ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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イルミ視点
ちょっと前の時間軸
思ったより長くなっちゃった(1万字くらい)
ゆっくり読んでね


いい人の裏側

 

 イルミたちは流星街へ約1週間程度の旅路でたどり着いた。

 途中陸路でしか通行できない場所があったため時間がかかったが、全て飛行船で移動できていたらもっと早かっただろう。

 

 飛行船はゾルディック家専用のチャーター便であったが、飛ぶこと自体を禁止された空域もあるのだ。ゾルディックは意外と世の中のルールを守る。

 

 イルミは1週間、手持ち無沙汰であった。端的に言うとやることがない。

 基本的にイルミは1日の流れが定まっており、家にいれば暇をすることはない。ただやるべきことを淡々とこなしていくのみでそこに感情は付随しない。

 イルミがもっと大人であれば、船内でもできる仕事を自ら請け負ったことだろう。現状のイルミができるのは、自らの鍛錬、ただそれだけ。

 ゴトーが24時間護衛についているため、万が一敵からの襲撃があったとしてもイルミの出る幕は基本ない。

 起床時間も就寝時間も自分で決められる。携帯で連絡をしたい相手もいないし、効率的なトレーニングのためにも休息の時間も必要。

 

 移動が目的で発生した()()()時間だからこそ、イルミは己自身について思いを馳せた。

 

 イルミは日課のトレーニングをこなしたあと、毎日少しずつ胸のなかの複雑に絡まった気持ちを掬い出す作業をしていた。

 

 こういう時、人は誰かに話して心のうちを整理するものだが、生まれてこのかたイルミが自分の心のうちを話したのは、そして話そうと思えるのはルイしかいなかった。

 

 そのルイに電話は繋がらない。

 

 狭い世界ではあるが、それがイルミにとって当たり前のことであった。

 

 親は強いが、頼ったりはしない。執事は使うものであって、心を許すものではない。暗殺者に友人は必要ない。ただ、ルイだけがイルミのなかで不思議と特別な立場になってしまった。

 

 狭い世界に辟易したこともなかったし、不満を覚えたこともなかった。

 

 ルイはイルミに友達を作らせようとしていたらしく、ヒソカとかいう奴と今度会わせると言っていたが、結局まだ実現していない。

 

 別に友達なんていらないのに。

 

 ただ、ルイにいさえいれば。

 

 

 日々、己の心と向き合った。

 ルイのことは特別だとは思っていたが、自分が思っている以上に心の奥深くまでルイがいることに気付いた。己という希薄な存在よりもずっと鮮明なルイ。

 

 もはや自分を形成する一部であるほどにルイの存在は強く濃くイルミのなかにあった。だからこそ、イルミはルイが自分から離れていくことがたまらなく嫌だったのだろう。

 

 ルイの世界の中心が昔も今も、果てのない遠い未来でさえも常に自分であって欲しいと願う心に気づいた。

 

 そのことを自分で認識できたのは、大きな進歩である。とイルミは判断する。

 

 だって自分がなにを求めているのかわからなければ、どう行動するか決められない。

 

 望みや願いといった類の感情が()()()自分にもあったことには素直に驚いた。

 

 自分の人生において他者を必要としている。依存している。そのことを認めるのに僅かばかり時間はかかったが、それがルイであるならばまあいいやと思った。

 

 

 イルミは己自身のことを喜怒哀楽といった感情に薄く、欲に乏しいほうだと認識していたが、もしかしたらそうでもないのだろうか。

 

 

 突然こてん、と小首を傾げたイルミに、隣で控えていたゴトーが不思議そうにする。

 

「どうかなさいましたか? イルミ坊っちゃま」

 

「うん。感情の整理中」

 

「それは! とてもよいことでございますね。

 もし誰かに話したくなったり、心の整理が進まなくなればいつでも私に声をおかけください。一人では思わぬ方向に思考が進んでしまうこともありますから」

 

