ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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愛する弟に逢いに

 

 ゾルディック家では、公表されていない長男坊の葬儀が密やかに行われた。葬儀というと大袈裟に聞こえる。ただのお別れの場と称した方が正しいかもしれない。

 

 見送るのは家族と使用人だけ。

 

 特別にあしらわれた黒い棺は、成人のものよりも小さい。その小ささが物悲しさを漂わせる。

 棺には溢れんばかりの花が遺体の顔を避けて詰め込まれている。

 

 黒服に身を包み、誰もが沈痛な面持ちを浮かべていたが、一層哀しげだったのはキキョウであった。

 棺に寝かされたルイに縋り、食事も摂らない。

 なぜ、どうしてと3日3晩声が枯れても叫び続けた。

 

 キキョウのその姿は悲痛そのもので、普段のキキョウに対しては良い印象を抱いていない使用人でさえ可哀想なものを覚えるほどだった。ルイが死んだ悲しみだけでなく、キキョウの心内を想って、さらに涙を流す。

 

 無理が祟ってキキョウは倒れた。倒れてもなお、ゴーグルで隠されておらず唯一見える口元は、苦しげに引き結ばれていた。

 

 

 神に祈ることも仏に祈ることもしない。

 

 ただルイが死んだことを、生者たちが確認するだけの葬儀。

 

 ゾルディック家の葬儀は、遺体なしに行うこともあった。葬儀すら行われないこともあった。

 

 

 誰もいない深夜にルイのもとを再び訪れたシルバは、いつもと変わらぬ表情であった。

 

 愛息子から貰ったヘアブラシと、使い勝手のそこそこいいベンズナイフを懐から取り出して、そっとたくさんの花の下へと隠す。

 

 俯いたシルバの顔に影が差す。

 

 なんだかんだ愛用していたから、また新しく同じようなものを新調するつもりだ。

 

 ルイから貰ったこれを使い続けることは、日々思い出すことにつながある。

 

 それはあまりにも辛すぎるとシルバの心が判断したのだ。

 

「一緒に埋葬しちまったら後悔するぞ」

 

 誰もいないはずの空間に響く声。

 

「つけてきたのか。わざわざ本気で気配を消して。

 趣味が悪いな、オヤジ」

 

「素直に悲しめない息子を持つと苦労するんじゃ」

 

 ゼノに見つめられたシルバは少し悩み、花の下に隠したヘアブラシを再び懐へとしまった。

 そしてため息を吐く。

 

「我が子の死とは……これほどまでに胸に刺さるんだな」

 

 孫からのプレゼントである衣服をそっと撫でたゼノは、シルバの横に立った。

 

「そう言えるようになったとは、お前も大人になったんだな」

 

「弱音を吐くことが大人だとは思わんが……今日は特別だ。

 オヤジは、どうやって乗り越えた」

 

「幾つになっても、耐えられぬものよ。

 ……じゃが悲しいことに、時間が心を癒してくれることは学んでしもうた」

 

 悲しみを風化させたくなくとも、その出来事は過去となってしまう。

 

 ゼノも何人もの子どもを失ったから。

 

 劇的に心が軽くなる言葉はかけられないけれど、悲しみに沈む息子のそばにはいることだけはできる。

 

 その深い悲しみを、ともに感じることだけはできる。

 

「ルイは、暗殺者らしくない子だったのぅ」

 

「本当に」

 

 男たちは一晩中静かに語った。

 

 

 

 

 重症だったゴトーが目覚めたときには、既にルイは埋葬されていた。

 廃工場で戦うゴトーのもとに突如として現れたルイは、その時にはもうすでに傷だらけだった。それなのにゴトーとともに戦ってくれた。

 主人の命を守れず生きながらえてしまったことを深く悔やんだゴトーは自死を願いでた。

 しかしながら、カキンへと特攻したイルミを止められなかったのは、もう一方の執事の責任であると既に判じられ、ゾルディック家のものであるゴトーの命を、ゴトー自身がどうこうすることは許されないとゼノから直接言われた。

 ゴトーは悔しさを噛み締めて、より一層の忠誠をゾルディック家に誓った。

 

 

 

 

 

