ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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邂逅

 

 玄関先に出ると、一人の青年と二人の幼女が壁にもたれかかるようにして立っていた。

 

 ちょうど老婆が見ていた壁くらいの位置だ。

 

 どう言うわけかあの老婆、クロウを追う特殊能力を持っているらしい。

 たった一人を追うためだけに年能力を作るなど正気の沙汰ではないが、狂った精神の持ち主だからこそ年能力を開発することなくそういった力に目覚めるのだろう。

 

 幼過ぎるまでに幼く縮んだ姿のセレネたち。

 小ぢんまりとしたセレネと同じサイズのルーナ、そしてその二人の隣に立つのはクロウだ。

 

 

 記憶のなかの姿よりもグッと身長が伸びたクロウとクロロは、本当によく似ていた。

 双子だと言われれば100人中100人が納得するくらいによく似ていた。

 

「ボクの出番がなくて安心したよ。何かあれば窓ガラスを叩き割って侵入する心積りだったんだよ」

 

 冗談っぽくそう言い、壁から背を離してルイへと近づいてくる。

 

「久しぶりだ、ルイ。

 キミのことだからあの時からボクに気づいてるとは思っていたけど、さっきは声をかけられなくてすまない」

 

 クロウが律儀に頭を下げる。

 

「そんな場面じゃなかったからな」

 

 屑鉄置場でセレネたちと待ち合わせたときから、クロウは二人の護衛として来ていた。

 

 姿を隠し、気配を消していたのでルイも気づかぬふりをしていたのだ。

 

 そも、クロウがいることにクロロたちが気づいてしまえば、作戦はぶち壊しだった。

 

 彼が隠れていたのは、あの場で当たり前のことだ。謝ることではないのに。

 

 随分と久しぶりに会ったのに、全然久しぶりな気がしない。

 記憶のなかにあるままのクロウだ。厳密に言えば、記憶のなかの姿からはかなり成長している。だが彼の浮かべる表情や仕草、話し方がまるで昔と変わっていない。さらには先ほどクロウにそっくりなクロロの姿も見ていたせいか、久しぶりな気持ちがまるでない。

 

 懐かしいのに、懐かしくない。なんだろうこの不思議な感覚は。

 

 ルイは込み上げてくるあたたかな感情のままに微笑んだ。

 

「久しぶり、クロウ。ヒソカも元気にしてる?」

 

「うん。流星街まで一緒に来てるから、もし時間があるなら会ってやってよ。ボクだけルイと会ったなんて知ったらきっと怒るから。

 今日は二人の護衛のために慌てて出てきたから、知人に預けているんだ」

 

 クロウはにこにこと笑ったままルイの肩を包み込むようにぱんぱんと叩いた。

 

「それにしても、生きていてよかった。

 セレネからキミの居場所がわかった、って連絡を貰って慌てて駆けつけたんだ。

 誘拐の一件から、何度携帯に連絡しても繋がらないし、生死がわからないままで、本当に、本当に心配した。

 無事でいてくれてありがとう。キミの元気そうな姿を見た時、脚の力が抜けそうなほど安心した。よかったよ……」

 

 クロウの瞳は真っ直ぐとルイを写していて、その瞳には衒いなくルイを想う気持ちが乗せられている。

 

 これほどまでに自分を大切に想う気持ちを全面に出されて、ルイはくすぐったい気持ちになって視線を逸らした。ルイは気恥ずかしそうにしながらも目元を和らげている。

 

「キミの行方はゾルディック家も必死に探していたんだよ。共同戦線を張ってともに戦った後、ルイの行方を尋ねて何度か連絡があった。

 あの時はこちらも情報を掴めていなかったから、それきりゾルディック家とは連絡を取っていないのだけど……もう無事は伝えたかい?」

 

「あー……」

 

 そういえば、伝えていない。

 

「それはまずいね。早く伝えたほうがいい」

 

 クロウは引き攣った笑みで言った。

 

 その様子を見て、ゾルディックがご迷惑をかけたようで申し訳ないとルイは心の中で合掌した。

 