「うん」

 

 まあ、話したくなる日がくるとは思えないけれど。

 

 

 

 さて、ルイの現状を知ることもイルミの願望を叶えるための計画を立てるうえで大事なことだろう。

 

 どうして家に帰ってこないのか。どういう事情があって連絡をしてこないのか。正しく見極めなければならない。

 

 

 少しずつ冷静になってきたイルミは思う。

 

 ルイとの別離は、近い未来か遠い未来、いずれにせよいつかは起こることだった。

 

 

 イルミがそのことをまるで想定していなかったから衝撃を受けただけで、ルイはいずれイルミのものだけではなくなってしまうのだ。

 

 

 例えばこれから成長していって、弟や妹が出来たら。

 きっとルイは弟たちのことを可愛がることだろう。

 しかしながらルイのなかで1番の弟は自分だ。間違いない。

 

 自分が弟や妹たちのことを可愛がることができるかどうかはわからないが、ルイの関心を引く存在だからという理由で殺すことはないと思う。

 

 ……たぶん。

 

 

 もっと大きくなって、ルイが結婚したら。

 きっとルイは家督を継ぐだろうから、ゾルディック家にいる。

 そしてイルミのことも変わらず大切にしてくれるだろう。

 

 シルバは10代の半ばくらいには結婚し、ルイが産まれたと聞く。

 そう考えると、既に家を継ぐことが決まっているルイが結婚するのも子どもができるのも恐ろしく早い可能性はある。

 

 近い未来でルイの子どもが生まれたら。

 想像すらできないし、したくもないが……ルイはその子どものことを、イルミを愛してくれたように愛することだろう。

 

 そのときの、ルイの一番は一体誰なのだろう。

 イルミはそのとき、その子どもよりも大切な存在なのだろうか。

 

 弟や妹ができたとしても自分が一番だという根拠のない自信があったのに。

 

 胸がもやっとする。

 

 

 移動だけが目的の、1週間もの考える時間があったからこそ、イルミはそんなことにまで想いを馳せていた。

 

 現実感の乏しい未来でルイの世界の中心が自分でない、と考えることは可能だった。

 

 子どもが子どもを持つなんて、普通考えないしありえない。

 

 現実感が乏しいからこそ、その想定に冷静でいられた。

 

 非現実的で生産性のない思考にイルミは自分自身で呆れた。そのことが余計に感情のクールダウンに繋がった。

 

 

 何をしでかすか自分で自分がわからなくなるほどの激情が時間とともに緩やかに収まっていく。

 

 考えていくなかで、イルミは思った。

 

 どう頑張ったって、どう行動したって、時が経つにつれてルイの世界の中心は自分ではなくなってしまうのだ。

 きっと。

 

 

 イルミの一番はルイでしかないし、それ以外に興味なんて露とも覚えないのに、ルイは自分の世界をどんどんと広げていってしまうのだ。

 

 

 胸のなかのなかにあったなにかを、落っことしてしまったような、不思議なここち。あるべきものがなくて虚しい気持ち。

 

 

 ルイのイルミへの愛が尽きることはないだろう。

 

 だけどイルミにはルイだけなのだ。それ以上はいらない。不要なもので周りを固められたくない。

 

 自分と同じように、ルイにいにはオレだけを見ていてほしい。

 

 ずっと、オレを世界の中心に据えていてほしい。

 

 ずっと、ずっと。

 

 

 イルミは未だ長く生きていない。心の情緒もこれから育ってゆくところだ。

 両親代わりに育ててくれた兄への家族愛は、独占欲に満ちていた。

 これくらいの年頃の子どもであれば当たり前のことだ。

 だがイルミは自分以外の子どもを知らない。

 

 それ以外の感情が薄すぎるがために、ルイへの感情がイルミの中でとても大きなものであるとイルミは勘違いし、それを主軸としてしまった。

 

 

 “どうすればずっとルイはイルミのことを想ってくれるのだろう”

