牢屋敷一階、裁判所。
看守により重苦しい音を立てて扉が開かれた先、そこには荘厳なステンドグラスの窓に囲まれた円形のホールがあった。
中央には有刺鉄線で装飾された十字架が、禍々しい空気を放ちながら聳え立っている。
「お~、雰囲気ありますね」
少女たちは息を吞む。
それが処刑台であることを理解した音。
「あそこに立て……ってことかな」
そして囚人番号が刻まれた証言台が、処刑台を囲むように配置されていた。
「椅子ないじゃん。だるー」
「……【静かにしろ】」
「むぐ!?」
少女たちはそれぞれの証言台に立つ。
証言台の上には小さな黒い台座が設置されていた。
「これなんだろ?」
「スマホの充電器みたいですね」
物の試しにと、エマは自分のスマホをはめてみた。
「……おぉ」
エマの後方にあるステンドグラスに、エマのスマホの現在の画面が映し出された。
「これで証拠画像を見せられるわけね」
「なんでこんなとこばっかハイテクなんだよ……」
呆れるアリサに同意するようにため息をつくハンナ。
「────さて……さっそく始めましょうか」
天井からゴクチョーが舞い降りて一言。
少女たちに緊張が走る。
「議論の制限時間は【一時間】。犯人が特定されたら、皆さんのスマホから【魔女】と思われる人物に投票してください」
少女たちがスマホを見れば、さっきまでなかった投票アプリがいつの間にか実装されていた。
開いてみれば現在生き残っている少女たちの顔写真がずらりと表示されている。
「【魔女】となった方は処刑人によりあちらの処刑台に固定された後……処刑執行となります」
処女たちの視線が処刑台に集まる。
そして脳裏に浮かぶのは、灰色の優しい怪物のすがた。
「おい鳥。天使の兄さん……処刑人がいねーみてーだが、どこだ」
「【魔女】が特定された時点で拘束は解放され、ここに現れます」
「……聞こえなかったか? 今、どこに、いるのかって聞いてンだよ」
「今説明した以上の情報は、必要ないため開示しません……裁判と関係ない質問は謹んでください」
「チッ」
ゴクチョーに冷酷に断ち切られたことで、海堂に親しみを覚えていた少女たちの表情が曇る。
「そんなに彼に会いたいなら、今ここであなたが犯人だと名乗り出てくれないかしら」
「あァ?」
そんなアリサに、マーゴは薄く笑いながら死を提案する。
「…………断る」
「あら、どうして?」
「こんな状況で笑ってるようなオメーみてぇなクズのために死んでやる義理がねーからだ」
「まぁ怖い。殺人鬼みたい♡」
「やめないか二人とも」
一触即発の空気に割って入ったのはレイアだった。
「議論するならともかく、罵倒し合うような不毛なことは時間の無駄になる。気持ちは察するが抑えてくれ」
「……わかったよ」
「マーゴくんも、あまり人の気持ちを煽るような言動はいただけないな。気を付けてほしい」
「はぁい♡」
「むぐぐ(優等生アピールうっぜー。芸能人で顔はいいのに)」
「……【もうしゃべっていいぞ】」
「こーいうとこムカつくわー……あっ!? ……おいヒッキー!! 次勝手に魔法使ったらマジグーだから!」
「……ふん」
少女たちの空気が悪い方向に煮詰まっていくのに、エマは心苦しくなるばかりだった。
懐に忍ばせている友の形見を握りしめ、強く願う。
「(ヒロちゃん、ボクたちを見守っていて)」
「それでは……魔女裁判を開廷します」
希望か、絶望か。
運命の向かう先は……この裁きの中に。
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「私たちが監房で見つけた証拠……それはズバリ、凶器です!」
審問開始のタイミングで口火を切ったのは、シェリーだった。
シェリーの後ろの窓にノアの遺体の画像が表示され、さらにその心臓に刺さった鉄串部分が拡大される。
少女一同、顔を青くしながらも目を背けず注視した。
