ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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禍根を乗り越えて

 

 クロロとセレネたちを引き合わせたのは、秘密基地から外れた屑鉄置き場であった。滅多なことでもない限り人通りはない、とはセレネの発言だ。

 

 ルイとセレネはそこを待合場所として、事前に取り決めていた。

 

 詳しい制約は聞いていないが、セレネには予知の類の念能力があるらしい。その能力に付随する能力で、人の年齢をある程度変えられるそうだ。

 どんな能力なのかかなり気になったが、人の能力を根掘り葉掘り聞くのは趣味が悪い。観察して推察するしかないだろう。

 

 セレネのすぐ隣には、約束どおりの瓜二つな少女の姿があった。本当に驚くほどに彼女に瓜二つの幼い女の子。事前の情報によれば、彼女がセレネの双子の姉ルーナなのだろう。

 

 ルイが実際に見るのはこれが初めてのことだ。

 能力を発動するには必要不可欠な存在であるらしい。

 

 セレネとルーナはぴたりと寄り添って立っている。どちらがどちらなのか、ルイは磨かれた観察眼で見分けることができたが、一瞥しただけでは大抵の者がわからぬことだろう。

 

 ルーナは耐えきれぬようにわずかばかり眉根に皺を寄せている。

 セレネは冷たい無表情を貫いている。

 

 クロロは幼い二人の少女を目にして、瞳をまんまるにして驚いていた。

 

「あ、えと……セレネさん。僕のことをずっと援助してくれていたと、命を救ってくださったと義父(ちち)から伺っています。

 まさかこんなにお若いとは思っていなくて……」

 

 この世界において、人の見かけと年齢とは必ずしも一致しない。幼くしてそれを知るクロロは丁寧な敬語でセレネたちに頭を下げた。

 

「僕のことを助けていただいて、今までもずっとお金を送ってくださって、本当にありがとうございます。必ずいつか恩返しさせていただきます。

 ずっとお会いしたいと思っていたんですが……まさかこんな形でお会いできるとは思ってもみませんでした」

 

 キラキラとした瞳でセレネたちを見つめながら、丁寧に言葉を綴っていくクロロ。

 それに答えるセレネの言はない。冷たい表情のままずっとクロロを観察している。

 

 眉根を寄せたのはパクノダだ。

 ルイはその様子を少し離れたところで見守っていた。

 

 セレネたちとクロロの関係性は歪だ。

 セレネの双子の姉であるルーナには愛する娘がいた。その娘の配偶者がクロウだ。

 娘夫婦の関係を滅茶苦茶に壊した女の息子が、クロロ。

 

 クロロに罪はない。

 なんの罪もない真っ白な赤子だ。

 

 しかしながら親が憎ければ子も憎く感じるのが人間というもの。

 

 そうでなければ犯罪者の家族が世間から強く叩かれる風潮などないはずだ。

 当事者ならばまだわかる。当事者でもなんでもない、事件になんの関わりもない人間までもが、歪んだ正義の名の下に私的な刑罰を与えてもよいと免罪符を得たかのように犯罪者家族を叩く。

 

 世にはそのように動く人もいることを知るルイは、自分にはない感性を不思議に思っていた。

 そして、そういうものなのだ、とも受け止めていた。

 

 

 ゾルディック。

 

 セレネから発せられたその単語を聞いて、稲妻にでも打たれたかのように、自分もまたそのような扱いを世間から受けることになる暗殺者一家なのだと悟った。

 全てを思い出してはいないが、頭のなかに大量の写真や映像が無作為に上映されて、あまりの情報量に脳がショートしそうだった。

 

 自分は、暗殺者だった。

 

 人を殺すことで金を貰っていた。

 そんな自分が医学を学んでいただなんて、酷い皮肉だ。

 自分の手は人を癒すには血に濡れすぎている。

 

 ルイが任務で殺した人間の家族に、イルミを助けてくれと頼んだとして、果たして受け入れてもらえるだろうか。

 

 もらえないだろうな、と素直に思う。

 

 ルイが己の命を差し出して懇願したとしても、ルイは相手の大切な家族の命を奪っているのだ。

 都合よく自分だけが報われる未来など、きっと存在しないのだ。

 

 

『ちょうどあの女が子どもを投げ捨てた先に(ルーナ)がいた』

 

 だから、助けた。

 セレネはクロロとの関係性を簡単にそう言った。言葉少なに。それ以上語ることなどない、とでも言いた気に。

 

 投げ捨てられた子どもの保護をするに至った彼女の高潔な精神には敬服する。

 

 ルーナは己の手のなかに抱くことになった仇敵の息子にどんな感情を抱いたことだろう。

 心から憎々しく思う仇敵から生まれてきた子だ。女が込めたドス黒い念を全身に纏った赤子――クロロを受け取ってしまったルーナは、おぞましい悪魔でも胸に抱いたような複雑な心になったことだろう。

 

 どうして彼女は、クロロを保護することができたのだろう。

 

