような存在がいないのだ。隠し物をするにもそこそこ適した場所であろう。そこそこ、というのがミソだ。
ルイが致死量の毒を煽っていることなどまるで知らないイサクは、いつも通りルイが化学の実験に励んでいるものだと思い、にこにこ笑顔でひょこっと顔を覗かせた。
「ルイ、お客さんだ」
この時間は通常通り診察をしていたはずのイサクだが、わざわざルイを呼びにきてくれたらしい。
顔だけを廊下から覗かせている。
仕掛けてきたか、とルイは心のなかで身構えた。
先ほど診療所の前で見た黒服の人間か、それともその者に命じていた者か。
なんにせよ、会ってみないことには分からない。
そう思いつつ、席から立ち上がったルイにイサクが言う。
「幼そうな女の子だったよ。入ったところの椅子で座って待ってもらっているからね」
女の子?
先ほど見たのは成人した人間だった。間違っても幼女ではない。だからきっとルイを監視していたあの人物が診療所にやってきたのではないのは間違いない。
そして、ルイに幼女の知り合いはいない。少なくとも記憶のなかでは。
小首を傾げながら玄関へと向かう。
玄関を入ってすぐのところに設置されたベンチに、ちょこんと幼女が腰掛けていた。それほど高いベンチではないのだが、地に足が付かず、ぶらんと垂らされている。背筋はきちんと伸びていて、脚をぶらぶらと遊ばせることもしない。チグハグな印象の幼女だった。
理知的な瞳が真っ直ぐにルイへと向けられる。どうしてだろう。この幼女に見覚えはないのに、深い紫色をしたその瞳には不思議な既視感があった。
「久しぶりだ、ルイ=
この姿だと分からないだろうか。お前とは一度会ったことがあるんだが」
幼女は、まるで老婆のように嗄れた声でそう言った。
ゾルディック。
その単語を聞いた瞬間、ルイは記憶と記憶が一斉に手を結び、電気信号が全身へと流れていくのを感じた。
「わたしはセレネ。そろそろわたしの力が必要になるはずだ」
セレネと名乗った幼女はぴょこんと椅子から降りて、確信に満ちた様子でそう言った。