「まず、ノアさんの死因はこの鉄串を心臓に穿たれたことによる失血死。ですよね、メルルさん?」
「はい」
ノアの遺体をシェリーのとは別の角度から撮った写真が、メルルの後ろの窓に映された。
「規則のせいでノアさんの遺体を近くで検視することはできませんでしたが、この床に広がっている蝶の絵の大きさからして、まず間違いないかと……」
「蝶の絵?」
『ノアの魔法によるものだな』
ココの疑問に、アンアンが涙を浮かべながらスケッチブックを見せた。
『ノアが初めて私たちに見せた魔法、その効果が残っていたんだ』
「あ……」
「天使さんとわたくしたちが、もう血におびえないようにとノアさんが見せてくれた……あの魔法ですわね」
「……ノアちゃん、とてもいい子だったのに」
少女たちが邂逅した日。
ヒロが非業の死を遂げた日の、ノアの魔法。
それに目を奪われた記憶は少女たちの中に鮮烈と焼き付いていた。
「凶器についてはよくわかったよ。ありがとうシェリーくん、メルルくん」
「犯人はノアちゃんが助けを呼ぶ暇も与えず一気に近づいて心臓を穿った。そういうことね……」
マーゴのうっとりしながらつぶやかれたその一言に、
「────ちょっと待って!」
大きな声でエマは待ったをかけた。
「実はねマーゴちゃん。犯人は鉄串を持って直接ノアちゃんを殺したわけじゃなかったんだよ」
「……どういうこと?」
マーゴの疑問にエマは頷き、少女たちにも向けて答える。
「みんなノアちゃんが監房でお絵描きしていたのは知ってるよね」
「そりゃあまぁ……」
「白いスプレー塗料を床一面に吹いて、キャンバスのようにしていたみたいね」
「うん。だからあの監房の床は、くっきりと足跡がついてしまう状況にあったんだよ」
アリサがノアの遺体の写真を表示する。
純白の床に横たわっているノアの姿が鮮明に撮影されていた。
「ホントだ真っ白……あれ?」
少女たちは、その写真にある違和感を覚えた。
「足跡、付いてねーじゃん!!」
「そう。だから犯人は檻の中に入って直接ノアちゃんを殺せなかったんだ」
「なるほど……」
レイアは予定通りとばかりに微笑んだ。
「つまり、犯人は床に足跡を着けずに犯行が可能だった人物、というわけだね」
「───お待ちなさいまし!」
レイアに待ったをかけたのは、ハンナ。
「どうしたんだい、ハンナくん」
「どうしたもこうしたも……言わせねーですわよレイアさん。わたくしが犯人だとは、言わせねーですわ!!」
「…………ほう」
意外そうにハンナを見つめるレイア。
「わたくしの魔法は【浮遊】! だから足跡を着けずにノアさんを殺せたとそう言いたかったのでしょうが……そんな魂胆はお見通しですわー!!」
ハンナは少し恥ずかしそうに身をよじりながら、少女たちに自身の魔法を見せる。
「あーそういやお嬢の魔法ってそんなだったっけ。地味すぎて忘れてた」
「地味で悪かったですわね! あなたの感想なんか聞いてねーですわよ!」
「あはは、まぁ最初にレイアさんがハンナさんを疑っていることに気づいたのは私なんですけどね。ここはハンナさんを立ててあげましょう!」
「お黙り! ありがとうございましたわ!」
「へへへー」
改めてハンナの魔法が少女たちに周知されたことを確認したエマは、ナノカに目配せする。
「ナノカちゃん。お願い」
ナノカは頷いて、後ろの窓に写真を表示した。
「ん? なに?」
「リボンよ」
「……!?……もしかして、ナノカちゃんがずっと探していたモノかしら」
「えぇ。捜査中にたまたまアリサが見つけてくれたの」
「よかった……心配してたのよ」
「ありがとう。そして……これがこの事件の鍵になる」
拡大表示されるリボンの画像に、少女たちは不可解な目を向ける。
「なんか、まだらに白くね……?」
「! ……まさか」
「そう」
リボンの画像の隣に、床に横たわるノアの遺体のものも併せて表示される。
