「───ごめんねぇ、アンアンちゃん」
『気にするな』
アリサを懲罰房に入れた後、監房でスプレーアートに興じていたノアを外に出そうとした海堂だったが、屋敷内にいたレイアに呼び止められた。
そこでノアによって真っ赤に染まった部屋を見て気分を悪くしたアンアンが医務室で休んでいることを聞き、すぐにノアを担いで医務室へと向かった。
「お前な、こうなるから締め切った部屋ん中でスプレーすんのは危険なんだ。わかったか」
「はぁい……」
「ホラ、口も動かせなくなっちまってかーいそーに……」
『これはノアとは関係ない。わがはいの魔法が無意識に発動するのを防ぐためである』
「あー、そーいやそんなこと言ってたっけか」
アンアンのスケッチブックによる会話法を思い出した海堂は、アンアンの書いた字の下に【既読】と書いた。
「これでよし」
「……あの、これは?」
「やー、メッセージを読んだらしたらこれしとかないとなんかまずいってあのー……ココ、そうココがな。そう言ってたんだよ」
「あぁ……」
やれやれと首を振るレイアに力なく笑うアンアン。
ノアは何を言ってるんだこいつという顔で海堂の顔を覗き込んだ。
「え、違う?」
「今度ココくんにちゃんと説明を受けた方がいいですね」
「……? おう」
なーんか間違ったかなと首を海堂に『律儀なのはいいことだ』とフォローするアンアン。
「アンアンさん、リンゴ剥きましたよー」
「……ありがとう。……んまい」
メルルからリンゴを食べさせてもらって満面の笑みのアンアンを見て、ノアはほっとした顔になる。
「また来るね、アンアンちゃん」
「……うむ」
「えへへ……あ、そうだ。草刈りしなきゃだよね?」
「や、先に昼メシだな」
「あー」
医務室の時計を見れば、すでに十一時半を指していた。
「草刈り?」
「あぁ、こいつのスプレー遊びのお仕置きだ」
「そうです……」
「へぇ、偉いじゃないかノアくん!」
「……そぉ? かな、えへへ」
照れるノアに微笑するレイア。
アンアンはノアを誇らしげに見つめている。
「では、詳しい経緯は昼食中に他のみんなにも周知するとして……そんなにひどいんですか? 監房のスプレー臭は」
「んー……まぁ鼻が利く俺様がすぐに気づかなかったくらいだから、そこまでじゃねぇかな」
「それなら軽くサーキュレーター……はなさそうですし、うちわか何かで扇ぐくらいで問題なさそうですね」
「おーなるほど。んじゃあうちわとかないか探しとくぜ」
「よろしくお願いします」
ハキハキとこの後の動きを確認をするレイアに、なるほど雰囲気通りのリーダーシップだと海堂は感心した。
「レイア」
「どうかしましたか?」
「いったん他のやつらに、十二時にはメシだって声かけてきてくれねーか」
「はい! 任せてください!」
大仰に立ち上がってみせたレイアに気圧されたのか、海堂は少し仰け反る。
「……ちゅーか、なんで敬語? 言っちゃぁなんだが、俺様、お前らの敵よ?」
その態勢で、海堂はもじもじと居心地の悪そうにレイアに問いかけた。
「ハハハ、まぁ一応は目上の方ですし……それにあなたはヒロくんを救おうとしてくれた。あなたを信頼するのに十分ですよ」
はっきりとそう答えたレイアの瞳は澄んでいた。
……だが。
「そうか……じゃ頼むわ」
「はい!」
頭上を暗雲が通り過ぎた感覚を海堂は覚えた。
「…………」
レイアは笑顔のまま医務室を後にしようとする。
「……レイア!」
「何です?」
咄嗟に、海堂はレイアの背中に声を掛けた。
「なんかあったら、すぐに相談してくれ。力になっからよ」
「…………はい! ありがとうございます!」
レイアはやはり笑顔のまま、颯爽と医務室を出ていった。
「…………」
海堂には、その笑顔がかつての仲間の作り笑顔と、重なって見えていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
