ノア殺害の当日、監獄島某所。
「このままじゃ、一番になれませんよ」
「…………」
「でも大丈夫。これであなたは、一番になれる」
────蝶が舞う。
嗤うように。
憐れむように。
爛熟な開花を待つように。
蛇は知らない。
毒よりも甘い、その蜜の味は……弱い心を容易く虜にすることに。
「さぁ、始まります……あなたの力を試させてください」
────少女が舞う。
毟るように。
藻掻くように。
助けに伸びる手を振り払うように。
「お気に召しますでしょうか、私のかわいい天使様」
どうかあなたが、幸せになれますように。
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朝の冷たい空気が肌を撫でる六時頃。
朝食のたまごサンドイッチを切り終わり、盛り付けようとしたそのとき。
「────天使ぃいいい──っ!!」
食堂に飛び込んできたのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたアンアンだった。
「おぉ!?」
「ノア、ノアがぁ……」
「どうした一体、あいつがなん」
けたましい通知音が海堂のスマホから鳴る。
『ラウンジに集まれ』というゴクチョーからのメッセージだった。
────瞬間、海堂は理解する。
「……ノア」
その場で、力なく膝をついた。
「…………殺されたのか、ノアが」
海堂は泣きじゃくるアンアンの頭を優しく撫でながら、抱き上げ、ゆっくりと立ち上がる。
「────ノア!!!!」
少女たちが看守に捕らえられてラウンジに運ばれていくのを横目に階段を駆け下りる。
そして監房の前にたどり着き、目にする。
「ノア…………」
赤い蝶たちが、心臓の位置に鉄串が挿されたノアが横たわるその上で、弔うように舞っていた。
「なんだ、これ。なんなんだよ。これ。なぁ。なんなんだよ」
「う、うぅううう」
「……なんなんだよこれはよぉ!!!!!!」
「うぁ、あぁあああ……!!」
怒号とともに、嗚咽とともに。
海堂の最も長い一日が始まる。
『────処刑人と囚人番号660番は速やかにラウンジに集合してください。繰り返します。処刑人と囚人番号660番は速やかに────』
城ヶ崎ノア、【死亡】。
残る魔法少女は───あと11人。
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「あ……やっと来た。これで全員揃いましたね」
「あぁ、おはようございます天使さん」
「待ちくたびれちゃったわぁ♡もしかして処刑の準備をしていたのかしら?」
期待。
「天使さん……」
「う、うぅう、なんでこんなことに……」
憐憫。
「わたくしじゃない、わたくしはやってない……わたくしはなにもやってなんか……」
「ハンナちゃん、大丈夫、大丈夫だからね。君は犯人じゃないってわかってるからね」
恐怖。
「はぁ…………短い平和だったね」
「もー終わり。ぜーんぶ終わり。結局殺人起きてんじゃん」
失望。
「あ、天使……」
「天使の兄さん……」
待望。
「…………あぁ」
少女たちの視線が海堂を突きさす。
心臓と肺の間のところから、ごぽごぽと音を立てて何かが涌き出てくるような感覚を海堂は覚えた。
もう昨日までの日常は戻ってこないのだと思い知って、海堂は目を伏せた。
「天使!!」
「……あ?」
アンアンの叫び。
看守によって拘束されていることに、一番最後に気づいたのは海堂自身だった。
「……おい、なんだよ。なんで俺なんだよ!」
「余計な事される前の用心です……殺人事件の捜査は魔女候補の皆さんの仕事ですので……処刑人が捜査に参加するのはご法度ですよね……? そういうことなので」
「はァ!? ざけんな聞いてねぇぞ!!」
「こうやって駄々こねられるとわかりきってましたので……まぁ裁判で魔女が特定されるまでの辛抱です。あきらめて大人しくしててください」
「おぉお離せ! 離せぇえ──ッ!!」
海堂はそのまま看守に取れられてラウンジから出ていく。
怒号がやがて階下へと向かって消えていくのを、見計らっていたかのようにゴクチョーが口を開いた。
「はい。というわけなので……処刑人とのあらゆる接触、情報交換を魔女が特定されるまで禁止します」
「えー、なんでですかー?」
「何らかの司法取引をして見逃してもらったり別の殺人計画に利用したりとか……その……困りますので……」
