励みになります。
やめて
「よかったじゃん、あんた有名人だよ」
やめて
「やっぱ胸デカイと違うねー、反響」
なんでそんなことするの?
「せっかくだしいろんな人に見てもらった方がいいよ」
私たち、友達だったじゃん
「あぁ、そうだっけ? 知らんけど」
スマホを開けば、自分のあられもない画像が目について
「もしかしてこの画像の子って君?」
嫌だったのに
「結構大胆なんだねー、よかったら俺と」
嫌だったのに
「は? ウザ、遊びじゃん」
私の周りに、助けてくれる人はいなくて
「お前が悪いんだろ」
こんな世界、もう────
「大丈夫、後のことはおじさんに任せて」
あぁ、よかった。
泣いてた頃が嘘みたいに
また笑えるようになれたよ。
全部、おじさんのおかげ。
だから私もいつか、おじさんみたいな……
【おじさん】になりたいな。
「…………ふぁ」
佐伯ミリアが起床する。
まだうっすらと夢の輪郭が残る瞼を擦っていると、ふくらはぎが攣っていい目覚ましになった。
「ッッッだ…………オぉ……くぅ~……」
攣った足の親指と人差し指を交互に動かして回復。
「もっと水分補給しなきゃか……とほほ」
ゆっくりと大きく伸びをして、着ていたものと全く同じパジャマですらない支給されていた露出の多い衣服に袖を通す。
「この服が寒いのが……くぅ……」
そして顔を洗い、鏡に映る自分の顔を見つめる。
「……よし!」
頬を軽く叩き、気合の声。
非日常に放り込まれている中で、自分を見失わないためのミリア流のやり方だった。
「────あっさめっし、あっさめっし、あっさめっしよぉ~」
そしていつもの男の声。【天使】。
灰色の怪物。だがミリアにとっては気兼ねなく会話できる数少ない一人。
「おはようございます!」
「はいおはよう!」
朝は元気に。
これもミリア流……いや、おじさん流の朝だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
食堂。
『泣いて食らえ!!
・はちみつバターたっぷりトースト←最高
・鶏むね肉のトマト煮←最高最高最高
・シーザーサラダ←良
・かぼちゃのポタージュスープ←大正解
・冷凍ブルーベリー←助かる
絶対残すな!!』
原色ばかりの文字で献立を書いたスケッチブックが置かれている横で、看板娘気分のアンアンが少女たちに配膳を行っていた。
「ほれ」
「ありがとうございます!」
「ほれ」
「どういたしましてですわ」
「ほれ」
「ありがとう」
「ほれ」
「アリャス(超早口)」
「【ちゃんと言え】」
「ありがとうございます(なんであてぃしだけコイツ……!)」
青筋を立てながら机に向かうココを見送って、アンアンは厨房にいる海堂に向かう。
『全員に行きわたったぞ』
「よっし、あんがとぅ」
海堂はアンアンの盆に、冷凍ブルーベリーを追加する。
「……い、いいのか!?」
「いーんだ。あいつらには内緒な♡」
「あ……ありがとう……」
花のような笑顔を咲かせたアンアンが、恥じらいながら少女たちの方へ駆けていく。
それを見送ってから、海堂は少女たちの前に歩み出た。
「じゃあ本日もよろしくお願いしますっちゅーことで……」
「「「いただきます!!」」」
この朝食の風景も、ここ数日で馴染んだものの一つだった。
「この味でモチベ維持できてるまである」
「ココちゃんはホントに食べっぷりがいいねぇ」
「てかおっさんこそもっと食えし。顔色ワリーぞ」
「え!? そ、そうかな、おじさんはいたって元気だよ?」
「でも、こむら返りしてましたよね……?」
「なんで!?」
まさかの言葉に振り向けば、瞳を潤ませたメルルがいた。
「メルルさん……今朝も足をかばうような歩き方をしてて……やっぱりそうなんですね……?」
「当てられちゃった!?」
「おお」
「水分補給……しましょうね」
