ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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オマケ
クロロ視点
読んでも読まなくても支障なし。


ルシルフル

 

 

「がんばったね」

 

 何度もそう労うパクノダの声が右から左へと通り抜けていく。なにも頑張れてなんて、いない。

 

 喪失感と虚無感で心にぽっかりと穴が空いたような。

 

 クロロは目まぐるしく思考していた。脳内で文字となって情報が踊る。同時に音声となって違う情報が流れる。思考の一部としてさまざまな情報が濃縮されたなにかが凄まじく流れ交う。クロロ本人でさえ意識しなければ取り出せないほどの素早く大量の情報のなかで、パクノダの優しい声は埋もれて聞き流された。

 

「がんばったね。すごくすごく、がんばった。きっとクロロは自分のことを労うことがないだろうから、代わりにあたしが言うよ」

 

 情報量で押しつぶされそうななか、何度もそうパクノダが言ってくれるものだから、ようやくクロロの心のなかにまで沁み込んだ。

 

 がんばった?

 努力はした。だけどベストな結果じゃない。自分ならばもっと出来たはずだ。

 

 クロウになりきっていたら、この女性は――母は、もっと救われていたかもしれない。

 

「ちゃんと頑張れて、ない。僕、ちゃんとしてあげられなかった」

 

 ちゃんと。

 なんのためにクロウの姿に似せて、クロウの仕草や話し方、表情を教えてもらったのか。

 我を出すならば、はじめからそうしていたらよかった。

 わざわざ他者の手を煩わせる必要なんてなかった。

 せっかく助力してもらったのに、クロロはそれを無駄にしてしまったのだ。

 

「うん」

 

 そんなことないよ、と否定されなかったことに救われた。救われる気持ちと同じくらいに、落胆する気持ちもある。正反対の己の心が苦しい。

 

「謝ってたんだ。最期……僕のことクロロ、って、言ってた」

 

 先ほどの光景を見ていなかったパクノダに説明する。

 いまは亡くなり、血に倒れ伏すこの女性が、生きてクロロのことをまっすぐに見つめていた。呼吸をし、目を合わせて、会話してくれていた。

 

 クロロと呼ばれたことを話すのは、クロウになりきることを失敗したと話すも同然のことだ。

 恥部を曝け出すのと同様の恥ずかしさを噛み締めながら、クロロは言った。

 

「うん」

 

 罵って(ナグサメテ)欲しかった。

 それなのにパクノダは優しく頷くのみ。

 もしや、自分のしたことをきちんと認識していないのだろうか。だから責めてくれないのだろうか。

 

 クロロは己の思考が常人とは少しばかり違うことを認識していた。

 だから、これならば齟齬なく伝わるだろうかという言葉を加える。

 

「僕、クロウさんならしないことを、しちゃったんだ……」

 

「うん」

 

「だから、クロウさんじゃなくて、僕だって……気づいちゃったんだ。

 きちんと、騙してあげられなかった……!」

 

 クロロはパクノダの姿を見ることができなかった。

 

 せっかく皆から助力してもらったのに、演じ切ることすらできないなんて。

 罵られ、誹られたいはずなのに、非難するような目を向けられていると考えると身が竦む。

 

 懺悔するように土下座したままの遺体。

 もしもクロロがクロウを演じ切れていたならば、こんなに惨い死に姿ではなく、夢見るような微笑みで眠るように息を引き取ったんじゃないだろうか。

 

「クロロ」

 

 声をかけられ、その場にルイがいたことを再び思い出す。

 ルイのことは意識しなければすぐにその存在が空気と溶け合ってしまう。特に今日のルイは存在感が希薄であった。

 何かあったらすぐに動けるように、とルイは室内で待機していた。前もってルイからそう聞いていたが、その存在はまるで感じなかった。

 

 クロロはルイを見上げた。

 艶やかな銀色の髪は、今日は結ばれていない。

 窓から差し込む控えめな陽光にさえ一等眩しく煌めく艶やかな髪。サファイアの瞳がキラキラとした光を孕んでクロロを見つめていた。

 

