ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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イルミの誕生

 

 

 生命の誕生。

 

 間近で見てこれほどまでに心震えるものはないだろうとルイ=ゾルディック6歳は確信した。

 

 それが愛おしい弟の誕生であれば感激も一入である。

 

 ゾルディック家で最も闇人形らしく産まれたルイは、誰よりも兄弟想いの(まだ産まれてもいなかったのに)穏やかな少年へと成長しつつあった。

 

 母親よりも熱心に育児書を読み耽り、これが身体によいだの胎児によいだのと甲斐甲斐しくキキョウの世話を焼いた。

 

 感激したキキョウが叫んだ回数は数知れず。

 

 

 ゾルディック家にはなんでもこなせる執事がいる。

 

 子育てだってもちろん執事任せだ。

 

 ルイもまた執事や使用人達と接する時間のほうが家族と過ごした時間が長い。

 

 そこそこに愛されており、キキョウの干渉(愛情というよりもこちらのほうが正しい気がする)は多かったが、基本的な生活の世話をしてくれたのは執事である。

 

 

 どこかから拉致してきた医者が取り上げた小さな天使は、ルイの予想通り男の子であった。

 

 周りの者たちはルイの予知だとか予言だとか言って盛り上がっているが、ルイからしてみれば歴とした事実を述べただけなのだ。

 

 キキョウの腹の中にいるのは男というのは、当たり前のことで、ルイに弟が生まれることは必然だった。

 

 なぜかと言われても、そうだとしか言えない。

 そのことをルイは知っていたのだ。

 

 名前はイルミと名付けられた。

 

 ルイのイを引き継いでの名前だとシルバに言われて、ルイは心の底から感動し、また父親に対する敬愛の念がかなり上がった。

 

 感激のあまりシルバに抱きつき、頬にキスをした。

 

 厳しい顔をいつだって崩さないシルバは、感情のままに瞠目した。

 そして、表には出さないものの、まだ持っていないベンズナイフを手に入れたときと同じくらいに胸が高鳴った。

 

 久しく感じていなかったトキメキに思わず心臓を抑えたシルバをギン、と音がなるほど鋭く睨みつけたのはキキョウである。

 

 キキョウはママである自分が愛する息子からの全てを受け取って当然であると考えていた。

 

 自発的に抱きつかれたことは、お腹が大きくなってからは何度かあったが、キスされたことなど一度もない。

 

 射殺さんばかりの嫉妬の目つきでゴーグル越しにシルバを睨みつけていた。

 

 刺々しい視線に気付きながらもキキョウへと視線を向けないシルバは、無邪気に喜んでいて珍しくも年相応に見える我が息子から頑なに視線を逸らせなかった。

 

 

 

 首も据わらぬ小さな赤子。

 

 一日中眠って過ごすちっちゃな弟をルイは飽きもせずに朝から晩までずっと眺めていた。

 

 小さくあくびをする姿、ちっちゃな手足をのろのろと動かす姿、指を差し出すとぎゅっと握りしめてくれる温かさ、驚くほどに温かな体温、小さな口から漂うほんのりと甘い香り。

 

 何もかもすべてがルイの宝物だった。

 

 この記憶があればもう死んでも構わないと思うほどに幸せな気持ちであった。

 

 これほどまでに大切な存在ができるなんて、思ったことがなかった。

 

 今だって信じられない。

 

 この子のために俺は生まれてきたんだ。

 

 この大切な存在のためならば命だって賭けられる。

 ルイは心からそう思っている。

 

 日々の修行、勉学、任務の時間以外はすべてイルミの部屋へと通い詰めて過ごす。

 

 初めこそ触れれば壊してしまいそうでベビーベッドの柵から眺めているだけであったが、執事達がするようにオムツを替え、ミルクを与え、ベビーカーに入れて広い屋敷内を散歩するようになった。

 

 変わり映えのない屋敷内ばかりではつまらないだろうと、広い樹海を抱っこして散歩もした。

 

 その際は常に、番犬のミケがルイの側にぴったりと侍っている。

 

 幼い頃から番犬として厳しく躾けられたミケは、命令には絶対服従の野生からかけ離れた猛獣である。

 