昼食後。
「あづい~~」
「麦茶あっからほら」
「ぬるい~~」
海堂は看守との約束通り、コテージ周辺の草刈りに加わった。
初めこそ張り切っていたノアだったが、直射日光のせいで数分と経たずにとろけてしまった。
「じゃぁほい、俺様の麦わら帽子かぶっていいぞ」
「お~……暗くて前が見えにくいかも」
「慣れろぃ」
ぶーたれるノアを軽くあしらいながら、海堂はノアのもともと被っていたベレー帽を看守の頭に刺さっている杭に引っ掛ける。
「おぉ、似合うじゃん」
「……」
海堂の感嘆にも看守は特に反応せず、草刈りに戻っていく。
海堂はやれやれと頬を搔きながら刈った草を麻袋に詰めた。
「わぁ!?」
「どした?」
「見て……かっこいい」
「おぉおおおお!?!?!?」
見るからに毒々しい色合いの芋虫。
顔に近づけられて転がる海堂を、ノアはけらけらと笑った。
「どぉ? カッコよくない?」
「ざっけ、こ、だ、持ってくんなよ!?」
「ぶーん」
「やーめろばか!! あっち、あっち戻しとけほら!! かーいそーだろーが!!」
「……はーい」
「ったく」
ひとしきりからかえて満足したのか、ノアは素直にコテージの裏にイモムシを置く。
じゃぁねぇと手を振る仕草に、こいつは本当に十五歳なのかと疑いの視線を向ける海堂だった。
「…………まぁでも、キモがるよりはカッコいいっつー方がいいのかもな」
「なんで?」
「…………いや、なんとなく」
「そっか」
「なによ」
「天使さんも、かっこいいよ」
「なんだ急にお前…………当たり前じゃねーか! 俺様はカッコいいんだ」
「へへー」
ノアはしばらく屈託のない笑顔を海堂に向けてから、草刈りに戻った。
「……やっぱりすげぇよ。お前さんは」
「すごい? のあが?」
「なんだかんだ言うこと聞いてくれっしな。……俺がお前さんくらいの年のころは、叱られても言い訳ばっかしてなーもせんかった」
「そうなの?」
「自分の好きなことしかしねぇヤなガキだったなぁ……」
「ふーん」
「…………いや何言ってんだ俺は。忘れろ」
思い浮かんだ古い情景をかき消すように、頭を振る海堂。
「…………」
ノアは地面に伸びる海堂の影を見る。
そこには、照れくさそうに笑う無精ひげの男がいた。
「……知りたいな」
「あん?」
「天使さんの、昔のお話」
「……え?」
予想だにしない一言に、固まる海堂。
わくわくと見つめてくるノアに、悩む。
「知りたい? 俺様の……こと?」
「うん」
「……あー、うん、まぁ」
海堂は思い出せる中で、年頃の少女に話せるような過去を高速で取捨選択する。
「ずーーーっと、ギター弾いてた」
言える過去が、一つだけになってしまった。
「ギター!?」
「おう。エレキじゃなくてクラシック……つってもピンと来ねぇか。ひょうたんみたいな形の、まんま木でできてるやつって言えば、わかっか?」
「うん」
「それを暇さえありゃ……いや、暇じゃなくてもとにかく弾いてたな。成績だのなんだのは右から左で、周りの大人の言うことなんてぜーんぶ無視。気の合うダチはたくさんいたし、女子にもモテた。……あとはまぁ、多少殴る蹴るの荒っぽいこともしたが……割愛」
「不良だぁ!」
「ハハ、そうだな」
一言でまとめられてしまって、苦笑する海堂。
「まーそんなんだから親とも揉めて勘当食らってどーすんべとなり……ハラ括ってもうギターで食ってくしかねぇと決めたワケだ」
「え、だ、大丈夫だったの?」
「フッ……だが俺様は天才だった。出られるコンクールは全部出て賞金もらったりなんなりで……行きたかった音大に入ってやった!!」
「うぇすっごい!!」
感嘆の声を上げるノアに、舌が回り始めたのかすらすらと言葉が出てくる海堂。