「なんで困ンだよ。オメーらがやらせてんだろうが……!!」
ふん捕まえようとするアリサの手をゴクチョーはするりと抜ける。
舌打ちをしたアリサの肩を、ナノカが抑えた。
「いえいえ、なーんせ一回の裁判でも結構準備とか後始末とか大変なのに……連続で起こされちゃ過労で参っちゃいますから。……できればこの場で殺し合いなんかもご遠慮ください」
「そんなことするわけ……!!」
「では改めて……魔女裁判のルールを説明いたします」
エマの抗議の言葉を無視し、ゴクチョーは説明を続ける。
不本意ながらも、少女たちは魔女図鑑の規則と照らし合わせて確認する。
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【裁判の開廷条件】
・監獄島の中で殺人が起こった場合、危険な魔女を処刑するため魔女裁判を行う。
・囚人同士で議論·投票を行い、魔女と判断された者は即時処刑人により処刑される。
【裁判の終了条件】
・裁判が開かれた場合、牢屋敷内の者は指定された時間内に犯人が誰であるかを議論する。
・多数決で最も多い票を得た者は【魔女】と認定され、処刑される。
・時間内である限り、議論を望む者がいる場合は裁判を続行する。
【捜査の条件】
・死体が発見された場合、囚人は裁判開始までの間に監獄島内を自由に【捜査】することが許可される。
・捜査時間は【二時間】とする。ただし、管理者の判断により変動する場合がある。
・捜査時間中は囚人と処刑人との間で一切の接触、通信などの情報交換は認められない。
・現場保持のため、被害者の遺体、及び殺人現場を看守の許可なく接触することは許可されない。
・自由時間外や拘束期間中であっても、死体が発見された場合は勾留·拘束を解除し、囚人は各自の捜査が認められる。
・緊急時や証拠隠滅のおそれがある場合、管理者の判断により、裁判開始までの捜査時間中に最重要容疑者を拘束することがある。
【魔女を特定できなかった場合】
・魔女を特定できなかった場合、処刑人による参加者全員の処刑を執行する。
・ただし、全会一致で【犯人が存在しない】という結論となり、かつそれを証明する合理的な証拠があると管理者が認めた場合、裁判は中止される。
====================
「────以上になります。長々と失礼いたしました……まぁ、要するに犯人を特定できればみなさん生き残れますので……がんばってくださいね」
それではごきげんようと言い残し、ゴクチョーは天井へと消えた。
少女たちの周囲を、重い空気が漂う。
「みんな、聞いてくれ」
はじめに口を開いたのは、レイアだった。
「とにかく捜査を開始しよう。貴重な時間を無駄にしないためにも」
「そうね。さっさと犯人を特定して処刑してもらいましょう」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
縋るようにマーゴに近づいたのは、エマ。
「マーゴちゃんは、この中に犯人がいるって、本当にそう思ってるの!?」
「あら、だってそうでしょう」
何を言っているんだという顔で、マーゴは答える。
「管理者側が殺した場合は裁判が開かれないのは、ヒロちゃんの時にわかったことでしょう」
「でも、まだ第三者が殺した可能性だって……」
「それこそ、捜査して私たち全員が犯人でない証拠を見つければいい。違うかしら?」
「……ううん」
「わかってくれてうれしいわ」
エマの唇を指で押さえながら、マーゴは妖艶に笑う。
「あなたの綺麗事は素敵よ。でもまだ行動が伴っていない」
「!!」
「うふふ」
状況を楽しんでいるようにも、すべてを諦めているようにも見えるその笑みが、エマの胸を締め付けた。
「……実のところ犯人の目星もついているんだ」
「え!?」
レイアは顔を伏せながら、ばつの悪そうに続ける。
「裁判ではその子に投票するつもりでいる。君には悪いけれど……みんなを守るためだ」
「だれ、なの?」
「ここでは言わないよ。みんなの捜査に影響が出るといけないからね。詳しいことは、後の裁判で話すつもりだ」
手を広げ、声高に宣ずる。
「……みんなも、裁判に臨む前に自分の考えをはっきりさせておいてほしい。限られた時間にできるかぎりのことをしよう。あとでああしておけばよかったと後悔しても、悔やむに悔やみきれないからね」
