二階堂ヒロが牢屋敷から去った翌日。
「…………」
『あいつの服の中に、これが入ってた』
『ヒロ、ちゃんの……』
『大事にな』
エマはベッドの上で赤い万年筆を優しく撫でていた。
「ボクは生きる。ヒロちゃんのぶんも、しっかり」
エマはひとり、立ち上がって誰もいない監房で決意を新たにする。
顔を洗ってふと顔を見れば、涙の痕が残っていたのをタオルで荒く拭いた。
「…………うん!」
拭きすぎて赤く腫れてしまった頬をぱんと叩くと、柵の向こうから金属音とともに陽気な男の声が響いてきた。
「──あっさめっしあっさめっし、あっさめっしよーん」
この監獄島では【天使】、そう呼ばれてしまっている男。
「起ぉおおきろぉぉ~~~~い!!」
海堂直也がおたまで中華鍋をリズミカルに叩きながら少女たちを起こしまわっていた。
「朝っぱらからうっせぇんだよ!! 何時だと思ってんだ!?」
「6時です。コケッ!」
「うざー。消えてくんね?」
まぶたを半分閉じながら、アリサとココが悪態をつく。
ニワトリの真似での監房の前を早足で煽り走る海堂に少女たちの表情は不機嫌に染まった。
「ひそひそ……(お元気でやがりますわね……昨日あんなことがあったのに)」
「ひそひそ……(カラ元気っしょ……まぁ気持ちはわかっけどさぁ)」」
「ふぁ……おはよう、ございますぅ……」
「はいおはざす! ……あのですね。チミたちの就寝時間は22時から6時って決まってるんです。起きなきゃいけないんです」
「そして6時からは自由時間。寝るのも自由のはずよね?」
「その通り」
海堂が鍋を叩いてからマーゴをおたまで指す。
そしてしゃがんで目を覆ってから思いのたけを叫んだ。
「それでも俺様はあなたたちに朝ご飯を食べてほしいです!!!!」
「うーん」
「頑張って作った朝ご飯、食べてほしいです!!!!」
「お絵描きしてからでもいーい?」
「……朝飯食わん奴は百パーセント太りまーす」
大きな音がしてすぐ、レイアとミリアが歩き出していた。
「「みんな、往こう!!」」
「なぁにこれぇ」
歌舞伎の見栄のような腕の動きと主にカニ歩きする海堂を、レイアとミリアが小走りで追う。
色々とあきらめた顔で、アリサとココはノアの背中をポンと押した。
「…………え?」
食堂に到着した一同が目にしたのは、紙ナプキンや木製のカトラリーセットと各種調味料が完備された大テーブル。
そして少女たちのほとんどにとってはなじみ深い、
「……給食だ!!??」
「ワクワクしてきたろぉ~~?」
「え、こんな、わぁ……」
「いや、いやいや待て、待てよ」
驚愕と感動に表情が忙しなくなるエマの肩をアリサが揺らす。
「……どういう罠?」
「罠なもんかよおめぇ~~。盆と皿はここ。箸はテーブルでー……ちゅーか早く並べい! 冷めんだろが!」
「「「(マジかぁ……)」」」
困惑する少女たちはしかし体が覚えており、慣れた動きで各自、配膳を終える。
「エマさん、お隣いいでしょうか……?」
「うん。どうぞ」
「じゃあおじさんはこの辺で……」
「……おじさん?」
「うん? あぁ、おじさんはおじさんだよ」
「ふーん。は???????????」
そして何となくのグループに分かれ、少女たちはつつがなく着席した。
「麦ご飯、さば味噌、しじみ汁に……」
「卵豆腐かな?」
「正解。そしてデザートにはズバリ、バニラ味のヨーグルト……俺様的最強の朝メシ。どう?」
「ガチじゃん……いやガチのやつじゃん!?」
「お残しは……あ、お残しは……」
海堂から期待の眼差しを感じ取ったレイアは、そわそわしている少女たちを一瞥し音頭を取る。
「みんな【挨拶】だ!」
「許しまへん、でぇええ~~~~! ↑↑↑」
「「「いただきます!!」」」
小気味いい食器のこすれる音の中、海堂はうんうんと満足そうに少女たちを眺めていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おいしかったね……」
「えぇ、おそろしいほどに……」
食後。少女たちは外の空気を吸うため、快晴の空の下へ。
