ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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誰かのために

 

「あっ、ルイさん!」

 

 大声をあげ、天高く手を掲げてルイへと手を振るのはクロロ。

 待ち合わせた時間よりも15分ほど早く来たのだが、それよりも前から待っていてくれたようだ。

 クロロの隣には金色の髪の毛を短く刈り上げた少女が立っていた。クロロの隣でじっとルイを見据えている。

 

 ルイは軽く手を挙げてクロロに応えた。

 

「来たよ、パクちゃん。あの人がルイさん。

 ルイさん、この子はパクちゃん。今回のことを聞いて、パクちゃんも手伝ってくれるって。

 早速秘密基地にご案内しますね。着いてきてください!」

 

 ニコニコ顔でルイの手を引くクロロとは正反対に、金髪の少女の視線は鋭い。

 目は口ほどにものを言う、というが、まさにそれだ。

 

「ちょっと待て、クロロ。……その前にこちらの小さなレディにご挨拶しても?」

 

 クロロやマチたちと同年齢くらいの幼さではあるが、可愛い女の子とは称しづらいクールさのある子だった。

 

「あっ、そうだよね。

 ごめんなさい。ついつい気持ちが逸ってしまって」

 

 てへへ、と舌を出すクロロ。

 早く目的地に行きたくて仕方がないらしい。

 

 道中それとなく話を振ろうかとも考えたが、ルイへのあからさまな敵意を視線から感じる。そのため、クロロに仲介に入ってもらった方が良いだろうと踏んだ。

 

 お互いの自己紹介を簡単に済ませたあとにルイたちは歩き出した。

 最初に食事をしたあと、再び診療所を訪ねてきてくれたクロロとルイは約束をした。

 

 次に会うときに、クロロの秘密基地に案内してくれるとのことだった。

 

 そして今日がその約束の日だった。

 

 別に誰を連れてきても構わないが、ルイはクロロが誰かを連れてくるとは思っていなかった。

 前もって、家族に絡む話をすることになるとは伝えていたからだ。親のことは親しい友人にも話す予定はなかったし、ルイにも話す予定はなかったと言っていたから、他に誰かを呼ぶとは思わなかったのだ。

 

 会ったばかりの人間には話しているのに、親しい友人には話していない、という状況が嫌だったのだろうか。

 真面目なクロロならばそう思うかもしれない。

 

 なんにせよこの子は、クロロのナイーブな部分を見せても良いと心を許した子なのだろう。

 

「オレの名前はルイ。

 クロロには今日、秘密基地に案内してもらうって約束なんだ」

 

 ルイのほうがずっと背は高い。少しばかり屈んで挨拶をした。

 少女は視線こそこちらに向けているが、身体はクロロの方を向いている。

 

「パクノダよ。あなたの名前は知ってたわ。

 あなたがクロロと出会ったときのことを、クロロから何回も聞いてたから」

 

 固い声色でそう言われる。視線はなんとなく冷たい。

 まるで覚えがないのだが、知らぬ間に嫌われるようなことでもしただろうか。……会ったばかりなのに?

 

「ルイさんのことをパクちゃんに話したら、パクちゃんも一緒に行きたいって。

 パクちゃんにも僕の母のことは少し話したので……そしたら今回の作戦にも協力してくれるって。

 ルイさん、大丈夫でした?」

 

「もちろんオレは構わないけど……」

 

 警戒心が足りなさそうなクロロの代わりに、パクノダが警戒しているのだろうか。

 

 パクノダはクロロの死角でいやに鋭い顔をしている。

 切れ長の瞳がキツく細められているのにクロロはまるで気づいていない。ポヤポヤとした笑顔を浮かべて街の外れへ向けて足を進めている。

 

「パクちゃん、だっけ?」

 

「パクちゃん? ……パクノダよ。あなたとは初対面だと思うのだけれど」

 