「白く見えるものは、床の塗料が付着したものと思われるわ」
『なぜナノカのリボンがそんなことに』
「それはもちろん」
さらにナノカは、手描きの【凶器】の画像を表示させる。
「このリボンが城ケ崎ノア殺害に使われた凶器……その一部だったからよ」
「えぇえええ!?」
慄く少女たち。ナノカはエマたち監房捜査メンバーを見やり、ここまでは予定通りだと視線で息を合わせ、畳みかける。
「犯人はこのように、鉄串となにか長いものをリボンを結び槍を作った。そう考えられるのよ」
「────待ちたまえ!」
「何かしら」
「なぜ、そこまで凶器について断言できるのかな」
レイアから当然の指摘。だがナノカたちに動揺はなかった。
「私の魔法、【幻視】によって得られた情報だからよ」
「【幻視】……?」
突き刺すような視線がナノカを取り囲む。
だがナノカはそれに動じるほどの肝の小さい少女ではなかった。
声色に揺らぎなく弁論が続く。
「人や強い思いの込められたものに触れると、触れたものにまつわる過去や未来を見ることができる」
「!?」
「そしてこのリボンに触れたことで見えたのが……この凶器というわけよ」
「……なるほど」
ナノカの魔法を知らなかった他の少女たちにどよめきが起こる。
「いやいやいやそんなんいったもん勝ちじゃん!! 都合よすぎだろって!! マジなら今すぐ犯人言えよ!!」
「……言えたら、それが一番だったのだけれど」
悔しさに腕を軋ませるナノカに、ココは察したように口ごもる。
「そこまで都合のいい魔法じゃないのよ。触れたものの過去や未来、その中から本当に得たい情報を確実に得られるわけじゃないから」
「……あー」
「だから、ごめんなさい」
「やぁ~~……まぁしゃーなしってことで」
「(あぁ……そっか、ココちゃんの魔法も……)」
沢渡ココの魔法、【千里眼】。
沢渡ココを認識した人物の様子を、沢渡ココも認識できる。
ナノカの【幻視】と同じく通常の手段では知り得ない情報を知ることができる魔法だが、発動条件の厳しさから本人は【使えねー魔法】として、他の少女の魔法と比較して落胆している。
「ありがとう」
「おん!?」
「えっと……気遣ってくれて」
「……っせーな、さっさと説明続けろし」
自身の魔法の使い勝手の悪さを知る者同士、通じあるところがあったのか。
排他的な言動の目立っていたココの声色に怯え以外の感情も混じり始めていた。
「私の魔法を確実性が薄く証拠能力が低いと思ってる子もいるでしょう」
レイアとマーゴは特にそう考えていたようで、深く思考している。
他の少女たちも不安げな顔色を隠せていない。
「私たちは本物の刑事や探偵、弁護士でも検事でも裁判官でもなんでもない……魔法があるといっても、所詮はどこまでいってもただの素人。そんな私たちがちゃんとした捜査をすることなんて、はじめからできるはずがないのよ」
「身も蓋もないわね」
それをわかっているナノカは、思いのたけを、言葉に乗せて言い放つ。
「だからこそ、素人なりにできることをやりきらないと後で後悔するだけ。そうでしょう、蓮見レイア」
「……そうだったね」
自分の言葉で返されたレイアは、少し微笑んで感謝の意を示すように頷いた。
「時間は有限だ。集まった証拠の中でできる限りのことをしよう」
「シェリーちゃんは名探偵ですよ」
「こら」
ぶーたれるシェリーにため息をつくハンナ。
それを見てナノカの頬はすこし緩む。
「それに確実性が薄いと言っても、ナノカちゃんの魔法で得られた情報は紛れもなく事件解決のヒントになってるよ。おじさんたちだけじゃ絶対わからなかったことだからね」
『そうだ。これで犯人を見つけ出せるぞ』
「これしかねーならやるしかねー!」
「なんだか思っていたよりも、ちゃんと裁判になってきたわね♡」
「うぅ……みなさんすごいです……!!」
「みんな……!」
冷汗をにじませながらも、他の少女たちもナノカを支持する意思を見せる。