 

 目的を達成するための方法をイルミは考えた。

 今までのイルミは、自分に軸が置かれていた。

 しかしながらこの1週間の閉鎖空間での偏った思考が原因で、幼いイルミの心の主軸はルイの自分へ向ける感情となってしまった。

 

 

 自分の人生の主軸は、自分に置かねばならない。

 そんなことすら知らぬ幼い暗殺者は、たった一人の兄の心を独占するべく頭を悩ませた。

 

 

 移動間ではその答えは出ず、流星街に辿り着いた。

 

 

 ルイの近くでは常にゾルディック家の執事が監視しているため、流星街についてからルイの元へと行くまで迷うはずもなかった。

 

 流星街の土地に明るいゴトーもいるため、予定通り1週間程度でたどり着き、そこから1週間はすぐにルイに接触しようとするゴトーを留めて、ルイのことを観察した。

 

 家には到着したことを報告しないようにと命じる。

 

 いまのイルミには目的がある。時間が必要だ。ルイを観察し、己の目的を達成するために計画を練る時間が。

 

 

 観察しながら考える。

 

 いまのルイはどのような状況なのだろう。

 どうすればルイが己のことを一生大切に想ってくれるのだろう。

 一生彼の心のなかの一番でいられるのだろう。

 

 

 随分と久しぶりに見たルイの姿に、ゴトーは胸を撫で下ろしていた。

 ご無事でよかったですね、とイルミに声をかけてくる。

 イルミは何も答えずに、瞬きもせずただルイを見ていた。

 

 

 見た目では変わったところはない。強いていうならば白衣を身につけているくらいか。その白い姿はとても新鮮に感じた。

 

 闇夜に紛れるため、血の色を隠すため、基本的に暗い色合いの服を身につけることが多いからだ。

 

 

 観察を続けていると、ルイはすっかりこの地に居場所を作り上げていることがわかった。

 イルミの知らない人たちと交流している。

 知らない人と食事をし、知らない人と笑い合い、知らない人とハグしている。

 

 

 ルイのもとをピンク髪の少女がよく訪れていた。

 イルミは感情の機微には鈍いほうだが、あれはどう控えめに見てもルイのことが好きだろう。しかしながらルイは気づいてもいなさそう。

 

 ルイとしても、自分から抱きしめるくらいだから悪い気持ちは抱いていないのだろうが。

 

 イルミは兄のことを兄以上に知っている。

 ルイは人との心の距離が近いように見えて、その実人を選んでいるところがある。

 誰にでも気さくで、しかしながら心を許している人間にしか身体を触れさせない。

 

 きっとこのことは、ルイ自身は知らない。

 

 でもイルミは知っている。

 だからこそ思う。

 それが、あの少女にはそれが許されているのだ、と。

 

 

 ――邪魔だなあ、と思った。

 

 

 ルイの観察ついでに得た情報によると、桃色の髪の少女はマチというらしい。少し後をつけてみただけで、かなり人望があることがわかった。

 

 老若男女問わず人気があり、同じくらいの少年たちからは好感を持った視線を向けられている。それなりの立ち位置を築いているらしい。

 

 さくっと殺してしまおうかと思ったが踏みとどまったのは、そういった理由だ。

 

 ああいう輩を排除していけば、自分の気持ちは満たされるのだろうか。

 

 

 己のうちを何も語らず、流星街におけるルイの生活やその周辺の人々のことを観察し続けるイルミをゴトーは物言いたげな瞳で見ている。

 度々視線を投げかけられていることには気付いていたが、ゴトーは何も言ってこない。

 

 ゴトーにだけ言いつけられた流星街での任務があるらしく、途中何度ももう一人の執事にイルミの護衛を任せていなくなった。

 

 残党処理とやらをしているらしい。

 

 

 ゾルディックはビジネスに忠実だ。

 恨みつらみなど抱えていては生きていけない職業柄、金に絡まないことはしない。

 