「で、大学でも賞取りまくってちやほやされまくってモテまくりのウハウハ天狗で、本気でギターのテッペン取っちゃるぞと張り切ってた時に……」
「時に?」
「…………」
黙々と草刈りを続けていた看守が、鎌を止めていた。
「────バイクで事故った。左手の指を、ずっと曲げてられなくなった」
「…………え」
言葉の意味を理解したノアは絶句して、顔を青くして。
「……じゃぁ、ギターは」
「弦を押さえられねぇんだから、まぁ弾けねぇわな」
ひどく、悔しそうに、口を結んだ。
「……なーんでお前さんがそんな顔すんだ」
「だって、だって………………ひどいんだもん」
「ひどい、か」
ゆっくりと頷く。
「まぁ、ひでぇわな」
「ごめんなさい」
「なにがよ」
「のあ、そんなことがあったって知らなくて」
「いーんだよ話したのは俺様なんだから。ちゅーかいらんこと言った俺様こそ謝るべきっちゅーか……」
「なんで天使さんが謝るの?」
どこか、強い怒りを帯びた声色で、ノアは海堂に詰め寄った。
「なにも悪いことしてないのに!」
「…………そう、か?」
「そうだよ。天使さんギター頑張ってたんだもん。なのに、なのに……」
「悪いことは、してたさ」
「え?」
「ギターしかしてこなかったっつったろ。おかげでギターを弾けない俺様なんざだーれも助けちゃくれなかった。そりゃーそーだな、俺が誰かを助けたことなんて一度もなかったんだ」
草を毟りながら、海堂は過去の自分に唾を吐く。
「そんなやつが人並みの扱いなんてされるわけがなかった。ギターで食ってくどころか、俺がギターに生かしてもらってたんだ」
「…………」
「こんな話したのは、お前さんに忠告しときたかったってのもある。好きなことやってるだけじゃ、蔑ろにしてきたもんに苦しめられることもあるってな」
「……あ」
響いた声。
「絵が好きなんだろ。なら、もーちょい身の周りのことに気ぃ配りながらやんのがオススメだ。それで食ってくつもりならな」
海堂の背中が少し、ノアには大きく見えた。
「うん……ありがとう」
「ん?」
「まずは草刈りを、頑張る!」
「お、おぉ」
じゃきーん、と言って手鎌を掲げ、ノアは草を掻き分けていく。
「…………やっぱ偉いよ」
「あ、ダンゴムシ。あげる」
「偉いがなぁ」
負けてられんと、海堂もまた草の中へと戻っていった。
看守はその後ろで、二人が刈った草を麻袋に詰めていく。
「…………」
その後ろ姿を、通りすがったナノカは寂しそうな瞳で見つめていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
夕食の時間。
「お昼は焼きそばで夜はカレー……おじさん、なんだか土曜日の気分だよ……」
「どういう感覚?」
「──え? エマさんはご自分の魔法がわからないんですか?」
「うん、だからボクがここにいる理由がわからないんだ。なにかの間違いなのかも……」
「魔法がわからないのは私も一緒ですよ」
「そうだったんですの?」
「うーん、強いて得意なことと言えば……あ、天使さんリンゴあります?」
「ほらよ。ってなにすんだお前」
「えいっ」
「きゃあああ!! 何しやがるんですの!?」
「シェリーちゃん?!」
「そんなに驚くことですか? リンゴくらい誰でも潰せますよね?」
「ば、お前そういうのは言ってからやれよ汚れんだろうが」
「あうぅ、顔にリンゴが……おいしいです……」
「え、何いまの。ゴリラすぎん?」
「ゴリラじゃないです妖精さんですー」
「【怪力】……シンプルに強力な魔法ね」
スプーンと皿のこすれる音とともに、少女たちと灰色の怪物の談笑が賑わう食堂。
その中のひとり、ベレー帽の少女が立ち上がって衆目をさらった。
「ノアくん。急にどうしたのかな?」
「今日は、みんなに謝らないといけないことがあります」
