ゾルディック家のブラコン長男 作:見切り発車丸
両腕に抱えていたルーナとセレネを家のすぐ近くで丁寧に降ろす。
自宅までは目と鼻の先で、危険なことはなかろうが、クロウは彼女たちが自室に入るまではしっかりと見届けるつもりだった。
この辺りはそこそこ人が集まる住宅街であるが、都会ほど人はいない。
特にいまの時間帯は出稼ぎや働きに出ている人がほとんどで、クロウたちは人目に触れずに済んだ。
クロウは全方向に神経を配っており、360度どこからも見られていないことを確認している。
義母たちを両手に抱えて走るなんて、世の中広しといえどもボクだけに違いない。
次が最後の機会になりますように……。
そんなことを冗談まじりに考えつつ、複雑な気持ちは笑顔の下に隠し切って口を開いた。
「じゃあ、また力を使えるようになったら携帯に連絡して。最優先で来るようにするから。
くれぐれもその姿で外に出ないようにね。小さなことでも困ったことがあれば連絡して。ボクが出来ることならば全部引き受けるよ」
「ありがとう」
セレネが言う。
「ありがとう、クロウ。
ルーナが言う。
クロウはにこりと笑みを深めて片手を挙げた。
家がすぐ近くにあるからこそ、ルーナがヒソカという名を出さなかったことをクロウは正しく理解していた。
ルーナが先に玄関へと入っていくも、セレネはその場を動かない。
一歩も足を動かさぬまま、じっとクロウを見つめている。
クロウも共に家に入ることはできない。
なんなら、これほど家の近くにいることもソワソワしているくらいだ。
家のなかにはきっとレンコがいるはずだ。
レンコの生活圏内に近寄らないようにするため、クロウたちは流星街から出た。
己の存在がレンコに取り憑く念獣に悪い影響を与えるからだ。
現にクロウが流星街から出たら、念獣からレンコへと及ぼされる悪影響が激減したと聞いた。
今回はルーナとセレネの身の安全のために特別にとすぐ近くまで来た。
送り終えたならば早々に去るつもりだったクロウは、なかなか立ち去らないセレネを怪訝に思う。
彼女とてクロウがこの場に佇んでいる危険性はわかっているはずなのに。
「どうかしたかい?」
「きにならない? あの子のこと」
舌足らずな口調と、理性的な目つき。
このあの子、とはヒソカではなくルイのことだろうと思った。
「気にならないといえば嘘になるけれど……」
気にしても仕方がない、というか。
元来、流星街の治安はいいも悪いもない。
だが最近は特に悪いと聞く。
今回セレネから呼び出しを受けて流星街に来る前、懇意にしている情報屋からはくれぐれも気をつけるようにと言われた。
「さいきん、ヤケになったマフィアがかっぱつにうごいているときく」
情報屋ではなくとも、流星街に住まう人間であればそれを肌で感じることだろう。
情報の集まってきやすい立ち位置であるセレネたちであれば尚更か。
流星街にマフィアは当たり前のように存在している。
カキンが衰退したことで、カキンが巣食っていた
殆どのカキン系マフィアは滅ぼされるか、祖国へ半ば追放されるようにして消えていったが、現在もしぶとく残っているものはいるらしい。
利益は度外視、倫理も度外視でただ己の欲望を晴らしたいがために行動する
目も当てられぬような酷い所業を平気でする性癖の歪んだ者がいるとか。
スナッフフィルムを目にした情報屋は心底辟易した顔でクロウに注意喚起してくれた。
人攫いは日常茶飯事で、特に子どもが攫われやすい。
こんな情勢だから、まだ小さいヒソカを連れてくることはかなり悩んだが、我儘を滅多に言わないヒソカが、必ずクロウの言う通りにするから連れていってと頼み込んできたものだから連れてきた。
ヒソカもそこそこ戦えるようになってきている。
天才的な戦闘面の才能は、クロウも認めている。クロウが幼いときよりもずっとセンスがいい。
だがそれでもまだ足りない。
ヒソカはいま、流星街のなかでも比較的安全な街にいる知り合いに預けている。
ヒソカと違って、ルイがどうこうされることはないと思うが……。
そう思う気持ちが表情に出ていたのだろう。セレネが言う。
「たしかに、ゾルディックだからきっともんだいはないだろうけど、すこし、きになることがある」
「……と、言うのは?」
言いつつ、クロウは周囲を警戒し続ける。
「あのこうけいをみていこう、みらいもかこも、みえない」
あの光景とは以前セレネが言っていた、ルイとともにクロウとよく似た、だけど非なる人物が現れたという場面のことだろう。
誰の未来が見えないのだろうか。全員であればセレネ自身の能力が原因だろうし、特定の人物であればその人物に何かがある可能性が高いだろう。
詳しく話を聞こうとしたところで、家の扉が勢いよく開いた。
クロウは反射的に絶をして素早く姿を隠した。
「セレネ!!! クロウはまだいる?!」
玄関から飛び出てきたルーナの凄まじい勢いと、隣にいたはずのクロウが一瞬で消えたことに目を白黒させているセレネはキョロキョロと辺りを見回した。ルーナに続いて家から出てきたレンコの姿を見て目をぎょっとさせる。
クロウは喉元で息が詰まるのを感じていた。
黒いマスクで目元以外は殆ど覆われており、真っ黒のドレスに身を包んでいるが、一目で分かった。