そう言ってミリアのコップにピッチャーから水を差してくれるメルル。
「あ、ありがとう……」
「いえ……なにかあればすぐ医務室へどうぞ……だいたいそこにいますので……」
「はいぃ……」
おずおずとお辞儀をするミリアに微笑みながら、メルルは去っていく。
冷や汗をにじませるミリアを見ながら、ココは水をぐいと一飲みした。
「メルちゃんて、ピッチャー似合うくね?」
「そ、そうだね」
「魔球とか投げれそう」
「そっち!?」
「ミリアも投げれる」
「初耳だね!?」
二人の談笑にアンアンも加わってくる。
一仕事終えた後の、充実感に満ちた顔をしていた。
「おつー」
「お疲れ様。今朝もありがとうね」
「ふふん」
遠くでは、余ったソーセージをめぐってのじゃんけん大会が海堂により主催されていた。
シェリーとナノカによる一騎打ちに、興奮する声が聞こえてくる。
「ミリア」
「うん?」
「楽しいな」
アンアンのその言葉に、ミリアは少し考えて。
「……そうだね」
安心したように微笑んだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
朝食後、少女たちは各々の判断で牢屋敷の探索や【大魔女】についての情報収集に向かった。
「う~ん、やっぱり壊れませんねぇ」
エマ、シェリー、ミリアの三人は牢屋敷を取り囲む塀のそばで、その強度を確かめている。
「ではもう少し強めに……」
「あんまり強くやると看守が来ちゃうかも……!」
「あぁ、そういえばアリサさんはそれで最初に懲罰房行きになっちゃったんでしたっけ」
塀は高く、またレンガ造りではあるが指をかけられるほどに凹凸がはっきりしてはいなかった。
専門道具もなしで素人の少女たちが登れるような壁ではないうことを直感的に理解させるには十分だった。
そのためシェリーの発案で壁の破壊を目論んだが、それも秘密裏に行うことができる生半な硬さではなかった。
「普通の壁ならドカーンといけるはずなんですがねぇ」
「この壁に何か秘密があるのかな」
「簡単には壊れないよう魔法がかけられてる……と考えるのが自然ですね」
塀をぺたぺたと触りながら、シェリーは淡々と所感を述べる。
「魔法かぁ……そういえば、ここ以外にも変な場所はたくさんあるよね」
「変、とは?」
エマは花畑の方を指さす。その先には大きな虹がかかかっているのが見えた。
「虹?」
「うん。あの虹、ボクが何日か前に見た時もあの場所にかかってたんだ」
「えぇ!?」
「なるほど、それも魔法だと」
「うん。……多分、あれ以外にもこの島には普通じゃ考えられない現象がたくさんあると思うんだ」
「────その通りよ」
建物の方から声がかかる。三人が振り向くと、そこには埃まみれのナノカがいた。
「おや、なにか知っているんですか?」
「実はあなたたちより前に、この塀に触れて【幻視】で見たのよ」
「え!?」
ナノカは塀に近寄り、その足下の部分を指さす。
そこには、インクで書いたと思われる文書があった。
【大昔、大魔女がこの塀に魔法をかけた】
【大魔女は魔女を守りたかった? 一体何から?】
「これはナノカさんが?」
「えぇ。重要そうな情報が得られたときは手元にメモするのともう一つ、見えた場所に直接記録することにしているの」
「へぇ~!」
感嘆の声を上げるミリアに、それほどでもないとはいうがほのかに口角が上がっているナノカ。
そこにエマが息を荒げてその肩を掴む。
「ナノカちゃん、大魔女の姿を見たの!?」
「え、えぇ……といっても顔は見えなかったけど……」
「どんなのだった!?」
「白い……いわゆる一般的なとんがり帽子にドレスの魔女の出で立ちをしていて……とにかく【白い】という印象が残ったわね。それと……」
「それと?」
「幼い少女に寄り添うように守るように立って……親子、だったのかしら。二人いたのよ」
「ほほう」