「さて、よーけんもすんだことだし。

 ルーナ、のーりょくはつかえそ? はやいこと、ねんれいをかえしてもらおう」

 

 随分と話しづらそうに、舌足らずにセレネが言う。

 

 あのしゃがれ声は意図して出していたものらしい。

 声帯までもが退化した、いまはただただ舌足らずで可愛らしい声色の幼女。

 

 条件反射で笑ってしまったルイを二人が睨んでくる。

 

「わらうな、わかぞー、しつれいだぞ。

 

 れんぞくでのーりょくつかうの、きびしい。

 さすがにいますぐはしぬ。

 もうちょっときゅうけい」

 

 ルイを睨んだままルーナが言う。

 

 幼い身体で連続の能力行使は厳しいことだろう。

 本人たちにとったら笑い事ではないだろう。さまざまな能力の低下を鑑みて、護衛をクロウに頼んだのだろうし。

 

 能力者にとって、能力の低下ほど恐ろしいものはない。自分で自分の身を守ることができない恐ろしさはいかほどのものだろうか。

 

 クロロには自分のためだと言っていたが、セレネたちはこうして我が身を削った行動をしている。

 

 あの女のためだなんて彼女たちも思ってはいないだろうが、それでもあの女を助けたいというクロロの手助けを買って出る、人情ある人生の選択を自然とできる彼女らが眩しかった。

 

 ルイは微笑んだまま謝罪する。

 

「ごめんごめん。

 

 ところでさ、クロウ。ちょっと携帯借りてもいい?

 ゾルディック家に連絡したいんだけど、携帯パクられちゃってさ」

 

「もちろん。どうぞ」

 

 片眉をあげて驚いた様子を見せたクロウは、特に事情を聞くことなくすんなりと携帯を渡してくれた。

 

「サンキュ」

 

 ゾルディック家の番号は覚えている。淀みのない手つきで番号を押し、コールする。

 

 すぐに執事が電話に出た。

 

「ああ、もしもし。オレだけど。ルイ。

 オヤジに代わって貰える?

 

 ――声でわかるだろー。

 

 ――ああ、ごめんごめん。ほんとごめん。ちょっと致命傷負って記憶喪失になっててさ、連絡できなかったんだ。まだ完全に記憶が戻ってるかは謎。

 

 ――まあ、オヤジ呼ぶ間くらい全然いいけど

 

 ――迎えが送られてる? どこに?

 

 ――ここに? なんだ、オレがどこにいるか分かってたんだ。それならよかった…………

 

 ――イルミが?

 

 ――いや、まだ来てないけど……」

 

 きょろきょろと辺りを見回すルイ。

 

 心配性の執事と、父親が電話口にくるまで適当な雑談をする。

 

 ルイの迎えのために、イルミとゴトーが発ったのはもう2週間前だという。

 

 流星街は地図には載っていないが、流星街出身のゴトーの案内があればとっくに着いていてもおかしくない頃だ。

 ゾルディック家が異常を感知していないということは、何事も起きていないということだ。道草でも食ってるのだろうか。

 

 今更ながらに気づく。

 

 遠巻きにルイを監視していたのはゾルディック家の人間だ。ではあの頃くらいからルイの居場所がわかっていたというか。……割と最近だな。

 

 監視の任に就いていた執事の顔はいま思えば記憶のなかにある。

 あのときはまるでわからなかった。

 向こうははっきりとルイを認識している目をしていた。何がしかの反応が返ってくると期待していた執事は、ルイが無感情にその姿を捉えただけだったことに動揺していた。

 悪いことをしたな、といまなら思う。

 

『ルイか』

 

 旦那様がいらっしゃいました、と執事が電話を代る。

 威圧感がありよく通る低い声は間違いなくシルバのものだ。

 

「あ、父さん。連絡が遅れてごめん。先にオレから説明させて!