 こんな辺境の地まで逃げてきた残党を処理するだなんて、一体依頼主はいくらの金を積んだのだろうか。

 

 ゾルディック家の家のものではなく、執事が処理をしていることから正式いな任務――つまりは暗殺対象ではないのだろう。

 

 暗殺対象ではないのに、残党処理で執事が動員される。

 

 不思議なこともあったものだ。

 

 こてんと首を傾げたイルミは、ルイが家のなかに引きこもっている間に流星街の様子をなんとはなしに眺めつつ、考えていた。

 

 

 残党処理とやらは順調に進んでいるとゴトーから聞いている。

 

 流星街に潜伏している残党は見つけ次第狩殺すよう命じられているらしいが、カキン国内へ入れば手出しは無用だという。

 

 

 ゴトーの集めてきた情報によると、カキンマフィアは流星街からも撤退を決めたらしい。

 

 15人以上殺してようやく狙われていることに気づくということは、組織としてもあまりちゃんと機能しなくなってきている証拠だとゴトーは苦い顔で言っていた。

 

 なぜそんな顔をするのかが分からずイルミが尋ねる。敵の数が減るのならそのほうがいいのに。

 

 ゴトーは少し迷い、言った。弱いものいじめはあまり好きじゃないらしい。

 

 

 カキン。

 家でよく話題になっていた国だ。家どころか世の中でよく話題になっていた。

 イルミには詳しく教えてもらえなかったが、カキン絡みの大きな仕事があったのだろう。それくらいは察せられる。

 

「ねえ。そのマフィアは何したの?」

 

「……かなり残虐なことをしているようです。子どもを惨殺したり、売り飛ばしたり、国外の人間であるからか好き放題に」

 

 ゴトーがあまりにも一生懸命に残党狩りに励んでいるものだからイルミが尋ねたところ、そんな答えが返ってきた。

 

 イルミはゴトーを白い目で見る。

 そんな理由じゃないだろう、と。

 

 ゴトーはにっこりと微笑んで頭を下げた。

 

 ゾルディック家は慈善団体ではない。

 慈善団体がマフィアの暗殺を依頼してくることはないだろうし、ゴトーの言っていることはおかしい。

 

 ゾルディックが動く理由にはならない。

 

「近いうちに残党たちの大移動があるようなので、私はそちらの監視に向かってもよろしいでしょうか」

 

 現状ルイを見張るだけで、護衛の必要性は低いイルミにゴトーがそう尋ねてくる。

 

「いいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 ふと思う。

 

 酷い振る舞いをするらしいマフィアが移動途中に獲物を見つけたら、どうするだろうか。

 

 狩るに決まっている。

 

 これは使える、とイルミは思った。

 

 あの桃色の髪の少女をそこへ誘導すればいい。これで自然に、簡単に処理できる。

 

 良いように言えば人が良さそうな、悪いように言えばこんな場所にいるのにまるで警戒心が足りない少女を誘導することは簡単そうだ。

 

 そうして排除してしまえば、ルイの心は再びイルミだけのものになるだろう。

 

 一先ずは、これで安心だ。

 

 しかしながら、無限に湧いてくる蟻をこうして潰していくにしても限度がある。

 自分よりも強い相手のことをルイが想ってしまったら。

 

 例えば前に家に訪れたゴリラのような女性なんか、今のイルミには到底敵わない相手だ。

 

 

 根気強い作業は苦手ではないが、根本からの解決には至らない。

 

 ルイの心のなかに不動の立ち位置を築くには、なにが必要なのだろう。積み重ねていく時間? 贈り物?

 

 ――忘れられない衝撃?