隣の者と顔を見合わせて、昼にレイアちゃんから聞いた話かな、と確認する少女の声。
きっ、と口を結んでノアは語り始めた。
「のあがお部屋にスプレーでお絵描きしてたせいでアンアンちゃんがびっくりして……倒れちゃったの」
「(ホントにそうだったんだ……)」
「うちわで換気したので臭いはもうそんなにしてないけど、まだ臭ってたらごめんなさい」
頭を下げるノアを、海堂は腕を組んで見守る。
「それで、それでね……他にお絵描きしてもよさそうな場所を見つけるまで、下のお部屋を使わせてほしい、です」
みんなが集まる時間にはやめる。換気はしっかりするなど、自分で考えたのだろう条件を連ねてお願いするノアに、少女たちは特に不満の顔は見せなかった。
「アンアンちゃんとアリサちゃんはそれでいいって言ってくれて……みんなはどう、かな……?」
「いいんじゃないですか?」
真っ先に肯定したのはシェリーだった。
「細かいことは気にせずどんどんスプレーしちゃってもいいと思います!」
「え、でも」
「【バルーン】の創作活動を邪魔するなんてとてもできませんからねー」
その言葉に、少女たちは驚愕した。
「なんで……わかったの?」
「【バルーン】ってあのストリートアーティストの!?」
「マジ!?めちゃくちゃバズってるやつじゃん!?」
「正体不明って話じゃ……」
「そういえばアンアンさん、描いた絵が飛び出してきたと言ってましたが……」
「はい、なのでそれほどの力のある絵が描けるとすればそうじゃないかなーと。当たってましたね!」
「えーサインとかほしー。配信にも出てくんねー?」
「待て待て待て待て」
ノアの謝罪と願いが流されていく流れを断ち切るべく、灰色の影が立ち上がった。
「バルーンだかなんだか知らんがそりゃ、今は関係ねーだろーが」
「え?」
「外でなにやってたかなんざ、ここで暮らすのにゃ関係ねぇっつってんだ」
きょとんとするシェリーに諭すように言葉を続ける海堂。
「ノアがマジで超有名アーティストだからっつってよ、お前らの意思を無視してそこら中で絵を描きまくっていいなんて、それが通るのかって話だ」
「それは……」
言われてみればという顔で見合わせる少女たち。
「確かに、ノアちゃんは自分からバルーンだって名乗ることもできたのに……」
「お絵描きのルールだってちゃんと考えてくれたよね」
「なるほど。自分だけ特別扱いされるべきではないと、そう慮ってくれたというわけだね……なんという謙虚さ! そんなに私たちのことを考えてくれてたなんて!! その優しさが嬉しいよノアくん!!」
感動の笑顔を浮かべながらノアの手を取るレイア。
「どうだろうかみんな! ノアくんの思いに免じてお絵描きを認めてあげようじゃないか!!」
レイアの大仰な動きと呼びかけにたじろぐノア。
少女たちはまぁ別に……という雰囲気を出しながら拍手で迎える。
「……い、いいの?」
「もちろんですー」
「ちょっと待って」
もじもじと手を挙げたのはナノカだった。
「ナノカちゃん?」
「その……追加の条件というわけではないのだけれど……あなたの描いた絵を私たちも見れたり……するかしら」
「! ……もちろんいいよぉ」
にっこりと快諾するノアに、少女たちの頬がほころんだ。
「いやー、まさかこんなところでバルーンの絵を見られるなんてね」
「マジびっくりなんだけど」
「あとでサインもらってもいいですか?」
「え? う、うん。欲しいなら」
「わーい!」
「あ、じゃあレイアっちも明日配信の時に書いてくんね? 生サイン」
「もちろんいいとも!」
思いのほか雰囲気のいい少女たちに拍子抜けたように、ホッとする海堂。
「リンゴ剥いたぞぉ~い」
「いただきます! ……んっ、このリンゴ……ちょっとしょっぱくて美味い!!」
「塩水にちょいさらすとな、いいんだこれが」
