【TSF】ネットゲームの世界に転生しました ~魔王を討伐して富と名誉を~ 作:とんべえ
ウロボロスとは、MMORPGの一つである。
今でこそ様々なMMORPGがあるが、大容量回線が普及し始めたネットゲーム黎明期を切り開いたビッグタイトルでもある。
ファンタジーゲーム様式で、かわいらしい画面とは裏腹に、練りこまれたゲームシステムをもっており、子供から大人まで、猫も杓子も熱中したのだった。
◆
その世界の都市で、一人の女が目を覚ました。
否、正確に言えば現れたが正しい。
小さなつむじ風が吹いたと思ったら現れたのだった。
暫く呆けたように突っ立っていたが、目の焦点が合うと、四方八方を見始めた。
「どこだここは……」
自分の口調に違和感を感じつつも、目の前の光景が重要だと、それを棚上げにした。
(町の中だとは分かるが、いったい何処の国だ。少なくとも日本ではないが、どこかで見たような……)
レンガ造りの建物に、切り出し整えた岩の舗装道路。
どこからどう見てもファンタジー風の都市である。
(そうだ。スマホに地図アプリがある……!)
体のどこかにあるだろうスマホを探そうとしてやめた。
その女は自分が女物の質素な衣類を着ている事に気が付いた。
そしてまた、服の中がどうなっているかも、察しがついた。
確認すべきだ、したくない、本当になかったらどうする、あるに決まっている、だがこの感覚は……完全に思考が停止する。
(と、とにかくだ。とにかく……)
「そこのお前さん」
それはその女にとって見知らぬ中年女性だった。
ただ青果物の露店を切り盛りしていることは一目でわかった。
「え、おれ?」
「娘っ子が俺なんて言うもんじゃないよ。ボサーッとしてるなら商いを手伝ってく……これは失礼しました。ユーザーさんだったとは」
「ユーザー……?」
「ちょい待ち。おばさん、それってどういう事だ」
「申し訳ありません。権限の都合でこれ以上知らないんです」
(ユーザー、ユーザー、ユーザー……!!)
女の心に浮かんだ一つのビジョン、二つの区画を通り抜け左手を見ると、予想通りに広場があった。
中央にある噴水の彫刻も寸分違わない。
(やっぱり、ここはウロボロスの古都プレセンティアだ)
その都市は、MMORPGウロボロスと寸分違わぬ街並みだったのである。
その途端、女の心中を占めていた焦燥・不安と言った負の感情は、懐かしさと楽しさで塗りつぶされていった。
(懐かしいな。友達と徹夜してダンジョン攻略したり、他所のパーティと競い合ったりした……)
そこではたと気が付いた。
(なら、俺が見ているこの景色は一体なんだ)
プラットホームであったスマホはおろか据え置き型ゲーム機でさえ再現不可能な、映像の密度である。
その女は、レンガ造りのレンガに触ってみた。
触った感触が確かにあった。
ザラリとした手応えと、粘土を焼いた匂い。
触角はともかく嗅覚まで再現されている。
そんなテクノロジーなど聞いたことがなかった。
「そっか、そうか。俺は夢を見ているんだ。そうに違いない。あははは」
まさしく青天の霹靂で、女は自分の頬をつねってみた、痛い。
だが夢は冷めない。
もう一度更に力を入れてつねってみた、やはり痛い。
「夢から覚めない、何故」
脳裏に浮かぶとある文字列。
(まさか、これが、異世界転生?!)
それは日本のノベル業界に於いて一大ジャンルである。
男向けであったり実は女向けであったり、実は何方でも問題無かったりする業界だ。
女は、噴水に駆け寄り、水面に映る己の姿を見定めた。
(やっぱりそうだ。この姿は俺が作ったキャラクター、アバターだ)
チクリとする鋭い頭痛と共に朧げなビジョンが沸き上がる。
(だがこのアバターは二番目だ。なぜ男である一番目を……ちょうど作り直しをしようと消したんだっけか)
その女は、時間の経過と共に落ち着いていった。
華奢な自分の腕を抱き、ゆっくりと擦る。
心と体の差は、ゼロにはならない。
その差は、不快感として表れていた。
だが憑依にみられる犠牲者がいないのは救いだ。
何よりこの鈴苑雪華〈すずその せつか〉の創造主でもある。
“慣れてしまえ”
全てが満ちている人生なぞ存在しないのだ。
くよくよしている時こそ、何かをした方がいい。
ここがゲームの中ならやることは一つ。
冒険の開始だ。