上気したエマとハンナの頬を、滝のような冷汗が伝っていた。
「私たちってここに何しに来たんでしたっけ?」
「誘拐されて囚われてるんですのよ!?!?」
存在の意味を忘れたシェリーにハンナはすかさずツッコむ。
その横に号泣しているメルルが追い付いてきた。
「わ、私たち……こんなに幸せじゃダメなんじゃないでしょうか……?」
「ごはんがおいしくてダメなことなんてないよ!?」
「忘れてたって言って食ってる途中で全員分のおしぼりまで出てきやがりましたわよね……マジでどういうことなんですの?」
「社会的に抹殺されているはずの私たちがなぜおいしいご飯を食べられるのか……」
「しかも食後は自由時間……」
温かい南風が少女たちの頬を撫でる。
「放牧……されちゃってるのかも♡」
「ひぃぃぃぃい!?」
ハンナの耳に不吉を囁いたのはマーゴだった。
「なるほど! つまり私たちはストレスフリーにのびのび育てられてからお肉になって高値で売られる予定だと! それなら甘やかされるのも納得ですねー!」
「じょ、冗談じゃねーですわよ!! だれが高級霜降りステーキですのよ!!!」
「霜降りではなくないですか?」
「細かいことに突っかからない!!」
「ボ、ボクたちおいしく食べられちゃうの!?」
怒りと驚きで顔を真っ赤にするハンナとエマを、期待通りの反応という顔で薄笑いのマーゴが見つめる。
「ありえない話じゃないと思うの。悪い魔女はやがて殺人事件を起こして処刑されていくというのも……【間引き】を思わせる仕組みだわ」
間引きとはつまり、風通しや日当たりを良くする、あるいは育ちの悪いものを除去し、残ったものを高品質にするために行われる行為である。
「私たちが悪い魔女候補というのならさっさと全員殺すのが手っ取り早いですよね。なのにこんな大掛かりな土地まで用意して生かされている理由は……」
「悪玉である魔女だけを取り除いて、最終的に残った何人かを【商品】にするため……? ひ、ひぃいいい……」
「…………あれ?」
恐怖と考察が広がっていく中で、エマには昨日のヒロの死について一つの疑問が生まれた。
「でも、ヒロちゃんは魔女じゃなかったって、昨日ゴクチョーが言ってなかった?」
「……あ」
「マーゴちゃんの牧場説が正しいなら、それって管理者側からしたら不都合な状況だよね」
「……言われてみればそうね」
マーゴとシェリーはエマの反論に納得し、思考をまた検証に戻す。
「確かに、殺人事件が起こるとしても、犠牲者も魔女であるという保証はできませんね」
「結局魔女ではない子が犠牲になってしまっているから、間引きというには効率が悪かったわ」
「……そもそも管理者側は囚人の誰が魔女なのか判断できないんですの?」
「できないんじゃないでしょうか。お亡くなりにならない限りは……」
「魔女だけを効率的に殺処分できないからこそ、候補者だけの環境にして候補者同士で殺し合わせる……」
「……うーん」
五人の脳裏にあの怪物の顔が浮かぶ。
「──じゃあ【
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あの……天使さん。ご自分の立場をわかっていらっしゃいますか?」
「そりゃもちろん」
食堂。洗い物に精を出す海堂に、ゴクチョーは毛繕いをしながらめんどくさそうに詰問する。
「【魔女の処刑人】……安心しろ。その時が来たら、やることはやる。別に殺しはハジメテってわけじゃねぇ」
海堂は必要以上の流水に頼らず、泡を丁寧に取り除いている。
「……でもやりたくはないみたいですよねぇ。道化っぽくおどけてみたり、わざわざおいしいご飯を用意してみたりなどなど……少女たちがストレスをため込まないよう心配りしているよーな……」
「しているよう、じゃなくてしてるんだよ」
「ふむ……」
ゴクチョーは海堂の肩に止まって、耳元で囁く。
「その行為は、逆にご自分の首を絞める結果になると思いますよ?」
海堂の手が止まる。
「どーゆー意味だ?」