「あ……ごめんなさい、私からもいいかしら」
「どしたん?」
今度はナノカが不安げな顔で立ち上り、呼びかける。
「実はその……このくらいの長さの黒い髪リボンを落としてしまって……誰か知らないかしら」
「黒いリボン?」
特に心当たりのある者はいないようで、ナノカの瞳が悲しみを帯びる。
「……大切なものなのかしら」
「えぇ」
わずかに震えるナノカの拳を見たマーゴが、そっと話しかける。
「そう……私の方でも探してみるわね」
「ありがとう」
夕食の時間はほとんどの少女がひとところに集合するとあって、連絡事項など大事な情報はここでみんなの前で発表しようというレイアの呼びかけがあったようで、ノアやナノカのほかにもそれぞれの少女から情報共有が始まった。
牢屋敷の間取りや外の様子、見つけた危険そうな場所などが少女たちの中で周知されていく。
ココの生配信への呼びかけなどあまり有意義ではなさそうなことはスルーされていたが。
「(このまま何も起きねぇといいんだが)」
海堂が見る限り、とてもこの中で殺人事件が発生するとは思えないほどに和やかだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
夕食後、海堂が皿を洗っていた時。
「天使さん」
「うおぉ!?」
突然後ろから話しかけられ、皿を落としそうになって何とかキャッチ。
焦りながらも答える。
「危ねーなこいつ」
「ごめんねぇ。手伝うねぇ」
「お、いいのか」
ふんふん鼻歌交じりで洗われた皿を拭きはじめるノア。
少し身長が足りないのかつま先立ちでいる。
「あのね、お願いしたいことがあるの」
「なによ」
「のあの絵をね、見てほしいの」
「絵?」
なぜわざわざ自分に頼みに来たのか、と海堂の脳裏に疑問が浮かぶ。
「うん。でもただの絵じゃないよ。特別な絵」
「特別?」
「……のあが、
ノアの顔は、真剣そのものだった。
海堂はすぐに、それがノアにとって尋常ではない頼みごとなのだと悟った。
「……どういうわけなんだ?」
「今日はね、今日だけでもね、いーっぱいありがとうって言いたいこと、のあは天使さんにしてもらっちゃった」
「そ、そうかぁ?」
「うん、だから天使さんなら見せられる。見せてもいいって思えたの……」
皿を拭く手を止めて、ノアは海堂に向き合う。
「その絵の率直な感想を聞かせてほしいんだ」
その瞳は。
かつて、ギターにだけは嘘がなかった海堂直也自身の────。
「…………」
「きっと、どんな言葉も受け止められる。受け止めてみせる。だから、お願い、天使さん」
「いいぜ」
「!」
即答だった。
「言っとくが俺様はおべっかとかそういうのは大っっっ嫌いだ。言いたいことは全部言う。どんな感想でもだ。それでもいいか?」
「…………うん!!」
ぱっと咲くような笑顔で、ノアは心からの喜びを見せていた。
「【バルーン】の絵じゃない、お前自身の絵だから特別……ってことか?」
「うん……そうだよ。魔法は使わない絵」
「なるほどそりゃ楽しみだ。大作を期待してるぜ」
「…………頑張るね」
喜びの笑顔のなかに、ノア自身の不安さが滲む。
それは海堂にも伝わっていた。
「……それでね」
「おう」
「………………やっぱいいや」
「なんだどうした」
「………………拭き終わった!!」
皿を置いてすぐ、ノアは食堂から走り去った。
ノアの置いた皿を仕舞いながら、海堂は思いを馳せる。
ノアの決意、葛藤、そして不安。
それら海堂には覚えがあるもの。
「……頑張れよ」
「明日は甘いものがもっと食べたいです」
「うおぉ!?」
「えへへ……おやすみ」
声だけ置いて行って、ノアはそのまま帰ってこなかった。
────ノアが監房の中で死んでいたと泣くアンアンが食堂に飛び込んできたのは、その翌々日のことだった。