 

 忘れたくても忘れられないほどの衝撃。考えたくなくても考えてしまうほどの強い衝撃。

 

 どうすればそのような衝撃を与えられるのか、世の常識を知らぬ暗殺一族として育ったイルミは思った。

 

 

 忘れられないほどに強い心の傷は、トラウマとして残り続ける。

 

 

 

 イルミはいっそのことルイを殺してしまうことも考えた。

 己が一番であるうちに、ルイのことを殺してしまえばその心配はしなくていいからだ。

 

 それはイルミの中で選ぶ可能性がある選択肢のひとつではあった。だがその後のイルミの人生がつまらないものになることは必至だ。ルイ以上に興味を覚える存在など現れないのだから。

 

 

 ルイを監視する日々を過ごしていたイルミは、ゴトーがいなくなってしばらくしてから、残った執事に言った。

 

「ちょっとその辺歩いてくる。遠くまで行かないし危険なことはしないから、お前は監視を続けていて」

 

 今日のルイは子ども二人と連れ立って歩いている。一人は見たことがあるが、もう一人は見たことがない。

 

 執事は快諾した。

 彼も休憩したかったに違いない。イルミの手前サボるわけにもいかず、息苦しかったのだろう。

 

 本来ならばイルミを一人きりにしてはならない。

 イルミからすれば都合はいいが、ゴトーにはきっとバレるだろうし、この執事は大目玉を食うだろう。イルミはルイとは違ってそのフォローはしない。

 

 イルミは気配を消して走り出した。

 

 調べれば、カキン系マフィアが大移動をする話は、知る人は皆知っていた。

 

 詳細は伏せて誰かがその情報を流していることは明らかだった。

 

 その目的は、不用意に人を死なせないためだろう。

 

 だから情報は選ばれた人にのみ、通達されている。

 

 街にとって必要な人間には知らされ、きっとそうでない人間や、情報の管理が甘い子どもには知らされていないのだろう。

 

 

  

 イルミはここ数日風呂に入れてないので、いい感じに小汚い。まるで現地の子どものようだ。それでもイルミの身なりは綺麗なほうで、街を歩いていると商売熱心な店員がイルミへ声をかけてくる。

 

「知ってる? 今日なんかあるって」

 

 コインをチラつかせながら確認する。商人の目の色が変わる。

 

「ママに聞いたのかい? 大きな声では言えないが、ママの言いつけ通り、大通りにはいかないようにな」

 

 そう言われた。何人かに同じような質問をしたが、皆が皆同じようなことを言った。

 やはり大人には情報共有がされているらしい。

 

 イルミは必要のないフルーツやらパンやらと、情報を手に入れた。

 

 それらを腹を空かせている者たちへと配る。

 

「商人が移動しているみたい。大通りのほうへ行けば、もっと色々もらえるって。

 もう国に帰るからこんなにいらない、って。オレもそこで貰ってきたんだ」

 

 情報を与えられなかった飢えた者たちは、実際にたくさんの物資を持ったイルミの発言を信じて我先にと大通り方向へと向かっていく。

 

「ねえ。キミも親に大通りに近づくなって言われた?」

 

「あ、あぁ……お前も言われたのか。

 理由は教えてもらえなかったけど、今日は絶対に大通りに近づくなって……俺のダチは一日家から出してもらえねえらしい」

 

 困惑顔の少年を捕まえて、イルミは言った。

 近くでみると、明らかに他の子どもたちよりもいい服を着ている。

 

「まあ大人は隠したがるのも無理はないよね。

 だって、あんだけの物を貰えるんだから。

 ラクしていいものを貰えるようになるなんてキョーイクに悪い。なんて大人が考えそうなことだよね」

 

「なるほど、だから母ちゃんたちは……」

 

「オレは行くよ。大人の口車に乗せられるのはガキだけだ。

 一日中家から出してもらえない子を救い出して、いい思いをさせてあげたら、きっとその子はキミのことをヒーローだと思うだろうね」

 

「マチが……俺のことを……」

 

「じゃあね」

 

 イルミは子どもらしく走った。

 おい、と声をかけられたが止まらない。

 

 これで動いたらラッキー。動かなかったら次の手を考えないとな。

 