 ルイは、セレネの行動が理解できなかった。

 そのセレネの行動を許したルーナの気持ちも理解できなかった。

 恨んで、酷い目に遭わせているほうがよっぽど理解できた。

 

 だって。

 もしもイルミのことを傷つけられて、そいつや、その親族の命をどうこうする立場にあれば。

 

 ――迷いなく殺す。全部殺す。

 温情などかけない。だって、下手な温情をかけた後、そいつがどんな行動するかわからない。

 

「……の、ためじゃない。後悔しているくらいだ……」

 

 張り詰めた声色。楽器の弦が軋んだ音かと思った。

 

 それはセレネのものだった。

 絞り出した嗄れ声は、セレネの見た目とそぐわぬ印象をありありと浮き彫りにした。

 

 消えいった語尾にはきっと、恨み言が続いたはずだった。セレネはそれを消した。

 

 セレネはクロロから少し目線を外しながら言う。

 セレネの裏でひっそりと立つルーナは、色づいた影のようだった。その影は眉を顰め、感情をこらえている。

 

「本当ならば、一生会わないつもりだった。

 お前が再三わたしに会いたいと言っていたこと、贈り物をしていたことは知っていたよ」

 

 パクノダだけがセレネを咎めるような視線を向けていて、当のクロロは純粋な瞳で真っ直ぐにセレネを見つめていた。

 

「わたしはお前に十分よくしたと思っている。それが正しいことだったのかは今もわからないが、事実そうした」

 

「正しいに決まっているわ。あなたのおかげでクロロは生きることができて、毎日あなたに感謝を捧げていたのよ。どうしてそんなことを――」

 

 パクノダが耐えきれぬ様子でそう言い、半歩前に出たパクノダをクロロが抑える。パクちゃん、と静かな声色で。

 

 セレネは胡乱な目でパクノダを捉え、言った。

 

「そりゃあ世の道理や、その子からしたら正しいことだっただろうさ。

 だが、傷つけられたわたしたちの娘からすればその行動は正しくはないんだ。

 お前にわかってもらうつもりはないが、世の正しいは、それを見る者の視点で180度変わるものなんだよ」

 

 そう言い、再びクロロのほうへと視線を向ける。

 

「わたしは捨てられたお前を拾い、養父を探し、成人するまで口座に金を送る手続きを済ませた。

 だがそれ以上のことは何もしないと決めていた。

 お前にしたことは、敵への施しも同じだ。

 お前は未来、あの女のように人を傷つけ続ける運命を辿るかもしれない。偽善的なわたしのこの行動のせいで、運命は変わったはずだ。

 さまざまな人が傷つけられることを夢にみたよ。

 わたしの家族が再び傷つけるやもと思うと、胸がジクジクと痛んだよ。

 娘がわたしがしたことを知れば、どう思うだろうか。裏切られたと傷つくことだろう。

 いっそお前のことを殺していたら、もっとスッキリしていただろうさ。何度もあの日の選択を思い返しては後悔した」

 

 クロロは大きな瞳を溢れ落ちんばかりに見開いた。

 己を陰で養育してくれていた人が心から自分のことを恨んでいたと知ったのだ。

 

 自分の内心を吐露するセレネは、自分の気持ちなど理解されなくて当然だと思っている様子であった。

 だからこそルイがクロウから聞いた情報が山ほど省略されていた。

 

 何があったのか知らないクロロからしてみれば、疑問符の嵐だろうに、クロロは何も言わなかった。

 パクノダだけがクロロの心の代弁をするように、痛ましげに泣きそうな顔をしていた。

 

「それでもわたしが今日、ここに来たのは“運命を変えるためだ”」

 

 お前のためじゃない、とセレネは繰り返した。

 その言葉は己のエゴを嫌うセレネの高潔さの現れだと、ルイは思った。

 

「わたしはお前のことが嫌いだよ。これからすることは、すべてわたしたちのためだから、お前がどうこう思う必要はない」

 

 セレネはルーナへと目をやった。

 ルーナは眉間に刻んでいた皺を消して、頷いた。

 

変化する運命(サバヨミ)

 

 ルーナとセレネの姿がみるみる縮んでいき、代わりにクロロの背が伸びていく。

 

 幼い顔立ちが精悍な青年のものへ、ほっそりとした身体つきがしなやかな筋肉に覆われたものへ、みるみるうちに変化していった。

 

 ルーナとセレネは言葉を話し始めた幼児ほどの大きさになり、ぶかぶかの服を着て二人で支え合うようにして、かろうじて立っていた。

 

「さて。ここからはオレの仕事だ。

 付け焼き刃にはたるが、クロウのことを叩き込んでやる」

 

 凍った空気感のなかでルイはにこりと笑い、クロロの視線を遮るように躍り出る。

 固まったままのクロロの肩を叩いた。

 

「お前の演技にかかってるんだからな」

 

 セレネたちはどんな表情をしているのだろう。

 そう思ったルイだったが、頑として彼女たちのほうは見なかった。

 

 

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