 音が鳴りそうなほどに鋭く睨みつけられる。パクノダは少女ながらにキツめの綺麗な顔立ちをしており、冷たい表情が実に様になっていた。

 

 金色のハリネズミみたいにトゲトゲしい。ルイは思わず笑ってしまった。

 

「パクノダちゃんね、ごめん。

 パクノダちゃんはクロロのお友達?」

 

「そうよ」

 

「オレにも一人マチっていう友達がいるんだけど、パクノダちゃんたちはいつも何人くらいで遊んでるの?」

 

「そのパクノダちゃん……っていうの、なんだかむず痒いから、ちゃん付けはしなくていいわ。

 それに、私たちが何人でいるかなんて知ってどうするつもり?」

 

「……パクちゃんどうしたの? 何か怒ってる?」

 

 あまりの剣幕に驚いたクロロがおずおずと振り返ってそう言う。

 

「いいえ、全く怒っていないわ。

 …………私、そんなに怒っているようにみえた?」

 

「うん、とても。パクちゃんがそんなに怒っているところ初めてみた。もしかして今日、他になにか大事な用事でもあった?」

 

「……ううん。違うの。なにも用事はないわ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「……私の方がずっとクロロと付き合いが長かったのに、見ず知らずの人に秘密を打ち明けて、私には話してくれていなかったのが寂しかったのかも」

 

 寂しそうに視線を落としてパクノダはそう言った。

 

「ご、ごめんよ……」

 

 しゅん、と小さくなるクロロ。パクノダはそんなクロロの背中を見て、仕方がないわねという風に瞳を細めた。

 

「あのね、パクちゃん。

 ルイさんはなにも悪くないから、怒るなら僕に怒って」

 

 やわらかな声色で懇願するクロロにパクノダは「もう怒っていないわ」と首を振った。

 

「ルイさん、ひどい態度をとってごめんなさい」

 

 丁寧に頭を下げてくるパクノダに、ルイは片手を挙げた。

 

「いいよ」

 

 素直に謝れるなんて素晴らしい。

 自分の感情の折り合いがうまくつかなくて、ついつい相手に当たってしまうことはあるだろう。それが子どもならば尚更だ。

 自分の怒りの原因をきちんと口にして、自らの態度に非があると認めたならばすぐに謝ることができる。子どもとは思えないほどに上出来じゃないか。

 ルイは大人になってもそれを出来ない人がいることを知っている。

 

 達観したルイはもはや親のような目線でパクノダの頭を撫でた。ハリネズミのような髪は、チクチクした見かけとは裏腹にビロードのようにやわらかな手触りだった。……これは癖になりそうだ。あまりの手触りの良さに、さわさわさわさわ撫で続けていると、クロロになんとも言えない顔で見られた。可愛い幼馴染を撫でくりまわされて、いい気がしないのかもしれない。撫でられている本人であるパクノダは不思議そうな顔をしていたが、わずかに白い頰が色づき、少しばかりうれしそうだ。

 

 険悪な雰囲気も払拭されて、改めて歩き出す。

 住宅街からはかなり離れた場所にクロロたちの秘密基地はあった。

 

 見かけは住宅の廃墟郡だ。廃墟のうちの一つにクロロたちは周囲に人がいないかどうかを確認した後に入っていく。

 

 中は思ったよりも綺麗にされている。埃を被っていないカーペットを捲ると、床に扉があった。クロロが扉を開くと、地下へと続く階段が現れた。

 懐中電灯で照らしつつ、クロロが先頭を歩いていく。

 

 地下は外よりも冷んやりとしていて、少しばかりカビ臭さはあるものの、綺麗に清掃されており、いくつもの物資が運び込まれていた。きっと収集してきた物の保管場所にもなっているのだろう。

 

「すごいな、思ったより本格的な秘密基地だ」

 

 ルイの静かな感嘆が地下に響く。

 

「そうでしょう?! 食べ物もあるから、お腹が空いたら教えてね」

 

