とある稲妻の呪術廻戦 作:ネシエル
白い部屋の中
そこは、体育館にも等しいほど広い部屋だった。
アレクは目の前に山積みされた書類と睨めっこをしている。
「うへへ……」
漏れ出る声は、なんとも気持ち悪い笑い声。
水色のロングヘアをなびかせた、絶世の美女
──そのはずのアレクは、阿保面を晒していた。
「いつまで過去の栄光にすがっているのだ」
冷ややかな声が響く。
声の主は、ティティ。
「過去の栄光?」
アレクは紙束をめくりながら鼻で笑う。
「違う、これは勝利の栄光だよ。
見て、ほら。この数値。」
「この半年の観客動員数か」
「そうだよ。見てくれ、20万人だ。
すごいでしょ?私が書いたアニメを、
こんなに大勢が観に来てくれたんだよ!」
「たかが20万人。大げさにもほどがある。
確かオリジナルの『呪術廻戦』は観客動員数2000万人だったはず。
日本国内だけでも900万人──その十分の一にも満たないではないか」
「稲妻の人口は200万人だよ?
そのうちの10%も観に来たんだ。
これは誇るべき記録だよ。」
「200万人……そんなに少なかったのか」
「江戸時代の日本の人口だって1200万人程度だよ。
国土が小さい稲妻なら、それくらいが妥当だと思うけど?」
ティティは深く息をつく。
「道理で力の回復が遅いわけだ。」
「そんなに焦らないで。株式会社ティティの制作計画は順調だよ。」
「そう言うなら、締め切りは必ず守れ。」
「もちろん。これさえ終われば、あとは最終確認だけだね。」
アレクは満足げに、最後の作画を完成させる。
『呪術廻戦』制作完了。
▲▲▲
白狐の野
屋台が立ち並び、祭りの賑わいが辺りに満ちている。
旅人とパイモンは、人波をかき分けながら会場へと辿り着いた。
「うわぁ!すごい人だ!」
パイモンの目がきらきらと輝く。
「どれくらい来ているんだろう……」
見渡す限り、人、人、人。
稲妻全土を巻き込んだ、未曾有の大イベント。
それもただ一つ、アニメのためだけに。
アニメという名の麻薬が、稲妻をここまで動かしたのだ。
「早くチケット買いに行こう!」
「そうだね。」
そこに、雷のような紫色の長髪をなびかせる女性が立っていた。
「あら、あなたたちも来たのですね。」
雷電将軍──神名は御建鳴神主尊大御所。
稲妻を統べる神。
俗世の名は雷電影。
「影!?どうしてここにいるんだ?」
パイモンが驚きの声を上げる。
「あなたたちと同じく、アニメを観に来たのです。」
「えっ?」
「そうなのか?」
「ええ。あの後、再放送のたびに観に行きました。
それだけじゃありません。
娯楽小説や流行の漫画も片っ端から読みました。
けれど──やはり、あの時観たアニメの感動には敵わなかった。」
「そんなに?」
「ええ。でも、誤解しないでください。
民が書いた他の作品が劣っているわけではありません。
ただ、呪術廻戦には特別な思い入れがあるのです。」
「自分がモデルだから?」
「……ええ、そうです。」
影は静かに頷く。
「人格も性格も全然違うのに、不思議と感情移入できてしまう。」
──転生したら雷電将軍になっていた件。
その小説に登場する雷電将軍は、影自身とはまるで別人だった。
姉・眞への想いもなく、思想もかけ離れている。
あれは影の理想像とは程遠い存在だった。
では、『呪術廻戦』に登場する雷電影に
感情移入できるかと言えば、
それも違う。
そもそも、雷電影の登場回数は少なく、
過去も判明していない。
感情移入する余地など、最初からなかった。
それでも──感情移入できたのは、
姉である雷電眞だった。
「……そうなのか。」
「ところで、あなたたち、まだチケットを買っていませんね?」
「うん、まだ。」
「なら、私の席で一緒に観ませんか?」
「えっ?」
「私の席はVIP席ですから。」
雷電将軍は恥ずかしそうに言う。
「前回は、民と同じ席に座ったのですが
──正直、厳しかったです。」
稲妻最高権力者であり、神。
見栄えも考慮され、特別に設けられた席があるのだ。
「まあ、影って将軍だもんな。」
「ええ。神子も誘おうとしましたが、席はまだ二人分あります。
どうですか?」
「いいのよ!」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
▲▲▲
人歴2014年6月──夜、学校にて
月光に照らされた校舎の影に、一人の女が佇んでいた。
「百葉箱!?そんなところに特級呪物を入れるとか、正気ですか。」
眞は苦笑する。
『私に言われても困るわ。仕組んだのは私じゃないよ。』
「でも将軍様は最高責任者でしょう?」
『責任を押し付けられてるだけよ、
そう呼ばれた女は、美しかった。
白い肌、しなやかな肢体。
豊満な胸を誇るその姿は艶やかで──そして、額には特徴的な一本角があった。
それが女の名前であった。
「ないです。」
『え?』
「特級呪物が、ありません。」
『……マジで?』
運命の夜が、始まる。
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