とある稲妻の呪術廻戦   作:ネシエル

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第十話 終

高専内部

 壁は崩れ、地面は砕け、赤く染まった大地の上に、一人の影が座っていた。

 左腕を失い、肩から滴る血が冷たい床を濡らす。

 

 八重桜。

 

 彼女は息を荒げながらも、まだ前を向いていた。

 

「……あれが、丹羽久秀……」

 

 掠れた声で呟く。

 あの異形の力が、自分の手に入れば――世界を変えられたかもしれない。

 

「次こそは、必ず……」

 

 そう言いかけて、ふっと口元に苦笑が浮かぶ。

 

「いや、無理か」

 

 その時、ふわりと風が舞った。

 

 目の前に立つ影。

 

 雷電眞。

 

 史上最強の呪術師、雷電眞が八重桜の前に現れた。

 

「……遅かったね」

 

 桜は、壁に寄りかかりながら言った。

 

「どこの誰かさんのおかげでね」

 

 眞はため息をつくように言いながら、手についた埃を払い落とす。

 

「にしても……固すぎるだろう。捌くのに手間がかかった」

 

 それに、ミゲルとの戦いも。

 

 桜が笑う。

 

「はは……君にそんなことを言わせるとは、ミゲルの奴はやるね」

 

 だが、その表情はどこか儚い。

 

 

 

「最後に言い残すことはあるか」

 

 その問いに、八重桜はしばし沈黙した。

 

 やがて、静かに口を開く。

 

「……今度はちゃんと殺すのか」

 

「ああ」

 

 その答えを聞くと、桜は小さく微笑んだ。

 

「よかったよ。本当に」

 

 その微笑みは、どこか安堵すら浮かべたものだった。

 

「ずっと、思っていたんだ……間違っているのは、私の方だったんじゃないかって。

心のずっと奥底で、ずっと……」

 

 桜は眞の瞳をまっすぐに見つめる。

 

「だから、最後に会えたのが君で、嬉しかった」

 

 眞は静かに桜を見つめた。

 

 そして、そっと言葉を紡ぐ。

 

「桜……君は、私の大事で、大切な友人だ」

 

 その言葉に、桜は目を見開く。

 

「……これからも、ずっと。永遠に、私の友情は消えることはない」

 

 眞の真っ直ぐな言葉が、桜の胸を貫く。

 

 ――友情か。

 

 桜は、ふっと力なく笑った。

 

「まさか……私にまだ、そんなものが残っていたなんてね……」

 

 薄れゆく意識の中、彼女は呟く。

 

「皮肉なことだ。

友情を捨てた私が、友情に負けるなんてな」

 

 眞がゆっくりと構える。

 

 その姿を見ながら、桜は静かに目を閉じた。

 

「……はあ、最後くらい呪いの言葉でも吐いてくれよ」

 

 刹那、肉を切り裂く音が響き、八重桜の命が途絶えた。

 

 

 

 

▲▲▲

 

 

 

人歴XXXX年

 神代の終焉から遥かな時を超え――

 スクリーンに映し出されたのは、古びた屋敷だった。

 

 夜の闇に包まれた、静寂な屋敷。

 不気味な雰囲気が漂う中、二人の少年が映し出される。

 

 一人は、青紫がかった黒髪に鋭い紫の瞳を持つ少年。

 一人は、赤みがかった茶髪に柔らかな茶色の瞳を持つ少年。

 

 七葉守柄と、その友人――丹羽久秀。

 

 二人は屋敷の奥へ進み、古びた電球の光を頼りに周囲を見渡していた。

 

「丹羽、本当に一緒に泊まってくれるのか……?」

 

 守柄は不安そうに、丹羽の後ろに隠れるように言う。

 

 すると、丹羽はふっと笑い、肩を叩いた。

 

「何、当たり前だろう。友達が困っているのに、見て見ぬふりをする奴はいないさ」

 

「そ、それは、そうだけど……」

 

