1時間半というあまりにも短い捜査時間が一瞬で過ぎ去った後、少女たちは重い足取りで裁判所へとやってきた。
中央の処刑台にそれを取り囲むように証言台があり、大扉には看守が鎮座している。
最初の事件と変わらない様式。
「ルールの説明については……2回目ですし、もう割愛していいですかね」
「結構だわ」
「じゃ……始めちゃってください」
少女たちが所定の場所に立った後、ゴクチョーが現れる。
そしてマーゴの言い捨てるような物言いにため息をついて、また消えた。
「(あれ……?)」
エマが少女たちを見渡すと、その瞳は様々な色に揺らいでいた。
興味、戸惑い、悲嘆、そして……決意。
「(ココちゃんとアンアンちゃん、強い目をしてる……あぁ、そっか。二人ともミリアちゃんにすごく懐いてたから、犯人を見つけたいよね)」
「(おっさんがなんで死ななきゃいけなかったのか……絶対吐かせてやる!)」
「(ミリア、もう少し待っててくれ……お前の名誉は必ず取り戻す……!)」
「(ミリアちゃんのためにも、ボクも頑張らないと!)」
少女たちは、深呼吸して前を見た。
「始めよう」
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「まず死体を発見したのは、私とアリサよ」
議論の口火を切ったのは、ナノカ。
「時間は22時半頃だったな」
「えぇ」
死体発見から0時の裁判開始までの捜査時間は1時間半。
正確な時間だと納得した少女たちからスマホのメモアプリに時間を記載した。
「犯行時刻は今朝ミリアちゃんが懲罰房に入れられてから22時半の間、ということになるわね」
「うーん、もっと絞りたいですねー」
「みんなの最後に生きているミリアちゃんを見た時間を教えてくれないかな」
エマの提案に待ってましたとばかりに手を挙げた少女がいた。
「あー、それなんだけど」
「ココちゃん?」
ココは自身の後ろのステンドグラスに、ある画像を表示する。
「あ……!」
「『20時 懲罰房で拷問ショー』……な、なにこれ!?」
「19時くらい? ……だったっけ、メシ食った帰りに掲示板見たらこんなの貼ってあったんだよ」
少女たちのざわめきの中、汗を拭きながらココは続ける。
「なんつー悪趣味な……オメーまさか見に行ったのか?」
「行くわけないじゃん! 罠かもしんないしさー!」
「あら、冷静なのね。意外と」
「っさいな」
嫌な感心の仕方をするナノカに舌を出しながら、ココは述懐を続ける。
「そんで天使に聞きに行ったんだ。これなんだよって……したら天使めちゃくちゃ怒ってさ、懲罰房にすっ飛んでった」
「そんなことが……」
「天使さんも知らない掲示物、ですか」
「うん。でさ、そのあとすぐ帰ってきたんだよね」
「すぐ?」
「拷問ショーはなかったんですの?」
「うん。『なんもなかった』って言ってた。ゴクチョーにも聞いたけど知らないって」
少女たちのざわめきが強まる。
「管理者側の用意した張り紙じゃなかったのか」
「そして19時時点ではミリアちゃんはまだ無事に生きていたとも言えるわね」
「では、19時から22時半が犯行時刻ですね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!!」
ここで大きく手を振って注目を集める少女がいた。ハンナだ。
「どうしたの? ハンナちゃん」
「実はその……わたくしもその張り紙を見て……20時に懲罰房に行ったんですの」
「えぇ!?」
ハンナの告白に、少女一同衝撃を受ける。
「まさか悪趣味な奴がいたとはな……」
「そ、そーいうつもりで行ったんじゃねーですわよ!! ただミリアさんが心配で……!」
「ひとりで行ったんですか?」
「いや、吾輩も同行した」
徐に声を上げたアンアンに、少女たちの視線が集まる。
「えぇ。地下に行く階段の前で迷っていたわたくしにアンアンさんが声をかけてくださったんですの」
「どうしたのかと聞けば、ミリアの拷問ショーなどと……そんなもの台無しにしてやりたいとハンナともに乗り込んでやったのだ」
「ガッツあんじゃん」
「20時に行ったの?」
「うむ」
「天使さんにも同行してもらって懲罰房に向かったその時……」
「ミリアの悲鳴が聞こえたのだ!」
「なんですって!?」
ナノカの驚愕の声に、ハンナは頷いてから端末を証言台にセットする。
「その時の悲鳴がわたくしのスマホに録音されてますわ」
『ライト、ライト……え、音声メモ? これじゃなくて……』
『きゃあああーーー!』
『ぴっ!?』
『ミリアの声だ!』
『待ってろ、俺が見てくる』
