ゾルディック家のブラコン長男   作:見切り発車丸

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天空闘技場50階

 

 

 掛け値なしの賛辞など、ルイは浴びたことがない。

 

 執事たちは呼吸をするようにルイを褒め称えるが、ルイは仕事の一環だと思っている。

 

 シルバによくやったと褒められても、なんとも思わない。

 さらに上のことを期待されているのだと正しく認識しているからだ。

 

 

 見ず知らずの赤の他人が感情のままにこぼしたその一言に、自分がこれほどまでに高揚するとは。

 正直思ってもいなかった。

 

 先ほどリングに上がる際に罵倒されていた時にも、その声はルイの耳に届いていたが、聞く価値さえないと何の感情も覚えていなかった。

 

 だというのに。

 

 

 見られながら戦う――人目を気にした戦い、つまりは魅せる戦い。

 それができるようになれ、とシルバは言いたかったのだろうか。

 

 ルイはゾルディックにあるまじきファンサービス旺盛な気質だ。

 

 理想的な闇人形として生まれたはずのルイは、すっかりゾルディック一の異端児と化していた。

 

 

 時間をかけろと言ったシルバの意図は、観客を沸かせるような戦いをしろということなのかもしれない。そこまでの曲解へと至っていた。

 

 普段戦っているところを見られることなどないため、どれだけ無駄をなくした行動をするかが肝になっていた。

 

 そんな戦いの主軸を変えた戦い方を、安全な闘技場で演練するのが目的で天空闘技場へと行かされたのだ。

 

 きっとそうに違いない。

 

 勝手に間違った方向に納得していた。

 もちろんシルバにそのような意図はない。

 

 

 魅せる戦いをするためには、一撃必殺ばかりだとつまらないな。

 

 相手を翻弄し、わかりやすく一撃を与えないと。

 なんて次の試合展開まで考えていた。

 

 

 一日に2度まで試合ができるので、すぐに次の試合の手続きをする。

 

 ルイはそれほど待たずに次の試合に呼ばれた。

 

 天空闘技場に登録する際の行列のほうが待ち時間が長かった気さえする。

 

「さて、ここまで進んでまいりましたのは!

 目にも留まらぬ速さで大男を昏倒させた銀髪の美少年ルイ選手!

 一部すごいブーイングが起きていますが、男性であると登録されておりましたので、そう紹介させていただくと付け加えておきます!」

 

 司会の女性に謎の紹介をされる。

 

 1階とは違って観客はかなり多い。

 

 ここまで多い視線に晒されれば、もはやなにも感じない。

 

 殺気でも放たれない限りは一つ一つの視線なんて気にしていられない。

 

 ルイは愛想良く口角をあげて手を振った。

 

 ウオオオオオ!!!!! と凄まじい歓声があがる。

 

 その歓声に確かな手応えを感じて、この方向性でいこう、と決定づける。

 

「そして!

 同じく一撃で相手をK Oさせてここまで勝ち進んできたのは!

 見るからに格闘技の達人、ボクシング歴20年のボクス選手!!」

 

 素手に包帯を巻いたボクスは、明らかに見下した表情でため息をついた。

 

「ひどい怪我はさせない。安心しな、嬢ちゃん」

 

「ボクス選手、紳士的な発言! 果たして、結果はどうなるのか!? ギャンブルスイッチ、オーーーーン!!!!」

 

 ギャンブルスイッチ。

 50階から導入されているもので、勝つと思う闘士に投票ができるギャンブルスイッチが観客には配られている。

 

 ただ強さを示すだけだった1階とは違い、50階からはP&KO制がとられている。

 

 ポイント&KO制。

 ポイントを10点先取するか、相手をKOすることでTKO勝ちとなるルールのことだ。

 

 ポイントはクリーンヒットとダウンで1点、クリティカルヒットで2点。採点の基準は明確には定められておらず、各々の試合に立ち会った審判に委ねられる。

 一試合は3分の3ラウンドだったか。

 このP&KO制のルールを活かした戦いを求められて天空闘技場へと送られたに違いない。

 

「さて、結果が出ました! みなさん、モニターをご覧ください」

 

 大型モニターへ目を転じると、ルイとボクスのオッズは8:2程度。

 

 ボクスが圧倒的人気なのが一目でよくわかる。

 

 変なところで凝り性のあるルイは観客へと振りまいていた愛想の良いキラキラ顔のまま、純粋無垢な眼差しでボクスを見据える。

 

 美少女然としたルイに真っ向から見つめられて、少しばかりやりづらそうに手の包帯を弄るボクス。

 

「両者、準備はよろしいでしょうか」

 

「恨むなよ、嬢ちゃん」

 

「オレは男だから、遠慮しないできてよ。胸を借りるよ」

 

「両者挨拶が終わったところで――試合開始!!!」

 