 震える守柄を見て、丹羽はくしゃりと頭を撫でた。

 

「お前はビビりすぎなんだよ。

ここは、お前の家だろう?」

 

「……感じるんだ」

 

 その瞬間――

 

 バタン――

 

 突然、家具が不自然に落ちた。

 

 吹き荒れる風が、屋敷の中で不気味な歌声を生み出す。

 

「……誰かが、僕を見ている……」

 

 守柄が呟く。

 

 その時、丹羽は気づいた。

 

 ――壁に、不自然な血のような模様が浮かんでいる。

 

『腸を見せろ』

 

「……!?」

 

 丹羽の目が見開かれる。

 

「丹羽? どうしたの、そんな顔して……」

 

 不思議そうに聞く守柄。

 

 その様子を見て、丹羽は気づいた。

 

 ――守柄には、見えていないのだ。

 

「……守柄、お前、あれが見えないのか?」

 

「え? 何のこと?」

 

 丹羽は、ふっと笑う。

 

「そうか……守柄、お前は臆病で弱虫だけど、誰よりも優しくて、強い」

 

「な、なんだよ、急に……」

 

 守柄がむくれる。

 

 丹羽はそんな彼の肩を叩いた。

 

「だから、何かあっても俺が守ってやるぜ」

 

「……ああ。でも、僕にも君を守らせてくれ」

 

 二人は互いに微笑み合った。

 

 

 

▲▲▲

 

 

 

夜の帳が降りる中、崩れた校舎の中に静寂が広がっていた。

 かつての戦場に、七葉守柄は立っていた。

 

 その視線の先――。

 

 鎧は砕け、肉は溶け、蒸発しながら燃え続ける影。

 青白い炎が、ゆらりとゆらめき、暗闇を照らす。

 

「丹羽……」

 

 守柄の声は、掠れていた。

 

 特級呪霊・丹羽久秀。

 かつては人であり、守柄の唯一の親友だった。

 しかし、彼はもう――燃え尽きる運命にあった。

 

 だが、その姿に苦痛の色はない。

 静かに、ただ静かに、丹羽はこの世の終わりを受け入れていた。

 

 守柄の背後から、ゆっくりと足音が近づいてくる。

 

「やはり、そうだったか」

 

 低く響く声――雷電眞。

 

 守柄が振り返ると、彼女は血に染まった衣服を纏いながら、静かに佇んでいた。

 その腕には、一つの亡骸が抱かれている。

 

「将軍様……」

 

「桜は殺した」

 

 淡々と眞は告げた。

 

「これで、百鬼夜行は終わるはずだ」

 

 眞は、ゆっくりと桜の遺体を地面に寝かせると、守柄の方へ向き直った。

 

「私は見届けるだけのつもりだったけど……いいのか? それで」

 

 眞の視線は、燃え尽きようとする丹羽へ向けられていた。

 

「解呪しちゃうけど?」

 

 守柄は、視線を丹羽へ戻した。

 目を閉じることなく、丹羽はただ微笑んでいた。

 

「あのとき、感じたのです……」

 

 守柄の声は震えていた。

 

「丹羽が変異したのは、特級呪物ではなく……僕の呪いだったのです」

 

 その言葉に、眞は微かに目を細めた。

 

「……なるほどね」

 

 実は、高専に来た時点で、丹羽の体内の特級呪物は取り除かれていた。

 

あのとき、監禁部屋で眞が調子に乗って捌を使ったのも

術式対象を丹羽ではなく、呪物に限定していて

呪物を取り除くために。

   

 

 それにも関わらず、彼は変わらなかった――いや、変われなかった。

 彼をこの世につなぎ止めていたのは、特級呪物ではなく、守柄自身の“呪い”だったのだ。

 

「もうとっくに、丹羽は死んでいたんだ……」

 

 そう呟く守柄の拳は、ぎゅっと握り締められていた。

 

 彼が異形の姿をしていたのも、呪力を溢れさせながら生き延びていたのも、

 すべては――守柄の呪いによって、彼が原型を留めていたから。

 