淡々と、冷徹に自身の考えを述べるレイアに、エマたちは気圧されるばかりだった。
「ありがとうレイアちゃん」
「じゃあ私たちは二階から見ていくよ……それではみんな、また後で」
そう言って、マーゴとレイアはラウンジを後にした。
「…………自分の考えかぁ」
「んなこと急に言われても……」
「……とにかく、ここでじっとしてても何も変わらないよね。……ココちゃん、おじさんと一緒に一階を捜査してみないかい?」
「おっさんとぉ? いいけど……あんま期待すんなよ? あてぃしの魔法ってこーいうのに向いてないし」
「あー、それはおじさんもねぇ……」
ミリアとココもお互いの魔法について語り合いながら出て行く。
「……ごほっ、うぅ」
「アンアンさん!!」
「……大丈夫だ」
メルルも座り込むアンアンを抱え、医務室に向かうと言い残して去っていった。
「じゃぁ私たちで地下を重点的に捜査しましょうか」
「……うん、そうだね。そうしよう」
「うぅぅ、気が重いですわ……」
「城ケ崎ノアの部屋に行くなら……私も行くわ」
シェリーの提案にナノカが手を上げたのを、アリサ以外の全員が意外そうに振り返った。
「私の魔法は【幻視】。人や強い思いの込められたものに触れると、触れたものの過去や未来を映像として見ることができる。絶対見えるわけではないし断片的な情報がほとんどだけど、役に立てると思う」
「「「えぇえええ!?」」」
「おぉ……スゲェな! こういう時のためみてぇな魔法じゃねーか!」
頬を赤らめるナノカの肩をアリサが組んで、五人は地下へと向かった。
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「とはいえ、城ヶ崎ノアの遺体と殺害現場に直接触れることができないのがもどかしいわね」
「本当に姑息な規則ですわね」
監房周辺の壁と床に触れ続けながら魔法を発動させようとするナノカ、残る四人は殺害現場を観察しながらメモや写真で情報を記録していく。
「凶器はまず間違いなく、ノアちゃんの胸に刺さっているあの鉄串だよね」
「昨日のお昼のバーベキューで使われていたのと同じものなら……犯人はその時に盗んだのかしら? うーん、それだと天使さんが気づきそうですわよね……」
「厨房って天使さんがいないときは私たちも入り放題ですから、犯行の直前に取りに行けばいいわけですしね。天使さんの厨房での様子を観察していれば、どこにどんな調理器具が置いてあるかは知れますし。凶器を手に入れたタイミングを考えるだけでは、犯人を絞り込むのは難しいと思いますよ」
淡々と犯人の行動について推理を進めるシェリーに、アリサは感嘆の視線を向けていた。
「ハエ女オメー、思ってたよりちゃんと見た目通りの探偵っぽいことできんだな」
「ハエは嫌ですー!! せめて【妖精さん】と呼んでくださいー! ぷんぷん!」
「なにがぷんぷんだよ……かわいこぶりやがって」
「そういうアリサさんは記録できたんですか?」
「撮れたよ。とにかく目に映るもんは片っ端からな。ほら」
アリサはシェリーたちにスマホの画面を見せる。
「ふむふむ。まぁアリサさんにしては上出来ですね」
「どういう意味だテメェ!」
「ちょっと、こんな時にケンカしないでくださいまし!」
「う、わ、ワリィ……」
「アリサちゃんは悪くないから……」
しょげるアリサをニコニコと見つめるシェリーにハンナが肘でつつく。
「それにしても……どういうことなんでしょうかね」
「何がだよ」
「この床ですよ」
シェリーが指さしたのはノアの横たわる監房の白い床。
ノアを中心に赤い血の蝶の絵が描かれ、その上を血の蝶が飛んでいる。
「床? 床がどうしたんだよ」
「ノアさんが絵を描くためにスプレーで真っ白にしたんでしょう。おかげで色々と殺害時の痕跡が残っていますね」
「……あぁ、言われてみりゃ変な擦り傷なんかがあるな」
「それもですが、あって然るべきものがないというのも、気がかりです」
「どういうことですの?」
「足跡ですよ」
クエスチョンマークが浮かぶハンナたちに、ドヤ顔で答えるシェリー。
「犯人の足跡がないんです! これだけ白い床ならはっきりつきそうなのに、ない!」
「あぁ!! ホントですわ!!」
「そうつまり犯人は足跡を残さずに犯行が可能な人物……つまり犯人はあなたです!! ハンナさん!!」