 まんまと誘拐されたあと、拷問されて、致命傷負って記憶喪失になってよくわからないけど流星街に捨てられてたんだよね。携帯もなくした。

 オレのことを死体だと思って捨てたのか、まわりにはパーツになった子どもの遺体が大量にあって生きているのはオレだけだった。このまま死ぬかと思ってたら、奇跡的に助けてもらえた。今は親切な医者のところに居候させてもらってる。ここは流星街らしい。

 しばらく暮らしてたらつい最近記憶が蘇ってきて、いま携帯を知人に借りて連絡したんだ」

 

 先手必勝、とばかりに事実を捲し立てる。かなりの早口で、ぺらぺらと話し続けるルイはシルバからの相槌は一切期待していない。

 

 シルバは嘘を見抜く。普段はおっかないが、こういう嘘みたいな本当の話をするときはありがたい。

 

『なるほどな。色々合点がいった。ひとまずはイルミたちと合流して戻ってこい。話はそれからだ』

 

 よし、セーーーーーーーーフ。

 ルイは声色には出さずに緊張していた。

 深く追及されなかった時点で合格点だ。

 嘘か本当かのジャッジを通り越して、合点がいく、とまで言うとは。

 完璧にルイの話が信じられている証拠であった。

 

 家に帰ったら拷問で反省時間を強要されるかもしれないが、この感じだとそこまで厳しいお咎めもなさそうだ。

 

 誘拐されたのはルイの落ち度だ。既にルイは一人前と認められている。どれほど相手が強くとも、家名に傷をつける行為をしてしまったことに違いはない。

 

 そのことに対するお咎めはあるだろうと踏んでいた。

 どこまでも家のために、ビジネスライクなまでの家庭環境だったと思っていたのだが。

 

 ルイはしばらく帰っていない家がなんだか変わったのだろうか。

 小言を言われないことにルイは首を傾げつつ、家の変化をうっすらと感じた。

 

「わかった。ゴトーの携帯番号と位置情報をこの携帯に送ってくれない?」

 

『ああ、後ほどメールで送らせる。

 ……ルイ』

 

「なに?」

 

『無事で、よかった。

 気をつけて戻れ。家族皆、お前の帰りを待ってる』

 

 ぶつりと電話が切れた。

 

 ツーツーツー、と無機質な音が響く。

 

 

 なんだ?

 

 

「どうしたの、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」

 

 携帯を耳にあてたままフリーズするルイにクロウが言う。

 

「あ、いや……なんか、混線かな? 変な声が聞こえたんだよね」

 

「携帯なのに?」

 

 メタル回線ならともかく、携帯で混線はないか。

 クロウの冷静な突っ込みにルイは頷いた。

 

「……そうだよなぁ」

 

 じゃあ、まさか本当に父の発言なのだろか。

 

 ……ゾルディック家当主(とうさん)が、デレた?

 

「ごめん、もう一箇所電話いい? あとこの携帯宛にメールが送られてくる」

 

「全然構わないよ。好きなだけ使って」

 

 厚かましくもクロウの携帯を使い倒す気満々だったルイであるが、クロウは快く了承してくれた。

 

 ルイは自分の家の番号と同じく記憶しているイルミの携帯番号を打ち込んだ。

 

 コール音が鳴る。ドキドキと胸が高鳴る。心なしか緊張で指先の血の気が失せてきた気がする。

 しばらくコール音が鳴り続けるも、出る気配がない。

 

 まだイルミは幼い。知らない番号からの電話には出ないよう言われている可能性は高い。

 

 やはりゴトーの携帯番号を聞いておいてよかった、と思いつつ虚しくなり続けるコール音を切る。

 

 ややもして送られてきたゴトーの携帯番号と、位置情報。

 その位置は幸いなことに、ここからそう離れていない場所でありそうだ。

 

 流星街は地図情報がないため、GPSがポツリとあるだけだが、おおよその場所が知れれば探せる。

 

 ルイは次に、ゴトーの携帯に電話をかけた。コール音の後、ぷつり、と音が鳴る。

 

『はい』

 

「オレ、ルイだけど。さっき父さんと連絡を取って、ゴトーとイルミが迎えに来てるって聞いてさ」

 

『ルイ坊っちゃま?! ご、ご無事でよかったです……! あっ』

 

 ゴトーの珍しく慌てたような声と不自然なガサガサ音の後。

 

『ルイにい?』

 