 クロロは満面の笑みで鼻高々な様子である。

 パクノダはそんなクロロを見て嬉しそうにしている。ルイは二人の空間に踏み込んで良かったのだろうかと思いつつ、勧められた椅子に腰掛けた。

 

「さて、早速本題に入るんだけど、クロロはお婆さんとクロウを会わせたいんだよね?」

 

「うん、そうしたい。

 でももうおばあさんは永くないし、クロウという名前だけではその人を見つけることはもう出来ないと思う」

 

 一拍おき、クロロは深呼吸のあとに潤んだ瞳でルイをまっすぐ見つめた。

 

「……きっと見つけられないってわかっている。

 けれど、なんとかしたい。あれほど焦がれているんだ。おばあさんとクロウさんを一目だけでも会わせてあげたい。

 ……僕がおばあさんにしてあげられることなんて、それくらいしかないから。あとは、母と一緒に看取ることしかできない」

 

 この場で、ルイだけは知っている。

 その母もまた老婆とともに消えてしまうことを。

 そうなったら、クロロはどう思うだろうか。

 突然消えた母と、訳ありの老婆。遺体を見て、消えた母の痕跡すら存在せぬことに困惑して、それから――聡い子だから、あの老婆こそが自分の母だったのだと気づくだろうか。

 

「パクちゃんも最期は一緒にいてくれるって。ね?」

 

「ええ。わたしから乳母衆に話をすれば、きっと簡素な葬儀くらいは挙げてくれるはずだから……」

 

 気遣わしげにクロロを見るパクノダの眼差しはどこまでも優しい。

 

 クロロの親は、クロロを捨てたのだ。それなのに子が親へ捧げるのは無性の愛で、それがルイは悲しかった。

 

 親から子どもへと注がれる無性の愛なんてよく聞くが、人間に限っては反対だ。子が親へと無性の愛を注ぐから、親は子をより一層愛するようになるのだ。子を育てているうちに親としての自覚が遅ればせながら芽生えてきて、そうして親になっていくのだ。動物の本能から離れた人間は、大切な生命を後世へ紡いでいくという動物の本質さえも見失いかけている。

 

 捨てられたにも関わらず、親を、そして親が連れてきた老婆を想う子どもの愛情の報われなさが悲しい。

 

 ルイはあえて冷えた表情を浮かべつつ、厳しい口調で言った。

 

「最初に言っておくが、実際にクロウを見つけてここに連れてくることは出来ない。

 けど、オレはクロウのことを少なからず知っているし、クロウからクロロの母親の話を少しだけ聞いている」

 

 嘘だ。ルイはクロウをこの場に連れてくることができる。

 だが、しないと決めた。

 

「ええっ?!?! 本当に?! ……すごい!!

 こんな奇跡ってあるんだ!」

 

 クロロとパクノダは飛び上がって喜んだ。小さな二人が手を取り合って、きゃっきゃと喜色満面に喜んでいる姿がどうして、胸が痛い。だが心臓はいつもと変わらぬペースで鼓動を刻んでおり、表情はひとつも変わらない。目には見えない心の部分が痛んでも、ルイの見かけにそれは一切情報として現れない。

 

「オレが思うに、そのお婆さんはクロウのことをあまり覚えていないだろう」

 

「うん? でも、おばあさんは毎日のようにクロウって呼んでるよ?」

 

「お婆さんは、クロウと親しくはなかった。ろくに話したことすらなかったはずだ」

 

「そんなことって……あるの? どうして親しくもなかったのに、毎日のように名前を呼んでいるの?」

 

 クロロは純粋に不思議そうな顔でそう言った。パクノダは少しばかり想像がつくのか、眉根を寄せて黙っている。

 

「執着、と呼ぶのが正しいだろうな。彼女はただ、クロウという偶像を追いかけているだけだ。クロウ自身のことは見えていない。

 クロロの実際の父親はクロウではないのに、そうだと思い込んでいたんだろう? きっと良く似た他人をクロウの代わりにしようとしたか、もしくは」

 