「【これでもう大丈夫だから】と言っていたわね」
その後もしばらく四人はその【幻視】の内容について考察し合った。
他の子の考えも聞いてみたいということで昼食前にお開きとなったが、エマの中にはしこりのように残る疑問があった。
「(大魔女ともう一人の女の子は、どこに行っちゃったんだろう……)」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「さてさて、それでは今日の収穫を発表していきましょうか!」
夕食後の自由時間、少女たちはエマの呼びかけでラウンジに集合していた。
大魔女や監獄島についての情報交換会。
エマの主導により、少女たち自身の力でこの島からの脱出を混ざす試みの一つである。
司会進行役に買って出たシェリーの呼びかけに最初に手を挙げたのは、マーゴだった。
「じゃあ私からいいかしら」
「どうぞ!」
「今日は図書室の本を調べて回っていたのだけど、興味深いものを見つけたの」
薄く笑いながら、マーゴは懐から一冊の本を取り出す。
ハードカバーで瀟洒な装飾が施されている。
いかにも重要そうな情報が書いてありそうだと少女たちは期待に胸を膨らませた。
「はじめは見たことのない文字で書かれていてよくわからなかったのだけど……ここ、見て」
「おぉ!」
マーゴがめくったページには、挿絵があった。
そこには大剣を掲げた老魔女と、それを輪になって取り囲む複数の若い魔女が描かれている。
「絶対魔女のことが書いてあると思うのよね」
「なるほど! それは間違いないでしょうね!!」
少女たちの中で感嘆の声が上がる。
順繰りに本を回し読んでいると、ハンナがあるページで手を止めた。
「あ……この絵!! 魔女が浮いてますわ!!」
「おぉ!」
「ハンナちゃんと同じ【浮遊】の魔法を使える魔女もいた、ということなのでしょうね」
ハンナの発見から、ふと何かを思い立ったマーゴはハンナに尋ねた。
「ところで、ハンナちゃんの魔法はどの程度空に浮けるのかしら」
「このくらいですわ」
魔法を発動させるハンナ。
音もなく身長が伸びたように他の少女には見えたが、足元を見れば地に足がついていないのがわかる。
「だいたい……10センチくらいね」
「……ふぬぬ、も、もう降りてもいーですの……?」
「えぇ、ありがとう」
どさりと落ちるハンナをシェリーが抱き止める。
大きく息の上がった様子に、ハンナの魔法の発動には激しい体力の消耗があることがわかった。
「……やっぱりね」
「や、やっぱり?」
「ハンナちゃんの魔法で空を飛んで逃げる……というのは無理そうね」
「うぐぅ」
痛いところを突かれたという顔でマーゴを睨むハンナ。
「そういうあなたは何の魔法が使えるんですのよ!?」
「私?」
そういえばちゃんと見たことはなかったと少女たちはマーゴの方に視線を向ける。
「……『よし! みんなで一緒にここを脱出しようじゃないか!』」
もういないはずの少女の声に、ラウンジが凍りついた。
「【声帯模写】……とでも言うのかしら。一度聞いたことのある声ならいつでもマネできちゃうの」
「…………」
「ごめんね。レイアちゃんの声なら紛らわしくないと思ったのだけど……」
「い、いやいやこっちこそ!! ちょっとびっくりしちゃったというか……」
手をばたばたと降って慌てるミリアに、気を落とすマーゴ。
二人を興味深そうに見つめながら、シェリーが前に出た。
「私の魔法は【怪力】! だいたいなんでもパンチ一発でドカンです!!」
「頼もしいわね」
「でもあの塀は壊せなかったのでなんだかなーという感じです」
「あぁ、オメーでもダメだったのかあれ」
「はい……アリサさんも壊そうとして懲罰房行きになったんでしたよね」
「あぁ。この【発火】の魔法でな」
アリサの人差し指に、蠟燭のように火が点る。
「おー」
「まぁムリだったんだが……」