「処刑対象に愛着が湧くようなことをすれば、結局あとで辛くなるだけだと……そうは思えませんか?」
海堂はゴクチョーを肩から振り落とした。
「…………ちゅーか。なんで俺様にだけ【管理者】は姿を見せねーんだ? まだ聞きたいことが山ほどあんだけどなぁ」
「わ……露骨な話題逸らし」
「るせぇ」
「それは……あなたの態度で囚人にバレたらコト、ですからね。開示する気はないみたいですよ……今はまだ」
ため息交じりだが、ゴクチョーは今後の展望も交えて丁寧に答える。
「今は?」
「ことと次第によっては、開示する可能性もありますね……なんせ、
シンクの中で、皿が落ちた。
「ウソだろ?」
「真実です。……たいへんお気に召していましたよ、あなたの手料理。よかったですねぇ、処刑人がダメだったとしても料理人として再就職できそうで」
「ふざけろ……誰がお前らなんかの!!」
海堂はゴクチョーを掴もうとして、すり抜けられる。
「まぁ私はどうせ食べられないのでどっちでもいいんですが……あ、掃除も忘れないでくださいね。それでは」
「おい待てぇ!!」
ゴクチョーは天井に消えた。
「クソ……」
言いたいことだけ言われて去っていった感覚。
海堂の口から大きなため息が漏れた。
──そして、食堂の壁に向かう。
「まさかお前さんがそう……てわけじゃねーよな?」
「!?」
ナノカが聞き耳を立てていたのを、気づけない海堂ではなかった。
「……そんなわけないでしょう。あと、なんでわかったの」
「耳が良ーんだ俺様は」
「音は立てていなかったはず……」
「心臓の音は止められねぇだろ」
「くっ……」
胸を押さえ、悔しさの滲む顔でナノカは海堂を睨む。
「ついでに言っておくと鼻も利く。……お前さん通気口かなんか入ったろ。カビくせぇぞ」
「う……」
「スパイごっこならもーちょいうまくやるんだな。通気口はフクロウ野郎も通り道だ。見つかっても助けてやれねーぞー」
「……」
悪態を意にも介さず、皿洗いをしながらアドバイスする海堂。
ナノカは困惑の顔で問う。
「どうして、優しくしてくれるの」
「趣味」
「……真面目に、答えて」
詰め寄るナノカに、海堂はどうたもんかと言わんばかりに肩をすくめてみせる。
「人が人に優しくすんのに、いちいち理由なんていんのかねぇ」
「…………」
ナノカは、何も言い返すことができなかった。
「……お前さんが俺様の何を知ってるかなんてのはこの際どーでもいい。……ちゅーか一個だけ言っとくぞ」
「なに?」
ナノカの顔の上を、海堂は人差し指をぐるぐる回す。
「お前さんが俺様に何かしたろーなんて考えてたとしてぇ……んぃっさい必要ない。お前さんに俺が頼ることも、ない。わかったな」
念を押すように、ぎりぎりナノカの鼻に当たらない距離でチョキを作って開け閉めする。
「考えてなかったならそれはそれでよし。そゆことで」
「……ねぇ」
「あん?」
灰色の背中に、手を伸ばす。
「黒部ナノカよ。…………お前、じゃない」
「おう」
軽く振り向いて、それだけ。
「…………」
「…………」
水が流れる音と、皿がこすれる音。
そして少女は椅子に腰かけて、ひとりの寂しそうな背中を見る。
「ねぇ」
「────離せ! クソッ! 離せよバケモンがよぉ!」
ナノカが口を開いた瞬間、食堂の外から怒号が響いた。
「んー?」
看守が脇にアリサを抱えて歩いている。
暴れながらもがくアリサだったが、その抵抗は看守の歩みを止めることはできていなかった。
「どしたぁ? そいつなんかやらかして……あれか、懲罰房行くのか」
「!? ……み、見んじゃねぇよ!! 関係ねーだろ!!」
「ふーん……」
海堂は看守とアリサをそれぞれ一瞥してから、看守の前に遮るように手をかざす。
「看守ちゃんワリーんだけど、先にコテージ周りの草刈りやっててくんない? そいつは代わりに下に持ってくから、さ」
「ハァ!?」
驚愕するアリサの頭を軽くたたいて、海堂は看守に提案する。
もちろん後で行くからと手を合わせて頼む海堂に、看守は了承したのか地面にアリサが落とされた。
「よっと」
「わ、え、えぇ……?」