 案の定追いかけてはこない少年の視線を感じなくなったことを確認して、執事のもとへと走る。

 

 執事は診療所近くの木の麓でうろうろしていた。

 

「ああ、イルミ様! ルイ様が移動されました。追いかけますか?」

 

「んー……いいや。

 それよりゴトーどこに行ったか知ってる?」

 

「ええ、一応場所は聞いておりますが……」

 

 苦い顔をしている。イルミを近づけるな、とでも命じられたのだろう。

 

「ちょっと急ぎで伝えたいことがあるからさ、ゴトーの場所教えて。

 お前だけルイにいのことを追えばいいよ」

 

「いえ! そういうわけには参りません。

 少々お待ちください。確認いたします」

 

 マチとかいうあの少女は、街の中で結構な人気者である。

 この界隈に住む少年たちの視線を、心を攫ってしまうほどに。

 

「電話口でもよろしいでしょうか、とゴトーが申しております」

 

「よかったら最初から電話かけてるよ。バカなの?」

 

「失礼いたしました!」

 

 ぺこぺこしつつ再び電話でゴトーに連絡しようとしている執事に言う。

 

「どうせ大通りでしょ? 行くよ」

 

「あ、イルミ様! お待ちください!!」

 

 イルミはあえてゆっくりとしたペースで走り出す。

 背後では執事がしつこく声を張り上げている。きっと電話先でのゴトーへのアピールも兼ねているのだろうが、うるさいことこの上ない。

 

 

 街中を経由してから大通りを目指すつもりだ。

 

 大通りで目的の姿を見つけられなければ、街中へ引き換えそう。

 

 目論見通り、あの少年が少女を連れ出すことに成功していたらよし。していなければ、面倒だが攫ってくるしかないだろう。

 

 

 

 次の手まで考えていたイルミだったが、目的の桃色の髪を大通りで見かけて内心で驚く。

 

 へえ。

 あいつ、うまいことやったじゃん。

 

 ヘタレそうだし、うまくいかない可能性の方が高いと思っていた。

 

 

 イルミはゴトーのもとへと走った。

 

 泣きそうな顔で執事がイルミの後ろを着いてきている。

 

 ゴトーはちょうど誰かと電話をしているところであった。

 

「ルイ坊っちゃま?! ご、ご無事でよかったです……! あっ」

 

 イルミは条件反射でゴトーから電話を引ったくった。

 イルミがいることに目を白黒させているゴトーは、電話をひったくられるがままであった。

 

「ルイにい?」

 

『イルミか! さっきイルミにも電話を掛けたんだ。迎えに来てくれてるんだってな。ありがとうな』

 

「ルイにいだー」

 

 その声色は、自分がずっと聴き続けていたもの。

 やわらかく響くやさしい声に、イルミはぼんやりとつぶやいた。

 

 そして疑問に思う。

 

『どうした、イルミ?』

 

 なぜ気づかない?

 どうした。本気で言っているのか。

 

 イルミはこの1週間、イルミがルイのことを観察していたことをまるで知らないのだと悟った。ルイほどの人間であれば誰かに監視されていることなど気づいているはずだ。

 

 いつものルイであれば、イルミが監視していたのだとすぐに思い至ったはずだ。

 

 今こうして普通に話しているのが、おかしい。

 

 わからない。

 

「ルイにいってさ、よくわかんない」

 

 心のままにそう言った。

 その後もイルミの言葉を待っている様子だったので続ける。

 

「父さんより、ママより、執事たちより誰よりもよくわかんない。

 なんですぐに帰ってこなかったの? なんで何も言わずにいなくなったの? ルイにいにとって、なにが一番大事なの?」

 

 オレのことを一番大事にしてよ。

 

『すぐに帰れなかったのは、ごめん。

 誘拐されて、記憶喪失になってたなんてただの言い訳だよな。

 オレにとって一番大事なのは、物心ついたときからずっとイルミだよ。

 ごめんな。不安にさせて』

 