再生されたのはそこまでで、少女たちは確かに聞いたミリアの声に驚愕の色で染まった。
「確かに佐伯ミリアの声だわ……」
「み、ミリアちゃんはどうなったの!?」
「すぐに天使は戻ってきて『大丈夫だ』と言ってくれた」
「わたくしもそう聞きましたわ」
「じゃあ20時には佐伯はまだ生きてたってことか」
「……なるほど、では20時から22時半の間にアリバイのない方が容疑者になりますね!」
アリバイを整理する確認が少女たちの中で進み、二人以上で行動しておらずアリバイが保証できない少女が導き出された。
「────ナノカ。お前だけだな」
冷や汗を流しながら、ナノカは歯噛みしていた。
「ちょ、ちょっと待てよ!! ナノカのアリバイならウチが証明できる!! 一緒に佐伯の死体を発見したのだって……」
「でも一緒に行動していたわけではなかっただろう?」
「そりゃ、あいつが何度も懲罰房に行ってるのを知ってて、佐伯とうまくいってなさそうだったからそろそろウチも一緒に声かけに行くかって思って……したら佐伯が死んでたんだよ」
「つまりお前がナノカの行動を証明できるのは死体発見の前後のタイミングしかないわけだな」
アンアンが冷たく確認するのを、アリサは怒りのこもった瞳で返す。
「さっきからなんなんだよテメェ!! もうナノカが犯人確定みたいな言い草じゃねぇかよ!」
「少なくとも犯行可能な人物という点で見れば、現状ナノカさんしかいませんね」
「それになにより……ナノカにはミリアを殺す動機がある」
ナノカの肩がびくりと震える。
「今朝……お前は言ったな。ミリアに『中身は大人の男で、この屋敷の主だ』と」
「それは……!」
「むしろ、そこまで言っておいて何の行動も起こさなかったというのか?」
「わ、わたしは……」
「ちょっと待ってよ!!」
顔面蒼白になるナノカを見かねたエマが手を挙げる。
「本当にナノカちゃんはミリアちゃんを殺せたのかな?」
「どういうことだ?」
「ごめん、あまり見たいものではないと思うけど……これを見てほしいんだ」
エマは自身のスマホを証言台にセットし、背後のステンドグラスに画像を表示させる。
「う……」
映し出されたのは、磔にされ腹部を引き裂かれ血の蝶が舞うミリアの死体の写真。
アンアンの顔から血の気が引ていくのを、申し訳なく思いながらエマは証言台に取り付けられたポインターでミリアの胸に突き立てられていたナイフを差す。
「ミリアちゃん殺害の凶器は、このナイフだと思うんだ」
「はい……ミリアさんの体は刃物で切り裂かれた痕が多く、エマさんの言う通りミリアさんの死因はこのナイフによる刺殺、あるいは失血死と思われます」
エマをサポートするように、メルルは検視結果の所見を述べる。
少女たちは見ればわかると思いながらその画像を見ていたが、ひとり、違和感に気付いた少女がいた。
「あれ? これ懲罰房の扉の中に入らないと無理じゃないですか?」
シェリーの言葉に、ハッとする少女たち。
「あ、鍵かかってんだから入れないってこと!?」
「そうなんですよね。天使さんに鍵を開けてもらわないとそもそも犯行自体不可能なんですよ」
「……扉の覗き穴から、レイアがやったように懲罰房の外から殺すことはできるんじゃないのか?」
「いやー、さすがに無理だと思いますよ? だってほら、覗き穴といってもこんなに隙間小さいですし」
シェリーの背後のステンドグラスに懲罰房の扉の画像が表示される。
覗き穴の間隔は1センチほどで、他の少女たちもとてもホウキの柄が入るとは思えなかった。
「で、どうなんですか? ナノカさん」
「……な、なに?」
「ぶっちゃけ聞きますけど……ミリアさんを殺したのは、あなたなんですか?」
シェリーの問いかけに、きゅっと瞼を閉じて唇を震わせながら、ナノカは答えた。
「私は……殺してない! 謝りたかっただけよ!」
強い意志を感じるナノカの声に、エマとアリサはほっと胸を撫で下ろした。
代わりに、アンアンの瞳に闇が淀む。
「謝る?」
「確かに私は……【幻視】の魔法で見たものを根拠に、佐伯ミリアを問い詰めてしまった……でもそれは間違いだったと気付かされたのよ」
自分を見やるナノカの視線に、自分でもわからない理由でマーゴはつい目を逸らしてしまった。
「だからそれを謝りたかった。会って本当のところを確かめたかった……でも何度会いに行っても、佐伯ミリアは私と口を利いてくれなかった……そして、今はもう会うこともできない」
涙を滲ませながら悲痛に供述するナノカ。
少女たちはその言葉に確かな真実を感じ取ったのか、何も言うことはなかった。