「んじゃよろしくー」
看守を見送った後、今度は海堂がアリサを俵のように持ち上げた。
「うわ!? ……な、助けてくれたんじゃねーのかよ!?」
「なーんでルール違反したやつを助けなきゃいけねーんだ。ならぬものはならぬ」
「ハァ!? ざっけ……」
「うぃー」
「離せぇー!!」
地下の懲罰房へ走る海堂を、ナノカが追う。
「ほい」
「……オイ出せよ!!」
「なーにしたんだ」
「ちょっと……外の塀を燃やそうとしただけだよ」
「ふーん……バッ、放火じゃねぇか!! なにがちょっとだバカ!!」
「…………あっ、う」
思いのほか海堂の言葉が響いたのか、アリサは押し黙った。
「そんなお前……外に戻りたかったか」
「…………うん」
「だったらもう少しやり方考えろ。もし燃え広がってほかのヤツらが逃げられなくなったらお前、どうすんだ」
アリサの瞳には、涙がにじんでいた。
「ちっとここで頭冷やせ、な。メシは持ってきてやっから」
「………………はい」
反省の意をアリサから感じ取った海堂は、鉄格子を握るアリサの指に軽く触れた。
「やんならな、まわりのやつと相談してからだ。あんま一人でウダウダ考えててもよくなることなんてなーんもねぇぞ」
「…………」
その言葉は、どこか自分にも向けて言っているようにナノカは受け取った。
「なんで」
「あん?」
「なんで……ウチなんかに、そんな風に言ってくれるんだよ」
涙を浮かべながら問うてくるアリサに、海堂はあごを掻きながら答える。
「人生の先輩だから……なんつって」
「……なんだそりゃ」
マスクで見えないアリサの顔に、ほのかに笑顔が戻る。
「あ、オメー今バケモンのくせにって思ったろ。言っとくがな、こー見えても人生の割合的には人間だった頃の方がまだ長いっちゅーの」
「え、あ、あんた人間だったのか……!?」
「ん? あぁ、言ってなかったっけか」
あっけらかんと言う海堂に、ナノカの背中に冷汗が伝った。
「ど、どういうことなんだよ」
「あー……えー、まずワタクシのこれは【オルフェノク】っつー名前のバケモンです」
「オル、フェノク」
「死んだ人間が蘇ると、なる。らしい」
「死……え!?」
その事実は幻視でも見れなったのか、ナノカも驚愕に目を見開いた。
「詳しい原理とかは知らねーから教えられんが、そんな感じだ。あと一応人間だった頃の姿にも戻れるはずなんだが……なんでか戻れねんだよなぁ」
「アンタそれ……軽く言ってるけど大問題だろ!? 大丈夫なのかよ!?」
鉄格子を揺らすアリサを、まぁまぁと落ち着かせる海堂。
「まぁぶっちゃけ困ってないっちゅーか? 人間の姿じゃなきゃできないこともここじゃあ別にねーし。……なに? 心配してくれちゃってるの?」
「当たり前だろーが!!」
吠えるアリサに仰け反る海堂。
「バケモンになった挙句人間の姿にもなれないなんてそんなの……そんなのあんまりじゃねぇかよ」
「な、ちょ、なんで泣くんだよ」
「ただの人間には、もう戻れねーのか」
その言葉に、かつての仲間だったオルフェノクの少女の顔が海堂の脳裏に浮かぶ。
「人間には戻れねぇ。…………死んだ人間が蘇る以上、そうホイホイ都合よくはいかねーみてーだ」
灰色の背中を見つめるナノカの瞳にも、涙がにじんでいた。
「でも、だからこそお前らには、ただの人間に戻ってほしいって思うのかもな」
「え……」
「言ったろぉ、【大魔女】を探せって」
「そいつが、ウチらを人間に戻してくれる……」
「あぁ。そんで家に帰って、人間として生きろ」
「…………」
「こんなところでだって、夢を持って生きることはできる。夢を失った時が、本当に人間じゃなくなる時だ」
ナノカは強く頷いた。
アリサも、涙を拭ってそれを心に刻む。
「わかった。もう無茶はしねぇ」
「おう」
立ち去ろうとする海堂を、アリサが呼び止める。
「あんたは! ……あんたはどうすんだ! ウチらがここから出ていけたとしても、あんたは……」
「しーんぱいすんな。自分のことくらい自分で何とかできるっちゅーの」
「でも!」