「成功してても大変なことになりそうなので失敗してよかったですね!」
「そうだな」
「……はぁ」
自分の軽口には大体怒るアリサが甘んじて受け入れている様子にシェリーは一瞬疑問を浮かべたが、すぐに灰色の顔が浮かんで自己解決した。
「あてぃしのは【千里眼】。あてぃしのこと見たやつのことをあてぃしも見れる……みたいな?」
「うーん、なかなか難しい魔法ですね」
「わかりきってることをいちいち言うんじゃねーよムカつくなー!」
『吾輩の魔法は【洗脳】。わがはいが口頭で直接命令すれば、一時的に言うことをきかせることができる。
ただし命令された側に【この命令には従ってもいい】という気持ちがなければ効果はない』
「それでスケッチブックを使って会話してくれてるんだよね」
「大変だろうに、いつもありがとうねアンアンちゃん」
ミリアに褒められたのがよほど嬉しいのか、アンアンは口元をスケッチブックで隠すほどの笑顔を浮かべている。
「私の魔法は【幻視】……この前の裁判の時に見せたわね。それで例の塀も調べてみて、あれが大魔女によって堅固になるよう魔法がかけられていることがわかったわ」
「なるほどな。だから壊れねーし燃えねーのか」
「そういうことみたいね」
「さすがねナノカちゃん。じゃあ……その魔法でこの本から読み取れることはある?」
「待ってて……」
ハンナから本を受け取って、ナノカは眼を閉じ魔法の発動を待つ。
──────ザ─────
『ナノちゃん、もしこれが視えたなら』
『私の忠告を聞いて』
『絶対に、黒幕を探そうとしないで』
─ザ──────────
「!?!?!?!?!?」
「どうかした?」
ナノカの顔に、脂汗と頬を伝うものが混じり合う。
「……ハァッ、ハッ」
「大丈夫ですかナノカさん!」
「……だい、大丈夫」
「ゆっくり、ゆっくり深呼吸してください」
駆け寄ったメルルがナノカの背中を擦りながら共に床に座る。
落ち着いたのか、青ざめていたナノカの表情に熱が戻った。
「もう、大丈夫。ありがとう」
「おー、さすがはメルちゃん。今のも魔法?」
「い、いえ。私の【治癒】はあくまでも肉体的な傷を治すことができるだけですから……」
「……もしかして、ナノカちゃんの魔法みたいなものを使われた場合に発動する罠でもあったのかしら」
「そういうわけではないわ」
「そうなの?」
ナノカは頷く。
心配そうに見つめる少女たちに大丈夫だと立ち上がる。
「ただこれは……なんと言えばいいのか……」
「な、なにかわかったんですの!?」
「多分……私たちより前にここに攫われてきた少女の声がしたの」
「マジか! なんつってたん!?」
「【黒幕を探すな】とだけ……」
嘘は言っていない。
だが少女たちの中に落胆の波が広がるのを、ナノカは歯噛みするしかなかった。
「……まぁ、なにもかもそう都合よくはいかないということね」
「こればっかりは仕方ないですね」
「……あ、じゃあ! おじさんの番だね!」
雰囲気を変えようと無理に明るく振舞おうとしてるのがわかる表情で、ミリアが前に出る。
「おじさんのはなんというか……【入れ替わり】? みたいな?」
「????」
どういうことだの声がミリアの魔法を知らない全員から漏れる。
「なんて言ったらいいのかな……まず誰かと手をつないで、お互いが大丈夫になったら……心を入れ替えることができるんだよ」
「はぁ!?!?」
疑問は驚嘆に変わり、全員の意識がミリアに向かう。
ミリアは恥ずかしそうに腕を組みながら、目を逸らしていた。
「えっと……だから……もういい? これ以上特に言えることはないんだけど……なにか役に立てそうな情報も言われちゃってるし……」
「え、あぁ……うん」
ぽかんとした少女たちは、続く言葉を見つけられず流していく。
ミリアもまた不安げな表情を消せないまま、エマにごめんねとお辞儀した。
「じゃあ最後はボクだね」
