ゾルディック家のブラコン長男 作:見切り発車丸
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泣き叫び続けていたイルミがゴトーの言葉を理解したかのようなタイミングでぴたりと泣き止む。
こんなにも幼いのに、言葉が理解できているのだろうか。
いや、まさかな。そんなはずはない。
イルミの真っ白い肌が赤く染まり、瞳は涙に濡れている。
こう見れば、なにもできない小さな赤子だ。
まるで他の赤子と変わりはない。
頬にも幾筋もの涙が伝っており、ゴトーの胸はギュギュンと切なくなった。
普段瞬きもしているかわからないくらいの能面だからこそ、その変化が著しくて余計に。
涙を拭おうとしたゴトーははっと気づいてイルミをベビーベッドへと戻した。
そしてカメラを手に取る。
パシャパシャパシャパシャありとあらゆる角度からシャッターを切る。
突然の奇行だが、突っ込む人間はいない。
ゴトーは確信していた。
滅多に泣かないイルミがこれほどまでに号泣することは、きっとこの先もないに違いない。
ならば、敵に勝つにはこのお可哀想なイルミ坊っちゃまを写真に収めるしかない。
だからゴトーは脇目も振らずに激写した。
ルイが満面の笑みでありがとうゴトー! と飛びついてきてくれる様を夢見て。
ゴトーにとって、かつてのルイは底知れぬ実力を持った暗殺人形であった。
生まれた当初は、大っぴらには言えないが不気味に思っていた。
完璧すぎるほどに整った容姿は、ルイが目を瞑っていれば見れる。
だが、瞳が開けばダメだった。
感情のないガラス玉のような碧の瞳と目が合えば、ぞくりと背筋が凍る。
ゴミ捨て場に捨てられた人形のように朽ちた目。
精巧な赤子の見た目をしていながら、なんの感情も灯らないことがどれほど不気味か。
敬愛する主人の孫に対して不気味に感じるなど遺憾。
しかしながら類稀な美貌が彩る表情は作り物めいていて、何をやらせても天賦の才を感じさせるのだから、人間にどこまでもよく似た機械のように見えてくるのだった。
物心がついて話すようになってからでも、ゴトーの苦手意識は変えなかった。
彼は聡い方だ。
きっとゴトーの苦手意識など見抜いていただろう。だがそんなこと露とも気にもせず、誰にも分け隔てなく同じ態度を取っていた。
執事にも父にも母にも、同じ態度を。
あの方は、ゾルディック家が心から望んでいた暗殺人形なのだ。
それの何が悪いのだ。
まだその辺にいる赤子のほうが可愛らしいだなんて、絶対に思ってはならないことだ。
当時のゴトーは自らの使命感と、自らの感情の間で苦悩していた。
執事の職を辞すことさえ考えるほどに思い詰めていた。
このような忠誠心ではゾルディック家の執事をやっていけない。
ところが事態はガラリと変わった。
ゴトーはなにも変わっていない。
苦手としていたルイが、イルミが生まれてからというもの、激変したのだ。
感情を母親の腹の中に忘れてきたような子どもだったのに、赤子のイルミ以上にころころと表情を変える。
誰よりもゾルディックらしい闇人形が、誰よりもゾルディックらしくない感情豊かな少年へと変貌した。
まるで突然魂を与えられたかのように。
ゾルディック家の人間ならば見向きもしない赤子の世話を、身体中で喜びを表しながら手際よくするルイは、元来の顔の良さがようやく活かされ、ニコニコと笑顔を振り撒く様はアイドルさながらだった。
ちっちゃい子が赤ちゃんの面倒を一生懸命みている姿に、微笑ましくならない人間がいようか。
しかもそれは敬愛する主人の子だ。
あまりの微笑ましさに涙すら滲んだ。
尊い……。これが、推しのいる生活か。
仕事一辺倒に生きてきたゴトーは、初めて推せる存在を見つけた。
ゴトーを筆頭に、ルイはすっかり執事たちの心を鷲掴みにしていった。
特にイルミの世話をする任に就くためにその側にいる時間が長いヨツバやオサムなんかが特にメロメロだ。
目の中に入れても痛くないほどに可愛がっており、自費でルイやイルミへとさまざまなプレゼントを貢いでいるという。
不遜な物言いかもしれないが、執事だけではなく主人たちのこともまたルイは魅了していったように思う。
子のいないゴトーからしてみれば、当主夫婦は若くしてできた子を成している。
まだまだ自分のことを優先したい年頃であろう。
実際ルイが愛嬌のある子に変貌するまではそうしていたように思う。
たまに家族団欒の食事はとっていたが、物心つく前の幼児時代には1日どころか何日も会わないことだってざらにあった。
それなのに。
6年前には考えられなかったことだ。
今や当主夫婦は息子を中心とした生活を送っている。
彼らの注意は当然のように息子へと向いており、息子もまた父母をよく慕っているように見えた。