エマの目尻に輝きが見えた。
「っし。じゃあ早速、他の証拠を探さねーとな」
「そ、そうでしたわ! 凶器だけではまだ犯人は特定できませんわよね……」
「証拠かぁ……」
自身の持つ証拠写真の中から、それらしきものを探す少女たち。
「あれ?」
ココの手が止まる。
「どうした?」
「や、そーいやさ。おっさんとあてぃしで一階を捜査しててさ。掃除道具入れが開きっぱになってたのをなんか変じゃね? っておっさんが見つけたのをとりあえず中身撮ったやつが……あったあったこれな!」
ココの後ろの窓にその写真が表示される。
「あぁ!!」
「あ、ほら!! ホウキのほらこの柄!! やっぱなんかついてるー!!」
当該部分を拡大表示して、少女たち全員がそれを確認する。
ホウキの柄の先端近く、そこに黒いヒモ状のなにかが付着していた。
「……私のリボンのもう一つ!」
「「えぇ!?」」
ココとミリアの驚愕の声。
ざわめきが起こる。
「なんでリボンがホウキに!?」
「……あのホウキの柄が槍の柄、だったわけか」
「でもナノカちゃんのリボンはもう見つかったはずでしょう?」
「いえ、アリサが見つけてくれたものだけが全部じゃなかったのよ」
「なに!?」
少女たちの視線が自分に集中するのは何度目だろうかとナノカは思ったが、自分のリボンが凶器の一部だった以上は避けられないことだったと雑念を捨てる。
「裁判の後で改めて探そうと思ってたけど、まさかそんなところにあったとはね」
「つまり……ナノカちゃんの落としてしまったリボンはすべて、犯人が凶器を作るのに使った、そういうことになるのかしら」
頷くナノカ。
マーゴはどこか遠い目をして、目を伏せる。
「なるほど、これでナノカくんの魔法の裏付けは取れたというわけだ。よし、あとは誰がどんなタイミングでその凶器を使ったかを」
「────凶器の柄は、ホウキだけじゃない可能性もあるんじゃないかしら」
レイアが議論を発展させようとしたその瞬間、マーゴはホール全体に届く声で問いかけた。
「……マーゴちゃん?」
エマが見たその時のマーゴに、薄ら笑いはなかった。
「マーゴくん。もう凶器の話は十分じゃないか? そろそろアリバイから犯人特定に舵を切っても」
「アリサちゃーん」
「!? ど、どうした」
「監房の廊下を端から端まで写した写真とかないかしら。人が写っているとベストよ」
「お、おう……待ってろ」
まさかの依頼に戸惑いを見せるアリサだったが、マーゴの言った条件に近いものをすぐに窓に映した。
「うん、いい感じ♡」
「マーゴくん。何を見せたいのかな?」
「焦らないでレイアちゃん。今言うから……」
マーゴの指が写真の中の、ノアの監房の檻あたりを示す。
「廊下の幅と私たちくらいの体格から考えると、鉄串とホウキの柄を足した長さくらいじゃノアちゃんの倒れていた位置に届かせるには、長さが足りていないと思うのよね」
ナノカをはじめとした監房捜査メンバーに激震が走る。
「……ホントだ!! ノアちゃんは檻から離れた場所に倒れてる!!」
「ノアさんの足跡もない以上、檻の前から移動したとも考えられないので……確かにそうですね」
「だから槍の柄になった棒は、あのホウキ以外にもあると言いたいのよ」
「……ふむ」
レイアは笑みを浮かべている。
「ありがとうマーゴくん、重要なことを見落とすところだったよ。よし、ではもう一度証拠の中から」
「もう見つかってるわ」
「……」
レイアは張り付いたような笑みを浮かべている。
「犯人の気持ちになって考えてみましょうよ」
「ほほう?」
「例えば……そう、例えばの話。みんなが殺人を犯してしまったとして、その凶器を誰にも見つからずに後始末したいとき、どうするかしら?」
「マーゴくん。君は何を言いたいのかな?」
「レイアちゃんも考えてみて……どうする?」
マーゴは満面の笑みを浮かべている。