 ボクスは数度ジャブを打ち、ルイとの間合いを保とうとしてくる。

 

 シュ、シュと拳が風を切り、ルイの眼前へと迫ってくる。

 

 パンチが伸びてくる方向へと首を捻り、紙一重のところで避けるのを繰り返す。

 ついでに、一歩後ろへと下がって間合いを取る。

 

 長身を活かした典型的なアウトボクサーだ。

 アウトボクシングとは、なんとも好都合。

 ルイは内心でにやりと、外面ではニコリと微笑んだ。

 

「速いですね」

 

 もちろん本心からの言葉ではない。パフォーマンスだ。

 

「俺のジャブを軽々と避けておいてよく言う。

 どうやら見かけ通りじゃないようだな。」

 

 会場は湧き立っている。

 

「ボクス選手の独壇場となるかと思いきや、ルイ選手余裕の笑みが崩れません!」

 

 ぐっと前へと踏み込んだルイに、詰めた距離の分だけ重くなったボクスの拳が飛んでくる。

 

 常人ならば捉えたであろうその拳を、ルイは易々と避けてみせた。

 これまた紙一重で。

 

 集中したルイの瞳にはボクスの拳はゆっくりと迫ってきているようにさえ見えていた。

 

 右、左、右、右、右と見せかけて、下からのパンチ。

 一歩後ろへ下がったルイへ、ぐっと踏み込んだボクスの左ストレート。

 

 拳が風を斬り、古ぼけた包帯がたなびくのまでしっかり見える。

 これは1発貰っておくか。

 

 衝撃を殺すために軽く後方へ跳びつつ、ちょっと驚いたように目を見開いて――。

 

「おおおおおっと、続け様のラッシュから、距離をとったルイ選手へ、ボクス選手の見事な左ストレート!!!

 ボクス選手に1点です!!!」

 

 後方へと吹っ飛び、リングギリギリでぴたりと着地した。

 

 口の端から血を垂らす。

 吐き捨てるのはなんとなくキャラに合わないので、手の甲で拭う。

 

「なんっか、当たりが軽いような……体重が軽いせいか?」

 

 小声ボヤきつつ拳の調子を確かめるようにそれらを合わせるボクスに音もなく駆け寄ったルイは、耳の下へ的確に打撃を与えた。

 

 殴られ慣れているだろう、と判断して、1点が確実にもらえるようやや強めに。

 

 ドゴォン、と細い拳から繰り出されたとは到底思えない重い打撃音。

 

 ルイの拳は的確すぎるほど的確にボクスの三半規管を揺らし、白目を剥いたボクスが昏倒した。

 

 「目にも留まらぬ速さの移動、そして攻撃! 完全にボクス選手の不意をついた攻撃でした!!

 ボクス選手、意識を失っている!!!

 たった今審判によりKOが宣言されました!!!

 まさかまさかの、ルイ選手、KO勝ち!!!

 誰が予想できたでしょうか!?」

 

 もちろん立ち上がるものだと思っていたルイはあちゃーと内心で舌を出す。

 

 失敗失敗、と。ダメダメじゃん、オレ。

 

 表面上は観客の大歓声に両手で応えつつ、ルイは内心で猛省していた。

 

 ボクシング20年て言ったじゃん。

 

 強いと思ったんだけどなあ。

 

 三半規管に的確に強めの打撃を与えたが、もっと打撃の威力を弱めるか、位置をズラして殴る必要があったらしい。

 

 ボクスのことを過大評価しすぎていた。

 

 ルイは6歳で身体も出来上がっていない。

 身体が出来ていて格闘経験があり筋肉隆々の大男とみると、強そうな相手の見た目をそのままに受け取ってしまったのだ。

 

 シルバほど強くなくとも、肉体のスペックだけを言えば暗殺技術のないシルバだと誤解していた。

 

 世の中に暗殺者ほどの強さの人間がゴロゴロしているなど、常識的に考えて嫌すぎる。

 そしてあり得ない。

 

 見た目の強さに惑わされることなく、真実の強さを嗅ぎ取る能力が必要だ。

 

 もっと相手の筋肉のつき方や身体の動かし方、視線など細かなところからも情報を得ないと。

 

 もしかすると、シルバはこの気づきを得るために観客を意識した戦い方をするよう示唆したのかもしれない。(してない)

 

 1発で意識を刈り取るばかりだったら、手加減など覚えられないところだった。

 手加減はすなわち、体力の温存へとつながる。

 

 流せるところは流さないと全てに全力を使っていてはスタミナが底をつくのも早い。

 

 まだまだオレは弱いなあ。

 

 こんなではイルミを守れない。

 

 もっと、もっと強くなりたい。

 

 拳を握りしめて決意を固めたルイは、試合の内容を頭のなかで振り返りつつ、リングをあとにした。

 

 

 

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