前に出たエマは、だが申し訳なさそうに答えた。
「ボクは……正直自分の魔法がなんなのかわからないんだ」
「え、そうなん?」
「うん。なにか人より特別秀でているものもないし、本当になんでここに攫われてきたのか心当たりが何もないんだ」
「それは……でも国の検査に引っかかって連れてこられたんですよね?」
「なんかの間違いとかか?」
「なんなんだろうね……」
そこで、エマに引っかかる。
『こいつは……かならずきみたちを、みす、てる……!!』
『あの、ときの、あの子の、ように……』
親友だったはずの少女の、最後の言葉。
「(ヒロちゃんは……あの時誰のことを言っていたんだろう)」
「はーあ……他に誰かなんかないー?」
「(ボクは……何か忘れている? それも、とても大切なことを……)」
手を挙げるものはいなかった。
「今日の収穫この読めない本だけかぁ……」
「でも読めるようになったらなにかわかるかもしれませんよ?」
「そうだけどさー」
「まぁまぁ、焦らず地道にやっていこうよ」
「地道って……それでなんとかなんのかよ!!」
宥めようとするミリアに、ココは何かの線が切れたように怒りの声を上げる。
「こっちはさっさと家に帰りたいんだよ!! あてぃしには【推し】が……【推し】がいないと、ダメなの……早く、早くしないと……!」
「ココちゃん……」
「わかるんだよ……! 【推し】があてぃしのこと待ってるって……早く帰って安心さしてあげたいのに……! こんなんじゃ……こんなんじゃ!!」
「【落ち着け】」
アンアンの命令を聞いた瞬間、ココに静まりが戻る。
「…………すまない、だが」
「いーって。……みんなごめん」
頭を下げるココに、安心させる言葉をかけていく少女たち。
ココの瞳に涙がにじむ。
「ヒッキーの魔法さ、マジムカつくけど……こういう使い方なら全然、オッケーだし」
「え……!?」
「自分の魔法で人生難しくなってそうなのは、みんなそうじゃん。だから、お互い様ってことで」
思いもかけない一言だったのか、アンアンは開いた口が塞がらない。
だが、ココのその言葉はアンアンにとっては。
「ありがとう」
心からの感謝を、自分の口で伝えたいと思えるものだった。
「……じゃあ本当に他に何もないようなので、今日はこれで終わりにしましょうか」
「あ……そうだね」
「また明日も頑張りましょう! みなさんお疲れさまでした!」
少女たちはそれぞれの想いを抱えたまま、その日の情報交換会は終わりを告げられた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はぁ~さっぱりさっぱり」
「うむ」
ミリアとアンアンはシャワールームで汗を流し、着替え終わって鏡に向かっていた。
「それにしても化粧水とか乳液とか……馬油まであって! ドラッグストアのお高めの方のやつがこんなにあるからびっくりしたよぉ。もしかして天使さんが用意してくれたのかなぁ?」
「看守やゴクチョーが置いてくれるとは思えない」
「だよねぇ。なんだか気を遣わせ過ぎてないか心配になっちゃう……」
「ふふ」
「んん? なんかあった?」
「いや……ミリアは本当に優しいから」
「そ、そうかな?」
「うむ」
「へへへ、照れちゃうな」
アンアンは笑顔だった。
今日一日、彼女にとっては幸せだけがあった。
「(いっそ、ずっとこのまま……)」
過るものがあった。
「(いや、それはダメだ。みんなには外の世界でちゃんとした生活があるんだ。家族がいるんだ。それを……)」
考えすぎていたのか、取り過ぎて手に使いきれない量のクリームが溢れていた。
「ミリア」
隣の友人に分けてあげようと覗き込んだその時。
「……た、たす、け……!!」
鏡から伸びた手に、ミリアが掴まれていた。
「ミリア!!!」
咄嗟にミリアに抱きつくアンアン。