「そっかー……」

 

 イルミの頭の中でなんとなく情報が繋がってくる。

 

 誘拐されて、記憶喪失になった。

 

 きっとルイを誘拐したのがカキンのマフィアなのだろう。報復に動かないはずのゾルディックが、それを為した。

 為してなお、残党狩りまでしている。

 

 

 ルイの記憶が戻ったのはいつのことなのだろう。

 

「ピンクの髪の子ってさ、ルイにいの大事な人?」

 

 聞いてから、ふ、と天啓が降りた。

 

 あの少女は自分のことをまだ知らない。

 

 自分があの子のことを助けたことにしたら、ルイはどう思うことだろう。

 

 あの少女を助け、その最中で致命傷を負うなりする姿を見せる。

 きっとそれは、ルイの心の衝撃になるだろう。

 

 あわよくば、癒えない心の傷になりたい。

 

 

 少女のためにイルミが傷ついた事実を知れば、少女のことを疎ましく思うかもしれない。

 

 もしも自分より、執事より敵が強くて死ぬことになっても、ルイはこれでイルミのことを一生忘れない。

 

 ルイの心の深い部分で、イルミはずっと生き続ける。

 

 イルミは心がじんわりと満たされる気持ちになるのを感じた。あたたかなお湯で温められているような。

 

 まだ起きてもいない妄想に心地よさを感じた。

 

 

 ルイからの返事は、なかなかなかった。

 嫌に長い沈黙に、答えは出たと判断した。

 

 だが、好都合だ。

 

 あの少女がルイにとって大切な少女であれば、一層やりやすい。

 

「そっかー」

 

 イルミはそう言って、電話を切った。

 

「ねえ、ゴトー。あそこにピンクの髪の子が見えるでしょう?」

 

「ああ、はい……何度かルイ坊ちゃんと会っていましたね」

 

 投げ返された携帯を見ないままに受け取り、イルミが指し示す方向をゴトーは見る。

 

「あの子、ルイにいの大事な人なんだって。

 守ってやってくれ、ってオレ、頼まれたんだ。

 あー……一歩遅かった」

 

 ちょうど少女が車に引き込まれるところだった。

 それを眺めながらイルミが言う。

 

「ルイにいのために、ゴトーも付き合ってくれない?」

 

 ゴトーは目を見開いた。

 眼鏡の奥の瞳が信じられないものを見たかのように戦慄いている。そして、泣いた。

 

「イルミ坊ちゃんがそこまで……そこまでルイ坊ちゃんのことを想って……こんなに、心の成長をなさっていたなんて……しかしながら、イルミ坊ちゃんが傷つくことはあってはなりません。ここは執事たちにお任せください」

 

「ま、ダメっていうことは想定済みだよ」

 

 イルミは執事たちに妨害されぬよう、自分の背後にいた執事をゴトーへ向けて転がした。

 

 その一瞬の隙をついて車の方向へと走り出す。

 すぐにゴトーたちは体勢を立て直して追ってきた。

 

 イルミは猛スピードで車の窓ガラスに突っ込んだ。

 

 運転席の男、助手席の男を難なく殺して、ギャーギャー喚いている男の顔面を殴って黙らせる。そして殺す。

 

 白い布を被っている奴らばかりで誰が誰だかわからない。気絶されてたら面倒だなぁ。

 

 そう思いつつ顔の布を取っていく。

 

「あ、いた」

 

 イルミは最後に目当ての少女を見つけた。

 

 まるで自分の置かれた状況がわかっていなさそうな様子だ。叫んでいないこと、気絶していないことは評価する。

 

「キミ、結構迂闊なことするよね」

 

 おかげで、オレはルイにいの1番になれるよ。

 

 イルミは内心でつぶやいた。

 

 

 これでオレは、ルイにいの心の傷(トラウマ)になれる。

 

 

 

 

 

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