「……さて、どうしましょうかね。犯行方法については置いておいて、犯行時刻のアリバイを考えたらナノカさんしか犯行は不可能ですが」
「少しいいかしら」
手を挙げたのは、ナノカ。
「なんです?」
「その犯行時刻が20時以降というのが、私には釈然としない」
「で、でも! ミリアさんの悲鳴をわたくしは実際に聞いたんですのよ!」
「わかってるわ。そのことも含めて、違和感があるのよ」
「ほほう。というと?」
強い興味を示すように、シェリーの視線がナノカに釘づけられる。
「まず私は、今日一度もミリアと会話することができなかった……声を聞くことすらなかったわ」
「え、そんなレベル?」
ナノカはここに頷く。
そして他の少女も思考を巡らせて、アリサがハッとして口を開いた。
「佐伯ってそこまで陰湿な奴だったか?」
「え?」
「いやウチだってそんなアイツと話したことあるわけじゃないけどさ……でもヤなこと言われたからってそいつが謝ってんのを完全シカト決め込むとか……佐伯ってそんなヤツじゃなかっただろって思ってさ」
アリサの言い分に、ココもうんうんと頷く。
「そーだよ! おっさんめちゃくちゃ優しかったし! そんなことしねーよ! 解釈違い!」
「だよな?」
「言われてみれば……ミリアさんがそんなことするとはわたくしも思えませんわ」
他の少女たちも、口々にその違和感に同感の意を示す。
シェリーを除き。
「…………へぇ」
「シェリーさん?」
「や、意外とすぐ近くにあったのかと思いまして……【優しさが保証するもの】が」
「?」
「……ナノカ、お前は結局何が言いたい?」
依然、瞳に闇を抱えたままアンアンはナノカに問う。
ナノカはそれに怯むことなく、答えた。
「20時以後に殺されたのではなくて……私が最初に会いに行った15時頃にはもう佐伯ミリアは殺されていたと言いたいのよ」
「!?」
強い瞳で断言するナノカに今度はアンアンがたじろぐが、すぐに反論する。
「なら吾輩とハンナが聞いたミリアの悲鳴は何なのだ! 天使だってミリアは大丈夫だと言っていたぞ!!」
「それは……」
ナノカは少し考えてから、マーゴの方を申し訳なさそうに見た。
マーゴは構わないという意思を込めて頷いて、代わりに答える。
「本人以外で特定の声を聞かせる方法、あるんじゃないかしら」
「何だと?」
「それこそ私の【声帯模写】……一度聞いたことのある声ならいつでもマネできちゃう魔法なんてうってつけじゃない?」
「え!? じゃああの声はマーゴさんだったんですの!?」
「物の喩えよ。私じゃないわ」
「マゴっちならお嬢たちが悲鳴を聞いた20時はあてぃしと配信してたし。さっきアリバイ確認した時言ったじゃんかー」
「あ……」
「そういうこと。紛らわしいことを言ってごめんなさいね」
恥ずかしそうなハンナの謝罪を笑顔で受け取るマーゴ。
「声マネの方法か……他になんかあったか?」
「普通の時の声ならなんとか似せられっかもしれないけどさー、悲鳴はさすがに無理っぽくね?」
「声……本人の代わりに……!!」
思案していたエマ、そこに電球が点る。
「あるよ! 方法!」
「え!?」
「ハンナちゃん、スマホでミリアちゃんの悲鳴を録音できたんだよね?」
「えぇ。そうですけど……」
そこで、ハンナも気づく。
「まさか、あの悲鳴も録音!?」
少女たちにどよめきが起こる。
「その可能性が高いんじゃないかな」
「でもここに再生機器なんてスマホしかねーじゃん」
「わたくしのスマホではないですわよ!」
「じゃあ……」
エマの視線が向いた先は。
「アンアンちゃん、どうかな」
アンアンの顔がひどく歪むのを見て、ナノカはまさかと思って口を抑えた。
アンアンは何も言わず、端末を証言台にセットした。
『きゃあああーーー!!』
少女たちの背筋に、冷たい電流が走った。
『……あー、もう~……こういうビックリ系のホラー、おじさん苦手なんだよね~。……って録音してない!?』
『かわいかったから』
『も~、恥ずかしいなぁ。ならおじさんもアンアンちゃんのレアな声を録音しちゃおっかな』
『やだ』
『ずるいぞ~! ほらなんか言ってみ───』
「もうやめて!!!!」
叫んだのは、ナノカだった。
「何故だ? 聞きたかったんじゃなかったのか、ミリアの声を」
「……なんでよ」
「うん?」
「なんであなたが!! 佐伯ミリアを殺したのよ!!」
他の少女も、何が何だかわからないという目で、アンアンを見つめていた。
「なんでミリアを殺した、か」
アンアンは。
「殺すつもりなんて…………なかった」
大粒の涙を流しながら、ミリアとの最後の時を語り始めた。