 だが幼き日より兄弟のように育ったルイだけは別格の忠誠心を持っていた。

 まだ調教途中だったがゆえに残っていた親愛の情。日々ルイと樹海を駆け巡り、じゃれあい、かけがえのない友達となった。

 

 ミケはこの小さな主人には、調教が完成した今となっても忠誠心だけでなく、消されたはずの親愛の情もまたこっそりと遺していた。

 

 ルイが広大な庭に出てきた気配を察知しては、入り口の門の前にいてもダッシュで移動してきてルイの側に侍る。

 

 そんな大好きなルイが大事にしている赤子は、ミケにとってもまた間違いなく大切で護るべき存在となった。

 

 ミケは利口な獣であった。

 

 小さな主人は以前と変わらずミケを大切にしてくれているため嫉妬の気持ちもない。

 

 ミケは、主人が命じれば、その命令には絶対服従だ。

 

 だがそれだけである。

 

 腹が減っただの眠いだの、己の本能よりも優先されるのが命令。その次には己の本能。

 ただそれだけの存在だ。

 

 優秀な殺戮獣。

 

 そうゾルディック家の人間にも認識されている。ただ一人、ルイだけを除いて。

 

 

 野生の獣は赤子を赤子と認識し、本能のままに可愛がる。

 

 過去、森に捨てられた赤子を育てた狼があったという。

 森の獣は下手な人間よりもずっと慈悲深い生き物だ。

 

 ミケの野生の本能はすっかり消されており赤子でも容赦なく命を奪う暗殺機械(マシン)と化していたが、大切な主人が大切そうに抱く小さな赤子には、ミケもまた忘れ去られていた野生の本能を思い出して庇護欲を抱いていた。

 

 これがミケにとってどれほど心救われることなのか、きっと調教師は知らない。

 

 人間に都合のいいだけの獣は、生き物でもなんでもない。

 ただの機械だ。

 

 消えかけていた感情を思い出させてくれた大切な主人(ルイ)やルイが大切にする赤子を、よく餌として支給される雑魚と同じ種族とは露とも思っていない。

 

 

 

 四六時中眠ってばかりだったイルミが、夜にまとまって眠るようになった頃には、ルイはすっかり育児にも慣れてきていた。

 

 無駄泣きしないのはイルミも同じだが、彼は必要な場面でも泣かないことが多い。

 

 オムツが気持ち悪くても泣かないし、お腹が空いても泣かない。

 

 おまけに無表情。

 

 ルイもこんな感じだったのだろうか。

 

 ルイは並々ならぬ愛情をイルミへと注いでいたため、彼の仕草、表情筋ひとつの動きさえ見逃さぬほどの観察眼で見事にイルミの快適さを保っていた。

 

 世の中の父親よりもずっと育児している。

 

 フリークス家のジンに見習わせたいくらいに。

 

 

 そんなこんなで自己主張をせずとも快適な状態が保たれるものだから、イルミはルイにも増して泣かない赤子に育ってしまった。

 

 先回りしすぎる育児はもしかして、良いことばかりではないのかもしれない。

 

 育児は権利だ、とどこかの国では言われていたが、まさにそうだとルイ(6歳)は強く思う。

 

 こんなにも可愛い赤子をお世話させてもらえる権利を放棄するなんて、父も母もどうかしていると思う。

 

 こんなにも幸せな時間があるのかとルイは日々感動していた。

 

 イルミの可愛さが毎日更新されていく。

 

 

 ぱっちりとした黒い瞳のイルミ。

 

 赤ちゃんなのに不眠気味のイルミ。

 

 よくよく目をガン開いて天井を眺めている。

 

 ルイが抱っこをして寝かしつけると嘘のようにストンと眠るものだから、眠ってくれなくて困り果てていた執事はルイを手放しに賞賛するし、ルイは可愛い弟が己の腕のなかでは寝てくれることに鼻高々であった。

 

 他の使用人が近づいてもまるで知らん顔をしているのに、ルイが近づくと真っ黒い瞳を向けてくるのもまた可愛かった。

 

 

 そんな折、突如として天空闘技場へ行ってこいと命ぜられたルイは、愕然とした。

 

 地面が崩壊したかと思うほどの絶望で、膝から崩れそうになった。

 

 

 

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