いつも黒い服に身を包んでいるとは聞いていたが、本当に真っ黒だ。
彼女は今もこうして喪に服しているのだろうか。
今もなお、悲しみ、苦しみ続けているのだ。
クロウの胸はギュッと切なくなった。
偶発的にレンコの姿を見ることが叶ってしまったが、本当ならば除念を完了するまで会うつもりはなかった。
1日でも早く除念師を見つけ出し、家族3人で暮らしたいと彼女の姿を見て益々強く願う。
クロウは今すぐにでもこの場を立ち去るべきなのだろうが、セレネと大事な会話の途中だったこともあり、隠れてその様子を見ていた。
ルーナは自分の名前を出してしまっていたが、よかったのだろうかと冷や冷やしながら。
レンコの中でクロウもヒソカも既に死んだ認識のはずだ。
ルーナはセレネに言う。
「よくみて、いない。あの
「うそ……」
セレネと同時に隠れていたクロウもオーラを隠しつつ凝をする。
いない。
「暫くぶりに、頭がスッキリしているわ。本当に憑き物が落ちたような感覚よ。
母さんもセレネも……どんどんと小さくなってしまうのね……」
レンコが困惑気味の穏やかな口調でそう言った。
念獣に付き纏われる疲労で痩せほそり、目元に深いクマができているものの美貌は健在だった。
あの人が死んだから、念獣が消えた。
その可能性はゼロではない。だが、セレネが水晶玉で見えた未来を引き寄せるために行動した結果だと考える方が妥当だ。
あの人が産んだ少年が、あの人を長らく縛っていたなにかを解き放ったのだ。
そこそこ力のある除念師にも除念できなかったほど強力な念獣だったのに、それが、消えた。
いっそ呆気なく感じるほどだった。
本当に終わったのだろうか、とクロウは信じられない思いだった。
現実感がない。
「ちょっとまってて」
セレネは家のなかへと走っていき、しばらくして幼い身体には大きすぎる紫の水晶玉を両手で抱えて持って出てきた。
セレネが念を込める。
紫色の球が黄色の光を発し、ピキピキ、と内部から細かいヒビが入る。
ジグザグの割れ目をパカリと見せて水晶玉は二つに割れた。割れたから取り落としたのか、落としたから割れたのか。
ゴトン、と地面に転がった水晶は光を失っている。
「あ……」
セレネが小さく声を漏らす。
同時に、クロウの携帯が震えた。
見覚えのない番号だ。
目の前の状況に少し悩む。もしかしたら大事な連絡かもしれない。
だが、いま目の前の状況よりも優先すべきことがあるだろうか。
悩みながらも、クロウはヒソカが頭によぎった。
もしかしたらヒソカのことでの連絡かもしれない、とレンコたちを視界に収めながらも、一応自身の声が届かない場所まで距離を取って通話ボタンを押した。
「もしもし」
『あー……よかったー……出てくれて』
それは先ほど別れたルイであった。
「キミの新しい携帯かい? 登録しておくよ。
もしよければ、改めて掛け直しても構わないかい?」
『あー……忙しいところ……とうに申し訳ないんだけど……人を送って欲しい……だ。クロウしか……頼れなくて』
かなり声が遠い。
クロウは携帯を耳に押し当てて、ルイの声を聞き取る。
「今すぐに、ってことだね?」
『うん。一刻を争う。……診療所には……くを入れているから、大人一人が重症で……でくれる人手が……ぃんだ』
「声が遠くてところどころ聞き取れていないけど、今すぐ人手が必要ってことは分かった」
『すまな……いっしょうの……お願いだ』
「承ったよ。すぐに行く。位置情報を送れるかい?」
『ありが……ほん……に、』
キャッチが入る。セレネからだ。
「ごめん! ルイ、ちょっと保留にする」
ルイからの通話を保留にして、セレネからの電話を取る。
『クロウ、いまどこ?』
「セレネ、すまない。今すぐに行かなきゃいけない急ぎの用事が入った。
家に入って待っていて。すぐに終わらせて向かう。
一連の様子はボクも見ていた」
緊急性はきっと、こちらのほうが上だ。
いますぐに動ける人など自分しかいない。
クロウは後ろ髪引かれる思いで、ルイが向かった方向へととりあえず走り出した。
そして保留を切って再び電話を繋ぐ。
「ルイ? もしもし、ルイ? 聞こえるかい?」
なにも聞こえない。スピーカーに変えてみても変わらない。
携帯の画面を確かめると、通話中になっている。
なのに少しも声が聞こえない。
「ルイ! ルイ! 聞こえていたら答えてくれ!」
走りながら声を上げる。
しんと静まり返った電話口の向こうからは、なにも聞こえない。
絞り出すようなルイのその声色が耳の奥でいまだに聞こえる気がする。
“いっしょうの、お願いだ“
大人一人が重症だ、と言っていた。
ルイは弟たちと合流するために発ったから、それはおそらく護衛の執事の可能性が高い。
ただ、それだけであればルイ一人でなんとかなる。大人一人と弟を背負って走るくらいルイには訳ないことだろう。
なんとかならないからクロウを頼ってきたのだ。
クロウは速く、もっと速くと懸命に足を動かした。
先ほどルイに携帯を貸した際に、メールに位置情報が添付されていたことを思い出し、話中のまま操作して、その情報を開く。
おおよその方向を示すGPSを頼りに、方向を改めて、なおも走り続ける。
電話口はずっと沈黙しており、ルイからの位置情報のメールはしばらく経ってもなかった。