だがクリームのせいか摩擦がなく、ミリアを引き込み返すことができない。
「だ、だれか」
無力だった。
「誰か助けて────ーッ!!!!」
自分の力で友人を助けられない自分を呪いながら。
アンアンは喉を裂かせる勢いで叫んだ。
「────佐伯ミリア!!」
自分の隣で友人を掴む黒い腕が見えた。
「ナノカ!!」
「踏ん張って!!」
「ん──ッ!! ん──ッッ!!」
二人は渾身の力を込めて、ミリアを引っ張る。
「「うぁああああああああありゃぁ!!!」」
二人の力の負けたのか、別の理由があるのか、ミリアを鏡の中に引き込もうとする腕は消えた。
「わっ、あっ、あれ」
「ミリア!」
力なく倒れそうになるミリアをアンアンが抱き止める。
ナノカは謎の腕の正体を確かめるべく鏡を見るが、すでに鏡は割れていた。
「どういうこと……?」
「…………あぁあああ、あぁあ、こわかった、怖かったよぉおおお」
「大丈夫、大丈夫だ」
ミリアを見れば、大泣きしながらアンアンに頭を撫でられているだけで何も痕跡はない。
鏡に触れてみても、【幻視】では何も見え『あと少しだったのに』なかった。
「!?」
ナノカの背中に怖気が走る。
「────なんだどうした!?」
「毛布を持ってきて!!」
「あ、おう!!」
ナノカは背中の冷汗を感じながら、外から聞こえる海堂の声に咄嗟に返した。
「……これも魔法?」
ふと、この牢屋敷を探索する中で確信しかけていた事を思い出し、鏡を殴る。
「な、なんだ」
「やっぱりね。【魔法は死後も残り続ける】」
「……は!?」
「これがその証拠よ」
血が出るはずのナノカ拳から、赤い蝶が飛び立った。
「それは……城ケ崎ノアの魔法は彼女が死んで何日が経った今も、こうして発動し続けている。今あなたたちに起こったことも、それが原因なのかもしれない」
「そん、な……」
持っていた包帯を巻きながら、ナノカはしゃがんで二人に呼びかける。
「たとえ殺人事件が起こらなくても……こんなところにいつまでもいたら、きっといつか死人が出る。死んだ魔女の魔法によって」
「!?」
「みんなにも今起こったことを伝えないと……今みたいなことが、きっとこれからも起こる。備えましょう」
「あ、あぁ……」
ミリアは言わずもがな、アンアンもまだ整理が付かないのか茫然としている。
だがナノカは冷静でいることに強くこだわった。
「持ってきたぞ!」
「ありがとう」
海堂はドアの外から毛布を掴んだ手を伸ばしている。
ナノカはそれを受け取ってミリアとアンアンに羽織らせた。
「入っていいか!?」
「どうぞ」
飛び込んできた海堂は駆け寄りたい心を抑え、驚かせないようにゆっくりと二人に近寄った。
「怖かった、怖かったな」
「ありがとう……ぐす……ありがとう……」
「なんかあったかい飲みもん作ってやっからな」
抱き合う三人を見ながら、ナノカは他の少女に伝えるべき言葉を思案していた。
その時だった。
──ザ─────────
音。
『やめてよぉっ』
『おじさんにその体をくれないか』
遮断機の音。
『君は手を繋いだだけで、入れ替わることができるんだろう?』
踏切の遮断機の音。
『その話が本当なら、ぜひおじさんに君の体を譲ってほしい!』
踏切の、今降りようとする遮断機の音。
『一度でいいから、女の子になるのが夢だったんだよねえ!』
遠くから、電車の音。
過ぎ去って、遠のいて。
『はは、本当に入れ替わった! おじさんはきみになったんだ! すごい! すごいぞ……!』
もう、音はしない。
───────────ザ
「は???????????????????」
衝撃と、混乱しかなかった。
「(佐伯ミリアは、本当に【おじさん】だった……?)」
世界が歪む。
常識が歪む。
「ナノカちゃんも、ありがとう……」
抱きついてくる『それ』の輪郭が、歪む。
「あなたは、誰?」
問いかけずには、いられなかった。