 イルミはいつの間にか外傷が癒えていたため、比較的すぐに目覚めた。

 目覚めたら既に屋敷に帰ってきていて、屋敷の皆はルイの葬儀の真っ最中だった。

 自分が死んでいるはずだったのに、現実ではルイが死んでいる。そのことに戸惑いを隠せなかった。

 なにがどうなったのかはまるでわからないが、自分がルイによって助けられたのだということはわかった。

 ルイが冷えた身体で横たわっている。死んでいる。

 どうして。

 自分が小賢しい策を弄したからだ。

 イルミはただ、ルイの心の中心に、自分がいてほしかった。他でもない自分がそう思うのだから、世界はそうなればいいと本気で思っていた。

 だけど。

 そう願うだけならば自由だけれど、それを強要してはならなかったのだ。

 イルミは取り返しがつかなくなってから悟った。

 自分は、ルイへの執着を手放さねばならなかったのだ。

 自由な鳥を鳥籠に閉じ込めると死んでしまうように、ルイを捕らえようとしたからこそ、死んでしまったのだ。

 死んだら、すべて終わりだとイルミは当たり前のことを実感した。

 イルミは激しく痛む胸を無表情で押さえた。そして知った。

 目には見えなくとも、傷はつくのだ。そしてその傷は、目に見えるものよりずっと、痛い。

 もう次なんてない。命は一度限りだ。

 悔やんでも悔やみきれない。

 何よりも大切なことは、死なない、そして死なせないことだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 診療所に迎えにきたルイの家族にルイたちを引き渡し、イサクは今までどおり一人で暮らしていた。

 二人を知ってしまうと、一人はとても、虚しい。

 ルイのことは自分の息子のように想っていた。

 自分が葬儀をあげて、埋葬しようと想っていた矢先にルイの迎えが来た。

 呆気に取られた。突然現れたのと同じように、突然に消えてしまった。

 悲しみに浸る暇もなく患者はくるのでイサクは淡々と日々をこなしていた。

 医者としてさまざまな人間の死を見てきたが、死には一向に慣れない。

 人を助けたいからと医者の道を志したけれど、助けらぬ命もあることに打ちのめされて産婦人科へ転向した。

 生命の神秘、命の誕生に少しずつ心が癒されて、転機があって再び産科以外のことにも手を出しはじめた。

 これからもイサクは流星街で医者として活動してゆくつもりだ。

 ルイがイサクと流星街の住民との橋渡しをしてくれた。それを蔑ろにはしない。

 ルイの友人であるマチがイサクの手伝いをしに来るようになった。いずれは医学を教えて欲しい、と熱心に乞うてくる。

 

「なにもできずに見送るのは、もう嫌なの」

 

 マチのその気持ちはイサクにも痛いほどによくわかった。

 

「あたしさ、ルイのことが好きだったんだ」

 

 耳を真っ赤にして、イサクに背を向けてマチが言う。

 鼻を啜る音が聞こえる。

 

「ねえ、辛いね。大切な人が、もういないって。

 もう一度……あいたいよ……」

 

 

 

 

 

 

 クロロという青年もルイを訪ねて診療所に来た。

 ルイはどこかと問われて、困ったイサクは「遠い所へ行ってしまった。もう二度と、帰ってこないんだ」と告げた。

 彼はそれ以上のことをイサクに尋ねてこなかった。とてもとても寂しそうな顔をしていた。

 幻影旅団という劇団の副団長をしているらしく、教会での公演をよかったら観て欲しいと、手伝いで側にいたマチの分と2枚のチケットを渡された。

 演目はその日によって違っていて、カタヅケンジャーの吹き替えをしたり、オリジナルの劇をしたりしているらしい。

 

 

 流星街の治安は格段によくなった。

 マフィア間の抗争がなくなったからだ。

 カキンのマフィアは悉く滅亡させられ、横行していた人攫いもめっきりなくなった。

 噂によるとファントムを名乗る自警団が流星街の治安を人知れず護っているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 ルーナとセレネはお互い目を合わせた。

 

 その視線だけで互いの考えていることがわかった。

 

 自分と同じ気持ちを相手もまたぴたりと同じように考えていることが確信できるのは、双子ならではの感覚なのだろう。

 

 レンコが救世主(ルイ)の身体の傷を癒した瞬間、()()()

 

 

 死後発動する能力。

 

