リトルアーモリー:The day before 作:Bishop1911
ペンシルベニア州 フィラデルフィア海軍造船所
カルロス・アレン大尉
1943年10月--日
1-1
曇天の朝。
秋のフィラデルフィアでは別に珍しい話でもなく、眠気覚ましのコーヒーでなんとかモチベーションを上げようと試みるが、艦橋から見下ろす甲板を視界に入れるとそんな気分も空模様と同化する。
甲板では白衣の科学者と水兵、ツナギ姿の作業員が忙しく動き回り、造船所の裏にあるデラウエア川に浮かんだ艦の至る所に機械を設置していく。
「副長、実験はいつごろ開始できそうだ?」
背後の気配にそう問いかけると、それに答える声は普段の副長より数段年老いているように聞こえた。
「準備は予定より早く進んでいるよ。君も昼には帰れるだろう。」
声の主は口髭をたくわえた東欧系の白衣姿の男で、この実験の責任者だ。
年齢は80歳をゆうに越しているように見えるが、数週間前に実験参加の命令を受けてから今日に至るまで年齢どころか名前すら明かされない。
鋼鉄の艦内を革靴で足音を立てずに徘徊する彼のことを水兵たちは“亡霊”と呼んでいた。
不気味な男だが佇まいは年相応に穏やかで、肩の星の数だけで威張ってる連中よりは話しやすい。
「これは失礼。博士はこの後も予定が?」
「研究の続きがあってね。これが終わったらそのまま研究室へとんぼ返りだよ。」
「そうでしたか。時間があれば一杯ご一緒にどうかと思ったんですがね。」
ボサボサの髪をいじりながら博士は遠くを見つめる。
「まあ調整してみましょう。」
思いがけず午後の予定が決まり、思わず苦笑が漏れた。
上手くいけばこの男が何者か探れるかもしれないなどと腹黒い企みをしていると、艦内のスピーカーから実験準備完了のアナウンスが流れた。
甲板の要員が退避し始め、私は博士にも退避を促そうと振り返るが、すでに博士は艦橋から姿を消していた。
水兵たちの言う通り、亡霊のような男だ。
指揮所に降りた私は各部署の報告を受けると席に座る。
「こちら艦長、実験開始だ。発電機を回せ。」
『これより実験を開始する。』
スピーカーから実験開始のカウントダウンが始まり、艦の各所に設置された機械のメーターが動き始めた。
『…3…2…1…0』
機械のメーターが徐々に数値を上げ始める。
艦内の各部署からは今のところ異常なしの報告が上がっているが、機械のメーターが振り切れた瞬間、艦に張り巡らされた電線が火花を上げ、10月の湿気を含んだ空気が青白い電気を帯びて閃光を放つ。
『エルドリッジ号、こちらのレーダーからそちらの姿が消えた。実験は成功だ!』
造船所に設置された司令室から喜びに満ちた無線が聞こえたが、艦内の空気は変わらず不気味な緊張に包まれたままだった。
「よし、もう良いだろう。発電機を止めよう。」
了解と返事をした水兵は発電機を操作する機関室とやりとりをしてこちらを振り返る。
「艦長!発電機の出力が下がらないそうです!」
指揮所の空気が凍りついた。
何か予想外の事態が起こりつつある。
私は奪うように水兵から受話器を受け取ると機関室と直接話す。
「どうした!」
『発電機の出力が下がりません!暴走しています!』
「実験中止だ!艦の動力を切れ!」
『無理です!あちこちで漏電して…あっ!』
機関室との通信が途絶えたと同時に指揮所でもレーダーやソナーが故障し、部屋中の機械がショートする。
混沌とした指揮所が次第に赤茶色のモヤに覆われ、私は意識を失った。