「私なら燃やしちゃいますかねー。ちょうどここには焼却炉もあることですし」
「うんうん♡」
「犯人の行動を予測するのは、捜査において大事なことです。マーゴさんもなかなか探偵に向いてらっしゃる!」
「ふふ、ありがとうシェリーちゃん♡」
「あ! アリサさんは今のを参考にしない方がいいですよー。もし燃やされた証拠が出てきたら真っ先に疑われちゃいますからね!」
「冗談でも笑えねーんだよ! だれがやるか!!」
『海の底、山、森の中など、人が通常立ち入らないない場所に保管するのは鉄板であろうな』
「そうそういい感じ♡ここには湖や深い森もあるみたいだし、時間があれば探せそうかも」
「見つかりたくないだけなら、肌身離さずずっと持っているとか……」
「メルルちゃん」
悲鳴が漏れる。
「それを待っていたわ」
「は、はいぃ……!?」
どういうことだと、少女たちの視線がマーゴに注がれる。
そして、エマは気づいた。
「……今、ここに凶器を持ったままの犯人が、いる?」
うっとりとした顔で、マーゴはエマに頷いた。
「…………いやいやいや待てし!! そんな槍にできそうな長物なんか持ってるやついるわけ」
ココも、気づいた。
視られている。
【千里眼】が伝えている。
その人物に、顔が向いてしまった。
「────ははは」
レイアは笑みを浮かべている。
腰に佩いたレイピアの柄が、妖しく煌めいていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「────投票の結果、魔女に選ばれたのは【蓮見レイア】さんでした」
少女たち全員の顔が、恐怖と怒り、哀しみに引き攣っている。
ただ一人を除いて。
「ひどいじゃないかマーゴくん」
「なんのこと?」
マーゴはレイアから向く熱いものから逃げるように、顔を背けていた。
「裁判の前にあんなに頼んだのに。私のアシストをしてほしいと」
「そのつもりだったわ。でも途中で気づいちゃったから」
背けた視線の先には、ナノカがいた。
「そういえば昨日見つけたナノカちゃんのリボン、落とし主のナノカちゃんが見つからないから、代わりにナノカちゃんの居場所を知ってるって言ってた子に預けたなって……」
「!?」
まさか本当に自分の落とし物を探してくれていたとは思わなかったのか、ナノカの顔が驚愕に染まる。
「レイアちゃん、まさかあれをそのまま凶器に使うだなんて……殺人計画にしては杜撰が過ぎるんじゃないかしら」
「ハハハ、いやぁ君が共犯になってくれると見込んでのことだったんだけど、うまくいかないものだね」
「どういうこと?」
笑みの絶えないレイアに、ナノカは怒りを込めて問いかける。
「君にはわからない話だよ、ナノカくん。……マーゴくんはね、私と同じなのさ」
「同じ?」
「家族を、社会を、人間を憎んでいる……紛れもない、私の同類」
マーゴの表情にも、ついに怒りが表れた。
「違うわね。私はあなたとは違う。憎んではいても殺すなんて」
「殺す」
「は?」
レイアは、大きく手を広げ、恍惚とした顔で少女たちを見回す。
「君は殺す。私が殺したんだ。君も殺すに決まってる。我慢できるわけない。この湧き上がるものを……世界を自分の意のままに破壊したくなるに決まっているんだ!! マーゴくんだけじゃない、他のみんなもね!!」
「【黙れ】!!!!」
「黙らないね!!!! 認めたまえよ!!!! あるはずだ!! 怒りが!! 自分だけが、どうして自分だけがという真っ赤な怒りが!! 燃やし尽くそうよ!! みんなで!! 私たちを苦しめる……こんな世界を!!」
「【黙れと言っている】!!!!」
アンアンの命令を搔き消すように、レイアの高笑いがホールが満ちていく。
「マーゴくん……じゃああの提案も受け入れてくれないのかい? 私と、【同じ】になってくれるというのも……」
「当然、お断りよ」
「そうか……残念だよ」