 本当に、なんて綺麗な人なんだろう。

 いっそ場違いなほど。

 

 クロロはルイほどに綺麗な女性を見たことがなかった。

 

 ルイはクロロと同じくしゃがみ込み、両肩に触れた。

 吐息が触れるほどに近い位置に整ったルイの顔がある。

 煌めく碧の瞳がクロロを見つめた。瞳の奥を覗き込むように、しっかりと。

 

 感情が置き去りになったこんなときだからこそ、クロロは無感情にその美しいものを眺めることができた。

 

 ああ、きれいだな。

 

 ただ、素直にそう思えた。

 普段であれば心臓が高鳴って直視できなかっただろう。

 

「お前は最期までクロウに成り切ることはできなかった」

 

 事実だ。

 その事実が質量を伴って、ずしんとクロロの心に伸し掛かる。

 

「確かに当初は騙し切る予定だったろう」

 

 そこでどうやら自分が思う通りの会話の流れではないのだということに気づく。

 

 クロロはルイに対して憧れにも似た感情を抱いていた。

 

 他の誰に責められるよりも、ルイに責められることが一番辛い。そう感じてしまうくらいにクロロの心のなかではルイの存在感が強まっていたのだと気づく。

 

 大切な存在はたくさんある。

 身の回りのものすべてが大切で尊いものだ。

 

 だけどなんだろう。

 

 これは、欲だ。

 

 独占したいという“欲”は持ち合わせていなかったはずなのに。

 

「だが、お前の心が叫ぶままに行動したからこそ、あのヒトは気づいたんだ。

 

 もしもお前がクロウになりきっていたら、きっとあの人は虚像に縋り続け、最期までなにも得られず、虚しいままだったろう」

 

 乾いた大地に雨が染み込むように。

 乾いた身体に水が行き届くように。

 

 ルイの言葉はあまりにも静かにクロロのなかへ満ちていく。

 

 ルイの語る、ルイの見えた世界は、もしかしたら現実でもそのように認識されているのかも、と絶望するクロロに想わせてくれた。

 

「あの人は、最期に悟ることができた。

 追い求めていた虚像なんかではなく、お前という存在こそが、自分が追い求めていたものだったんだって」

 

 女性にしては低い声色が優しく響いている。

 クロロは夢見心地でその声を聞いていた。魔法のように過去が塗り替えられていく心地だった。

 

 眼前ではなおも輝き続ける碧の瞳があって、クロロを捉えて放さない。

 

「だからすぐ近くにいることを知っていたのにクロウではなく、クロロ。お前の名前を最期に呼んだんだ」

 

 すぐ近くにいる? 誰が?

 ……まさか、クロウさんが?

 

 疑問は声にならなかった。ルイが言葉を続けていたからだ。

 

「お前がその優しい心で、相手を想って行動したからこそ引き寄せられた結果だ。

 満たされなかった彼女が最期に満足できたのは、紛れもないお前のおかげだ」

 

 責めるどころか、まるで演じきらなかったことが正解であるかのようにルイは言う。

 

 その言葉に縋りたい気持ちがクロロのなかに芽生える。

 

「誇りなさい」

 

 優しくそう言ったルイは、たおやかな白い手でクロロの頭を撫でた。

 

 ふわりと薬品の匂いがする。

 どうしようもなく胸が高鳴って、どうしようもなく胸が切なくなって、どうしようもなくその手が恋しくなった。

 

 クロロの頰を知らず知らずのうちに涙が伝う。

 

「ちょっとだけ、出てくる」

 

 クロロの涙を見ないふりをしたのか、ルイはそう言って玄関へと歩いて行った。不思議なほどに足音がしなくて、翻る純白の白衣が夢みたいに綺麗だった。

 

 ああ僕、あの人が欲しい。

 

 無垢に少年を想う金髪の少女が見つめるなか、善性の塊であり誰かに偏ることなく他者を思い続けていた少年の心に、初めての欲望が芽生えた。

 

 それからクロロはルイが帰ってくるのを待ち続けたが、ついぞ戻ることはなかった。

 

 

 

 






バラは咲きませんことよ。

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