「「「!?!?」」」
ずどーん、とハンナを指さすシェリーと、口が塞がらなくなるエマたち。
そしてすぐにハンナはシェリーを睨みつけた。
「そんなわけあるか!! ですわ!!」
「ですよねー!」
わっはっはと軽く笑うシェリーを、今度はアリサが強く睨みつけた。
「でもレイアさんは本気でそう考えたんじゃないでしょうか」
「あ……」
「彼女、言ってましたよね、犯人の目星がついたと。十中八九ハンナさんのことだと思いますよ」
「うぅ……」
「あぁ悲しきかなハンナさん。憧れの相手に犯人扱いされてしまって……」
「あ、憧れてなんかいませんわよ!!」
「大丈夫、ハンナさんを処刑なんかさせません!! この名探偵シェリーちゃんにお任せください!!」
「…………」
瞳に涙を浮かべながら、深く頷くハンナ。
シェリーは微笑みながら、その涙を拭う。
シェリーの言動がハンナを安心させるためのものだったことに、アリサもようやく理解した。
「ありがとう、ございますわ」
「いーえー」
「ボクたちも同じ気持ちだよ。ハンナちゃん」
「……えぇ」
「あぁ、遠野をあの人に殺させるなんてウチが許さねぇ」
「みなさん……」
かけがえのないものを手に入れたように笑うハンナ。
確かな結束を感じて、胸の中の暗いものが晴れていくのをエマは内心喜んでいた。
「どうしても犯人を特定できなかったら、そん時はウチに投票しろ」
そこに、再び霧が満ちる。
「何を、言ってるのアリサちゃん」
「最終手段の話だよ」
何を当たり前のことを聞いてるんだと言いたげに平然としているアリサに、エマ、ハンナ、ナノカの顔から血の気が失せる。
「この中で一番生きる価値がないのはウチだ。迷宮入りで全員死ぬくらいならウチに」
ナノカの平手打ちがアリサを揺らした。
「……ふざけないでよ」
「あぁ?」
「カッコつけないでよ。バカにしないでよ!!!!」
「おま、急になに」
「勝手に犠牲にならないでよ!! 残される方の気持ちを考えてよ!! ……生きる価値がないなんて……そんな悲しいこと……言わないでよ……」
アリサの胸を叩きながら泣きじゃくるナノカを、四人はただ見つめることしかできなかった。
胸の中で泣くナノカを抱き止めながら、アリサは自分の何が間違っていたのか少し考えてから、答えた。
「ごめん」
頷くナノカの震える手を、アリサはそっと握る。
「……はぁびっくりしましたわ~~もう!! 急に怖いこと言わないでくださいまし!!」
「そうだよアリサちゃん! キミにだって投票しないから!!」
「わ……悪かったよ」
「あれ、アリサさんって今日の朝までずっと懲罰房にいたから犯行は物理的に不可能では? もーもう少し考えてから発言してくださいよー」
「わかったよ!! ウチが悪かった!!」
シェリーのおかげでなんとなく空気は和んだが、エマの胸の内の暗いものは晴れなかった。
「(……アリサちゃん、大丈夫かな。なにか思いつめたりしないといいけど)」
エマはひそかに、アリサを気にかけることを誓った。
「……ん?」
不意に、アリサが廊下から何かを拾い上げる。
「どうしたの?」
「あれ、これリボンじゃねーか?」
「!?」
ナノカはアリサからそれをそっと受け取り、確認する。
「これ……私が探していたものだわ!」
「……あぁ! 一昨日の夜に言ってたヤツか」
「うん……間違いない。少し汚れてしまっているけど……!?」
ほっとした顔でリボンを眺めていたその時、ナノカの脳内に映像が浮かぶ。
──ザ─────────
『あれ、どうしたのかな』
────ザ───────
『待っ』
『……んで』
─ザ──────────
『まだ描き終わっ』
───────────ザ
「…………ハッ!?」
「どうした!?」
「……見えたわ」
全員の視線が、ナノカに向かう。
「このリボンは……凶器の一部だった」
「どういうことだ?」
「ちょっと指貸して」
アリサが答える前に、ナノカはアリサの両手の中指同士をリボンで結びつなげる。
「ちょ、なにすんだよ」
「犯人はこんな感じで【槍】を作ったのよ。刃先はもちろんあの鉄串」
ナノカが指さす方には、ノアの遺体がある。
「監房の檻の外から、床の白いスプレーを踏まずに城ヶ崎ノアを殺害した方法、これで説明できると思う」
「えぇぇええ!?」
「おおー!! やりましたねナノカさん!!」
拍手するシェリーの隣で、エマは不安そうにナノカに肝心なことを問いかけた。