「イルミか! さっきイルミにも電話を掛けたんだ。迎えに来てくれてるんだってな。ありがとうな」

 

『ルイにいだ』

 

 電話口の声がやけに暗い。

 

「どうした? イルミ」

 

『ルイにいってさ、よくわかんない。父さんより、ママより、執事たちより誰よりもよくわかんない。

 なんですぐに帰ってこなかったの? なんで何も言わずにいなくなったの? ルイにいにとって、なにが一番大事なの?』

 

 いつになくよく話すイルミに、ルイは答えた。

 

「すぐに帰れなかったのは、ごめん。

 誘拐されて、記憶喪失になってたなんてただの言い訳だよな。

 オレにとって一番大事なのは、物心ついたときからずっとイルミだよ。

 ごめんな。不安にさせて」

 

 ヤンデレの彼女に語りかけるように、穏やかに語るルイ。

 真面目な声色でありながら、ニヤニヤと顔を緩ませている。

 

 デレた父親に引き続き、まさかのイルミもデレるのだろうか。

 そんなことを考えていた。

 

『……そっかー』

 

 しかしながら電話口から聞こえてくる声が変わらず沈んだままで、ルイはそのことが酷く気に掛かった。

 

『ピンクの髪の子ってさ、ルイにいの大事な人?』

 

 ピンクの髪。ぱっと思いつくのはマチだ。

 大事かそうでないか、と二択であれば、間違いなく大事な人だ。しかしイルミはそんなことを聞いているのではない、と思う。

 

 大事な人、と言われて自然に心のなかに、浮かび上がってくる人の姿があった。

 

 艶やかな金色の髪、鍛え抜かれた肉体、宝石のように輝く深いルビーのような瞳。

 

 忘れていた。

 

 彼女と文通していた日々が甦る。

 

 手紙が来るたびに跳ね上がって喜んだ。

 自分の心臓がまるで制御できないくらいに高鳴って、夢中になって文通していた。どんな文章を書いたら彼女は喜んでくれるだろうか、自分に興味を持ってくれるだろうか、と毎日頭を悩ませていた。

 

 手紙を送ってしまったあとは、あれでよかっただろうかと毎晩ベッドの上で反省会をした。

 

 オレの大事な人。イルミと同じくらいに輝いて見えるあの人。

 

 ルイが思い出した記憶の衝撃に思わず黙り込んでいると、イルミは言った。

 

『……そっかー』

 

 ぷつり、と切れる電話。

 

 ルイは慌ててリダイヤルしたが、ゴトーにもイルミにも繋がらない。

 

 なにがそっかーなんだ。まだ何も答えてないのに。

 

「なんでだ……? 繋がらない。

 クロウ、携帯ありがとう。

 イルミたちがすぐ近くまで迎えにきているらしいんだ。ちょっと行ってくる!」

 

 ルイから携帯を受け取ったクロウが笑顔のままに頷く。

 

「わかった。

 ルーナが能力を使えるようになるまで少しかかりそうだし、ボクたちも一旦ここを離れるよ。

 落ち着いたらここに連絡をくれるかい?」

 

 そういって、メモ用紙に携帯番号を書いたクロウがルイへと手渡してくる。

 

 受け取って丁寧に折りたたみ、ポケットに仕舞い込む。

 顔を上げたルイははにかみながらクロウに伝えた。

 

「クロウ。オレ、思い出したんだ。

 イルミの他にも大事な人が出来てさ……ひと段落したら、結婚を申し込もうと思ってる」

 

「そ、それは……友として喜ばしいことだけど、どうして今それを言うんだい?!」

 

「今思い出したからだよ。じゃあまた!」

 

 電話が変な切れ方をしたこともあり、送られてきた位置情報から大きく変わってしまうことを危惧して、ルイは慌てて走り出した。

 

 あっという間に消えていくルイの背中を呆気にとられた様子で見送るクロウたちは、全員渋い顔をしていた。

 

「なにかしら」

 

 セレネが言う。

 

「やーなかんじね」

 

 ルーナが言う。

 

 クロウは渋い顔で頷いた。

 

 

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