「なーんか嫌な感じ……でももう【魔女】はあなたで決まってしまいましたので、大人しく処刑されてください」
「嫌だね」
「…………はい?」
奔るレイピアの軌道を視認できたのは、シェリーただ一人だった。
「ゴクチョー!?」
ゴクチョーだった羽の塊が、少女たちに降り注ぐ。
「美しいね」
超高速で振るわれた鎌は何も捉えることなく、空気を裂く音だけが響いた。
「もっと美しくしよう」
とがった何かが胸を貫いているのを気づいたときには、看守はすでにレイアに組み伏せられた後だった。
「おね」
「全員動くな!!!」
看守を尻に敷いたまま、レイアは宙に剣を掲げる。
「この際だ、ここで全員を祝福してあげよう。抵抗しなければ痛みは一瞬だ。受け入れてほしいな」
「なに、を、言ってるの……?」
「言った通りだけど……なにが疑問なのかな、エマくん?」
「さっきからレイアちゃんの言ってること、全然わかんないよ!!!」
「……あぁ! ごめんごめん不安なんだね。わかるよ。私も最初はそうだった……でも大丈夫、すぐに良くなる! 悪いようにはしないよ!」
「なんで……なんでノアを殺した!!」
「祝福に値しないからさ!」
レイアは心からの笑顔で、少女たちに歌うように語る。
「彼女は自分の趣味のために私たちに譲歩を求め、ただでさえ悪い監房の空気を悪化させた! 自分のことばかり考えている者は生きてちゃいけないんだよ……」
「自分のことばかりなのはお前じゃないか!! それだけで生きてちゃいけないなんて傲慢だ!! あんまりだ!! 死ぬべきなのはお前の方だ!!」
レイアは深くため息をついて、アンアンにゴクチョーの羽を投げる。
「……痛い!?!?」
「あうっ!?」
アンアンとシェリーの脚には羽が突き刺さっている。
「なんで私まで?」
「ついでさ。さっきからそわそわと私の隙を伺っていただろう? 気づいていたよ。私は私に向く視線に敏感なんだ」
「あれ? うまく立てませんね」
「解剖学的に立てなくなる位置に刺してあげたからね。君がどれだけパワフルだろうと立てないはずさ。……というか、普通はまず痛みで立てなくなるだろうに……君は随分と鈍感なんだね」
「シェリーちゃんも色々ありましてねー。みなさんごめんなさい!」
少女たちにひとかけらばかり残っていた抵抗の意思が、折れた。
「【祝福】とは、私の力の一部を、みんなに分けてあげることなんだ」
ナノカの頬に、涙が伝う。
「この力をくれた者によると、正確には【使徒再生】というらしい。……愛ゆえの行為だよ。素敵だ」
レイアの下で震える看守に、手を伸ばす。
「そしてただの人間だとほとんどの場合死んでしまうらしいが……私たちは特別だから必ず成功するんだってさ……すごいよね!」
看守の枝のように細い手が、ナノカを受け入れるように伸びる。
「望まぬ力を与えられ、社会から棄てられた私たちこそ……本当に人間が目指すべき存在だったんだ」
「違う」
エマ。
「そんなもの、望んでない」
「そうよ」
ナノカ。
「普通の人間の、なにが悪いのよ」
「悪いね」
「笑って、泣いて、怒られて、また笑って、そんな普通の……何が悪いのよ!!」
「価値がない」
ナノカに、羽が飛ぶ。
「────ある」
羽は、灰色の手に掴まれていた。
「失ったからこそわかる。普通の人生ってやつが、結局一番幸せなんだってな」
レイアの顔に、影が重なる。
「くだらない。そんなものにこだわっていては、一番になれない!」
灰色に変わる。
その姿は、どこか孔雀に似ていた。
「なってどうすんだ」
「幸せになる」
「なれねーよ」
レイアだった孔雀に向かって羽が飛ぶ。
届く前に、灰に還った。
「なにが幸せだったのかも忘れちまってるやつは、幸せになんかなれねぇ」
「なれる。私が決める。幸せとはなにか、その答えを」
「その前に教えてやるよ。俺様が」
蛇が、孔雀を睨む。
「────この、天使様がな」
灰色の拳がふたつ、重なった。