 魂に由来するものだ。

 ルーナとセレネの瞳には、オーラに似て非なるルイの魂の形が見えた。

 

 死を経験し、摩耗し、消えかけたか細い魂が。

 

 このままだと彼の魂は消えてしまうだろう。しかしながらそれを繋ぎ止めようとする数多の魂の存在にも気付いた。

 

 

 セレネは突然未来が見えなくなった。

 水晶玉も割れてしまった。

 未来が見えなかったのはこのためだったのだ。

 

 セレネは理解した。深いところで繋がっているルーナもまた、セレネがそう感じるのと同じように感じていることだろう。

 

 

 わたしたちは随分と長いこと、生きた。

 

 娘の人生を救ってくれたこの子に、全てを捧げよう。

 

 それはただの恩返しではない。

 どれだけ生きても意地汚い人間なのだ。しっかり打算もある。

 

 

 これは過去(みらい)への投資のようなものだ。

 

 

 自分達もまた彼の魂の補填に関わることによって、愛する娘を救うことに繋がるのだ。

 

 変化する運命(トリムールティ)でルーナとセレネの年齢を、生命力(たましい)を惜しみなくルイへと注ぎ込む。

 

 今すぐにやめたくなるほどの全身の疲労感、本能的に抗ってしまう死への恐怖をねじ伏せて、強靭な精神力をもってルーナたちは命を注ぎ込んだ。

 

 なにもかもすべてを、この人(ルイ)へ。

 

 

 

 

 

 そうしてルーナたちは真黒い空間へと誘われた。

 

 そこには輪郭の薄くなったルイだけが存在していた。

 

 ルイの精神世界(たましいのなか)なのだろう。

 

 どこまでいっても真っ黒い、上か下か、はたまた右か左かもわからなくなるただ黒だけの空間。

 

 空っぽのルイ(そこ)へと、光が注ぎ込んでいる。

 

 器を繋ぎ止めるために、流れ星のような尾のある光が過去から現在からそして未来からも飛んできて、ルイを満たしてゆく。

 

 助けよ、育め、愛あれ、と。

 

 光たちは囁くように歌う。

 

 その光は一族のなかで淘汰された感情深き魂たちの無念の想いであり、願いであり、魂の情報であった。

 

 優しい魂の温もりはルイを満たそうとしている。

 

 魂は繋がっている。

 親から子へ、子からさらに子へ。

 代々紡がれていく縁で、魂は結ばれている。

 現世での役割を終えたその魂たちは、目には見えずともいまを生きる魂を見守っている。

 

 ゾルディックの魂たちと同調して、セレネたちは消えかけるルイの器を満たしてゆく。

 

 

 薄れゆく自我のなか、セレネは(まじな)いをかける

 

 

 特別な存在の彼は短い()()()、三度死の運命を覆す。

 

 

 

 一度目は、自分自身。

 二度目は、クロウ=モロウ。

 三度目は、イルミ=ゾルディック。

 

 

 そして次に巡るときには、きっとルイ自身も、生きていけるように。

 

 そう(ねが)う。

 

 

 セレネはこの光景を一度見たことがあった。

 何度見ても美しいものだ。

 

 消えかけていたルイが魂たちによって蘇っていく、この光景。

 

 

 

 透けていた身体がはっきりとしたものになってゆき、消えかけていたセレネたちの魂が、魂の主人によって()()()()()()姿をあらわす。

 

「初めまして、ではないな。

 ……オレたち、ここで会うのは何度目だろう?」

 

 ルイが言う。

 

「初めてだと思うけれど……初めてではない心地よね。

 魂に時間の概念はないせいかしら。

 わたしもなんだか、既に一度経験しているような気がしているわ。

 正確にいうと……まるで繰り返している気分。

 より良い過去へ、よりよい未来へゆくために」

 

 全盛期の姿となったルーナが言う。

 ルイがなんとも言えない顔で頷く。

 

 喚び出され、現れたルーナの姿は、ちょうど20歳くらいの年頃になっている。

 

 セレネもまたそっくり同じ姿になっている。

 二人はお互いの姿を見て、懐かしさを覚えていた。

 

「わたしはお前の運命を見ることができるのがなぜかと思っていたんだよ」

 

 セレネは笑いながら言った。

 