 そこで言葉を切り、ルイはじっとクロロを見つめて考えた。

 子どもにこの話は酷だと、思った。

 しかしながら真っ直ぐにルイを見つめるクロロの瞳は、純粋な疑問と好奇心が溢れんばかりで、ルイの言葉の続きを求めていた。

 

「クロウと似た他人を見つけて、クロウとよく似た子どもを作ることだけが目的だったか。

 オレの言っていること、わかるか?」

 

 理解できなければ、それでいいとルイは思っていた。クロロのちいさな頭のなかではしっかりと情報が処理されて、ルイの発言の意図に思い至ったようだった。

 

「…………うん。わかるよ。

 嘘の子どもを――僕を口実にして、クロウさんに近づこうとしたんだね」

 

 あえて言葉にしなかった部分をクロロは静かに補足した。まだ幼く、大人からの擁護を必要とするというのに、クロロの飛び抜けた賢さがそれを許さない。きっとこれから歳を重ねれば、彼はもっとそういった苦労を重ねていくことだろう。

 

 ショックを受けたらしいクロロは、しかしながらすぐに表情から悲痛の色を消した。瞬く間のことであった。先ほどと変わらぬ平生を完璧に装った仮面でパクノダを見る。己の感情に蓋をするのには慣れている、といわんばかりに見事な偽装だ。

 

 パクノダは気遣わしげにクロロを見て、その表情がいつもと寸分変わらないことに安堵したようにわずかばかり吐息を漏らした。

 

 ルイだけはその表情の変化を見ていて、心から哀れに思った。子どもがただ子どもでいられないことが、とても悲しいことだ。

 

 ルイは過去の記憶を少しずつ思い出している。ゾルディック、という単語を皮切りに、頭のなかに閉じ込められた記憶の箱の蓋が開き、徐々に光景が浮かび上がってきた。

 

 記憶は完全ではない。それでも、なにかとてつもなく大切に思う存在がいたことは思い出した。

 

 きっとそれは、クロロやマチ、パクノダみたいな純粋でやわらかで尊い存在だった気がする。

 

 不安定な記憶。手に届かない記憶に焦がれながらも、ルイは意識を現在へと戻す。

 

「つまり、だ。話を戻すが、クロウ本人を連れて来なくても、お婆さんはクロウのことをきちんとは認識していないから、クロウに姿形が似ていて、それっぽい振る舞いをしていれば、クロウだと思わせることができる可能性が高い」

 

「それはつまり、おばあさんを騙すってこと……?」

 

「そうだ。

 そりゃあベストはクロウ本人を連れてくることだろう。だが、時間がそれを許さない。

 もしもクロロが最期に偽りであっても幸せな夢をみせてやりたいと願うのならば。

 看取ってやるだけで十分だとオレは思うけど、なにも出来ないことの歯痒さはわかる。だから提案したんだ。どうするか決めるのはクロロだ。

 どうしたい?」

 

「もしも。……僕がおばあさんに夢をみせてあげたい、って言ったら、どうするの……?」

 

 おずおずと尋ねてきたクロロに、ルイは真っ直ぐ視線を合わせ、もったいぶらずに答えた。

 

「クロロ、お前がクロウを演じるんだ。

 見た目はもともと似ているから、あとは彼女の能力でどうにかできる。声色や話し方なんかはすべてオレが教える」

 

 クロロがクロウとそっくりの姿形をしているからこそ、この方法は使える。

 

 ルイは当初、新しい能力をなんとか間に合わせてクロロの年齢を操作しようと考えていた。そこに、まるで全てを見ていたかのように彼女が現れたのだ。

 

「彼女、って?」

 

「お前も知ってる人だよ。クロロ」

 

 つい先日、ルイのもとを訪ねてきた幼女――セレネである。

 

 

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