暗殺一家とはビジネスライクで希薄な家族仲にしかならないのかもしれないと、過去ゼノとシルバを見ていてゴトーは思った。
だが、ルイはそれとはまた違う関係を構築しようとしているように思う。
ゴトーはゼノ直轄の執事である。
ツボネという女はかなりやり手の執事なのだが、彼女はシルバ直属の執事だ。
彼女もまたルイのことを可愛く思っているようだ。
ゴトーは、ツボネが奥様のことを嫌っていることを知っている。
直接害をなすことなどもちろんしないが、奥様を見る目の冷たいこと。
執事の風上にもおけないと思う。
たしかに奥様はかなり気性が荒い方だ。
人を人とも思わぬ残虐な行動も見せることがある。
だがそれを好む好まないなど、執事が持つべき感情ではない。
奥様が育ってきた環境が奥様をそうさせるのだから、それは仕方がないことだとゴトーは思うのだ。
そんな奥様を旦那様は選んだというのに、なぜ直属のツボネが面白くなく思うのか、執事としてまるで理解できない。
嫉妬に狂った女の業か、と内心で悪態吐く。
奥様は能力を買われてゾルディック家に嫁いできて、若くして立派に後継を産んでいるのだ。
立派な務めを果たしていて、なにを責められることがあろうか。
いや、なにもない。
ゴトーからツボネへ直接苦言を呈することはできない。
ツボネがゴトーと同じくゼノ直轄の執事であれば、まだやりようもあったのだが。
それでも、奥様が悪く言われる状況を憂いているゴトーは、己の姿を見て他の執事たちもまた奥様を慕うよう、背中で見せていこうとは思っている。
奥様を口さがなく言う者は、きちんとした処罰を。
仕事人間の熱い男、ゴトーは知っていた。
ルイがツボネにもまた、イルミの写真を撮るように頼んでいることを。
だからこそゴトーは己のほうがルイに何倍も喜ばれる写真を撮ろうと心に決めており、燃えていた。
ゾルディック家の顔写真は売れば1億になると言われている。
邸内でカメラの類を持ち込むことは禁じられているのだが、今回だけは厳しい条件付きの例外で当主シルバより許可が下された。
キキョウがシルバに頼み込んだとのこと。
キキョウが我が子の写真を欲しがるようなタイプでないことは明白。
ルイがキキョウに頼んだのだろう。
ルイから直接シルバに頼んでもきっと許可されていただろうに、わざわざキキョウを経由しているのがゴトーからしてみれば、なんとも微笑ましかった。
選ばれし執事にそんなやつはいないが、使用人の中には口さがない者たちもいる。
若いあの奥方は、子どものことなんてまるで興味がない、と。
ヒステリックに己のことを喚き散らすばかりで、産まれたばかりの我が子のことを抱っこひとつしやしない、と。
奥様が写真を旦那様に頼んでいることを知らしめて、そう言ってまわる者たちを牽制しようとお考えになったのだろう。
実際は、天空闘技場へ行かされるルイから、命令を下したシルバへの些細ないやがらせであるが、知らぬが仏だ。
カメラはイルミの部屋から一切の持ち出しを許されず、写真撮影もまた室内のみ。
屋外で遊んでいるイルミの姿は撮れないということだ。
また、そのカメラに触れて良いのはゴトーとツボネとルイの3名のみ。
ルイが天空闘技場へ旅立つ間の特別措置なため、実質2名だ。
それ以外のものがカメラに触れたら即死刑と当主は明言し、末端の使用人にまで確実に情報は伝達された。
それこそ屋敷内に立ち入ることなどないであろう、ただの門番にまで。
〜ある日、イルミの部屋にて〜
「奥様、こちらで何を?」
「あら。母親が息子の部屋にいて何がおかしいの?」
執事がキキョウに尋ねる。
見た目におかしなところはない。
だがキキョウが自らイルミの部屋に訪れ、意味もなく滞在することなど今まで一度としてなかった。
もし何か用があったとしてもキキョウがイルミを呼びつけるに違いない。
「ところで、そのカメラには息子の成長を撮り溜めているのよね」
「はい」
息子。キキョウから息子という言葉が出るのは珍しい。
「どれも素晴らしい写真だったわ。あなたも撮影したの?」
当初から触れられるのは3名だけだと厳命されているカメラに、キキョウがなんの躊躇も弁明もなく触れた。
執事は肌を泡立たせた。
これは間違いなく奥様じゃない。
奥様の姿をした敵だ。
いまこの屋敷でこのカメラに触れて良いのはゴトーとツボネのみ。
当主でさえも触れてはならないと末端まで周知されている。
今すぐ殺すか?
だがこの身体が奥様のものである可能性はゼロではない。
「奥様、坊ちゃまの写真を焼き増ししておきますので、それまでのお暇を慰めるのに、以前撮った家族写真でもご覧になりませんか?」
「あら、前に撮ったあれね!
いいわね、見せて頂戴!」
嬉々として執事についていくキキョウの姿をしたダレカ。
その背中は暗い廊下へと溶けるように消えていった。
そして来年から天空闘技場編へ……
良いお年を