 年齢(けいけん)を得てもいないのに、どうしてルイのことを見ることができるのだろう、と思っていた。

 

 救世主は特別なのか、と考えていたけれど、それだけではなかったらしい。

 

「どこかで繋がって、自分自身のことを占うのと同じような感じになっていたのやも」

 

 いまの世界線のように、ルイの魂を補填する存在となった自分と共鳴していたのか。

 

 それとも、自分もまた覚えていないだけで、これは2度目か3度目なのか。

 

 世界はいくつも重なって存在している。ちょっとした選択の違いで、未来は枝分かれしてゆく。

 

 そんな枝分かれした世界のことを見るのが占いだ。

 

 

 どこかの世界軸では、ルイとセレネたちが交わらない世界線もあるだろう。その世界線でも、ルイは生き返るのかもしれない。

 

 死後発動する念があることに気づかぬまま、条件を満たさずそのまま死ぬかもしれない。

 

 

 しかしこの世界線は、ルイが死後発動する念の条件を満たし、そして運命を切り拓くセレネたちが手助けするものだ。

 

 これから紡いでゆく新たな世界では、ルイは短い人生では終わらない。

 3度死の運命を覆しても、死ぬことはないのだ。

 

 

「オレは死後に、綺麗な身体であることを嫌だと思っていた。

 それがなぜなのかは今の今までわかっていなかったけど……これもオレの能力なんだな」

 

 産まれたばかりのルイが既に持っていた特質系の能力。

 一族(きょうだい)のために

 

 ()()発動する念だ。

 条件は、身体に外傷がないこと。

 

 その条件は簡単なようにみえて、非常に厳しい。

 暗殺一家の名は伊達ではない。跡目争いで死ぬこともあれば、任務のなかで死ぬこともある。老衰は許されず、強靭な身体は風邪や病気を寄せ付けない。外傷によって死ぬことがほとんどだ。

 

「いま考えると異様なくらいに綺麗な肉体で死にたくない、と願っていた」

 

 ルイが言う。

 

「その能力を発動する条件をさらに厳しくするための暗示だったのでしょうね」

 

 ルーナが言う。

 

「お前は覚えていなかったようだから言わなかったが、お前が巡ってきたことをわたしは知っていた」

 

 セレネが言う。

 

「……たしかに、記憶にないことが現実のように記憶にあったり、既視感を覚えたりすることがあった」

 

「お前の能力は過去の、空っぽだった器に再び舞い戻ることだ」

 

 なぜその器が空っぽだったのか。

 これは卵が先か、鶏が先か。

 

 ルイが未来から過去へと巡ったために空っぽだったのか、それとも空っぽだったからこそゾルディック家の非業の死を遂げた魂たちが合わさって、新たな存在としてその肉体に宿ったのか。

 

 考えてもわからぬところだ。

 

「これから()()()()()()巡る。

 わたしたちは過去と未来を覗き見ることができる。その本質は、運命を変える能力だ」

 

 ルイの過去へと戻る能力だけよりも、きっと望む未来を引き寄せられることだろう。

 

「ルーナ。ルイとともに未来へ向かっておくれ。

 

 わたしはルイとともに過去へ遡る」

 

 過去を変えれば未来は変わる。

 

 だが、現実として固定されたこの世界線でのルイは死んだままだ。

 

 それでは救われぬ者がいる。

 

 だから、この世界の未来も変えねばならない。

 

 かろうじて残っていた、喚び出されたセレネたちの(じが)はルイを補填するように同化し、消えるだろう。

 

 そうなれば、ルイ自身が意識することもできなくなる。

 

 それでいい。

 

 セレネもルーナも心からそう思っていた。

 

 

 

 

 

空っぽの器を満たしに(あいするおとうとにあいに)行きましょう」

 

 セレネがルイの左手(カコ)を取る。

 

 

 

 

新たな時間を刻みに(あいするおとうとにあいに)行きましょう」

 

 ルーナがルイの右手(ミライ)を取る。

 

 

 

 

 ここは時間の流れに干渉されない精神世界だ。

 

 類稀なる力強さを持った魂は、飛び立った。

 

 

 

 一族(きょうだい)のために

 

 

 

 

 

 死後条件を満たした時にのみ現れる特質系能力は、静かに発動した。

 

 

 

 

 

 

 

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