「こー見えても結構修羅場はくぐってきてんのよ。お前はお前らの心配だけしてろぃ」
それだけ言って、海堂は手を振りながら懲罰房に鍵をかけてから後にする。
「……なんかくせーな」
まさか自分のことかと思って慌てて焼却炉室への道に隠れたナノカだったが、海堂が向かった先は監房だった。
「あ! バッ、オメーこんな空調悪いとこでなにスプレーなんかで遊んでやがんだ!!」
「え、なに? のあのこと?」
「お前以外だれがいんだ、こっち来い!!」
「やだ。お絵描きする」
「問答無用」
「や──!! は──な──し──て──!!!!」
「一緒に外で草刈りしようぜ。太陽の下で健康になりましょう、な」
「た──す──け──て──…………」
ノアとともに海堂が去ったのを確認してから、ナノカは懲罰房のアリサのもとへ向かった。
「──柴藤アリサ」
「オメーは……たしか黒部」
「ナノカよ。……その、大丈夫?」
純粋に、心配からくる声かけだった。
そんなナノカの心境を察したのか、アリサも攻撃的な口調は抑えて返答する。
「……今は特に」
「そう」
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
自分から話し始めるタイプではないこの二人の会話は自然こうなる。
「なんか……ウチに用があったんじゃねぇのかよ」
先に気まずさに耐えかねたのはアリサだった。
「……その」
「ん」
「彼について……どう思ったのか、と」
「……【天使】のことか」
ナノカは頷いた。
アリサは少し考えた後、海堂への印象について語り始めた。
「…………めちゃくちゃいい人だろ。こんなところにいるのが、不自然なくらいに」
そしてそれはやはり、ナノカにとっては自身と同じ思いだった。
「やっぱりそう思う?」
「そりゃそうだろ。昨日の二階堂のこともそうだし、今のウチのことだって……」
「そうね。とても彼が【処刑人】だなんて、信じられない」
アリサは強く頷いた。
「……なぁ」
「なに?」
「もし、さ。ウチらがここを抜け出せるようになったらさ」
「うん」
「あの人も……一緒に連れ出そうぜ」
それは、ナノカにとっては意外な提案だった。
「あなた、そこまで彼のことを……」
「あの人はこんなとこにいちゃいけねぇよ。もっとちゃんと……ウチみたいなバカなガキを叱ってやれるような仕事をしててほしいだろ」
昨日までは濁っていたように見えたアリサの瞳は、今ははっきりと輝いてるようにナノカには見えていた。
「たとえ人間の姿をしてなくったって……少し話せば外の連中もわかると思うんだよ。あの人の存在で救われるやつがいっぱいいるって」
とても自分を懲罰房に入れた者への感想とは思えないと、少しナノカの頬が緩んだ。
「飛躍したわね。でも、気持ちはわかる」
「オメーもそう思うか」
「えぇ」
アリサが笑顔になっているのがマスクとフード越しでもうかがえた。
「……なんだよ。オメー結構話せるヤツだったんだな」
「ど、どういう意味よ」
「いや、なんかスカしてて暗そうだから、そのうちインネン付けられるかと……」
「なによインネンって。私はそんなこと……」
「だから誤解だっつの。今は……人情わかるやつだって知ってっから。そうは思わねーよ」
「……そうなの?」
「あぁ」
「よかった……」
ナノカはほっとしたように胸を撫で下ろす。
「もしかしてそのキャラ、作ってたのか」
「(ギク)」
「へー……」
「……誰にも言わないで」
「言わねーよ。もったいねーし。聞かれても教えねー」
肩を震わせて少ししてから、アリサは声をあげて笑った。
「う、うるさいうるさいうるさい!! わたしだってやりたくてやってるんじゃないから!!」
「悪い悪い!! いやほんとゴメ……っははははは! ごめん無理、止まんね」
「あなたなんか嫌いよ! 嫌い! 嫌い嫌い!!」
笑い声と罵声が入り混じっているが朗らかな雰囲気で、二人の少女の間に一つの絆が生まれたのを。
「────────ふぅん」
意外そうに見つめる視線があったのを、誰も知ることはなかった。