 しかし、今――その呪いは解けた。

 

 今、丹羽久秀は輪廻の輪に入り、その身を終えようとしていた。

 

「そうだね」

 

 眞は短く応じた。

 

「一応、私の方でも調べてみたよ。

何故、並みの一般人が、呪物を取り込み

耐えただけでなく、

あそこまで強くなれたのか」

 

 守柄は眞を見た。

 

「答えは簡単だった。七葉守柄――君は私と同じ雷電家の人間だよ」

 

「え……?」

 

 守柄の目が驚きに見開かれた。

 

「といっても、君は分家で私は本家だけどね。初代雷電将軍の隠し子の末裔が君なんだよ」

 

 静かに眞は言葉を紡ぐ。

 

「つまり、私と君は……親戚ってわけ」

 

「え、そうなんですか……?」

 

「まあね」

 

 眞は微笑み、肩をすくめた。

 

「じゃあ、あとは親友同士、最後の会話を楽しんで」

 

 そう言い残し、眞は去った。

 

 

 

 

 

▲▲▲

 

 

 

 

守柄は、再び丹羽を見た。

 

 鎧が崩れ、肉が焼かれ、今や彼の体は儚く光の粒となって消えかかっていた。

 

 ――しかし。

 

 そこに立っていたのは、あの頃の丹羽だった。

 

 燃え尽きる間際、かつての姿を取り戻していた。

 茶髪の少年。

 

「やあ、元気にしていたか、守柄」

 

 軽い調子で、丹羽は微笑んだ。

 

「……ごめん、丹羽」

 

 守柄は、涙を堪えながら呟いた。

 

「全部、僕のせいだ……僕のせいで君は化け物になり、僕のせいで多くの人に迷惑をかけた……」

 

 丹羽は、ゆっくりと首を振る。

 

「じゃあ、僕がこの世からいなくなれば、それでいいのか?」

 

「違う……!」

 

 守柄は、丹羽の言葉を否定した。

 

「そうか、なら良かった」

 

 丹羽は微笑んだ。

 

「これで、安心していける……」

 

 少しだけ寂しそうに、丹羽は目を細めた。

 

「なあ、守柄。実はさ――」

 

 彼は少し笑って、言った。

 

「救われたのは、俺のほうだったんだ」

 

「……」

 

「ガキの頃は、しょっちゅう喧嘩してさ、怒られてばかりだった。距離感が近すぎるって、うるさく言われたこともあった」

 

 ふと、昔を思い出すように目を細める。

 

「でもな……守柄が、俺の最初の友たちだったんだ」

 

「……うん、知ってる」

 

 守柄は微笑んだ。

 

「え、知ってたのかよ」

 

「うん、普通に分かるじゃん」

 

「おい、それ先に言えよな……」

 

 丹羽は苦笑した。

 

 ――光が、彼を包み始める。

 

「じゃあ……行くよ」

 

「……あんまり早く、そっちには行かないよ」

 

「そうしろよ」

 

 丹羽は微笑んだ。

 

「じゃあな、守柄」

 

 光が、丹羽を包み込み――

 

 彼は、消えた。

 

「……また会おう」

 

 守柄は、そっと呟いた。

 

 

▲▲▲

 

高専内部

 

「そう悔やむなよ」

 

 眞の声が響いた。

 

「桜の件は、君のせいじゃない。君がいなくても、桜は高専に来ていたさ」

 

「……そうですね」

 

 守柄は、静かに頷いた。

 

「ああ、あとそう。これを返すよ」

 

 眞が差し出したのは、一枚の学生証。

 

「……学生証?」

 

 守柄は、それを受け取りながら尋ねた。

 

「将軍様が拾ってくれたんですか?」

 

「違うよ」

 

 眞は、微かに微笑んだ。

 

「私じゃない。私の親友だよ。

――この世でたった一人の、私の大切な友たちさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スクリーンはそこで終了した。

 




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