「犯人の姿は見えた?」
「いえ……ただ、城ヶ崎ノアが
「!! ……それ、じゃあ」
「えぇ。つまり犯人は生き残った11人の中にいるのが確定してしまった」
エマは、力なく頷いた。
「ありがとう。それだけわかれば、十分だよ」
「…………」
申し訳なさそうに視線を逸らすナノカに、エマは笑顔を作った。
「大丈夫。ボクは……大丈夫だから」
「……クソッ」
監房の壁を殴ったのは、アリサだった。
「てことはつまり……あの人は……天使の兄さんは、ウチらの誰かを殺さなきゃいけなくなっちまったってことじゃねぇか……!!」
「……!!」
ナノカの目が見開く。
受け入れがたい運命に、二人の歯が軋む。
「あー、そういえばそんな段取りでしたね。本当に処刑とかできるんですかね、彼」
「できるできないじゃねぇだろ」
興味なさそうに不安を呟くシェリーに、アリサは即答する。
「……やるしかないってなら、きっとあの人はやるさ」
断言したアリサに、ナノカは強く頷いた。
「ふーん」
「…………そうだとしても、見たいものではありませんわね」
「何がです?」
「処刑ですわよ。あんなにおいしいご飯を作ってくれる優しい方が、私たちの誰かを殺すなんて……耐えがたいことですわ」
「ボクだってつらいよ……本当に、どうしてこんなことに」
俯くエマたちに、シェリーはやれやれと腰に手を当てて背中を叩いていく。
「さぁさぁ!ここで捜査できることはだいたいやったんですし、他のみなさんのところに合流しましょう!」
時間押してますよーとシェリーに押され、五人は一階へと昇る。
階段の上に人影が見え、エマは声をかけた。
「……あ、みなさん!!」
「メルルちゃんどうしたの?」
「ちょうどよかった。みなさんのところに向かおうとしていたんです。実はアンアンさんが、みなさんに伝えたいことがあると……」
「アンアンさんが?」
急ぎ、メルルを加えた六人は医務室へと向かう。
「……来たか」
そこにはすでにレイアとマーゴ、ミリアとココもおり、生き残っている全員が医務室に集合していた。
アンアンは待ちくたびれたとばかりにスケッチブックに書かれたものを全員に見せる。
「蝶の絵?」
「……ノアが描いてくれたものだ」
「!?」
「お前たち……二階堂ヒロが死んだ日のことを、ここで起こったことを覚えているか」
「ヒロ……ちゃん」
エマが忘れるわけはなかった。
今までの日常が、訪れるはずだった普通の高校生活が奪われた中で、再会した親友。
彼女が、わけもわからぬまま殺されてしまったあの日を。
「……この中にいるノア殺しの犯人に命じる。【今すぐ自分が犯人だと名乗り出ろ】!!」
アンアンの【洗脳】の魔法が発動する。
だが、しかし。
「……は、はは」
名乗り出る者は、いなかった。
「懺悔の意思がひと欠片もないというのか……? ノアを殺しておいて……」
「ど、どういうこと? 何が言いたいのかな」
「吾輩の魔法を効かせるのには、条件がある。命令された側に【この命令には従ってもいい】という気持ちがなければ……魔法は効かない」
「なるほど! つまりさっきの命令が聞かなかったということは、
「ふざけるなよ」
アンアンの声色には、強い怨念が込められていた。
「人を殺しておいておめおめと逃げてやろうなどと……ノアを殺しておいて!! これまでと同じ日常を送ってやろうなどと思っている奴がここにいる!!!!! 許されるはずがない!!! 【死ね】!! 【死ね】!! 【お前たちみんな死」
決定的な言葉を言う前に、アンアンを抱き寄せたのは、ミリアだった。
「ごめん、ごめんね……ここで犯人を見つけられなくてごめんね……」
泣きながら謝罪するミリアに、アンアンの堰も切れた。
「のあ、のあぁ、ノアぁああ……」
殺人という罪の重さを、ここで知らぬものは誰もいなくなった。
……ただ一人、犯人を除いては。
「…………(大丈夫、大丈夫、この力があれば)」
『魔女裁判の時間となりました』
────鐘の音が鳴る。
『皆さん、必ず自身のスマホを持って、速やかに裁判所に集合してください』
世界が終わる日のように。
『従わない者は看守によって強制連行します』
あるいは、始まりを祝福するように。
「────やりたくねぇなぁ」
光のない場所で。
冷たい檻の中で。
「お前ならどうするよ。木場」
蛇は、世界の寒さに震えていた。